3-19 隠された一撃
極限の思考の連続で、脳みそが沸騰しそうだ。
ヴァルキリーの攻撃の猛攻に対処しながら、ラタトスクの位置を意識して魔力の弾丸の射線に入らないようにして、仲間とベルセルクの状況も同時に把握する。
完全に私の処理能力を超えているけど、優先順位とリソースの配分でどうにか誤魔化している状況でしかない。
とにかく、ヴァルキリーが危険だ。
強すぎる。
しかも、強さの方向性がトレントのような単純な攻撃力や防御力の話じゃない。
ヴァルキリーは戦い方が上手いのだ。
ヴァルキリーが左右の手に装備した青い双剣の使い方だけじゃなくて、体術の組み合わせた戦い方、周囲を把握して自分が有利になるように動き、私が不利になるように動こうとする。
しかも、ヴァルキリーの動きを読んで、有利な位置取りを防ごうと動いたら、仲間の攻撃の射線を遮っていたりと、相手の意図を読もうとして逆に誘導されてしまう。
とはいえ、ヴァルキリーの戦術を見抜こうとしなければ、状況に対処できない。
訓練の相手として見るなら、ヴァルキリーは極めて優秀だけど、これは訓練じゃなくて殺し合いだ。
しかし、朗報というほどじゃないけど、気づいたことがある。
ラタトスクの魔力の残量が多くない。
ラタトスクは一見すると回避に専念しているように見えるけど、私への射線が開けても魔力の弾丸を放たないときがあるから、どうにも魔力の弾丸の使用を渋っている気がする。
ただ、ラタトスクは木に接触していると魔力を回復しているようなので、魔力切れは期待できない。
そして、ラタトスクは、魔力の弾丸を放つことよりも、木に触れて魔力を回復させることを優先させているような気がするのだ。
ラタトスクが魔力を回復してなにをするのか?
おそらく金色の魔法陣で、ヴァルキリーかベルセルクの群れを召喚するのだろう。
ラタトスクの使う召喚は、フォレストウルフの遠吠えによって仲間を遠くから呼ぶのと違い、魔法陣から即時その場に対象を呼び出せる。
魔力消費の低いフォレストウルフの遠吠えよりも、ラタトスクの魔力の消耗が大きいから効率が悪いと言えるけど、任意の場所に援軍を即座に召喚できるのは強力だ。
ともあれ、召喚されたら、こちらは敗北確定。
まあ、それでもハイラムと数人くらいは生き残るかもしれないけど、容認したくない結末だ。
そのためには、ラタトスクが魔力を回復しないように、木々に接触する時間を減らすために回避を強要するしかない。
つまり、私への弓や魔法による仲間たちからの援護の優先度は下がる。
というか、現状だと私への優先度くらいしか、削れる余地がない。
しょうがないと理解するけど、つらい。
これは私たちにとって、綱渡りの延命処置。
ハイラムがベルセルクの群れをある程度倒すまでの時間稼ぎ…………実につまらない。
他人任せの選択だ。
そんな後ろ向きの甘えた決断で生き残れる状況じゃない。
この格上のヴァルキリーを相手に、勝利の目指さない消極的な思考じゃ時間稼ぎすら危うい。
視線はヴァルキリーを見すえたまま、周囲を把握してく、敵と仲間の位置と状況、自身の状態を認識、思考して、思考して、思考する。
ヴァルキリーに勝てる………かもしれない。
見えたのは細くて危うい勝利への道というよりも、糸。
重要なのは、強撃と仲間との連携。
それも、ヴァルキリーに気づかれないように、仲間へ目くばせなどもしないで、こちらの意図を察して最善の動きを仲間にしてもらう必要がある。
できれば、仲間の援護のような外的要因なしでヴァルキリーに勝ちたいけど、これ以外の勝機はない。
ハイラムをただ待つだけよりはましだけど、それでも自分の弱さが情けない。
勝機を目指してから一分の間に、ヴァルキリーと200合も打ち合うけど、状況は徐々に悪くなっていく。
極度の集中と、疲労と恐怖により、自分が息をしているのか、息を止めているのかもわからない。
一手、状況を進めるごとに、選択肢が狭まり破綻の気配が濃くなる。
心臓を冷たいなにかで圧迫さている気持ちだ。
状況を覆そうと必死であがくけど、ヴァルキリーはそれを嘲笑うように、こちらを超えて対処してしまう。
ヴァルキリーは実に上手い。
剣が本命かと思ったら、蹴りや膝が迫る。
剣だけじゃなくて体術も警戒すれば、死角からラタトスクが魔力の弾丸を放つ。
そして、すべてを完璧に対処しようとすると、読みに雑な部分が出て危うい。
ヴァルキリーのように王道的に強い相手に対して、安定して勝つには実力で上回るしかないだろう。
つまり、現状の私には不可能ということ。
もっとも、私が狙うのは、安定じゃなくて博打のような勝機。
あと、5手で私は負けてしまう。
ある種、死へのカウントダウンだ。
残り4手。
ヴァルキリーの剣の攻撃を完璧にさばけないで、軸というか、体幹をわずかに崩された。
外から見たら気づかなレベルのささいない不利。
けど、私にとっては致命的な不利だ。
1ミリ程度のささいな崩れで、できる手段が一気に減る。
残り3手。
姿勢のリカバリーを試みるけど、ヴァルキリーの一撃がそれを許さない。
姿勢がさらに乱れる。
残り2手。
状況への対処と姿勢のリカバリーを試みたせいで、錬金鋼の鉈での防御が場当たり的になり。ヴァルキリーの攻撃により私の姿勢はボロボロ。
軸と重心がかみ合わない。
攻撃、回避、防御のすべての動きで乱れる。
最後の一手。
これで私は死ぬ。
なにもしなければ。
だから、する。
ここまでヴァルキリーに私が追いつめられるのは想定通り。
ヴァルキリーの動きが少しだけ、攻撃に集中している。
雑じゃないし、危険な恐ろしい一撃。
けど、直線的で素直な一撃だ。
現状の姿勢の崩れた私に止めを刺すには、フェイントも含まれていない、この素直な一撃で十分だとヴァルキリーは判断したのだろう。
間違いじゃないけど、油断だ。
もっとも、それでも、私にとって勝機と呼べない程度の油断。
でも、このヴァルキリーのわずかな油断に賭ける。
瞬間的に、体内の魔力を強引に高めて無理矢理強撃を即座に発動。
崩れた姿勢からの強引な強撃による一撃。
完璧には程遠いけど、ヴァルキリーに当たれば倒せる……かもしれない。
「クソッ!」
そう甘くはない。
私の起死回生を狙った右手の錬金鋼の鉈による一撃は、ヴァルキリーに受け止められた、
けど、まだだ。
左の一撃が残っている。
斧スキルにアシストしてもらって、強撃で左手に握った錬金鋼の鉈を振るう。
ヴァルキリーに防がれるとしても、仕切り直しくらいはできると期待していたけど…………ダメだ。
左の一撃も余裕でヴァルキリーに受けられた。
ヴァルキリーにとって、予想外の強撃による二連撃のはずなのに、ヴァルキリーの姿勢にわずかな乱れもない。
むしろ、私の方が強撃による強引な動きの反動で、姿勢がリカバリー不可能なくらい崩れてる。
それでも、次の迫るヴァルキリーの斬撃を地面に倒れ込むことで逃れた。
強敵の前で地面に倒れている私の現状は、詰んでいる。
けど、視線をヴァルキリーに向ければ、ずっと無表情だったのに驚愕の表情を浮かべていた。
ヴァルキリーはなにを見て驚いたのか?
答えは簡単だ。
ヴァルキリーの喉に刺さったハルルフェントの放った炎をまとった矢。
ああ、本当に大変だった。
わざとらしくならないように、少しずつ位置を調整して、ハルルフェントのヴァルキリーへの射線を私の体で遮り、同時にヴァルキリーのハルルフェントの視線を防いだ。
その上で、私はヴァルキリーに全力で挑み、追いつめられることでヴァルキリーの意識を私へと集中させた。
そして、タイミングよく、ハルルフェントが矢を放つことを期待したのだ。
そう、期待。
ヴァルキリーにこちらの意図が悟られるのを警戒して、ハルルフェントとは目くばせすらしていない。
ハルルフェントが状況をみて、最善の行動をしてくれたから現状がある。
私がハルルフェントの射線を遮った時点で、彼女が邪魔されたとだけ判断したら終わっていただろう。
果敢に攻めてる私の姿で、ハルルフェントの必殺の一撃を隠し、私が地面に倒れて射線が開けたら、ハルルフェントが即座に最速の矢を放つ。
これだけやっても、ヴァルキリーには矢を防がれる可能性を危惧してたけど、矢はちゃんとヴァルキリーの喉に刺さっている。
ヴァルキリーにとって、大ダメージだろう。
でも、致命傷じゃない。
だから、私の酷使に痛みで抗議する体をさらに酷使する。
ヴァルキリーの意識は自分に刺さった矢と、ハルルフェントに向けられているから、地面で次の動きに備えている私は眼中にない。
強撃を発動。
ヴァルキリーは反応するけど、紙一重で私の一撃を防げない。
ヴァルキリーの白銀の鎧で覆われていない脇腹から錬金鋼の鉈で切り裂き、上半身と下半身にヴァルキリーを両断する。
ヴァルキリーの断面からあふれる濃厚な鉄っぽい生臭くて生暖かい血と臓物が私の体に降りかかって、どこまでも気持ち悪くておぞましくて不快だ。
けど、まだ私は動く。
日蝕の腕輪の回復効果で追いつかないほど、私の体は消耗しているようで、全身が沸騰するように熱くて、指先を1ミリ動かすだけでも、のたうち回りたくような痛みだ。
でも、体は動く。
ヴァルキリーの上半身が地面に落ちていき、射線が開けると同時に私は強撃を発動させて、錬金鋼の鉈を全力で投擲した。
なにに投擲したのか?
答えは、自分の体にめり込む錬金鋼の鉈に驚くラタトスクだ。
ラタトスクの体を錬金鋼の鉈が切り裂き、ラタトスクの肩から腰まで裂けている。
どう見ても致命傷だ。
即死じゃなかったみたいだけど、1分後にラタトスクは死んでいるだろう。
代償として、私は痛すぎて身動きができないから、立っているだけのほとんど案山子だ。
自分でヒールポーションを収納袋から取り出して飲むこともできない。
早くヨウレプの回復魔法で治してもらいたいと願うほど痛くて苦しいけど、状況は私たちに有利になった。
だから、この光景が信じられない。
私の前に光の魔法陣が展開している。
慌ててラタトスクに視線を向ければ、リスとは思えない醜悪で悪意に満ちた笑みを浮かべながら絶命した。
ラタトスクの魔力は召喚用の魔法陣を展開できるほど回復していなかったはずなのに。
致命傷だから、助からないと自分の命に見切りをつけて、ラタトスクは自分の命を代償に無理矢理召喚用の魔法陣を展開したのか?
実際に、そんなことが可能なのか、原理や理屈はわからないけど、事実として魔法陣が目の前にある。
そして、魔法陣から出てきたのは、羽飾りの付いた兜と白銀の鎧を装備して、青い槍を手にして身長2メートルの美女、新たなヴァルキリー。
私に勝機はない。
というか、身動きできない。
絶対に、私は目の前のヴァルキリーになにもできないと確信できる。
無表情のヴァルキリーが槍の穂先を私に向けた。
ハルルフェントの放つ矢を中心に、矢と魔法が放たれヴァルキリーに向かうけど、時間稼ぎにしかなっていない。
稼げた時間は10秒前後。
とても短い時間だ。
けど、10秒でできることもある。
前世のアスリートなら10秒で100メートル走れるかもしれない。
前世の人間よりはるかに強力なこちらの人間なら、10秒の時間でなにができるか?
答えが、白銀の突風となってヴァルキリーの背後を駆け抜ける。
一撃で両断されたヴァルキリーの上半身が私にぶつかり地面に倒れてしまう。
美女と抱き合う形だけど、まったく嬉しくない。
「酷い格好だ」
大半のベルセルクを片付けて、ヴァルキリーを一撃で倒した白銀の兜で顔の見えないハイラムに、苦笑しながら血と臓物をあびた私は応じた。
「奮戦した仲間に労いの言葉はないんですか?」
「そうだな、よくやった。ヨーナフィルロよ」
ハイラムの回復魔法で、私のなかで激しく自己主張していた痛みが急速に消えていく。
「……感謝します、殿下」
私はすこし申し訳ない気持ちでハイラムに頭を下げた。
ハイラムが回復魔法を使って、神とつながるのを嫌がっているのを知っている。
それでも、私に回復魔法を使う価値があるとハイラムは思ってくれたのだから、感謝の思いしかない。
周囲を見渡して、回復魔法で動けるようになったから収納袋からヒールポーションを取り出して飲む。
大半の仲間が疲労困憊か、それなりの傷を負っている。
でも、死者はいない。
今は、それで良しとしよう。
とはいえ、バロメッツと戦った時にも思ったけど、もう少し私は斧を極めることだけじゃなくて、強くなることも意識したほうが良いのかもしれない。
仲間を頼り連携することは悪いことじゃないけど、私は少し仲間に助けられることに甘えすぎている気がする。
本当に、課題と反省の多い勝利だ。
そして、オシオン侯爵の屋敷まで、もう何事もなく帰還できることを願っている。
次回の投稿は8月29日金曜日1時を予定しています。




