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転生者は斧を極めます  作者: アーマナイト


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3-15 バロメッツに挑んで

「ハルルフェント、お願いします」


 それだけで伝わると信じて巨大なヒツジの魔物バロメッツに向かって駆け出す。


 それに合わせるようにバロメッツが、魔力を高めて光の玉を形成していく。


 奴の視線が見定めているのは、当然だけど距離を詰めている私だ。


 直撃すれば死ぬ。


 魔法に対す防御力のあるヘルハウンドの毛皮のマントで受けるのは?


 死ぬまでの時間が1秒ぐらい延長されるかもしれない。


 その程度だ。


 けど、これはヘルハウンドの毛皮のマントの魔法防御力が低いんじゃない。


 バロメッツの魔力による攻撃の威力が高すぎるだけだ。


 これだけ高い威力の魔力による攻撃を続けているのなら、早期の魔力切れが期待できるか?


 ……いや、可能かもしれないけど、消極的すぎる。


 慎重な判断も悪くはないけど、今はまだ試行錯誤をする余地が多い。


 だから、臆せずバロメッツとの間合いを詰める。


 距離は30メートルを切っている。


 前世ならともかく、現状の私なら数歩で届く距離。


 バロメッツは嫌な相手だ。


 光の魔力を発射可能な状態で待機させている。


 なぜ、すぐに撃たないのか?


 簡単だ、間合いを詰める私が回避不可能なタイミングを待っている。


 実に、賢しいヒツジだ。


 バロメッツとの距離が、20メートルを切ったときに待機していた即死級の魔力が私に向かって伸びてくる。


 バロメッツは玉の状態で魔力を保持していたのに、発射すると線になるから不思議だ。


 それはともかく、タイミングが悪い。


 走っているときの両足が地面についていないわずかなタイミングを狙われた。


 もちろん、それでも、地面を蹴って回避行動をするのは可能。


 問題は、それをしたところで避け切れないということ。


 迷宮のラブリュスで魔力による攻撃を受けても防ぎ切れない。


 ……対応は?


 私はバロメッツが怖い。


 だから、私に油断はない。


 想定通りに、強撃を強引に発動。


 回避?


 いえ、攻撃です。


 私に向かってくる光の奔流に対して、サイドステップで大きく避け入れ替わるように大きく真横に迷宮のラブリュスを振るう。


 強い衝撃で大きくはじかれるけど、両足で地面を捉えて耐える。


 地面を耕すように両足で地面をえぐりながら停止した。


 どうやら今回は5メートルの後退で済んだようだ。


 強引に発動させた強撃に、バロメッツの魔力を弾いたときの衝撃と反動で、全身の筋肉と関節が悲鳴を上げているけど、それだけだ。


 まだ、動ける。


 斧スキルを起動させ、迷宮のラブリュスを振りかぶり、バロメッツに向かって突進する。


 無謀な突進?


 いや、勝算とは呼べないけど、一筋の光明がある。


 それは、バロメッツの魔力攻撃のタイムラグ。


 魔力のバリアと光線のような2種類の使い方をバロメッツはするけど、間断なく連続で使用してこなかった。


 だから、バロメッツの次の攻撃までに、迷宮のラブリュスを叩き込める……かもしれない。


 バロメッツまで、5メートル。


 成功したと思ったときに、バロメッツ内部の魔力が急速に高まるのを感じた。


 もう、始動しているから、黒い大斧迷宮のラブリュスを振るうのを止めることはできない。


 けど、バロメッツの横に回り込んでいるから、魔力の光線は角度的に難しいだろう。


 なら、バロメッツが選択する対処は?


 当然、全方位をカバーする球状の魔力のバリアだろう。


 案の定、迷宮のラブリュスの刃がバロメッツの毛皮に50センチまで迫るけど、吹き飛ぶように破裂した魔力に弾かれる。


 10メートルほど後退するけど、衝撃とダメージは魔力の光線ほどじゃない。


 私のなかで蓄積しているダメージは、日蝕の腕輪で少しずつ回復しているけど、継戦は可能。


 バロメッツが敵意に満ちた視線を私に向けてくる。


 思わず体が硬直するような威圧感だ。


 空気が重くて、呼吸が難しい。


 でも、大丈夫。


 なぜなら、音速を超えたとき特有の破裂音を従えて飛翔する矢がバロメッツに命中し……なかった。


「うそ、だろ」


 冷汗が顔を伝う。


 バロメッツは、不意打ちで飛んできた音速の矢を独特の渦巻き状のアモン角で軽々と弾いた。


「さすがだ」


 私の言葉が理解できたわけじゃないだろうけど、異変を感じたバロメッツが動こうとするけど遅い。


 タイミングをズラして放たれたハルルフェントの2射目の矢が、バロメッツの目に刺さる。


「ゴオオオゥゥゥ」


 バロメッツの腹に響く重低音の叫びを上げる。


 ハルルフェントは、優秀だ。


 私が動く前の一瞬の合図で察してくれたし、1射目が外れる可能性を考えて備えていた。


 エルフの国の外交の代表を任されるだけのことはある。


 ……まあ、弓の腕と交渉力に相関関係があるかは知らないけど。


 そして、私の追撃。


 バロメッツが痛がって、作った隙は1秒あるかどうか。


 前世なら絶望的に短すぎる。


 けど、この世界の私ならその短い時間で、バロメッツが魔力のバリアや光線を放つよりも先に、黒い愛用の大斧である迷宮のラブリュスを叩き込める。


 魔力の高まりで警戒されるのを嫌って、あえて強撃は使わなかった。


 手加減なんてない、斧スキルが見せる最適解をわずかにこえた一撃。


 ……なのに、バロメッツの首に叩き込んだ迷宮のラブリュスの刃が入らない。


 ……いや、それどころか、バロメッツの白い羊毛のように見える毛の一本すら切れていない。


 恐怖が告げる、動けと。


 バロメッツの魔力が急激に高まり、バリアが形成されすぐに爆発するように弾けて奴を中心に全周囲の5メートルのものを薙ぎ払う。


「ファイス、ハイオーガの群れです!」


 後ろから聞こえてくきたヨウレプの言葉に頭が混乱する。


 ハイオーガの群れ?


 ハイオーガは、オーガよりも一回り大きくて強い上位種。


 けど、そのハイオーガが群れている?


 ヨウレプはなにを言っている?


 確かに、この魔境でもハイオーガがオーガの群れに混じっていることも低確率ならありえるけど、ハイオーガだけの群れなんて聞いたことがない。


 ……そういえば、目に矢を受けてバロメッツが咆哮したとき、フォレストウルフが仲間を呼ぶときに気配が似ていなかっただろうか?


 ……バロメッツはハイオーガを呼べるのか?


 確信も、確証もない。


 思い付きに等しいけど、放置はできない。


「ヨウレプ! バロメッツは咆哮でハイオーガを呼べるのかもしれません」


「そんな……了解しました。近づいてくるハイオーガの群れは他の者たちで対処します! ファイスとハルルフェントはバロメッツに集中してください」


「了解、任せました」


 ハイオーガはオーガよりも大きくて強いけど、それでもここにいる者たちの実力を考えれば群れで襲ってきても十分に対処できるだろう。


 しかし、それも、ある程度の数ならばだ。


 仲間たちの実力を考えると、一度に対処できるハイオーガの数には限度がある。


 つまり、仲間たちの対処能力をこえるほど、バロメッツがハイオーガを呼ぶ前に倒さないといけない。


 ……なかなか厳しいな。


 私の手加減抜きの一撃が、バロメッツにまったく効かなかった。


 しかし、刃から伝わってきたバロメッツの感触に違和感がある。


 あれは、物質的に硬いとか、切れにくいとかじゃない気がするのだ。


 エンドレスインフィニットクロニクルに登場するという物理無効の能力だろうか?


 だとしても、攻略の糸口となる原理があるはずだ。


 ……あって欲しい。


 ハイラムから聞いた話だと、エンドレスインフィニットクロニクルの物理無効は、ゴーストのような実体がないから効かない場合と、なんらかのバリアのようなものに全身が覆われて物理攻撃が届かないケースの2種類。


 バロメッツは実体があるし、迷宮のラブリュスが命中したときに魔力のバリアはなかった。


 …………違和感、なんだ…………物理無効ならハルルフェントの矢を角で弾く必要はない。


 それに、次に放たれた矢はバロメッツの目に刺さった。


 観察。


 バロメッツを子細に観察して、過去の動きと対応を分析。


 時々飛んでくる即死級の魔力の光線を避けながら、冷静に、貪欲に考える。


 勝って生きるために。


 …………少し見えた。


「バロメッツの毛に覆われていないところに!」


 後方のハルルフェントに向かって叫びながら、陽動のためにバロメッツの気を引くように、目に矢が刺さって死角になっている方向から、攻撃をしかける。


 けど、


「はっ?」


 バロメッツの目に刺さっていた矢が抜けて、無傷の目が見えた。


 ああ、嫌になる。


 ある意味でトレントよりも強固な防御に、仮にその防御を突破して目を貫いても数分以下の時間で元に戻る回復力。


 バロメッツを殺すなら、回復できないほどの大ダメージを一撃で与えるしかない。


 現状だと、不可能に思える。


 けど、諦めて絶望するほどじゃない。


「偉大なる火の精霊よ、我に力を!」


 ハルルフェントの炎の付与された矢が、バロメッツの顔面に向かって飛翔する。


 矢に付与された炎は、魔法によるものじゃない。


 エルフだけが使える精霊魔法によるものだ。


 もっとも、この世界に精霊は存在しないとされている。


 けど、エルフは精霊に力を借りて魔法を行使しているのだから、矛盾している。


 ハイラムやヨウレプたちの話を総合すると、精霊とはエルフという種族が数千年も前から、存在すると思い込むことで創造して、エルフという歴史が共有している共通幻想。


 ハイラムがいうには実態をもった凄いイマジナリーフレンドが近いそうだ。


 ことの真偽はともかく、エルフにしか知覚できないし、利用できない、エルフのために存在し、エルフが存在させているのが精霊。


 そして、精霊は魔法よりも制御が不安定で発動に時間がかかるけど、少ない魔力で高い威力が出せる。


 ハルルフェントの炎の精霊の力を付与した矢の攻撃は、トレントの枝を切り落とすことはできないけど貫通するのだ。


 この攻撃が毛で覆われていないバロメッツの顔に命中すれば、かなりのダメージになるはず。


 けど、バロメッツの角によって炎をまとった矢が防がれた。


 続くように放たれた次の矢だけじゃなくて、その次の矢も防がれてしまう。


 バロメッツは油断なく、ハルルフェントを見すえる。


 私など眼中にないかのように。


 攻撃の直前で、バロメッツが私に気づいて魔力を高めるけど、遅い。

 

 奴が魔力を周囲に破裂させるよりも、私の攻撃が先に届く。


 そこで、ふと思った。


 バロメッツは聖域の木綿の苗をトレントを伐採した後の霊穴に植えることで誕生したのだ。


 つまり、ヒツジのような外見の魔物だけど、地面から生えた茎が尻尾につながっているからバロメッツは植物といえるだろう。


 ……それなら、伐採スキルが有効かもしれない。


 伐採スキルを起動した瞬間に絶望的な気分になる。


 感覚でいえば、付き合いの長い友人に容赦なく罵倒されたような感じだ。


 それも、耳を傾ければうなずくしかない圧倒的な正論で。


 簡潔にいえば、迷宮のラブリュスを強撃で振るいバロメッツの顔面に叩き込むことが、伐採スキルとしては容認できないようだ。


 なんで、そこに振るうの?


 バカなの?


 目、ついてる?


 という感じだ。


 泣きたくなった。


 トレントに迷宮のラブリュスを振るうときも、伐採スキルからダメ出しというか、修正はある。


 けど、それは、ミリ以下、コンマ以下の精度でのディスカッション。


 ダメ出しすら有用で、心地よい。


 でも、今回はそういうレベルじゃない。


 なんでそこに振るうのかという根本の否定。


 しかし、強撃は発動しているから、停止できない。


 轟音と共に、迷宮のラブリュスがバロメッツの毛で覆われていない顔面に命中してダメージを与えた。


 けど、顔に筋ができた程度の軽傷。


 バロメッツは傷を少し嫌がる程度。


 私たちは根本的に、バロメッツの狙うべき場所を間違えていた。


 バロメッツとは植物であり、狙うなら茎だと伐採スキルが教えてくれる。


「狙うのは、バロメッツの茎だ!」


 周囲に叫びながら、私もバロメッツの茎を狙う。


 けど、こちらがバロメッツの茎を狙っていることに気づかれたようで、茎を体で隠すように立ちふさがる。


 左右にフェイントを入れたりして回り込もうとするけど、バロメッツの動きも素早くて抜くことができない。


 牽制で迷宮のラブリュスを振るうけど、魔力を使うまでもなくバロメッツの角に防がれる。


 その隙に死角に回り込んだハルルフェントが矢を射るけど、バロメッツによって全周囲のバリアじゃなくて一方向だけの魔力の盾で防ぐ。


 魔力の盾はバリアと違って防御範囲が狭いけど、長時間展開できるようだ。


 本当に、こいつは性格が悪い。


 魔力で使えるのは、バリアと光線だけじゃなくて盾もあった。


 ここまで使わなかったのはこちらを油断させるためか、あるいは使う必要がないと思われていたのだろう。


 次の瞬間、バロメッツが頭突きの攻撃をしてきた。


 バロメッツの攻撃だから、ただの頭突きでも即死級だろう。


 けど、隙が大きいし、避けるどころか、茎への道が見えたと思い、踏み込んだ。


 バロメッツの脇を通り過ぎて、あと一歩で茎への攻撃が可能になると思ったら、バロメッツの真横で魔力の玉が形成された、魔力の光線を放つ直前のように。


 ハメられた!


 バロメッツは光線を放つ前に光の玉を形成するけど、それは顔の前でだった。


 だから、光線は顔の前から放たれると思い込んでしまったのだ。


 緊急で、避けながら、迷宮のラブリュスで横から光線を放つ前の光の玉を叩く。


 爆発的な衝撃に逆らうんじゃなくて、いなすように迷宮のラブリュスで受けるけど、それでも吹き飛ばされて周囲の木に背中から叩きつけられた。


 骨が何本か砕けたような気がして、全身を激痛と痺れが走り、口から生温かくて鉄臭いなにかがあふれているけど、どうでもいい。


 大ダメージだけど、動ける。


 なら、動く。


 勝ち誇るようにこちらを見すえるバロメッツ。


 奴は賢しくて面倒だけど、戦闘経験が浅い。


 勝ち誇るのは相手が絶命したときだけだ。


 体のダメージが大きいから、走ってバロメッツの茎に切り込むのは不可能。


 けど、吹き飛ばされたことで、射線は通っているし、こちらの射程内。


 とはいえ、バロメッツの茎が細くても、手斧や錬金鋼の鉈だと威力不足。


 斧、伐採、投擲、3つのスキルを起動させて、狙うべき場所と最適のモーションを脳裏に描く。


 倒れ込むように一歩を踏み出し、魔力を無理矢理高めて爆発するように反応させる。


 強撃の爆発的な力で、それをバロメッツの茎に向かって投擲した。


 なにを?


 当然、私の最も攻撃力の高い武器迷宮のラブリュスだ。


 確かに、迷宮のラブリュスはデカくて、長くて重いから、投擲向きじゃないけど、それは迷宮のラブリュスを投擲できないことを意味しない。


 実際、必要なら、剣や槍どころか、死体すら投擲したことがあるのだ。


 バロメッツが慌てて茎への射線を遮ろうとするけど、ワンテンポ初動が遅い。


 黒い破壊の風となった迷宮のラブリュスが、バロメッツの茎をとらえる。


「ギグオォォォーーー!」


 バロメッツが死に物狂いの叫び声を上げるが倒れない。


 よく見ると、投擲した迷宮のラブリュスは、茎を切断しきれていなかった。


 あと少しが足りない。


 バロメッツがそれを確認したかのように踏み止まる。


 けど、


「偉大なる火の精霊よ、我に力を!」


 ハルルフェントの放った高熱の矢が、迷宮のラブリュスの刃と挟むように命中して、茎を焼きながら破壊した。


「…………っ」


 バロメッツは信じられないというように、自分の尻尾から伸びる茎が切れたのを確認して、叫ぶことなく静かに地面へと倒れた。

次回の投稿は7月4日金曜日1時を予定しています。

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