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転生者は斧を極めます  作者: アーマナイト


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3-12 エルフと称号

「気持ち悪い」


 そんな言葉を初対面の相手から言われてしまった。


 それも照れ隠しとかじゃなくて、この世でもっとも悍ましいものでも見たかのような嫌悪の表情を浮かべながらだ。


 私は自分が容姿端麗の美少年だとは思っていないし、性格についてもある程度の常識と善性は備えているけど、万人受けするような聖人でもないと自覚している。


 けど、初対面でここまでの拒絶の感情を向けられるとは思っていなかった。


 ある意味で敵意どころか、煮詰めたような強烈な殺意を向けてきたマルスト侯爵よりも、自分という存在が拒絶されて否定された気持ちになる。


 マルスト侯爵の息子を殺しているから、嬉しくはないけど私に殺意を向けられるのは理解できるのだ。


 でも、目の前のエルフの女性ハルルフェントから、初対面で嫌われる理由が理解できない。


 容姿、立ち振る舞い、体臭、声、事前の噂などで、初対面でも相手からの評価がマイナスになることはあっても、長年追い続けてきた怨敵であるかのように見られることはないだろう。


 未知の亜人のエルフと会えるという期待があっただけに、ショックも大きい。


 まあ、それでも、感動したのも事実だ。


 派手じゃないけど上品な動きやすそうな服装に身を包んだエルフの女性、ハルルフェントは前世を含めて男女関係なく容姿に関する美の究極を体現している。


 透き通るような長い金髪、生命の息吹を感じさせる深い緑色の瞳、艶やかで張りのある白い肌、エルフらしいけど違和感のない細長い耳、すべての造形と配置が完璧で生きた芸術といっても過言じゃない。


 それだけ彼女は美しい。


 けど、そんなハルルフェントに、歪んだ表情で「気持ち悪い」と言われてしまった。


 美人に罵倒されることを好む性癖の者にとってはご褒美かもしれないけど、あいにくと私にそういう趣味はない。


 だから、ただただ悲しくなる。


 それに、ハルルフェントだけじゃなくて一緒に来た数人のエルフたちも、私に対して嫌悪の表情を浮かべているから困ってしまう。


 ハルルフェントと同水準の美人たちから、そういった感情を向けられると、それだけで有無を言わせぬ迫力がある。


 けど、そのせいで、この場の雰囲気が悪くなっているのだ。


 ここは私が寝泊まりさせてもらっているオシオン侯爵の屋敷で、ハルルフェントたちはエルフの国からきた要人。


 自惚れるわけじゃないけど、私はこの屋敷で働いている獣人たちから好意的に見られている。


 さて、外国からきた要人が、特に落ち度もない私に「気持ち悪い」と言ったらどうなるか。


 答え、殺気を向ける。


 …………どうしたらいいんでしょう。


 能天気な子供じゃないので、いきなり悪口を言ってきたエルフが、この屋敷の獣人たちから嫌われていると無邪気に喜んだりはしない。


 そもそも、横柄だったり傲慢な要人の相手なんて前世の公務員時代に慣れている。


 相手から「気持ち悪い」と言われたり、嫌悪の表情を向けられる程度のことなら、嬉しくはないけど受け流せる。


 けど、この場だと、私が沈黙して受け流すのも正解とは言いにくい。


 それだと、今度は周囲にいる獣人たちが納得しないだろう。

 

 とはいえ、ハルルフェントたちを糾弾するわけにもいかないし、糾弾できる権限も私にはない。


 私の身分は公的にリザルピオン帝国の農奴から、王国の平民になっている。


 ハイラムのような王族、オシオン侯爵のような大貴族との友好的なつながりもあるけど、平民に変わりなく、外国の要人を咎める立場というか、身分じゃない。


 沈黙するしかないけど、私が沈黙していると状況は悪化するだろう。


 なので、近くで渋い顔をしているハイラムに、救援の意味を込めて視線を送る。


「ハル」


 ハイラムの周囲を凍てつかせるような怒りを感じさせる一言に、条件反射のようにハルルフェントがエルフたちを代表して頭を下げて応じる。


「っ! ……失礼しました。慣れない長旅で気分が悪くなってしまい、誤解させるようなことを言ってしまいました」


 すぐに、慌ててハルルフェントが頭を下げたことで、周囲いる獣人たちの敵意の圧力は減っている。


 でも、ハルルフェントの取り繕ったようなぎこちない表情をみれば、誤解の余地なく彼女が一目見て私を生理的に嫌悪するほど気持ち悪いと思ったのは間違いない。


 そのことが私を傷つける。


 私のなにが、ハルルフェントたちを気持ち悪いと思わせたのだろう。


 気になることだし、当人にも聞いて確認してみたいけど、私は会談の場から除外されて、いつも寝泊まりしている部屋で待機することになってしまった。


 平民という身分を考えれば国家間の重要な会談に参加できないことは変じゃないけど、予定だとこの会談に私も参加する予定だったのだ。


 ハルルフェントたちの私へ予想外の態度を見て、ハイラムが柔軟に対応したのだろう。


 状況を考えて十分に理解できる。


 理解できるけど、どうにもモヤモヤする。


「ウィトルイ、私って気持ち悪いですか?」


 私の部屋でトレントシロップのかかった黄色のパンケーキを食べるウィトルイに聞けば、間髪入れずにうなずかれてしまった。


「うん」


「……そうですか」


 物作りに長けているけど、生活費も生活力も皆無の錬金術師に、私が気持ち悪いと認められると、微妙な気持ちになる。


 いつもの生活態度がアレ過ぎて私は女性として認識していないけど、ラフな服装で髪はボサボサでもウィトルイは気だるげな雰囲気の白髪の猫族の美女でもある。


 だから、亜人の女性から見ると、私は気持ち悪いのかもしれない。


「だって、意味わかんないじゃん」


「はい?」


 ウィトルイの言葉に首を傾げる。


「その年齢の元農奴がトレントを単独で伐採できるって、凄いというより気持ち悪い」


「…………?」


 ウィトルイの言いたいことはわからなくもないけど、強迫観念に駆られて血みどろの努力を重ねてきたというわけじゃないから、微妙に納得できない。


 ただやりたいことがあって、必要に応じてそのための努力をしていただけだ。


 遊んで強くなったとはいわないけど、その道行は決して苦難に満ちていたわけじゃない。


 環境とか、タイミングとか、運が良かったとは思うけど、気持ち悪いと思われるほど異常じゃないはずだ。


「まあ、凄いは凄いんだけどさ。誰かに強制されているわけでもないのに、全速力で無茶な生き方しているから、憧れるっていうよりも、少し不気味なんだよね、君」


「借金できなくなっても、懲りずにギャンブルで生活費を溶かす人に言われるとショックです」


「アハハハ、エルフのいうことなんて気にしない方がいいよ。価値観がまったく違うから気持ち悪いの意味も、君が思っているのとは違う……かもしれない」


「かも、ですか」


「私はエルフじゃないから」


 確かに、ウィトルイの耳は、エルフのような笹耳じゃなくて、白いネコの耳だ。


 …………見ていると、どんな感触なのか無性に確かめたくなるけど、色々と面倒になりそうなので自重する。


「そうですけど、できれば印象を良くしておきたいので」


「……アレ? もしかして、ホレた?」


 ウィトルイの能天気で見当外れの言葉に、あきれながら応じた。


「……はぁ、トレントの伐採に関してマイナスにならないかと危惧しているだけです」


 エルフの国の要人であるハルルフェントが、王国の王都じゃなくて、オシオン侯爵領のここの屋敷にきているのは、私にとって無関係じゃない。


 ハルルフェントたちは、ある種の懸念を伝えにきたのだ。


 トレントを伐採しているんじゃないかという懸念。


 間違いなく、私は定期的にトレントを伐採している。


 けど、ハルルフェントたちエルフが気にしているのは、魔境に出現する攻撃的なイビルトレントのことじゃなくて、聖域で普通の植物が長い年月をかけて変化した穏やかで好戦的じゃないトレントだ。


 なんでも、王国内でトレントの素材が流通するようになって、友人や信仰の対象にすらしている普通のトレントを伐採して、イビルトレントだと偽っているんじゃなかと思われているらしい。


 どうしてこうなっているのかといえば、イビルトレントを安定して伐採し続けているというのが信じられないようだ。


 それよりも、普通のトレントの存在している未知の聖域を発見して、伐採した後にイビルトレントだと偽っているというほうがエルフたちには納得できるらしい。


 なので、実際にイビルトレントを伐採している私が、直接エルフ側の疑問に答えて懸念を払拭する予定だった。


 けど、エルフ側の代表のハルルフェントに、一目で気持ち悪いと思われてしまったから困る。


 これで魔境でのトレント伐採が不可能になるとは思わないけど、人形会の問題も解決していないし、不確定要素は増えないで欲しい。


 トレントやオーガの角で適当に物を作って現実逃避していると、ハルルフェントを中心としたエルフたちとの会談を終えたハイラムがチャルネトをともなって訪ねてきた。


「ハルがお前を気持ち悪いと言った理由がわかったかもしれない」


 嬉しそうに言ったハイラムに、首を傾げながら応じた。


「理由?」


 気持ち悪いと思うことに合理的な理由なんてあるのだろうか?


 私の存在を全否定するような理由でないことを祈るような気持ちでハイラムの次の言葉を待つ。


「ああ、俺も気づいてなかったが、この世界には称号が存在しているかもしれない」


 大発見でもしたかのようにハイラムは言葉を口にするけど、応じる私はどうにも理解できていない。


「称号、ですか」


 どうやら、一般的な意味じゃなくて、エンドレスインフィニットクロニクルにおけるシステムとしての称号のことらしい。


 さらに、ハイラムが称号について詳細に説明してくれたけど、これに気づくのは難しい。


 なにしろエンドレスインフィニットクロニクルというゲーム内で習得可能な称号は、文字通り実績解除したという証明でしかないものが大半で、習得すると効果がある称号の方が少ないようだ。


「ジョブ、レベル、スキルと違って、称号を習得しても謎の声が教えてくれるわけではないようだ。そもそも、称号という存在を知っている転生者が、疑って検証しなければ確認できない存在だな」


 言いながらハイラムが思考の海に旅立ちそうなので、私の言葉で現実に引き戻す。


「なるほど……それで、私が習得している称号とは?」


「お前の過去の行動と、ハルの反応をみるにおそらく自然破壊者で間違いない」


「……無数の木を伐採している自覚はありますが、それはほとんど魔境の木で、生態系に影響のありそうな森林伐採はしていませんよ」


 確かに自分のために黒竹、魔樫、トレントと多くの植物を伐採したけど、世界から自然破壊者と見なされるのは納得できない。


「俺に言われてもな。この世界をデザインしたものに文句を言うといい」


 肩をすくめるハイラムに、微妙な気持ちになりながら肝心なことを聞く。


「それで、その自然破壊者という称号の効果は? エルフに嫌われるとかですか?」


「あくまでもエンドレスインフィニットクロニクルでの話だが、自然破壊者の称号の効果は常時エルフへの好感度がマイナス、それと植物系の魔物と戦う時に補正が付く」


「エルフと友好関係を構築するのが難しいのはわかりました。それでも、植物系の魔物に対して補正が付くなら悪くはない……と、思いたいですね」


 うん、エルフのハルルフェントから初対面で気持ち悪いと言われるのも、無自覚に習得した称号の影響なら仕方がない……とは割り切れない。


 できることなら、称号を設定したものに文句を言いたいところだけど、推定この世界の神々に言葉が通じるとも思えないから、早急に気持ちを切り換えたほうが良いだろう。


「そうか。……チャルネト、これからのスケジュールだが」


 勢い込んで続けようとするハイラムの言葉を、チャルネトがため息をしながら遮る。


「ダメです」


「……まだ、なにもいっていないぞ」


「自分が習得しているかもしれない称号の確認と、新しく習得できるかもしれない称号の確認と効果を調べるつもりなのでしょう」


「わかっているなら」


「これ以上は働きすぎです」


 チャルネトの言葉は事実だ。


 ハイラムは色々なことに関わって、問題が発生したら直接出向き、空いた時間に自己研鑽と、各所からの報告を確認して必要なら指示を出す。


 明らかに働きすぎだ。


 それに、最近は人形会を雇ったのがマルスト侯爵なんじゃないかという噂が広がっている。


 そのことを理由に、マルスト侯爵がハイラムをないがしろにしているんじゃないかと、貴族の反亜人派閥に思われて、派閥がハイラムと敵対する意思はないと示すためにマルスト侯爵を色々な意味で排除すべきという流れがあるらしい。


 ハイラムとしては、貴族の反亜人派閥を率いるのがマルスト侯爵であることが望ましいけど、強硬に亜人を排除したい勢力はそのことをわかったうえで、マルスト侯爵がハイラムをないがしろにしていると大義名分にしているそうだ。


 なので、ハイラムは王都で人形会対策というよりも、反亜人派閥がマルスト侯爵の元でまとまるように動いている。


 良く動く二枚舌を備え、華麗な面従腹背を平気でやる貴族たちの相手だ。


 ハイラムの疲労は相当な物だろう。


 ハイラムとしては、そんなことよりも、王国の存亡に関わる邪神の使徒の問題に傾注したいはずだ。


 けど、そのためにも、反亜人派閥を放置して、連中が意図せず邪神に利するような面倒な動きをさせるわけにもいかない。


 だから、ハイラムの心身を心配するチャルネトの懸念はわかる。


 でも、


「……わかった。定期的に休憩を取ることを約束する。それでいいだろう」


 旅行前の子供のように嬉しそうにしている珍しいハイラムの様子をみれば、称号について調べて検証することが、ハイラムにとって労働じゃなくて趣味のような息抜きになる気がする。


 そのことをやんわりとチャルネトに伝えたら、彼女がハイラムに同行することを条件に引き下がった。


「ファイス、作って欲しい物がある」


 突然のハイラムの言葉に、首を傾げながら応じた。


「なんでしょう」


 同じ部屋に、王族の前でくつろぐ図々しい態度のウィトルイもいるのに私に依頼する?


 技術やスキル的に、私に作れてウィトルイに作れない物はない。


 普段の生活態度を見ていると忘れそうになるけど、錬金術師としてかなり優秀なのだ、ウィトルイは。


 つまり、作る物に求められるのは品質というよりも、私が作ることに意味があるのかもしれない。


「ハルルフェントのために弓を1つ作ってくれ」


「…………は?」


 意味はわかるけど、わかりたくはない。


 エルフの国との関係を考えれば必要なのだろう。


 ハルルフェントと関係修復できましたという茶番のような儀式で、私の作る弓は仲直りの象徴として贈られるのだ。


 茶番で象徴だとしても、国賓に贈る物を作るとか、冷たく胃を押し潰すようなプレッシャーで吐きそうになる。

次回の投稿は5月23日金曜日1時を予定しています。

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