3-16 バロメッツを実食
「私は高貴なエルフで、優れた精霊弓士でもあるから、あの程度の魔物を倒せて当然といえば当然なんだけど、あなたが造った弓の力も少しはあるかもね」
私の作った赤い弓を手に耳をパタパタさせながら胸を張って言うハルルフェントに、戸惑いながらも応じる。
「えっと、ありがとう」
ヨウレプに回復魔法をかけてもらって、ヒールポーションを飲んだからボロボロだった体はなんとか回復しているから会話に支障はない。
ハルルフェントのジョブである精霊弓士と、私の作った赤い弓は相性が良かったようだ。
狙ってやったわけじゃないけど、赤い弓の内部の魔力の通り道を二重螺旋に整えたことで、ハルルフェントが、魔法を使う時と同様に、精霊の力を借りるときの制御や効果の増幅に影響があったらしい。
ちなみに、ハルルフェントの精霊弓士というジョブはエルフ固有のジョブで、もっというならエルフのジョブは教会で授けられるんじゃなくて、ある程度の年齢に育つと勝手にジョブが決まるそうだ。
これもエルフが特殊な種族である特徴といえるかもしれない。
だから、エルフは現存する種族で一番古くて神々に近いという説もある。
まあ、個人的にはジョブが自分で選べる種族で良かったとは思う。
「それで……」
ハルルフェントが言いにくそうにしているので、口を開いて確認する。
「体調か、装備に異変が?」
「そうじゃなくて……レベルが上がったの」
少しだけばつが悪そうに視線をそらして言うハルルフェントに、既視感を覚える。
かつて、アプロアもレベルアップしたのを気に病んでいた。
なら、私が言うべきことも決まっている。
「……私のことは気にせず喜んでいいんですよ。間違いなく、あなたはバロメッツの経験値を受け取るだけの活躍をしたんですから」
「……うん、ありがとう、えへへ」
ハルルフェントが顔を赤くして照れている。
あまり褒められ慣れていないのだろうか?
なんとなく、ハルルフェントの姿が、村にいる弟妹たちを想起させたので、深く考えないで思わず頭をなでてしまった。
「あの……高貴なエルフに触れられたことを光栄に思いなさい」
ハルルフェントが恥ずかしそうに顔を赤くして、嬉しそうに耳をパタパタさせて威厳がなくなっているけど、指摘したりはしない。
なんというか、この国にきたエルフは傲慢なんじゃなくて、斜に構えがちな素直になれない思春期の若者という感じだ。
言動や態度は面倒だけど、心根は悪くないし、相手を信頼すると素直になる。
それはそれとして、予想以上に強かったバロメッツとの交戦だけど、嬉しい副産物があった。
獣人とエルフの仲が良くなったのだ。
迫りくるハイオーガの群れに、協力して挑んだことでエルフたちの強さを認めて、獣人たちが態度を軟化させたのが大きい。
元々、獣人たちの価値観において強さは大きいから、一度実力を認めてしまえば多少言動や態度が悪くても許す寛容さはある。
ただ、これまで、エルフたちが獣人たちの前で倒した魔物はオーガくらいなので、実力を認めようがなったのだろう。
……これなら、獣人とエルフにパーティーを組ませて、実力的に相応しいダンジョンに挑ませれば、もっと早くに解決していたかもしれない。
まあ、それでも、獣人とエルフの関係は改善されたから良しとしよう。
それよりも、問題なのはバロメッツだ。
獣人とエルフじゃなくて、獣人同士でもめている。
なんで、獣人たちが、バロメッツのなにで、もめているのかといえば、血抜きだ。
バロメッツを解体するときに血抜きをするかどうかで、それぞれの主張をする者同士が殴り合いのケンカになりそうになっている。
当事者の言い分は、魔境の魔物だろうが、普通の森の動物だろうが、倒したら手早く血抜きすべきという者たちと、バロメッツはヒツジのような形状だけど、生き物としては植物に近く体内の液体も血液じゃなくて、果汁でうま味だから捨てるべきじゃないと指摘する者たち。
どっちの意見も一理あって、なるほどとは思う。
しかし、どうするべきか?
問題を面倒にしているのが、この場に狩人のジョブについている者がいないから、解体スキルを習得してる者もいないので、バロメッツを血抜きすべきかスキルによって判別することができない。
結局、エルフたちのバロメッツの体液は血と別のものだという意見を参考に、今回は血抜きせずに解体して食べることになった。
ただ、そのとき、気になるなら、次は血抜きして食べてみればいいと言った私を、獣人とエルフ関係なく全員が化け物でも見るかのような視線を向けてきたのは勘弁して欲しい。
別に、私としては勇ましいことや無謀なことを口にしたわけじゃないのだ。
今回の知見を取り入れて、もう一度バロメッツに挑めばもう少しスマートに狩れるというだけの話だ。
スキルは習得していないけど、魔物や動物の解体になれた獣人たちに、バロメッツの解体を任せている間に、ヨウレプのような学者たちと、ハルルフェントを中心としたエルフたちとバロメッツに関する話をした。
話と言っても本格的な議論じゃなくて、それぞれのバロメッツに対する印象を、イメージが新鮮なうちに語ろうというものだ。
時間がたつと常識や立場からの遠慮が邪魔をして貴重な意見を取りこぼすかもしれないから、こういうのはやって損はない。
「なら、バロメッツは、根が霊穴から魔力を補給し続けるから、どれだけ魔力を使用しても魔力切れは期待できないか」
なかなか、面倒な話だけど、バロメッツが一度に使用できる魔力の上限は決まっているから、短期決戦を目指すなら問題とはならない。
ちなみに、バロメッツが霊穴から魔力を補給し続けると見抜いたのは、霊脈士のヨウレプとハルルフェントだ。
ハルルフェントの場合は霊脈士ほどじゃないけど、精霊の力を借りると霊脈の流れや動きが分かるらしい。
そして、色々議論されるなかで、話題はバロメッツの物理無効についてになった。
ここにいる者たちは、魔物の能力を分析する専門家じゃないけど、バロメッツの物理無効は異質に見えたらしい。
実体があって、他の魔物のようなバリアのようなものによる物理無効とも違う。
まあ、一応、バロメッツも物理無効とは違う魔力のバリアを使うけど、あの魔力のバリアと物理無効には関係がない……と思う。
そこで誰かが、単純にバロメッツの毛の防御力が高いんじゃないかと口にした。
……確かに、一理ある。
私が全力で振るった迷宮のラブリュスで無傷という事実から、物理無効だと勝手に思ったけど単純にバロメッツの防御力が高いだけの可能性は否定できない。
タメ切りで迷宮のラブリュスを無数に振るって、ようやく倒せるのがトレント。
なにしろ、バロメッツは、そのトレントと同クラスの魔物だ。
それこそ一撃で、バロメッツにダメージを与えられると考える方が傲慢だろう。
そして、目の前にはバロメッツの毛があるので、この場でも色々と試せる。
生前のバロメッツの毛よりは、脆かったり弱かったりするかもしれないけど、それでも調べればわかることがあるだろう。
バロメッツの毛を調べ始めてすぐに違和感を覚える。
サンプル用に毛を1本切るだけでも苦労すると思ったのに、簡単に切れてしまった。
興味を持った全員で、調べたらバロメッツの毛の特徴が少しだけわかったように思える。
バロメッツの毛はそのままだと少し頑丈な毛でしかない。
探せば、これよりも頑丈な毛はいくらでもあるだろう。
けど、魔力を流すとその性質を一変させる。
魔力を流せば流すほど、バロメッツの毛は頑丈になった。
しかし、この場でもっとも魔力量の多いハルルフェントですら、バロメッツの毛の上限まで魔力を込めることができない。
しかも、毛に魔力を込めても数秒で、空中に魔力が飛散して毛の強度が戻ってしまう。
燃費が悪すぎる。
バロメッツの毛に上限まで魔力を込めれば、迷宮のラブリュスによる一撃すら無傷で防ぐ。
けど、そんな膨大な魔力を込め続けるなんて、霊穴から魔力を無尽蔵に補給し続けるバロメッツ以外には不可能だろう。
ただ、魔力を込めたバロメッツの毛は物理攻撃には強いけど、魔法攻撃に対してはそこまでじゃなかった。
とはいっても、魔法に対する防御力も、物理の非常識な防御力に比べれば低いという話だ。
並みの魔法だとダメージを与えるのは難しい。
でも、例外がある。
バロメッツの毛は、火に対しては普通の毛だった。
まあ、だから、バロメッツは、火の精霊の力を借りたハルルフェントを警戒したのかもしれない。
バロメッツと戦うときは火の魔法が有効かもしれないけど、次に戦うときに火を大々的に私が活用するかと言えば微妙だ。
そもそも、目立つから勘違いしやすいけど、バロメッツのヒツジの部分は果実で本体じゃない。
バロメッツとの戦いで重要なのは、バロメッツの本体である地面につながった尻尾というか茎にどうやって攻撃を叩き込むかということ。
ヒツジの部分の対策は、そのためのものでしかない。
そして、なにより、バロメッツの毛を火の魔法で攻撃したら、素材としてのバロメッツの毛が確保できなくなる。
今回、持ち帰るバロメッツの毛を調べて、一切利用価値がなければ火の魔法で燃やしてもいいけど、そうはならないと思う。
そうやって、数人がバロメッツを解体している横で、バロメッツに関する雑談をしていると、解体している者たちがとんでもないことをしようとしている。
バロメッツの内臓を捨てようとしたのだ。
私は特段、内臓系の肉が好きというわけじゃないけど、苦労して手に入れた食材なのだから、無駄にして欲しくはない。
内臓の放棄を私が止めれば、獣人たちも異議を唱えたりしなかった。
獣人たちも魔物や動物の内臓を食べないわけじゃないけど、好んでるわけでもないようだ。
まあ、内臓系の肉はクセがあるから、それが獣人たちの嗜好に合わなかったのかもしれない。
そして、私の目の前には、バロメッツの肝臓がある。
もっとも、この肝臓が見た目通りの機能をもっているのかは不明だ。
とはいえ、新鮮な肝臓、つまりレバーだ。
だから、レバ刺しにして食べてみた。
獣人たちが、引いているような気もするけど、気にしない。
それに、エルフたちは興味深そうにこちらを見ている。
バロメッツのレバ刺しだけど、マズくはない。
ただ、食べると首をひねりたくなるような不思議な感覚になる。
見た目はレバ刺しなのに、口に広がるのはフォアグラというかあん肝とアボカドを混ぜたような濃厚で不思議な香りと味。
それに、噛むごとに肉汁というか果汁が溢れて、それがやや酸味があって、けれどそれ以上に複雑で上品な臭みのない出汁のようで、天然のソースとなって、レバ刺しを切った食材じゃなくて完成した料理にしている。
美味しくて不思議な味だけど、期待したレバ刺しの味と違うから、微妙な感じがしてしまう。
味の方向性がまったく違うなら素直に驚けるけど、微妙に近いから気持ちがスッキリとしない。
まだ、レバーしか食べてないけど、バロメッツの血抜きをしなかったのは正解かもしれない。
血抜きしなくても生臭さなどは皆無で、噛めば美味しい赤い果汁が口のなかにあふれる。
うん、これは血じゃなくて果汁だ。
赤い見た目や独特の粘性が血液っぽいけど、口に入れても鉄っぽい生臭さは影も形もない。
横で興味深そうに見ていたハルルフェントに、バロメッツのレバ刺しを一切れ渡せば、肉類を食べられないはずなのに、躊躇うことなく口にした。
周囲の獣人たちが静かに驚く。
この世界だと、肉や魚の生食はあまりやっていないのかもしれない。
そんなことを考えていると、レバ刺しを食べたハルルフェントが、興奮した様子で私の体を揺らしてきた。
絶世の美女からの戯れなのに、そういう意味で嬉しいとは思わない。
よほど美味しかったのかハルルフェントが嬉しそうに耳をパタパタさせている様子をみると、子犬が尻尾を振っているようで微笑ましいと思ってしまう。
ハルルフェントの様子をみて、興味を持った他のエルフたちが我も我もと求めてくるので、そこそこの大きさのバロメッツのレバーが、すぐになくなってしまった。
獣人たちもエルフたちの様子を見て食べたそうにしていたけど、今回はエルフたちの食べられる肉を用意することが目的だったので、遠慮してもらった。
しかし、レバーを他のエルフに切り分けて渡す私に、ハルルフェントが恨みがましい目を向けるのは勘弁して欲しい。
彼女としては、レバ刺しをもう少し堪能したかったのかもしれないけど、他のエルフたちよりは多く食べれたのだから納得して欲しいものだ。
思春期のエルフは外見が絶世の美男美女だけど、中身は子供といっていい。
そうして、いよいよ本命のバロメッツの肉を食べてみた。
生や、レアからウェルダンまでの焼き方や切り方を試して、一番は表面を少しあぶった厚切りのレアステーキが美味しいかった。
焼きすぎると天然のソースとも呼べる果汁が焦げて風味がなくなるけど、表面をあぶるくらいだと最適なメイラード反応となり、酸味が丸くなって香ばしくて複雑な味と風味になる。
それこそ、焼いたバロメッツの肉の味付けは軽く塩を振るくらいで十分に美味しい。
好みよっては塩すら不要で、エルフたちは焼いたバロメッツの肉に塩をかけないことを好んだ。
一方で獣人たちは、ミディアムレアくらいまで焼いて、もう少し塩を多くかけていた。
バロメッツの肉は美味しかった。
でも、好みの領域かもしれないけど、臭味やクセがなくて上品にまとまっていて、突き抜けた特徴がないから私には少し物足りない。
個人的にはフォレストウルフの肉に、キクラゲモドキの粉末と塩をかけた物のほうが好みだ。
とはいえ、エルフたちと獣人たちの仲は良くなったし、エルフたちは食べられる肉が見つかって食が豊かになり、良いことずくめだ。
ただ、予想外のことに、予定期間をすぎてもエルフたちがエルフの国に帰らないで、バロメッツを倒すことを希望していて困る。
私としては、バロメッツと戦うことに否はないけど、メインで挑みたいのはトレントなのだ。
なんだけど、ハルルフェントという絶世の美女に子供のようにねだられると、強く拒絶できない自分がなさけない。
次回の投稿は7月18日金曜日1時を予定しています。




