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転生者は斧を極めます  作者: アーマナイト


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3-17 トネリコか、ユグドラシルか

 予想外のことに、バロメッツを定期的に狩れている。


 まあ、理由は単純で、戦力としてハイラムとチャルネトがバロメッツ狩りに参加しているからだ。


 人形会に関してはほとんど進展していないけど、貴族たちの反亜人の派閥はマルスト侯爵の元で再びまとまったらしい。


 それというのも、マルスト侯爵は悪辣な権謀術数を苦手としているけど、地味な利害調整が得意。


 なにより、王家へ高い忠誠心があり、誠実な人物で貴族たちから良くも悪くも、信頼されている。


 だから、時間が経過するごとに、一つずつ利権の輪から外されて、劇的じゃないけど確実にマルスト侯爵排斥を掲げていた貴族たちの勢いは弱まり、沈黙する。


 しかも、マルスト侯爵は、自分の排斥を訴えてた者たちを排除することなく、再び自分の派閥に取り込んだ。


 マルスト侯爵が慈悲による許しを与えたように周囲には見えるけど、実際には利害の鎖で身動きとれないようにしている。


 ……気のせいかもしれないけど、マルスト侯爵は権謀術数を苦手としてるんじゃなくて、ただ単にする必要がないだけのように思えてしまう。


 そんな人物から、殺意を向けられていたと思うと背筋が寒くなる。


 まあ、現状、マルスト侯爵はハイラムに誓ったから、息子の復讐をしないだけで、私を許したわけじゃないという事実が恐ろしい。


 それはともかく、ハイラムとチャルネトは、貴族たちを訪問する必要が減り、自由にできる時間がある程度できた。


 だから、称号のバフ効果のテストとして、バロメッツ狩りに参加した……参加だろうか?


 ハイラムはバロメッツをほぼ単独で倒してしまった。


 青い聖剣巡礼者の導きと白銀の鎧聖者の礎という強力な装備の効果もあるけど、それ以上にハイラムの実力が大きい。


 ハイラムがバロメッツと戦った時は事前情報があるとはいえ、バロメッツをほぼノーダメージで倒したのだ。


 正直、ハイラムとの実力差は感じても、悔しさはない。


 あれは、別種のなにかに思える。


 レベル、スキルのような数字的なところなら、追いつけることはできるかもしれないけど、ハイラムの強さの根源はそういうことじゃない気がしてしまう。


 邪神の使徒を倒すための極限の全力疾走をしているようで、ハイラムが危ういとも感じる。


 ただ、ハイラムの目的を知っているだけに、私は気軽に休めともいえない。


 それに、ハイラムに対して、一歩踏み込んでもう少し私を頼れと言えない自分が歯がゆいと思ってしまう。


 なにはともあれ、ハイラムがいるとバロメッツが安定して狩れるので、オシオン侯爵の屋敷に滞在しているエルフたちの食生活改善には役立っている。


 そして、思い付きで、バロメッツの腸にバロメッツの肉を詰めたソーセージを作ってみたら、悪くなかった。


 味がじゃなくて、エルフの国相手の輸出品としてだ。


 王国に来ていた思春期エルフの一人が、バロメッツのソーセージをお土産に持って帰って、エルフの国で焼いて振舞おうとしたところ一瞬でなくなり、精神が落ち着いてるどころか、老成して常時賢者タイムなはずの成人のエルフ同士が、本気のケンカになりそうになったんだとか。


 バロメッツのソーセージをお土産に持って帰った思春期のエルフは、その恐ろしい光景から絶対に成人のエルフを怒らせないと心に決めたそうだ。


 とはいえ、バロメッツのソーセージはすぐに量産できる物でもないので、エルフの国から聖域でのみ入手可能な貴重品を毎日のように送られ、ハイラムは困っていた。


 ハイラムは仕方なく、他の仕事を後回しにしてバロメッツ狩りを優先している。


 まあ、バロメッツと戦うことで、ハイラムだけじゃなくて、ハルルフェント、チャルネトもレベルがそれなりに上昇しているから、悪くはないだろう。


 バロメッツの毛に関しては、色々とわかったこともあるけど、わからないこともあるので、防具などに利用するにはもう少し研究する時間が必要なようだ。


 さて、私はバロメッツという実験結果を見て、過去の実験結果を再検証することにした。


 これはどういうことかというと、失敗だと思った実験が、やり方によっては成功するかもしれないということ。


 バロメッツは当初、トレントを伐採した後の霊穴に、普通の木綿の苗を植えたけど、バロメッツにはならなかった。


 けど、聖域の木綿を植えたら、見事にバロメッツになったのだ。


 だから、もしかしたら、過去の失敗だと思った実験も、聖域のものに代えれば成功するかもしれない。


 この考えを、私はハイラムに伝えて、実験を実行することを了承してもらった。


 それで、トレントを伐採した後の霊穴に、なにを植えるのかといえば、トネリコだ。


 普通のトネリコの苗木を植えれば、普通にトレント化したトネリコになる。


 けど、これは失敗なのだ。


 私が望んだものは世界樹ユグドラシル。


 一応、この世界にも世界樹ユグドラシルが存在して、聖域には世界樹ユグドラシルが実際に健在なのだそうだ。


 エルフの国のユグドラシルは高さが1キロを超えるけど、聖域の最深部を異界化させているので、外からだと目視することができないらしい。


 このエルフの国の聖域に存在しているユグドラシルには、エルフの国でも成人したエルフのなかでも限られた者だけが、見ることを許されているそうだ。


 そして、この王国の第三王子で、エルフの国との友好関係にも尽力しているハイラムでも、ユグドラシルを見るどころか、聖域へ立ち入ることすらできないらしい。


 ゲームエンドレスインフィニットクロニクルだと、ゲーム開始時点でエルフの国と聖域が存在しないので、当然だけどユグドラシルも存在していないそうだ。


 一応、現状のハイラムぐらい強い者たちががパーティーを組んでも、挑むことすら不可能な高難易度ダンジョンで、世界樹の葉や世界樹の枝のようなアイテムは入手可能らしい。


 そんな世界樹ユグドラシルを意図的に誕生させることができる……かもしれないのだ。


 事前の話し合いだと、学者たちの大半が、ユグドラシルをあの魔境で誕生させることは不可能だと言っていた。


 この意見に、学者で霊脈士のヨウレプやエルフで精霊弓士のハルルフェントも同意している。


 私としては悲観的だと思うけど、不可能だと言っている者たちも、根拠もなく不可能だといっているわけじゃない。


 特に、霊脈の流れがわかるヨウレプとハルルフェントによれば、トレントが出現する魔境の霊穴は凄い強力だけど、ユグドラシルを誕生させるには魔力というかエネルギーが全然足りないそうだ。


 これを聞いてハイラムはユグドラシルを誕生させる実験にかなり前向きになった。


 といっても、ハイラムとしては、ユグドラシルを誕生させたいというよりは、わざと不完全なユグドラシルを誕生させて、成長するために魔境の霊穴や霊脈から根こそぎ魔力を奪わせて、魔境を崩壊させられないかと考えているらしい。


 個人的には、あの魔境がなくなると、トレントと気軽に戦えなくなるので、不完全なユグドラシルが誕生するパターンにはならないでもらいたい。


 とはいえ、実験してみないと、結果はわからないし、好奇心がかなり刺激されているので、実験をしない選択肢はないと断言できる。


 そして、ユグドラシルを誕生させる実験が開始した。


 けど、実験の根拠は結構曖昧だ。


 ユグドラシルは、北欧神話でトネリコの木だといわれているいうことだけを根拠にしている。


 ここじゃない、地球という異世界における神話が根拠。


 これだけ聞くと実験は失敗しそうだけど、バロメッツの例がある。


 そう私の実験でバロメッツというこの世界に存在しなかった魔物が誕生した。


 なら、同名のものが両方の世界で存在するユグドラシルの方が、誕生できる可能性は高いんじゃないかと思う。


 そして、聖域からトネリコの苗木をわけてもらい、魔境で私が伐採したトレントの後の霊穴に植えた。


 最初は失敗したかと思ったけど、いつもと様子が変だった。


 いくつもの植物の苗や種を植えたから、実験の成功と失敗の蓄積がある。


 そのパターンから考えると成功に近いんだけど、成功ともいえない。


 まあ、この場合の成功と失敗の基準も基本的にトレント化できるかで、世界樹ユグドラシルにできるかの基準じゃないのだけど。


 普通のトネリコの苗木の場合は、普通のトレントになった。


 その流れも、成長の仕方も普通だった。


 けど、今回の聖域のトネリコの苗木で植えたものは、並みのトレントよりも大きく成長している。


 なのに、トレント化しない。


 一応、この実験が成功しても周辺に影響は出ないように、魔境の周辺じゃなくて、深い中心に近いところで実験をしている。


 そして、1か月が経過して、トネリコの木はトレント化することなく成長して、50メートルぐらいの高さまで伸びて、成長を止めた。


 失敗かと思ったけど、ヨウレプとハルルフェントが、このトネリコの木はありえないほどの量の魔力を霊穴通じて霊脈から吸い上げていると説明してくれた。


 でも、見た目の変化は一切ない。


 だから、見張り要員を交代でおいて、一時的に私たちは帰還した。


 そして、それから、2か月後、魔境から見張りの人員が、トネリコの木が成長を再開させたと告げたのだ。


 寝起きしているオシオン侯爵の屋敷から、3日かけてトネリコの木を植えた魔境の中心を目指した。


 そして、魔境に入って2日目に、それが視界に入る。


 高さ1キロをこえるという聖域の世界樹ユグドラシルほどじゃないけど、高いというかデカい巨木。


 地球だとセコイアが樹木で100メートルをこえる高さに成長するけど、私の視界にあるのは高い木というよりも、木の形をした超高層ビルという感じだ。


 細長いという印象はまるでない。


 そして、植えたトネリコの木のもとに私たちはたどり着いたけど、近づいてもトネリコの木から攻撃されることはなかった。


 トレント化しないで、ユグドラシルになったから、攻撃しないのかとヨウレプやハルルフェントに聞いてみたら、トネリコの木はまだ成長途中とのこと。


 魔境に植えたトネリコの木は高さ300メートルにはなっている。


 それなのに、成長するというのだから恐ろしい。


 実験の途中ということで、実際に攻撃はしないけど、斧と伐採のスキルを起動させて迷宮のラブリュスを構えたら、バカデカいトネリコの木をどう感じるかやってみた。


 結果でいえば、スキルの答えを聞くまでもない。


 スキルを起動させて構えた瞬間に、今の私じゃタメ切りを使っても、かすり傷さえつけることができないと理解した。


 いや、理解させられた。


 そして、同時に、今のうちに目の前の木を伐採すべきだという恐怖に基づいた生存本能がささやく感覚と、成長した姿を見て挑んでみたいという斧を極めたいという欲望が告げる感覚が、矛盾することなく私のなかで存在している。


 友人を、国を、世界を思うなら、目の前のトネリコは成長しきる前に伐採すべきだけど、私は斧に魅入られ、全力でそれを振るう対象を求めているのだ。


 邪神の使徒並みの厄介ごとになるかもしれないけど、私は沈黙する。


 それに、根本的な問題として、すでに対処不可能にも思えるのだ。


 ここで警告を発したとして、この場にいる者たちがどう努力しても、目の前のトネリコの木は伐採できない。


 そう、現状だと伐採する手段がないのだ。


 そんなことを考えていた時に、全身を絶対零度の不快な何か包まれているような気分になった。


 動けという意思はあるのに、恐怖が動くなという悲鳴をあげて阻害する。


 深呼吸を一回して、恐怖を制御。


 行動の根幹に設定。


 変化する状況に、停滞は危険だと恐怖を納得させる。


 周囲を観察。


 視覚的に大きな変化はなし。


 ただ、魔力を捉える感覚が告げている。


 異質になっていると。


 曖昧な感覚だけど、さっきまで漂っていた魔力の濃度に変化はないと断言できる。


 ただ、似ているのに、まったく異質の魔力になってしまったようだ。


「あれはなに?」


 ハルルフェントの言葉につられて視線を向ければ、トネリコの木の根元に紫色の液体が広がり泉になってしまった。


 沸騰している紫色の液体の泉は、トネリコの木の周囲に半径50メートルくらいの広さまで広がっている。


「まさか、フヴェルゲルミルか!」


 全身鎧姿のハイラムの言葉に、私は首を傾げながら応じた。


「フゲ、なに?」


「知らないのか? 北欧神話に出てくる泉だ」


「そこまで北欧神話に詳しくないので。それで、その泉は世界樹ユグドラシルと関係があるんですか?」


「まあ、無関係ではないが。どちらといえば、別のものと関わりが深いな」


「別のもの……あれ、ユグドラシルの根元の泉には……」


「ああ、ニーズヘッグがいるな」


 ハイラムの言葉がきっかけであるかのように、赤い目をした黒い大蛇が、沸騰した紫色の泉から姿を現した。


 全長は泉に隠れてわからないけど、推定で30メートル以上で、直径は牛を丸呑みしそうなほど太い。


 しかし、そんなことよりも重要なことがある。


 ここにいたら、私たちは全滅する。


 可能性じゃなくて絶対だ。


 まだ、ニーズヘッグはこちらを認識していない。


 だから、


「撤退!」


 ハイラムの号令と同時に全員が駆け出した。


 生き延びるための全力疾走。


 走りながら思った。


 木こりのジョブか、伐採スキルか、わからないけど、私のなかのなにかが、撤退する直前に見たトネリコの木は、すでに世界樹ユグドラシルに変化していると告げている。


 危機的な状況なのに、なぜか笑みが漏れてしまう。

次回の投稿は8月1日金曜日1時を予定しています。

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