4-1 ドワーフの少女?
『転生者は斧を極めます』の小説2巻が9月20日発売されます。コミカライズが決定しました。
世の中には、才能に嫉妬するということがある。
けど、私はあまりこの感覚を実感したことがない。
ハイラムのような同じ転生者でも、農奴の私よりも条件がいいなと思うけど、それだけだ。
ハイラムの才能に嫉妬したことはない。
例えば、ウルドムのような優れた身体能力と才能があるのに、十全に生かしきれてないともったいないとは思う。
斧の扱いに関して才能がある他人に嫉妬したことはないし、嫉妬することはないと思っていた。
なにしろ、私の目的は他者との相対評価じゃなくて、自己によるどれだけ斧を極められたかという絶対評価だ。
他者に嫉妬する道理がない。
なのに、それなのに、私は嫉妬している。
目の前の小柄の少女に、心がザワついてヒリつくような焦燥にも似た嫉妬を感じていた。
第一印象は、生意気なガキ。
そして、実際に話してみれば、少女は想像以上に生意気なガキだった。
彼女の名前はプアエン、ドワーフの……少女かな、一応。
プアエンの年齢は26歳で私よりも年上なのに、少女と呼ばれている。
どうにも、26歳の女性が少女と呼ばれると違和感があるけど、これは私が前世の価値観に引きずられているからだろう。
ドワーフという種族は成人が30歳らしいので、それよりも下の26歳のプアエンはドワーフとしては少女らしい。
私以外の者は、プアエンという26歳の少女を違和感なく受け入れている。
まあ、それでも、ハルルフェントとかのエルフの思春期とか成人について知っていたから、プアエンのドワーフという種族について多少の違和感を覚えても拒否感はない。
プアエンは140センチくらいの小柄の女性で、ボディビルダーや重量挙げの選手のように筋肉質だけど、ドワーフと聞いてイメージするような太っている体形じゃない。
まあ、男性のドワーフはイメージ通りの小柄で髭もじゃでがっしりとして太っている。
さて、そんなドワーフの少女プアエンの何に私は嫉妬しているのか?
簡単だ。
斧の扱い。
私よりも、プアエンが斧を上手に扱えるから嫉妬している?
そんな単純な話じゃないし、技量なら私の方がプアエンよりも上だ。
ユグドラシルの魔境のなかに存在する魔境じゃない空白地帯に作った村という名の荒地で、ハイラムから将来有望なトレントを伐採できそうな木こりとして紹介されたのがプアエン。
実力のある木こりに会ったことがなかったから、喜んで話しかけたらザコに従う気はないから手合わせしろと言われた。
そして、私とプアエンは斧を交えている。
お互い手にしているのは実戦用の装備。
私が振るうのは迷宮のラブリュスだし、プアエンはドワーフ鋼という青みがった黒い金属の両刃の大斧を振るっている。
ドワーフ鋼は、ドワーフの国の秘伝の合金で、少量だけどオリハルコンが使われていて、他にもコバルトが使われているらしいけど、詳細は不明だ。
そして、この世界におけるコバルトは前世のコバルトとはまったく違う、銀が直立したイヌのような魔物のコボルトの魔力で変化した青い金属のことをさしている。
ただ、このドワーフ鋼というのは、なかなか複雑だ。
基本となる金属の量の比率とかはあるけど、生み出したドワーフによって性能や性質の違いが大きい。
極論をいえば、特定の金属を特定の比率で含まれていたら、どれだけ性質が違ってもドワーフ鋼と呼ぶそうだ。
でも、ドワーフ鋼で作られた物に、粗悪品はなく、いずれも高品質な物らしい。
さて、斧頭だけじゃなくて柄までドワーフ鋼で作られたプアエンの両刃の大斧は、私の迷宮のラブリュスに比べると一回り小さいけど、これは迷宮のラブリュスがデカいだけだ。
大斧の質で言えばほぼ互角。
もしくは、プアエンの振るうドワーフ鋼の大斧の方が少しだけ上だ。
最初の一撃で、プアエンを凄いとは思った。
レベル、スキル、実戦経験で私の方がプアエンを上回っている。
だから、迷宮のラブリュスとドワーフ鋼の大斧が衝突したら使い手の実力差で、プアエンが押されるはずなのに結果は、ほぼ拮抗。
正確に言えば私のほうが優勢だけど、実力差を考えれば異常だ。
プアエンは弱くない。
現状でも、クマ頭のベルセルクやオオカミ頭のウールヴヘジンと一対一で戦って勝てるだろう。
もしかしたら、前に私が戦場で倒した斧聖のウルドムよりも強いかもしれない。
それでも、多くのトレントを伐採して経験をつんだ私の方が強いはずなのに、結果はほぼ拮抗。
これだけなら問題はなかった。
けど、次の一撃を交えたときに違和感を覚える。
いや、違和感というよりも、不快な感覚。
それは、私の一番大切な根幹を無遠慮に見られた、あるいは触れられたようだった。
さらに、プアエンと50合斧を交えて、最初はプアエンが私の斧の扱いをマネているのだと思ったけど勘違いだ。
表層的に私の動きをマネただけの浅いものじゃなくて、プアエンは私と斧を交えるごとに、私が経験して研鑽して蓄積した斧を扱う術理を、学習して自分のものにしている。
ああ、どうしょうもなく気持ち悪い。
私より強くても、私よりも斧の扱いが上手くても、こうはならないだろう。
斧を交えるごとに、プアエンは私を参考に強くなっている。
先達として誇るべきことなのだろう。
才ある者の手本になれたのだと。
けど、これはそんな生易しいものじゃない。
私が死に物狂いで積み上げた経験と研鑽を、プアエンは普通の努力を置き去りにするように急速に学習する。
それでも、プアエンよりも私は強い。
レベルとスキルレベルの差による実力差は覆らないけど、時間の問題で数か月後には私が勝てなくなるはずだ。
私から斧の術理に関する多くを学習したプアエンは、今後短期間で斧と伐採スキルのスキルレベルを成長させるだろう。
私にとってプアエンは、理解不能で、おぞましくて、不気味で、その才能に嫉妬した。
だから、そのまま戦っても、あと20手で私はプアエンに勝てたのに、恐怖から無意識のうちに徹底的に叩き潰すことを選択していた。
斧スキルの最適的解をこえる動き。
トレント以外にはあまり使用しないけど、躊躇なく選択。
最悪の場合、プアエンを殺すことになるかもとかの認識すらない。
とにかく、プアエンを斧の実力で突き放さないとダメだという衝動に突き動かされる。
私にできる本当に究極の一撃。
私の動きを見た瞬間から、プアエンが驚きの表情を浮かべる。
迷宮のラブリュスとドワーフ鋼の大斧が衝突して、プアエンの姿勢が崩れた。
さらに、極限の集中から、斧スキルが示す最適解をこえたモーションで追撃を振るおうとして、それを目撃することになる。
プアエンがドワーフ鋼の大斧を振りかぶったまま動かない。
わからない者には、プアエンが戦意喪失になったのだろうと思うだろう。
でも、違うのだ。
私にはわかった。
プアエンは斧スキルが示した最適解をこえる動きをやろうとして、失敗したのだ。
たった一度、斧を交えただけで、プアエンはやり方を理解した。
私は自然と迷宮のラブリュスを構えるのをやめる。
戦いに勝ったのは私かもしれないけど、私の心が折れてしまったのだ。
プアエンという天才と斧を交えるのが、怖いとすら思ってしまう。
これ以上、プアエンに私の技術を奪わせたくないと。
実に、情けない話だ。
「村長は凄いな」
プアエンから発せられた低音のハスキーボイスに、私は戸惑ってしまう。
「……私が凄い?」
一瞬、皮肉かと思ったけど、そう言ったプアエンのキラキラした眼差しで笑顔を浮かべている。
斧を交える前のこちらをバカにしたような生意気な態度の残滓すらプアエンから感じられないけど、意味が分からない。
徹頭徹尾、凄いのは私じゃなくてプアエンだ。
「うん、凄い。斧を交えたからわかる。村長の斧を極めようという思いも、死に物狂いの努力で積み重ねてきたものも。こんなに真摯に、こんなに純粋に、斧に、ううん、なにかに向き合うっている人を初めて知った」
プアエンの言葉が耳に痛い。
こんな純粋で曇りない瞳のプアエンに、私は醜く嫉妬してしまった。
プアエンの笑顔がまぶしくて痛い。
「私なんて、プアエンの才能に比べたら」
時間をかけて積み重ねたものをプアエンが短時間で学習して、自分の才能のなさを見せつけられて、自覚させられて、悔しくて嫉妬する情けない存在だ。
「そんなことないです! アタシは村長のより長く生きてるのに、全然弱いし、努力ができていない半端者です」
プアエンは本心から言っているのだろう。
でも、それはプアエンの周囲に手本となる斧の扱いに優れた者がいなかっただけのこと。
「プアエンなら、すぐに強くなれるよ」
ウソじゃない。
現状でも、プアエンはトレントを伐採できるかもしれない実力者だ。
プアエンがトレントを倒せるようになれば、スキルレベルはすぐに追いつかれるかもしれない。
「本当ですか? アタシ、村長みたいになりたいです!」
「……目指すなら私じゃなくても、もっと強い奴はいくらでもいるよ?」
これも事実だ。
ユグドラシルの魔境を調査に同行して目撃した王国トップクラスの冒険者のなかには斧を使う者もいた。
プアエンが目指すなら、自分より才ある者に嫉妬する私じゃなくて、そいつらのほうが適任だと思ってしまう。
「でも、村長みたいに、あんなに綺麗に斧を振るう人はいません!」
「そんなことはないと思うけど」
「綺麗です。村長の斧を振るう動きは、どこまでも斧が好きで極めたいって気持ちを感じられて、とても素敵です」
反射的に、プアエンの言葉を否定したくなるけど、プアエンがキラキラした笑顔でこちらを見るから、強く否定して曇らせたくもない。
「上手くやれそうだな」
ハイラムの言葉に、本気で言っているのかと首を傾げながら私は応じた。
「殿下、プアエンの才能は素晴らしいです。けど、彼女のためを思うなら、もっと才能のある者の元で学んだ方がいいと思います」
「ファイスは、そう言っているがプアエンはどうだ?」
ハイラムがプアエンに向かっていえば、プアエンは興奮した様子で口を開く。
「アタシは、村長の元で学びたいです。才能とかよくわからないですけど、村長の振るう斧はとっても綺麗でした。アタシもあんな風に斧を扱えるようになりたいと思うくらい!」
「褒めすぎです。プアエンなら、半年以内に私を追い抜けますよ」
私は自嘲気味に言うと、ハイラムが不思議そうに首を傾げながら応じた。
「抜かれる? なぜだ?」
「……それはプアエンに才能があるから」
「ファイス、プアエンの才能を過剰に評価しすぎだ」
ハイラムがあきれたようにため息と吐く。
「過剰なんかじゃ!」
「確かに、プアエンは天才の部類だろう」
「そうです。だから、凡庸な私には」
私がさらに続けようとした言葉を、ハイラムの言葉が遮る。
「いいから聞け。天才かもしれないが、プアエンは26歳だぞ」
「……殿下?」
私は、ハイラムの言葉の意味がわからず首を傾げる。
プアエンが26歳だからなんなのだろう。
分からない。
「あのな、プアエンは天才かもしれないが、26年生きてあの強さだ。ファイス、お前は今のプアエンに負けるか?」
「いいえ」
「そうだ。15年しか生きていない凡庸なファイスに勝てない26歳のプアエンは天才か?」
「それは、しかし」
私が言おうとした言葉を、鋭い眼差しをしたハイラムが遮る。
「プアエンが努力していなかったとか言うなよ。それは、プアエンの人生の否定だぞ」
「……すみません」
私は静かにうつむく。
プアエンの動きを見ればわかる。
努力を積み重ねてきた者の動きだ。
プアエンが努力していなかったわけじゃない。
色々な要因が重なってプアエンは現在の実力なのだろう。
「ファイスがプアエンに憧れられて緊張する気持ちもわかるが、誰かに見られて目標として追いかけられる感覚は、お前にとってもプラスだろう」
ハイラムの言葉に、私は半信半疑で応じる。
「そうでしょうか?」
「ファイスは前ばかり見てきたからな、たまには後ろを気にするのも悪くないだろう。とりあえず、一緒にやってみろ。数か月試して、それでもどうしても、ファイスが無理だというなら対策を考える。だがな、反発するものではなく、慕ってくれる者すら率いれないようだとこの先ここの村長は厳しいぞ?」
「……そうですね。私はもう村長なんですよね。責任ある立場で甘えたことを言いました」
そうだ。
私は農奴じゃなくて、多くの人に対して責任のある村長なんだ。
自分を慕ってくれている者すら率いれないで、これから出てくるかもしれない私に反発する村人や私を認めない村人を村長として率いていけるわけがない。
「はあ、あまり、気負うなよ、ファイス」
ハイラムがあきれたようにこちらを見るのが、微妙に納得できない。
次回の投稿は9月26日金曜日1時を予定しています。




