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転生者は斧を極めます  作者: アーマナイト


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3-14 不和と実験

 とある実験の結果が出た。


 それは成功であり、失敗だった。


 成功とは、実験の結果が予想通りのものだったから。


 けど、結果は予想通りでも、内容があまりにも想定外だった。


 ……言い訳だな。


 正直なところなめていたのだ。


 魔境というものを。


 それでも、必要な実験だった。


 私の作った赤い短弓を受け取ったハルルフェントは、輝くような笑顔を浮かべて笹のように長い耳をイヌの尻尾のようにパタパタと動かした。


 すぐに、表情を戻して興味をない風を装っていたけど、耳だけパタパタと動き続けたので面白かったのを覚えている。


「せっかく頂いた物ですから、仕方なく使って差し上げます」


 と少しだけ不本意そうに言われたけど、表情や言動と違いハルルフェントの赤い短弓を扱う手つきは宝物に触れるように恭しかった。


 確かに、ツンデレというよりは、斜に構えて素直になれない思春期のようでもある。


 それに、ハルルフェントと一緒にきたエルフたちにも、私の作った弓に羨望の眼差しを向けてくれたから、私に対して怯えや嫌悪の混じった表情を時々見せるのも気にならなくなった。


 実際にトレントを伐採するために魔境へ同行してもらったときは、「高貴な我々と一緒にいられる幸運に感謝するといい」などの発言を思春期エルフたちから聞かされたけど、小型犬の威嚇のようでイラつくよりも微笑ましくなる。


 もっとも、同行している獣人たちは、そこまで簡単に割り切れないようで、何度か険悪な雰囲気になったことがある。


 もちろん、感情的になりやすい獣人たちと言えども、相手は他国の要人たちだから、直接衝突したりはしない。


 自分の短絡的な行動で国際問題を引き起こしたらマズいと思える分別はあるのだ……一応。


 けど、これは獣人たちが、私に対して態度の悪いエルフたちに我慢している構図。


 私は気にしていないけど、放置もよくないとは思っている。


 とはいえ、すぐに解決できる問題でもない。


 思春期の少年少女が、反発している大人に注意されて態度を改めるだろうか?


 ……もっと強く反発するだけだろう。


 そして、発生したのが、食事時の獣人たちの肉食自慢だ。


 まあ、自慢というよりも、肉や魚を使った多彩で豊富な料理を獣人たちが、エルフたちの前で食べるだけなんだけど。


 獣人たちは、それらの料理をエルフたちに提供したわけでも、食べることを強要したわけでもない。


 それなのに、エルフたちの前で肉や魚の料理を食べることが意趣返しになるのか?


 実のところ、これがなる。


 前提として、エルフたちは肉、魚、乳、卵を使った料理を食べられない。


 味覚と体質の両方の理由で食べられない。


 けど、それは食べたくないと必ずしもイコールじゃないことがある。


 前世でも、甲殻アレルギーでエビが食べられない同僚が、目の前で美味しそうにエビフライを食べる上司を羨ましそうにしているのを思い出される。


 他にも、アレルギーじゃないけど、味覚的に刺身やお寿司が食べられない別の同僚が、回転寿司でメニューの半分くらい楽しめないと悔しがっていた。


 それと、同じように、エルフたちも肉、魚、乳、卵の料理を美味しそうに食べてみたいと思うようだ。


 なにしろ、エルフたちは毎食似たような料理を食べている。


 それも、あまり美味しそうに食べていない。


 栄養補給のための義務のような食事。


 かつて村の薬草とナゾイモの食事が思い出される。


 まあ、前世の多彩な精進料理などを考えれば、エルフたちの食への探求心が低いというしかない。


 エルフの国で安定して供給できる食材でも、創意工夫をこらせば豊かな食事にありつけただろう。


 もっとも、エルフという成人すると行動力が低下する種族の特性と、エルフの国の人口比率を考えると食事に不満を持って変えようとする成人前の者が少数派の異端なのかもしれない。


 そんなエルフたちの前で、獣人たちは多彩な料理を美味しそうに食べる。


 日に日に双方の不和の色が濃くなっている気がする。


 時々、生チョコモドキやトレントシロップをエルフたちに提供してなんとかなだめている状況だ。


 魔境でトレントの伐採にエルフたちも同行して問題がないことを確認するという本来の目的が上手くいっているだけに、余計に問題が浮き彫りになっているような気がする。


 なので、エルフたちと獣人たちの関係改善のために、私は動くことにした。


 とはいっても、仲を取り持つとか、双方を説得するとかじゃない。


 そんな交渉力、私に備わっていない。


 ならどうするのか?


 エルフの食べられる肉を用意する。


 これは別に前世の大豆などで作った代用肉のことじゃない。


 ここはファンタジーな異世界なのだ。


 なら、肉のような植物が存在してもおかしくはない。


 そして、そういう存在に当てがないわけじゃないのだ。


 もっとも、それは前世の記憶によるもの。


 ハイラムに聞いて、エンドレスインフィニットクロニクルに登場したか確認できれば簡単なんだけど、彼は称号関連、人形会、貴族たちの動向と忙しくて、そのタイミングがなかった。


 このエルフでも食べられる肉を用意するという計画は肉自体も重要だけど、エルフたちと獣人たちの双方が協力することで、相互理解が進んで誤解や不和が減ることを狙ってもいる。


 すぐに効果が出るとは思わないけど、やらないよりはいいだろう。


 そして始まった実験だけど、失敗の連続だった。


 基本は、魔境でトレントを伐採した後に、別の種類の種や苗木を植えるという以前の実験同じ。


 だから、種を植えても、上手く育たずに失敗するのも想定内。


 一応、成功するかもと、試してみただけの実験。


 けど、苗やしっかりと成長したものも失敗するとは思わなかった。


 いくつか、種類や条件を変えてみたけど、結果はダメ。


 1か月近く実験の失敗が続いてしまう。


 ヨウレプのような専門家やエルフたちの意見を聞いて試行錯誤してみたけど、成功の可能性すら見えない。


 でも、怪我の功名というべきか、同じ実験を共同でやっているうちにエルフたちと獣人たちの不和も薄くなってきた。


 まあ、ある意味で当初の目的は達成しているので、実験の結果は失敗でもいいかもしれないと思い始めたときに、エルフたちが提案してくれたのだ。


 この実験に、エルフの国の聖域で自生している苗を使ったらどうかと。


 少し迷ったけど、せっかくの好意なので受けることにした。


 わざわざエルフの国の聖域から苗を枯らすことなく運搬して魔境に植えることまで、思春期エルフたちが積極的に協力してくれたから感謝しかない。


 そのおかげかわからないけど、トレントを伐採した後に植えた苗は、いつもなら枯れる時期をこえて成長した。


 そして、実験は成功したのだ。


 そう、魔境に植えた苗は順調に成長して予定通りの魔物になった。


 魔境で繰り返し植えていたのは木綿。


 木綿から肉が取れるだろうか?


 答えはノーだ。


 けど、前世の知識で木綿に関連した架空の生き物の存在を私は知っていた。


 この世界にそれが存在するのか、あるいは存在したとしても木綿の苗を植えることで生み出せるのか?


 不安要素もあったけど、エルフたちと獣人たちの不和をどうにかするためにも、とにかく行動する必要があったのだ。


 私が求めた魔物の名はバロメッツ。


 ある種の勘違いから生まれた存在。


 前世、東方から持ち込まれた木綿を見て、昔の西洋人はこの世には羊毛のとれる不思議な木があるのかと信じたらしい。


 その勘違いによって生まれたのが、バロメッツという架空の生き物。


 バロメッツとは、なんらかの神話や伝説に由来する生き物じゃない。


 だから、神々と戦ったとか、英雄に討伐されたとか、人々を苦しめたとかの逸話もない。


 ヒツジがなる植物。


 バロメッツとは、それだけの魔物。


 仮に実験が成功したとしても、バロメッツとの戦闘で苦戦する可能性をまったく考えていなかった。


 そんなことよりも、私はバロメッツの肉なら、植物だからエルフたちでも食べられるんじゃないかということだけを考えていた。


 そもそも、実験は失敗続きだったから、成功してバロメッツが出現したときにどれくらいの脅威になるのかなんて考えもしていない。


 そのバロメッツが目の前にいる。


 地面から伸びた木綿の茎が尻尾につながっているけど、それ以外はウシよりも一回り大きいヒツジ。


 ヒツジらしい渦巻き状のアモン角を一対生やしているけど、それも前世のヒツジの特徴から逸脱していない。


 見た目だけなら、恐ろしい特徴はないといえる。


 ……けど、怖い。


 私は目の前のバロメッツが怖い。


 感覚的なもので正確じゃないけど、目の前のバロメッツの強さは低く見積もって深淵のミノタウロス並みで、高く見積もってトレントと同等以上。


 バロメッツは油断しなくても、運が悪かったり、行動を読み間違えたら即死するレベルの魔物。


 実験は成功だけど、バロメッツの強さが予想外すぎる。


 バロメッツの威圧感にあてられて、空気が物理的に重くなっていると錯覚するくらいに呼吸が難しいと思ってしまう。


 手が無意識のうちに震えて、体が芯から冷たくなっている気がする。


 私の浅慮の結果だ。


 実験が成功してバロメッツが出現したときに、その強さを低く見積もっていた。


 想定外?


 誰にも予想できなかった?


 そんなことはない。


 手がかりはあった。


 ここの魔境に出現するのはトレントとオーガだけで、トレントは霊脈が集中する霊穴に出現する


 そして、バロメッツが出現した場所は、トレントを伐採した後の霊穴。


 なら、そこに出現する魔物の強さはトレントと同等以上の可能性があると推測できたはずだ。


 下手に前世の知識をもっているがゆえの慢心だな。


 問題はこれからどうするかだ。


 人形会対策の護衛たち、実験ということでヨウレプのような学者たち、修行ということで同行している屋敷で寝起きしている獣人たち、そしてエルフたちと合せて20人以上。


 全員が、オーガを単独で屠れるけど、トレントの相手は無理。


 枝を切り落とせる者もいない。


 バロメッツを相手にしたときに戦力として期待できるのは、私以外だとヒーラーとしてのヨウレプと、特殊な弓士としてのハルルフェントくらいだ。


 戦うべきか、引くべきか、という問題がある。


 安全を考えるなら引くべきだろう。


 ここでバロメッツと戦わないといけない理由がない。


 ……けど、戦ってみたいと私のなかの好奇心がささやく。


「ハルルフェント、大丈夫ですか?」


「ふん、私は高貴な種族であるエルフだぞ。こ、この程度のどうということもない」


 顔を流れる汗と、指先の震えを見えればハルルフェントの心理は手に取るようにわかる。


 彼女はバロメッツを恐れてはいるけど、虚勢を保てているから飲まれてはいない。


 それはそれとして、ハルルフェントの汗だくで青い顔をして虚勢を張る姿は滑稽なはずなのに、神々しくもあり、さながら絵画のようでもある。


 美が極まるとどんな立ち振る舞いも、カッコよく見えてしまうようだ。


「ヨウレプ、やれますか?」


 私の言葉に、学者らしからぬ、あるいは獣人らしい闘争心に満ちた笑顔でヨウレプが応じる。


「私たちはサポートになると思いますが、学者として未知の魔物と出会って交戦することなく撤退することなんてできませんよ」


「わかった、やってみよう。ただ、マズいと思ったら即座に撤退する」


「了解です」


 ヨウレプが素直にうなずき、それに続くようにハルルフェントが思春期のエルフらしく応じた。


「ふん、その場合は貴様らに合わせてやる」


「遠距離攻撃で、様子見してみましょう。可能な方はタイミングを合わせてください」


 初手が遠距離攻撃なのは意味がある。


 バロメッツは尻尾が茎になって地面につながっているから、ある意味で鎖でつながれた獣のようなものだ。


 つまり、トレントほど不動というわけじゃないようだけど、移動できる距離には限界がある。


 なら、相手の攻撃範囲外から安全かつ一方的に攻撃できる…………かもしれない。


 まあ、試して損はない。


 この攻撃にバロメッツがどう対処するかで、こちらの次の行動の指針になる。


 左手に迷宮のラブリュスを保持したまま右手に持った魔鋼製の手斧に意識を集中していく。


 浮つき油断しそうになる己を、バロメッツの恐怖を心の根幹に据えることで防ぐ。


 斧と投擲スキルを起動して、手斧を振りかぶりながら魔力を高める。


 使うのは強撃じゃなくて、タメ切り。


 投擲だから、タメ切りじゃない気もするけど、ささいなことだ。


 バロメッツのあらゆる動きに注視して、周囲にいる仲間たちの位置と動きも把握して、己の攻撃モーションも精緻に精密に制御していく。


 動いた瞬間に、魔鋼製の黒い手斧が、轟音を置き去りにして閃光となる。


 完璧なタイミングで周囲から無数の矢とナイフと魔法が、バロメッツに向かっていく。


 命中すると思った直前に、バロメッツの内側から急激な魔力の高まりを感じて、次の瞬間には半透明の魔力でできた球場の膜が全方位を包み、弾けて、すべての攻撃を完璧に防いだ。


「バリアとか、ウソだろ」


 茫然としたまま口から言葉がもれる。


 けど、それで終わりじゃなかった。


 即座に、バロメッツの魔力が再び高まり、顔の前に30センチほどの光の玉が形成される。


 全身を悪寒が駆け抜けていく。


 あれは、マズい。


 だから、踏み出して、バロメッツの注意を引く。


 この行為は成功したようで、バロメッツの視線が私を捉えると同時に、白い閃光が伸びてきた。


 直撃したら即死。


 回避は不可能。


 瞬間的に魔力を高めて強撃を発動。


 強引に、白い魔力の閃光の軌道に、迷宮のラブリュスの刃を合わせる。


 これほどの魔法というか魔力による攻撃を、迷宮のラブリュスの効果で無力化できるとは思わないけど、なんとかなる……と思いたい。


 次の瞬間、迷宮のラブリュスがなにかに命中したと自覚するヒマもなく、強烈なGを感じて木に背中から叩きつけられていた。


 全身が、衝撃で痺れて動けない。


 妙な感じで、大ダメージを受けたはずなのに、痛みを一切感じない。


 実はノーダメージ?


 ……ありえない。


 なら、口から溢れている、この鉄臭くて生温かい液体はなんだ。


 死の足音が聞こえる気がするけど、幻聴だろう。


 体は動かないから、日蝕の腕輪に意識を集中して、回復効果が高まると思い込む。


「ヴェルデヴェッラよ」


 ヨウレプの声が聞こえると同時に、痺れが消えて全身が激痛を訴えてくるけど、無視して収納袋からヒールポーションを取り出して口にする。


「大丈夫ですか?」


 青い顔をしたヨウレプの言葉に、私は口に溜まった血液を吐き出してから応じた。


「ええ、申し訳ありませんが」


「はい」


「もう少し付き合ってもらえますか?」


 私の言葉に、ヨウレプは明るい表情で嬉しそうに応じた。


「……ハハッ、もちろんです」


 バロメッツは強敵だから、撤退が賢い選択だ。


 けど、このまま撤退することは私が納得できない。


 視線を手元に向ければ迷宮のラブリュスがにぎられている。


 あの衝撃で手放さなかったことは、偶然か、意地か。


 わがままだとは思うけど、迷宮のラブリュスを一回でもバロメッツに叩き込まないと素直に撤退できない。


 それに、これは無謀な意地じゃない。


 攻略の糸口というほどじゃないけど、挑む価値はある。

次回の投稿は6月20日金曜日1時を予定しています。

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