3-9 人形会
魔境からの帰路、仮面の連中に襲撃されたことで、ハイラム主導の調査がある程度すむまで一時的に魔境へ行くことを禁止されてしまった。
それなのに、魔境に残っている学者たちは、強制的に帰還させるどころか、安全のために増援が送られている。
なんとなく不公平だと思うけど、世の中とはそういうものだ。
逆に考えれば、増援を送るぐらいの成果を学者たちが報告しているということだろう。
屋敷にいる戦える獣人たちに、取り囲んでもらって四方八方から攻撃してもらって、その場から私は一歩も動かずに左右の手に持った錬金鋼の鉈でさばくという訓練で汗を流したり、木工や錬金術で適当な物を作って暇をつぶしていた。
そんな状況が1週間ぐらい続いて、トレントに斧を振るいたい欲求が高まり、どうしたものかと思い始めていたら、チャルネトをともなったハイラムが部屋を訪ねてきた。
「襲撃犯の身元がわかった」
前置きもなく告げたハイラムの言葉に、私は首を傾げながら応じた。
「はい?」
「どうした?」
「……いえ、こういう犯行をする者たちは、身元がバレないようにするものだと思っていたので」
ハイラムと指揮下の組織が優秀でも、1週間程度の時間で身元を推測するんじゃなくて、特定するのは難しいように思える。
「優秀な部下に感謝したいところだが、今回に限っては部下が優秀というよりも、色々な意味で向こうが正体を隠す気がないからだろう」
「えっ……と隠す気がない?」
確かに、仮面の襲撃犯たちは、戦闘力が高いのに他の部分が雑だった。
戦闘などで手を抜いているわけじゃないけど、逃がすことなく確実に対象を殺すために、隙のないの緻密な計画をするというよりは行き当たりばったりのような気がする。
「それも含めて説明する。今回、お前たちを襲撃したのは、数か月前に働いていた鉱山から逃げ出した犯罪奴隷たちで間違いない」
はっきりとハイラムが断言するということは間違いないのだろう。
けど、
「その犯罪奴隷たちは首輪を?」
疑問に思ったので口にした。
鉱山送りになるような犯罪奴隷の行動を制限して、場合によっては装着する者を殺すこともある首輪型の魔道具をしていない可能性は低いだろう。
でも、そうなると犯罪奴隷たちが首輪をしていたのに、逃げ出せたことが疑問だ。
「していた。だが、不思議なことに死ぬこともなく逃げ出すことに成功している。それも含めて手引きした奴がいるのは確実だ」
「その犯罪奴隷たちの経歴は?」
私も付けたことのある首輪型の魔道具は、珍しい物というわけじゃないけど、誰でも簡単に入手できる物でもない。
当然だけど、そんな首輪を外すためには、正規の手順が必要になる。
それ以外の方法で犯罪奴隷が首輪を外すことも不可能じゃないけど難しい。
それなりのカネかコネか実力が必要となる。
つまり、逃げ出した犯罪奴隷たちは、それらの入念な脱獄計画を手配できる色々な意味で実力者ということになるだろう。
しかし、
「全員が元盗賊だな。そして、鉱山から逃げ出すまで、レベルもスキルも一桁だった」
ハイラムが口にしたのは予想外の事実だった。
首輪を付けた犯罪奴隷たちが死ぬことなく逃げ出せたという状況と、犯罪組織のトップどころか幹部ですらなくレベル一桁の盗賊という経歴がかみ合わない。
だから、どうにも違和感がある。
なにより、
「一桁? しかし、連中の実力は……」
レベル一桁だったなら、奇襲で恐怖の状態異常にされても、あそこまで苦戦することはなかった。
「わかっている。逃げ出したレベル一桁の犯罪奴隷が、数か月でレベル20以上に成長することも不可能ではない」
「でも、それは、衣食住や装備とかを十分に支援された状態で、死に物狂いで努力すればという話ですよね」
この世界のレベル上げはそれなりに面倒だ。
例えば、安全に倒せるからとゴブリンだけを倒し続けてもレベルを5くらいまでは順調に上げられるけど、それ以上は難しい。
格下相手だと、前世のゲームでいうところの経験値のようなものがほとんど入らなくなる。
だから、それ以上レベルを上げたければより強い相手を倒すしかない。
つまり、短時間で強くなろうと思えば、ギリギリ倒せる格上の魔物と戦い続けることになるのだ。
まあ、現状のトレントと頻繁に戦っている私も客観的に見れば同じような状況なので、それほど特殊でもないのかと錯覚してしまいそうになる。
なにより、
「そうだな。盗賊になるような連中が、誰かに支援された程度でそこまでの努力をするとは思えん」
ハイラムの言葉にうなずいて同意する。
鉱山に送られるような犯罪奴隷が、死に物狂いの血のにじむような努力をするとは思えない。
そもそも、なにかに対してそこまでの努力ができるなら、運が相当悪くなければ犯罪奴隷になることもないだろう。
「なら、誰かに強くなるように強要されたと?」
言ってみるけど、違うような気がする。
連中、手合わせした雰囲気から、誰かの指示で不自然に強くされたような感じじゃなかった。
「いや、犯罪奴隷たちが急激に強くなった理由は別だ。おそらく、人形会という連中が関わっている」
「人形会?」
言いながら不気味な感じがした。
人形会が言葉通りの意味なら怖くもないけど、前世のゲームやアニメに登場する人形師や傀儡子と呼ばれる連中は大体人形を操るんじゃなくて人を操ることが多い。
でも、疑問がある。
深淵のミノタウロスのようにテイムされて強化されることもあるけど、襲撃犯たちは操られて強化された感じでもなった。
「推定複数のメンバーが所属する組織の名だ。とはいえ、人形会という名も通称で、正式な名前も構成員も不明だ」
「なにもわかっていないと」
「そうでもない。連中の犯行の手口はわかっている。最初に器となる者を用意して、そこにメンバーが憑依してターゲットを襲撃する。反撃されて殺されたとしても死ぬのは器で、憑依したメンバーはまた別の器に憑依して殺しが成功するまで襲撃を繰り返すというものだ」
ハイラムの言葉が事実なら、首輪を外せる人形会という組織が、誰でもいいから使い捨ての器にするために犯罪奴隷が鉱山から逃亡するのを手伝ったことになる。
……いや、レベル一桁を選んでいるから、人形会の連中が憑依するには器となる者は弱いほうがいいのかもしれない。
相手は鉱山送りになる元盗賊の犯罪奴隷たちだから同情の余地はないんだけど、それでも人生の最後が誰かに体を乗っ取られて使い捨てにされるのだから哀れだ。
「憑依って、相手はアンデッドなんですか?」
人形会の正体がアンデッドの集団だと面倒だ。
戦ったことはないけど、この世界のアンデッドは肉体の有無にかかわらず、ダメージが通りにくくて倒しにくいらしい。
実体のない霊体を切るとどんな手ごたえなのか興味はあるけど、積極的に出会ってみたいというほどじゃない。
「わからん。仮に、憑依と説明したが、詳細は不明だ。遠隔で襲撃犯を操作している可能性も否定できない。憑依している手段も、魔法、スキル、ジョブ、魔道具と特定できていないのが現状だ」
忌々しそうにハイラムが、その端正な顔を歪ませる。
人形会というよくわからない犯罪組織が国内で活動しているのに、効果的に取り締まれないどころか、後手に回っているのが悔しいのかもしれない。
あるいは、
「転生者が関わっている可能性が?」
口にするけど可能性は低いと思っている。
私のように前世の記憶があったとしても、凡庸な行動と能力しかない例もあるから、転生者だからといって全員がチート級の存在というわけじゃない。
それでも、よくわからない技術の根幹に転生者が関わっている可能性を完全に排除するわけにはいかないだろう。
「……可能性は低いと思うが否定できない。邪神の使徒、もしくは邪神そのものが関わっている可能性もある」
「邪神がですか?」
「可能性の話だ。邪神に関しては、使徒を生み出して世界を滅茶苦茶にすること以外一切が不明だ」
ハイラムの言葉になるほどと思う。
よくわからない技術の元が、転生者じゃなくて邪神関連の可能性も否定できない。
「……そうですか。しかし、レベル一桁の者に高レベルの者が憑依すると、その強さになるという原理がわかりませんね」
「レベル、スキル、ジョブの原理は不明だ。だが、レベルは個人の肉体ではなく、魂を強化しているのかもな」
「魂の強化ですか?」
なんとなく納得できず首を傾げてしまう。
主観的にレベルが上がると謎の力で肉体が強化されていると感じているから、よくわからない魂というものが強化されていると言われても素直にうなずけない。
「あまり深く聞くな、俺も知識があるわけではない。それほど興味があるなら、王立図書館に行く機会を用意するから自分で調べてみろ」
「ありがとうございます。いずれお願いします。それで……」
言おうとする内容を考えると、自然と口が重くなる。
けど、確認しないわけにもいかない。
「なんだ?」
「ナイフの件はどうでしたか?」
仮面の連中に襲われて返り討ちにした際に、チャルネトと死体を探ったら面倒な物を見つけてしまったのだ。
襲撃犯である人形会に私の殺害を依頼したであろう人物の手がかりを。
それは襲撃犯が所持しているには似つかわしくない美しい装飾が施されたナイフだ。
その装飾のなかには、マルスト侯爵の家の紋章も含まれていた。
実にわかりやすい構図だ。
私に恨みをもつマルスト侯爵が、ハイラムとの約束によって表で私を殺せなくなったから、人形会に依頼して殺そうとしている。
でも、襲撃犯が依頼人を特定できる物を持ち歩くだろうか?
普通に考えればありえない。
これはマルスト侯爵を依頼人だと仕立て上げるための罠。
それも、出来の悪い罠だ。
とはいえ、真実はその逆で、そうやって自分が疑われないようにマルスト侯爵が人形会にわざとナイフを持たせた可能性を完全に否定することもできない。
けど、私やチャルネトが大貴族のマルスト侯爵を調べるわけにもいかないので、調査はハイラムに任せるしかなかった。
仕方ないとはいえ、義理の父でもあるマルスト侯爵を調べるのはハイラムにとって気分のいいことじゃないだろう。
「ああ、それか。義父と妻は直接、間接問わずに人形会にお前を害する依頼をした事実はない」
ハイラムがはっきりとした口調で断言する。
しかし、義父のマルスト侯爵だけじゃなくて、妻であるミエルサも調べたことに驚く。
確かに、マルスト侯爵の娘でもあるミエルサには、私を害する動機がないとはいえない。
それに、魔境へ行く直前に突然訪問していたミエルサと会っているから、怪しいとえば怪しい。
けど、それをハイラムが否定したということは、
「恐れながら殿下には、そう断言できる証拠が?」
存在するということだろう。
「真実の天秤で調べた」
とだけ言ってハイラムは沈黙してしまう。
王国だと真実の天秤とは詳しい説明が不要なほど有名なのだろうか?
真実の天秤という名前から大体の性能はわかるけど、少しは補足説明をして欲しいので、視線をハイラムの横に控えるチャルネトに向けた。
「真実の天秤は、嘘を見極める魔道具です」
「……帝国では真実の天秤を使っていないのか?」
不思議そうに聞いてくるハイラムに、私は首を傾げながら応じた。
「さあ、どうでしょう。少なくとも私のいた村にはありませんでした」
リザルピオン帝国に対して愛国心や帰属意識はほとんどないけど、真実の天秤が一般的じゃなかったというだけで王国に負けた気がして悔しく思ってしまうから不思議だ。
「そうか、確かに安くはないからな。とにかく、真実の天秤によって2人は嘘を言っていないと証明されている」
「完全に無関係だと?」
「わからん。真実の天秤と呼ばれているが、あの魔道具は発言が嘘ではないと証明できても、それが即座に真実を言っていると保証するものではないからな。それに、ナイフは本物だった」
「それは……」
微妙でややこしい状況だ。
紋章入りのナイフが偽造だったなら、ある程度2人を警戒しつつも、容疑者、あるいはその協力者じゃないと判断することも可能だろう。
けど、ナイフは本物。
これだと無条件に無関係というのは無理がある。
つまり、ハイラムはマルスト侯爵とミエルサの2人を疑い続ける必要があるということだ。
「調べたら、妻が保管していたナイフの1つ紛失していたらしい。だから、調査は継続する」
「継続するんですか?」
合理的な判断だとは思うけど、親しい者を疑うハイラムの心の負担が少しだけ心配になる。
まあ、ハイラムなら、それも含めて上手くやるだろう。
「当然だ。2人は直接、間接問わずに殺しの依頼をしていないことが証明されたが、まったく関与していないと証明されたわけではないからな。とはいえ、短期間で結果が出るとは限らない。だから、急造の対策だが、これをいくつか持っていろ」
ハイラムが差し出したのは、太さ1センチ、長さ10センチくらいの木の枝だった。
「これは?」
「トレントの枝から作った樹霊の守りだ。一度だけだが、あらゆる状態異常を防いでくれる」
「ありがとうございます」
頭を下げて樹霊の守りという名の木の枝を受け取る。
「それと並行して、訓練をしてもらう」
「訓練ですか?」
「なに、難しいことではない。体内の魔力を高めて一定以上の速度で循環させると精神系の状態異常への抵抗力が高くなる。それに、ポーションほどの即効性はないが、精神系の状態異常にかかった場合でも影響を減らせる。覚えて損な技術ではないだろう」
ハイラムの説明に、うなずいてから応じる。
「それはそうですね。それで、その技術はどれくらいで習得できるのですか?」
「基本はお前の強撃の準備段階と似ているから、一月はかからないだろう」
「一月ですか。……えっと、その間は……」
「当然、安全のためにも魔境へ行くのは禁止だ。魔境へ行きたければ早く習得するのだな」
「はい……がんばります」
ハイラムの判断は間違いじゃない。
正体不明の人形会という状態異常の攻撃を多用する連中に狙われてる。
人形会を短期間でどうにかできそうにないから、最低でも精神系の状態異常に抵抗する技術を習得するまで魔境へ行くことを自粛するのは当然だ。
頭で理解しているけど、ね。
なんとか、早期に習得するか、奇跡的に人形会が壊滅するのを願うしかない。
次回の投稿は4月14日金曜日1時を予定しています。




