5 魔境探索開始
「そろそろ、魔境だから全員警戒するんだぞ」
アプロアの言葉に、私、シャード、エピティスの3人は自然と同時に応じた。
「「「了解」」」
警戒のためにも、周囲を観察する。
ここの魔境はアマゾンのジャングルというほど樹木が密集していないけど、まばらというわけでもない。
魔境の見た目は、暗い夜のように黒い木、永遠に燃える木とかがあるわけじゃなくて、前世の田舎で行ったことのある雑木林と大差がないと感じてしまう。
多彩な木々や土とかの生命力を感じさせる自然の匂いも、普通の森と変わりがない。
でも、気温が低いわけじゃないのに、体の芯にしみ込むようなかすかな寒気と、冷静な心を侵食するような妙に落ち着かなくなるような圧迫感がある。
意識的に、ゆっくりと深く呼吸をして、心の平静を維持する。
ここは魔境だから確率は高くないけど、危険なゴブリンとかの好戦的な魔物と出会う可能性がゼロじゃない。
戦闘スキルを習得していて、武装していれば子供でもゴブリンに勝てる可能性は低くない。
けど、それはゴブリンが同数以下の場合だ。
出会った魔物が、こちらよりも多いゴブリンだったり、ゴブリンより強い可能も十分にある。
それに、同数以下のゴブリンが相手でも、攻撃を受ければ大人でも運が悪ければ死ぬ。
だから、気は抜けない。
なにしろ、ここにいる全員が防具と呼べる物を装備していない。
私を含む農奴の3人が着ているのは、防御力を期待できなさそうな貫頭衣。
貫頭衣の素材は麻のようなナゾイモのつるを加工して糸にしたもので、それなりに丈夫だけど魔物の攻撃を防げるようなものじゃない。
アプロアの着ている服もしっかりとした作りの物のようだけど、防御力は期待できないだろう。
腰のヒモに差した母から借りた採取用のナイフと愛用のゴブリン銅の斧に手を置いて、早鐘を打ちそうになる心臓の鼓動を落ち着かせる。
「なあ、なにを探す?」
先頭で警戒しながら告げたアプロアの言葉に、私は首を傾げながら応じた。
「なにをって?」
「なにって、魔境で取ってくるものに決まってるだろ」
「ああ、そうだね。なにがいいかな?」
どうしよう。
ここにアプロアたちは、度胸試しを終わらせるために来ている。
当然、私もそのつもりだと考えているのだろう。
斧スキルを成長させるために割る薪がなくなった魔境の木を自由に伐採したいから、ここにきているとは夢にも思っていないに違いない。
心なしか、ストレスでお腹がキリキリと痛い気がする。
3人に対して、どういう理由で魔境に来たかったのか正直に話してスッキリしたいけど、この雰囲気だと無理かな?
私が罪悪感から逃れるために、3人の楽しそうな雰囲気に水を差して台無しにしてしまうのは違う気がする。
とりあえず、今日は魔境への慣れもかねて、度胸試しを終わらせることに専念しよう。
でも、度胸試しのお題をクリアするのも難しいかな?
「薬草じゃダメだよね」
確認のために口にした私の言葉に、アプロアが強い口調で応じた。
「そんなんじゃダメに決まってるだろ、フォールたちが驚くようなものじゃないとダメだ」
シャードとエピティスの2人も、アプロアと同意見なようで彼女の言葉を肯定するように、力強くうなずいている。
「了解、フォールたちが驚くようなものを見つけよう」
と口にするけど、自然と現実的には難しいなと思ってしまう。
少し年上の平民グループのリーダー格の少年フォールは、自分たちの度胸試しでなにかの骨を拾ってきて、子供たちから以前よりも一目置かれるようになった。
その骨は大人たちから見ればまるで価値のないゴミだけど、子供たちにとっては羨望の対象となるトロフィー。
そんなフォールが驚くようなものを見つけるのは、現実的に難しい。
この度胸試しには、明確な時間制限が存在しないけど、子供たちの暗黙の了解で初めて子供だけで魔境に入ってから、1週間ぐらいで見つけないといけないと思われている。
よくわからない骨よりも、薬草のほうが実用的で社会的に価値があるけど、子供たちのコミニティだと違う。
それに、なにが凄いかという明確な基準もない。
なんとなく、みんなが凄そうだと思えたから凄いという曖昧な審査基準。
果実、葉、石に枝。
珍しい種類や、変わった形をしているものが見つかればいいんだけど、そうじゃないとなにを探せばいいのかもわからない。
漠然と、子供たちにとって凄いものの探索。
時間制限は約1週間。
人数は4人。
それに対して、子供だけで入っていい魔境の浅い部分はかなり広い。
時間内に隅々まで探索できる広さじゃない。
明確に対象を設定しないで見つけるのは至難の業だろう。
そもそもの話として、探索している魔境の浅い領域に、子供たちが驚く凄いものが現在進行形であるとは限らない。
最悪の場合、存在しないものを探し続けるという場合もあり得る。
どうしたものか。
これから1週間、明確な計画もなく闇雲に探索して、時間を浪費するのは嫌だ。
できれば、早く魔境での斧スキルの修行をしたい。
そのためにも、早期に子供たちにとって凄いものを見つける必要がある。
とはいえ、私にはそういうものを見つける技術や経験がない。
前世の知識も役立たずである。
周囲に気を張って、運良くなにかが見つかることを期待するしかないかな?
……あるいは、いっそのことそこら辺の木を伐採してから、変わった形に斧で加工して珍しい物を作ってしまうか?
……無理かな?
技術的には時間をかければ可能だと思うけど、アプロアたちがこういう不正のような行為に難色を示しそう。
それに、事実が子供たちの間で露見したときに困るだろう、主にアプロアが。
この度胸試しに明確なルールはない。
だから、珍しい物を自分で作ってしまうのも、ルール違反にはならない。
大人の社会なら、こういう裏技のような行為も容認される。
卑怯だけど、そういう発想は凄いとしぶしぶでも認められるだろう。
でも、素直な子供のコミュニティに、そんなものは通用しない。
ルールがないから許されるとかの大人の間で通用する論理は通用しない。
ただ、容赦なく、卑怯者と見なされる。
特に、私たちのグループだと、アプロアが他の子供たちからの信頼を失うことになりかねない。
現状、アプロアは農奴の私たちと仲がいいけど、村長の子供ながら公平で年下の子供たちの面倒もよくみるから、平民の子供たちからも信頼されている。
そんなアプロアにとってリスクのある行為をしてまで、この度胸試しを早期に終わらせようとは、私も思わない。
あるいは、危険だけど比較的にゴブリンと出会う確率の高い魔境の浅い部分の奥のほうにまで行って、ゴブリンを狩ってそれを珍しいものにするか?
……色々な意味で危険かな?
時間内にゴブリンに出会えるのか。
出会ったゴブリンに被害ゼロで勝てるのか。
子供のコミュニティでは英雄だと認められるかもしれないけど、大人たちからは危険なことをしたと魔境への立ち入りを禁止されてしまうかもしれない。
……どうしよう、早期に度胸試しを終えられるとは思えなくなってきた。
そんな風に、自己完結した無益な思考で、無意味に気分を沈ませていると気が滅入ってくるから無理やり顔を上げて、頭上の木々になっている木の実を探していると、現状を偽装する。
「……あれ、なに?」
誰に向けたわけじゃないけど、疑問の言葉が自然と出てきた。
頭上、5メートルぐらいの高さのところに、いくつもの黒い実がなっている。
その黒い実は、どうしていままで気づかなかったのか不思議に思えるくらい多い。
初めて見る実で、親と薬草の採取にきたときは見かけたことがなかった。
まあ、薬草採取のときは下に生えている薬草を探すために、視線は常に下だから視界に入らなかっただけかもしれない。
視界の先にある実は黒い。
それだけなら視界に入っても気にならなかったかもしれないけど、この実はかなり大きかった。
目測だけど前世で食べたスイカぐらいの大きさは確実にある。
あんな重そうな実をいくつもつけているのに、この魔境の木は枝を下へとしならせることもない。
もしかしたら、あの黒い実は中身がスカスカで見た目ほど重くないのだろうか。
「なんだ、ファイス。なにか、見つけたのか?」
アプロアが嬉しそうに近づいてくる。
「あれって、なにか、知ってる?」
「うん? ああ、黒玉か」
私が指さした先の黒くて大きな実を確認して、アプロアは明らかにがっかりしている。
アプロアはあれがなにか知っているようだ。
「アプロアは、あれがなにか知っているの?」
「あれは黒玉だよ」
「黒玉、初めて見た。毒があるの?」
毒のような理由がなければ、あの黒玉という果実が食べられるのに、うちの食卓に並ばない理由がわからない。
どうしよう、ナゾイモと薬草で味覚を蹂躙され続けている身としては、あの黒玉という果実を味見したくなってきた。
「いや、オヤジが言うには食えるはずだぞ」
「なら、なんで、村で食べないんだ?」
食べられるなら、これまで村で食べられてこなかった理由がわからない。
いつも村で食べているナゾイモよりもマズいのだろうか?
それでも、魔境で採取できる複数の薬草たちよりもマズいとは思えない。
「え? なんでって、毒はないけど、苦くて美味しくないし、薬草みたいに凄い効果とかもないからだろう。時々、ゴブリンとかの魔物が食べてるらしいけど、村にはイモもあるし、わざわざ取りにくくて重い黒玉を取ってくる理由なんてないじゃん」
「そうか…………あれって、珍しいものにならないか?」
アプロアの苦いという言葉に、黒玉への興味は少し下がったけど、それでも一口だけでも味見してみたいという好奇心の火は消えない。
だから、黒玉を持ち帰ることを提案してみる。
「えーーーダメだろ。あんなの魔境になら結構なってるから珍しくもないし、凄くない」
バッサリとアプロアに否定されてしまう。
「けど、度胸試しで村に持って帰ってきた奴はいないよね」
「いないけど、それは珍しくないからだろ」
「そうなんだけど、魔境から取りにくくて、重い実を取ってきたってことを評価されないかな?」
という理屈で、アプロアが納得してくれないかなと、期待してみるけど、
「ダメだろう。フォールたちに、負け惜しみだって思われる」
やっぱり、否定されてしまう。
「……そうか、ダメか」
まあ、今回は諦めるか。
「ファイス、欲しいのか?」
シャードが黒玉に視線を向けたまま聞いてきた。
だから、
「えっ? うん、どんな味なのか気になって」
正直に答える。
「そうか。エピティス、あそこで受け止めてくれ」
シャードは静かに、指を差しでエピティスに指示を出してから、弓を構える。
シャードの視線が鋭くなり、周囲の空気が張り詰めるように、静寂をまとって停止していく。
なにをするのかと不思議に思って見ているとシャードが矢を放ち、黒玉が枝から落ちて下で構えていたエピティスが見事にキャッチした。
「マジか」
自然と言葉が口から出ていた。
黒玉のなっていた枝までの距離はそれほど遠くないけど、目標はヘタと枝の間の指1本分くらいの細い場所。
それなのに、果実に当てることなく、黒玉を枝から落とした。
凄い。
シャードが弓のスキルを持っているのは知っていたけど、ここまで上手いとは知らなかった。
スキルレベルはシャードを上回っているかもしれないけど、武器の扱いの上手さで勝っているとは言い切れない。




