4-3 子供たちの目標になる?
威嚇するように枝を揺らすトレントに向かってゆっくりと足を進める。
程よい緊張と恐怖あるけど、油断や絶望はない。
私がこれからやるのは10人の少年少女の心に感動の火を灯すことだから、単純にトレントを伐採するだけだとダメだ。
効率的にトレントを伐採することよりも、子供たちが見て感動すようなやり方をしないといけない。
…………なにを子供たちに見せたら感動するんだろう?
そもそも、子供たちにトレントの凄さがわかるのだろうか?
トレントはかなり強い魔物だ。
冒険者で倒せるのは一部の上澄みだけで、冒険者がトレントを倒せれば周囲から間違いなく称賛されるだろう。
けど、ここにいるのは普通の子供たちだ。
子供たちが見ただけでトレントの強さがわかるだろうか?
……無理だろう。
なにしろ、トレントの見た目は普通の木だ。
見上げるような巨木というわけでもない。
見た目は普通の木。
普通の木を村長の私が大斧で伐採しても地味だろう。
下手したら、村長が木を伐採しただけで周囲に無理矢理称賛させていると、子供たちに誤解されるかもしれない。
……それは、ダメだ。
そうなると、初めにすることは、子供たちにトレントの強さを認識させることだろう。
その上で、私がトレントを伐採すれば、子供たちにも相対的に私が凄いと思うかもしれない。
トレントの強さを子供たちに見せるには、強そうなハイオーガをトレントと戦わせて、ハイオーガが一瞬でミンチになれば相対的にトレントが強く見える可能性はある。
でも、これは現実的じゃない。
いくつかの魔道具を用意して準備すれば絶対に不可能というわけじゃないけど、どう考えても費用対効果が悪すぎる。
そうなると、トレントの攻撃力の凄さを子供たちに見てもらうのがいいだろう。
私が手にしているのは黒い両刃の大斧迷宮のラブリュスじゃなくて、錬金鋼の鉈を二刀流スタイルで左右の手に持っている。
悠然と、トレントの間合いに足を進めて、トレントの攻撃を誘う。
トレントの枝が高速で振るわれ、空間を破壊するような轟音とともに私がさっきまで立っていた地面に小さなクレーターを生み出す。
これならトレントの強さがよくわからない子供たちにも、トレントの攻撃力が視覚的に認識できただろう。
とはいえ、一回だけだと子供たちもよくわからないかもしれないから、今度はすぐにトレントの間合いの外に逃げ出さないで、トレントの攻撃を連続で誘い避け続ける。
トレントの枝が雨のように降り注ぎ、私の周囲の地面を爆撃のように破裂させて豪快に耕す。
トレントの枝の攻撃の余波で舞い散る石ころなどがかすって私の皮膚を浅く切るけど出血は微量で、トレントの枝は完全に回避しているから問題ない。
確かに、トレントの攻撃は即死級の威力があるけど、直線的でフェイントもないから、対処しやすいといえる。
むしろ、ヴァルキリーのようなフェイントや攻撃の緩急を変える攻撃のほうが厄介だ。
恐怖を忘れずに集中して私はトレントの枝の射程内で足を止める。
はたから見れば無謀で危険なことだけど、重要なことだ。
私は後退も回避もすることなく、激しい濁流のような無数のトレントの枝の連撃を、左右に装備した二本の錬金鋼の鉈でさばく。
当然、斧と伐採スキルは起動している。
トレントの枝を受け止めることなく、正確にさばき続けていく。
少しでもミスれば一瞬で私はミンチになるだろう。
タイミング、角度、モーション、すべてでわずかなミスも許されない。
そんなシビアな状況だ。
けど、地面をクレーターに変えるトレントの枝を、その場でさばき続ける私は、子供たちに少しは凄い存在と見えているだろうか?
どうしようもなく不安だ。
でも、ふと気づいた。
トレントの枝の攻撃がぬるいと。
これは別に、トレントの枝の威力が落ちているというという意味じゃない。
そういうことじゃなくて、トレントの枝をさばく私に余裕があるのだ。
だから、私は向かってくるトレントの枝のタイミングをみて、斧と伐採スキルをオフにした。
感覚と体が鈍く重くなった気がする。
……でも、自分のなかに蓄積された経験と勘を頼りに、冷静にトレントの枝の動きを見極めてスキルをオフにしたまま錬金鋼の鉈を振るい、トレントの枝をさばく。
わずかに鈍くて重い手ごたえが伝わってくるけど、それだけだ。
スキルをオフにしたままでもトレントの枝をさばける。
不思議な感覚だ。
いつもならスキルの感覚を参考にしようとするのに、それがない。
トレントの枝をさばくこと50回。
感覚と動きが研ぎ澄まされてく。
周囲を警戒しながら、トレントの枝に集中。
感覚と動きから鈍さと重さが消える。
そして、どう動けばトレントの枝を錬金鋼の鉈で切断できるかも理解できた。
理解できたけど、スキルをオフにした私だとその動きを実現できない。
だから、もう一度斧と伐採スキルを起動させるけど、私の動きには干渉させないで、スキルには私の強化のみに専念させる。
トレントの枝をさばきながら選別して見極めて軽々に動かない。
切断するのに最適なトレントの枝の一撃を待つ。
現状、トレントの枝を錬金鋼の鉈で切断するのは難しい。
錬金鋼の鉈で何度も同じところを攻撃すれば切断できるだろう。
けど、トレントの枝を一撃で切断するには、迷宮のラブリュスと違って錬金鋼の鉈だと一撃の威力が足りない。
でも、それは私が錬金鋼の鉈でトレントの枝を一撃で切断できないことを意味しない。
簡単な理屈だ。
私の攻撃力が足りないなら、トレントの高い攻撃力を利用する。
……ここだ。
トレントの枝の威力と速度と軌道が理想的。
私は一歩踏み出すと同時に錬金鋼の鉈を振る。
けど、それは力任せな切断とは違う。
トレントの枝をなでるように、寄り添うように、錬金鋼の鉈の刃を動かし、あっさりと切断した。
一度でも成功できれば、再現は可能。
トレントの枝をさばきながら、タイミングをはかって錬金鋼の鉈で切断していく。
私の周囲には切断されたいくつものトレントの枝が積み重なり、しばらくトレントを攻撃不可能な状態にした。
ここで一度子供たちの様子を確認するために振り返る。
キラキラと尊敬や憧れに満ちた眼差しとかの高望みはしないけど、子供たちに少しは私を村長として認めてもらい。
そう思っていたんだけど、子供たちの表情が暗いというか、強張っている。
……どういうことだろう?
もしかしたら、子供たちはすぐに自分たちもトレントと戦うことになるかもしれないと警戒しているのかもしれない。
だとしたら、杞憂だ。
子供たちがトレントを伐採できるようになってもらいたいけど、今すぐという話じゃない。
最低でも数年の修練の期間を考えているし、トレントと戦っても大丈夫だと思える強さになるまで、子供たちをトレントと戦わせるつもりはないと断言できる。
けど、不思議なのは子供たちだけじゃなくて、子供たちの護衛として同行してくれている獣人たちも怯えているような気がするのだ。
……怯えている?
何に?
この場の脅威といえるトレントは攻撃不能な状態。
子供たちや護衛の獣人たちが怯える理由がわからない。
私が首を傾げて一歩彼らに近づくと、彼らは二歩以上後退した。
……彼らは私を怖がっている?
なぜ?
トレントの枝をさばいて切り落としただけなのに。
護衛の獣人たちはオシオン侯爵の伝手で集めてもらった若い獣人たちで、斧をメインの武器で使っていて私に憧れているという話だった。
実際、彼らは村長として私を敬ってくれていたし、だから信頼して子供たちの護衛を任せたんだけど怯えている。
考えてみれば、彼らに訓練じゃなくて、私の実戦での姿を見せたのは初めてかもしれない。
けど、ただトレントの枝を切り落としただけで、彼らが怯えていることに首を傾げてしまう。
「えっと、参考になったかな?」
笑顔で口にした私の言葉に、子供たちは震えだし、護衛の獣人たちは顔を青くしてうつむく。
獣人たちは耳と尻尾が垂れて、怯えているのがわかりやすい。
けど、これだと、まるで私が彼らをイジメているようだ。
私は彼らの目標やモチベーションを維持するための一助になればと思っているだけなのに。
「……村長の実力は、まさしく英傑のようです」
青い顔をした獣人の一人が言った。
まるで、私が無理矢理そう言わせたように見えてしまう。
私の実力が英傑というほどじゃないことは自覚している。
同じ15歳のなかだと、トップクラスの実力かもしれないけど、私より強い連中は世の中に何人もいるから自慢するほじゃない。
……うーん、私は高圧的な態度をした記憶はないけど、彼らは怯えるほど私が怖いのだろうか?
……わからない。
「私の村でやっていけそう?」
私は威圧感を与えないように笑顔を浮かべて、子供たちに言う。
「全力で、頑張ります!」
一人の少年が顔を青くしながら進み出て、他の子供たちをかばうように言った。
「そう、良かった」
内心、子供たちの怯えた態度にへこむ。
子供たちに慕われたいとまで高望みはしないけど、村の責任者である村長として村人から怯えられたくはない。
「……あの、村長は本当に15歳ですか?」
少年が私の顔色をうかがうようにして言うから、 私は苦笑しながら応じた。
「うん? そうだよ、若くて頼りない?」
まあ、子供たちにしたら15歳の若者が村長だと頼りなくみえてしまうかもしれない。
「違います! 村長が15歳なら、オレも努力すれば村長みたいになれますか?」
顔色の青い少年がまっすぐに私を見すえて言った。
「うーん、私みたいにをどれくらいのことを指しているのかよくわからないけど、毎日努力していれば君たちが15歳になるときにはトレントを伐採できるよ」
実際に、才能や環境に恵まれたわけでもない私が、15歳でトレントを伐採しているのだから、目の前の少年も毎日努力すればトレントを伐採できるだろう。
「本当ですか?」
少年が嬉しそうに目をキラキラさせているのに、護衛の獣人たちが懐疑的に首を傾げている。
護衛の獣人たちは、子供たちが15歳でトレントを伐採するのは無理だと思っているのかもしれない。
けど、それだと困る。
なにしろ、それ以前に、護衛の獣人たちも一人でトレントを伐採できるようになってもらうのだから、強くなることにもう少し前向きになってもらいものだ。
「村長、お見事です」
褒めてくれるプアエンに、私は少し考えてから応じた。
「プアエン、やるぞ」
「……はっ?」
不思議そうに首を傾げるプアエンに、私は説明する。
「トレントを私とプアエンの二人で伐採する。どうせなら、プアエンの凄さも子供たちに見せた方がいいでしょう?」
「それはそうですが、アタシの技術が通じますかね?」
プアエンが少しだけ不安そうに言った。
「変なことを言うね。一回でトレントに通じないなら通じるように修正しながら、斧を振るい続ければいいだけだろう?」
私の言葉に、なぜかプアエンは頬を引きつらせながら応じた。
「……だけですか?」
プアエンの態度がよくわからない。
トレントは不動で、反撃できない状態。
試行錯誤にはうってつけの状態で、これほど修練に役立つことはないのに。
トレントの前でドワーフ鋼の大斧を構えるプアエン。
プアエンのなかで魔力が高まっている。
タメ切りだ。
トレントを挟んでプアエンと反対の位置に私も迷宮のラブリュスを振りかぶって構え魔力を高める。
プアエンの初動を見て、私は顔をしかめた。
プアエンの動きが私から見て最適とは思えないからだ。
それでも、プアエンの攻撃に合わせて私も反対側からトレントに迷宮のラブリュスを振るう。
瞬間、未知の感覚に笑みが浮かぶ。
プアエンと私の攻撃がトレントの内部で重なり合い想定以上に、トレントを一撃で深く切れた。
しかし、今のはすべてが雑で荒い。
プアエンの大斧の振り、それに対する私の一撃もプアエンの一撃と重ねるなら最適じゃなかった。
狙う場所、タイミングが違う。
……けど、これはなかなか面白い。
「プアエン、全力でやれ!」
私の言葉に、プアエンは獰猛な笑みを浮かべる。
すでにプアエンは全力を出していると理解した上で、さらにその上を目指せと私は言ったのだ。
そして、プアエンは笑顔で私の無茶に付き合ってくれる。
次回の投稿は10月24日金曜日1時を予定しています。




