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転生者は斧を極めます  作者: アーマナイト


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3-7 錬金鋼の鉈

 視界を死が埋め尽くしている。


 その死の名をトレントの枝。


 私にとっては見慣れた相手で、数えきれないほど切ってきた。


 それでもトレントの枝による一撃の威力が減ったわけじゃない。


 直撃されれば即死するだろう。


 私の心のなかには一片の油断も緩みもない。


 むしろ、大きくなろうとする恐怖と緊張が問題だ。


 なぜ、ここまで緊張しているのか?


 その答えは私の手のなかにある。


 そこには黒くて重い存在感の塊のような大斧迷宮のラブリュスがない。


 代わりに、左右それぞれの手に黒い鉈が握られている。


 深淵のミノタウロスとの戦いで壊れた魔鋼製の鉈の代わりに手に入れた2つの鉈。


 色は魔鋼製の物と同じように黒っぽいけど、見る角度によって金色の光沢を放つ。


 刃の厚みが以前よりも半分くらい薄くなっているけど、重量と強度はむしろ増している。


 それも、この鉈が貴重な神珍鉄を素材にした合金である錬金鋼で作られているから。


 ハイラムによれば、神珍鉄は西遊記に登場する孫悟空の如意棒の素材だか別名で、エンドレスインフィニットクロニクルにおけるオリハルコンやアダマンタイトに並ぶハイエンドの素材らしい。


 ただ、この神珍鉄、不思議な金属で、どれだけ腕がよくても鍛冶師だと加工できない。


 正確にいうなら、錬金術の使えない鍛冶師にはだ。


 神珍鉄は重くて頑丈という特徴があるけど、それ以上にこの世界だと、どんな高温の火でも溶かすどころか、叩いて加工できるぐらいに柔らかくなることもないほどの耐火性。


 なら、どうやって神珍鉄を加工するのか?


 答えは錬金術だ。


 私の新しい鉈の素材は、錬金鋼という神珍鉄と魔鋼の合金。


 純粋な神珍鉄よりも、錬金鋼は強度などで劣るけど、神珍鉄だけで作った鉈は今の私には重すぎて扱えない。


 それに、2つの鉈を純粋な神珍鉄で作ろうとしても、素材がハイラムの伝手を活用してもそろえられないだろう。


 私が手にしている錬金鋼の鉈の素材の神珍鉄も市場で購入したわけじゃない。


 借金と引き換えに、ウィトルイが秘蔵していた割りばし1本分程度の大きさの神珍鉄を提供してもらったのだ。


 まあ、ギャンブル中毒のウィトルイが借金のかたにすることもなく、借金がチャラになるといわれても、腕の良い錬金術師が出すのを涙を流して渋り続ける程度には貴重な素材。


 この錬金鋼の鉈は、迷宮のラブリュスほどじゃないけど、クルム銅製の物よりも性能は間違いなく上だ。


 魔境に出現するオーガ相手に、この鉈の性能がクルム銅製の物よりも上だと確認している。


 けど、目の前にいるのはトレント。


 性能的には問題ないはずだけど、確信は持てない。


 だから、錬金鋼の鉈を完全に信用できない私の心が、恐怖と緊張を呼び寄せる。


 わざわざ、こんなことする必要があるのだろうか?


 ないといえばないし、あるといえばある。


 これまで鉈を非常時のサブウェポンということで、メインで使っている大斧ほど訓練はしていなかった。


 必要になったときは、基本的に斧スキル任せ。


 とはいえ、非常時に備えてサブウェポンである鉈の訓練に時間を割くよりも、そういう事態にならないように大斧の訓練をやるというのも間違いじゃない。


 けど、いまの私には、その姿勢がある種の慢心と油断に思える。


 というもっともらしい理由もあるけど、1番の理由は別にある。


 ハイラムがやったような私の攻撃を1歩も後退することなくさばくのに興味が出た。


 正直、攻撃が通用しなかったことは悔しかったけど、それでもハイラムをカッコイイとも思った。


 でも、メインで使っている迷宮のラブリュスというか、通常、斧という武器は敵の攻撃をさばくのに適しているとはいえない。


 やろうと思えばできなくはないけど、難しいだろう。


 けど、今、手にしているのは、斧スキルで扱えるけど斧じゃなくて鉈だ。


 斧よりは敵の攻撃をさばくのに向いているだろう。


 だから、実験のつもりでやってみる。


 ゆっくりと深呼吸をして、脱力しながら、斧と伐採スキルを起動してトレントの枝に意識を集中していく。


 木こりのジョブ、起動させた斧と伐採スキルの影響なのか、トレントの枝の動きがよく見えるような気がする。


 無数の枝が威嚇するようにゆらゆらと動いているけど、トレントとの距離を考えれば私を攻撃できるのは数本。


 まるで、予知するかのようにトレントの枝が攻撃してくると分かり体を反応させる。


 いきなり凶悪なトレントの枝がさばけるとは思っていない。


 まずは、トレント相手に、錬金鋼の鉈を振るうことに慣れることを第一とする。


 なにしろ、迫ってくるのは即死級の攻撃。


 だから、トレントの枝を切断するつもりで、左右の錬金鋼の鉈を振るう。


 瞬間、凄まじい慣性を自覚すると同時に、周囲の風景が高速で流れていく。


 トレントの枝を切断できずに、後方に吹き飛ばされたか。


 足で地面を捉える余裕すらなかった。


 強烈な衝撃が背中で起こる。


 地面じゃなく、魔境に生えている樹木に叩きつけられたようだけど、痛みは予想していたほどじゃない。


 布鎧の代わりに装備するようになった正体不明の黒い革製のベストのおかげだろう。


 着心地は普通の革のベストなのに、防御力は並みの鎧以上のようだ。


 でも、少しだけ不思議に思う。


 この柔らかい革のベストが、物理的な衝撃をどのように処理して、着ている者にダメージが発生しないようにしているのか?


 その原理とは?


 異世界だから、ファンタジーだからで、この謎の現象を深く追求しないのも手だけど、原理を解き明かせれば有用かもしれない。


 とはいえ、今はそのときじゃない。


 錬金鋼の鉈で挟み込むように切りつけたトレントの枝に視線を向ければ、半分以上切断できているのになんでもないというようにゆらゆらと動いている。


 まるで、私を挑発しているようだ。


「大丈夫ですか?」


 近くにいたチャルネトから心配そうに声をかけられた。


「ええ、大丈夫です」


「そこまで無理をしなくても……」


 チャルネトの言葉に、即席の笑顔を浮かべて応じた。


「無理? この程度のこと余裕ですよ」


 チャルネトの心配も理解できる。


 ハイラムと魔境でトレントを1体倒したら屋敷に帰還して、トレントと連戦しないと約束した。


 今回の遠征で、すでに私は迷宮のラブリュスでトレントを伐採しているから、本来なら屋敷に帰らないといけない。


 けど、今回は少しだけ事情がある。


 実は、この魔境で発生するトレントに関して不思議に思って、とある実験をしたいとハイラムに告げたら問題なく了承された。


 まあ、成功しても大きくなにかが変わるわけじゃないし、失敗しても損はないといえる。


 その実験の内容とは、トレントの元となる樫や杉などの木の種類を、こちらの望む種類にできるんじゃないかというものだ。


 本来なら、この魔境でトレントを倒しても、時間が経てば同じ場所に同じ木の種類のトレントが出現する。


 これに関しては、いくつかの実例を確認しているから間違いない。


 最初は、そのことに気づいても、樫のトレントの素材が欲しいから、あそこのトレントを倒すかとしか考えていなかった。


 けど、ある時、疑問に思ったのだ。


 魔境でトレントが出現する場所はいつも同じ。


 なら、その場所に植物をトレント化する要因があるんじゃないかと。


 その場合、トレントを伐採した後に、魔境が次のトレントの元になる植物を生やす前に別の植物の種か苗木を植えたら、こちらが望む植物をトレント化できるんじゃないかということだ。


 だから、迷宮のラブリュスでトレントを伐採した後に、いつもは放置している切り株も取り除いた。


 そして、切り株のあった場所に、伐採したトレントとは別の種類の苗木を植える作業をしている……はずだ。


 今回の作業に、苗木の運搬から、植える地点の調査と護衛で、私とチャルネト以外にも10人くらいが同行している。


 なんでも、採取した葉や果実、種は収納袋に入るけど、苗木は収納袋に入らないから、魔境で安全に苗木を運搬するために必要な人数らしい。


 で、その作業というか、実験はかなりゆっくりとしている。


 何人か学者のような立場の者も同行しているので、1つの作業をするごとに記録をとって、慎重に進めているから時間がかかっているのだ。


 始めは見守っていたけど、1時間くらいで退屈になったので、伐採を目的としないあくまでも錬金鋼の鉈の性能の確認だから連戦に当たらないと、チャルネトを強引に説得した。


 まあ、新装備の性能を確認すると言っていたのに、私がトレントに吹き飛ばされて木に激しく叩きつけられている場面を目撃したら、チャルネトが心配するのも当然だ。


 実に情けなくてカッコ悪い。


 ので、次は圧倒する。


 実際のところ、先ほどの私の攻撃を自己採点するなら赤点だ。


 動きがスキル任せどころか、わずかに自分自身でブレーキをかけていた。


 要するに、トレントの枝が迫ってくる直前で、ビビって錬金鋼の鉈で切断できると信じきれていなかったのだ。


 対処法は?


 簡単だ、実践して自分自身にわからせればいい。


 錬金鋼の鉈でトレントの枝が切断できると。


 ゆっくりと息を吐くと同時に、余計な力を抜いていく。


 1歩1歩とトレントの射程へと足を進めながら、魔力を高めていく。


 トレントの射程に入ると、枝が鞭のようにしなり襲ってくる。


 動くべきタイミングと枝の軌道は斧と伐採スキルが教えてくれるから、後は構えた錬金鋼の鉈を全力で振るうだけ。


 切断しきれずに、吹き飛ばされたさっきの光景が脳裏をよぎった気もするけど無視だ。


 問題なく遅滞なく動けると思い込む。


 直後、爆発的に全身を反応させて、右手に持った錬金鋼の鉈が、金色の残光を残しながら黒い軌跡を描く。


 切断されたトレントの枝が地面に落ちる。


 無意識のうちに止めていた息を吐いて、気を緩めたいところだけどダメだ。


 次の枝が向かってきている。


 少しだけ深く踏み込みすぎたかもしれない。


 体勢は万全じゃないけど、手はある。


 向かってくる枝に合わせて、後退しながら強撃を発動させて左手の錬金鋼の鉈を振るう。


 先ほどとは違い左手に枝の抵抗するような感触があったけど、トレントの枝を切断することにはなんとか成功した。


 けど、1回目はともかく、2回目の強撃は強引に発動させたから、全身の関節と筋肉が抗議の声を上げるように痛みを告げてくる。


「……ほら、余裕でしょう」


 全身の痛みを無視して平静を偽造してチャルネトに笑顔を向けるけど、応じる彼女があきれたような表情を浮かべているような気がするけど勘違いだろう。


「はぁ」


 いつものクセで収納袋からヒールポーションを取り出そうとするけど、直前で思いとどまる。


 熱が引くように、全身で自己主張していた痛みが徐々に静かになっていく。


 数分もすれば強撃の負荷で発生したダメージと、魔力が完全に回復した。


 これも新装備のおかげだ。


 といっても、錬金鋼の鉈の能力じゃなくて、黄色と白の二重螺旋の形をした日蝕の腕輪の能力だ。


 深淵のミノタウロスを倒したときに、迷宮のラブリュスだけじゃなくて、他の身体能力を上昇させるいくつかの装飾品の所有権も勝者の私の物になったんだけど、使わないからハイラムにこの日蝕の腕輪と交換してもらった。


 身体能力を強化する装飾品は、身に着けると私でもなんとか不格好だけど片手で迷宮のラブリュスが扱えるようになる。


 強い装備だとは思うんだけど、強化された身体能力に慣れるまでは戦うどころか、日常生活に支障が出るようなので止めた。


 その代わりに手に入れた日蝕の腕輪の能力は、ゲーム的にいうならHPとMPが徐々に回復するというもの。


 回復量自体はポーション以下だけど、装備しているだけで常に効果を発揮する。


 強撃を使用したら回復するまでに数分の時間を必要とするけど、タメ切りなら無限に使える。


 この腕輪を装備していれば、チャルネトを無理矢理魔境へと同行させなくてもトレントと戦えると思ったけど、チャルネトとハイラムなどから単独行動させるのは心配だから、チャルネトによる監視というかお守りは必要と言われてしまった。


 まあ、時々、情熱に支配されて周囲が見えなくなることがあるかもしれないけど、それはレアケースのはずだ。


 でも、私のこの主張はハイラムたちに受け入れられなかった。


 視線を左右の手に握られた錬金鋼の鉈に向ける。


 まるで新品のように、わずかな亀裂や刃こぼれもない。


 強引に強撃でトレントの枝に振るっても、この鉈は壊れない。


 そう、自覚するように、自分の心に刻む。


 視界の全面にトレントの枝を収めながら歩みを進める。


 トレントの枝が動くと同時に、右手の鉈を振るう。


 今回は強撃を発動させない通常の攻撃。


 強烈な衝撃が右手の鉈越しに伝わり、地面を滑るように2メートルくらい後退する。


 視線を向ければトレントの枝には傷があるけど、切断にはいたっていない。


 けど、この光景は想定していたから動揺はない。


 さっき攻撃した枝の位置を意識しながら間合いを詰めて攻撃を誘う。


 枝に残る傷に意識を集中して左右の鉈をタイミングをズラして振るうと、後には地面に切断されたトレントの枝がある。


 錬金鋼の鉈のある程度の性能は確認できた。


 思っていた以上に無茶な使い方をしても耐えてくれるだろう。


 息を大きく吐いて、斧と伐採スキルを起動させると同時に、脳裏に1つの動きをイメージする。


 もっというならハイラムの動きを意識しながら、その再現をスキルに願う。


 こちらに向かってくるトレントの枝に合わせて錬金鋼の鉈を振るうけど、切断するためじゃない。


 さばくためだ。


「ファイス!」


 心配するようなチャルネトの声が聞こえたような気もすけど、今は反応しない。


 トレントの枝の攻撃をさばくために、切らないことを意識したのがよくなかった。


 大きく5メートルくらい後退させられてしまったけど、無駄じゃない。


 再びトレントの枝に挑む。


 トレントの枝に対して鉈の刃の角度やタイミングなど、問題点を脳裏に並べて、スキルと記憶にあるハイラムの動きを参照して修正していく。


 その後も、数えるのも嫌になるほど、時に吹き飛ばされて、はじかれては、検証して、修正して、即座に実戦で実践する。


 トレントの枝をさばくのに失敗して吹き飛ばされる距離が、5メートルから4メートル、3メートルと徐々に短くなっていく。


 数多の雑念が削ぎ落されていき、世界にトレントと私だけがいるような気さえする。


 心は凪のように静かで、体を機械のように容赦なく極限まで酷使する。


 本来なら蓄積する疲労も日蝕の腕輪は癒してくれるから、直撃を食らわなければ無限に続けらるかもしれない。


 長時間の思考と集中で脳も疲れているような気もするけど、すでにマヒしているようだ。


 なにしろ、それ以上に心が満たされているから。


 どんなものであれ、努力した成果が感じられるのは嬉しい。


 完璧には程遠いだろう。


 ハイラムの動きを参考にしていると言うのを躊躇うレベルの酷い完成度だ。


 なにしろ、綺麗にトレントの枝による攻撃をさばくというよりは、強引に鉈ではじいているようにも感じられる。


 改善点は無数にある。


 ……ああ、そのことが、実に楽しい。


 改善点がこんなにもあるということは、成長する余地が私にはそれだけあるということだから。


 最近は迷宮のラブリュスでトレントを倒しても、レベルもスキルも成長しなくなった。


 まあ、今までトレントを倒すたびに成長していたのが異常なだけで、成長曲線が普通になっただけだろう。


 努力の仕方や目指すべき地点すら、暗中模索のなかで手探りするのもヒリつくようで楽しいけど、今のようなどうすれば成長するのかわかりやすいのも爽快で面白い。


 それに、この経験は迷宮のラブリュスを振るうときにも無駄にはならないだろう。


 だから、空は赤く夕方と呼べる時刻かもしれないけど、向こうの苗木の作業が終了したという報告もないから、私はここでトレントを相手に攻撃を鉈でさばく練習を継続する。

次回の投稿は3月14日金曜日1時を予定しています。

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