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転生者は斧を極めます  作者: アーマナイト


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3-6 ミエルサ

 ハイラムと手合わせしたことで、無自覚だった自分のなかに気持ちの緩みのようなものを自覚できたのは、すごくいいことだ。


 あのまま緩みを放置していたら、どこかで大きな失敗をすることになっていたかもしれない。


 それに、ハイラムと敵対する予定はないけど、近くに勝てない強者がいるのは色々な意味で緊張感をもつことができる。


 そんな反省のようなことだけで終わればよかったんだけど、ハイラムが最後に嬉しくない爆弾を渡してきた。


 私に村長を任せるという。


 意味がわからない。


 なぜ、私なのだろう。


 疑問はつきないけど、ハイラムは詳細を説明してくれなかった。


 別に、話せないような機密が内容に含まれているとかじゃなくて、単純に急いで詳細を説明する必要がないと思っているようだ。


 しつこく聞けばハイラムは説明してくれたかもしれないけど、一国の王子相手にそこまでしようとは思わない。


 ハイラムが私に説明しないということは、いま説明する必要がないということだ。


 …………多分そう、そうだと思いたい。


 まあ、詳細は説明してくれなかったけど、簡単な説明はしてくれた。


 なんでも、私がトレントを倒している魔境のなかに村を作るそうだ。


 本当に、意味がわからない。


 可能かどうかという意味なら、不可能じゃない。


 けどそれは、理論上は実行可能というだけの話だ。


 実行するためのハードルがいくつも存在する。


 ハイラムの立場とコネクションなどを考慮すれば実現性はあるだろう。


 無謀というほどじゃない。


 でも、逆にいえば、それぐらい条件がそろっていないと可能性すら考慮されない程度には難しいことだ。


 そんな難しい村をつくって、なぜかわからないけど私が村長になる。


 本当に、なぜ私なんだと思う。


 まあ、正確にはトレントやオーガが出現する魔境のなかじゃなくて、魔境化していない空白地帯があって、そこに村をつくるということらしい。


 ……多少、純粋な魔境に村をつくるよりはましだけど、それでも困難だということに違いはないだろう。


 なんでも、その魔境のなかにある空白地帯には、試練の神が造った原初のダンジョンがあるそうだ。


 その原初のダンジョンからは国宝級の貴重な素材やアイテムが入手できるそうだけど、現状だとハイラムが精鋭のパーティーを率いても攻略は不可能らしい。


 けど、疑問に思う。


 ハイラムが警戒している邪神とは、試練の神と同一だったはずだ。


 だから、試練の神が生み出した魔境とダンジョンを減らすと、邪神の力が弱まると説明された。


 なのに、原初のダンジョンの周辺だけ、魔境化しない。


 気になるけど、これに関してはハイラムもよくわからないようだ。


 当たり前だけど、ハイラムは前世でエンドレスインフィニットクロニクルというこの世界とよく似たゲームをプレイした経験があるというだけで、全知全能の賢者というわけじゃない。


 ゲームとこの世界の違いや、語られなかった設定を知ることができないのはしょうがない。


 それでも、ハイラムはあのトレントの出現する魔境を重要視しているように思う。


 確かに、私が知っている魔境に比べても、あの魔境は広大だ。


 広いだけじゃなくて、エンドレスインフィニットクロニクルというゲームの本編だと複数の国が存在していたはずの場所。


 そのせいで、いくつかの重要なイベントが起きなくなったらしい。


 ハイラムが教えてくれたのはこれくらいだけど、魔境が広がって複数の国が滅びて重要なイベントが消滅したことに、邪神の意図があるかもしれない。


 まあ、この世界の神は概念や現象に近い存在で、意思疎通が簡単じゃないようなので邪神に意図があっても理解できるとは限らないだろう。


 それに、邪神に深い意図がなくて、偶然魔境が広がっている可能性もあるけど、それはそれで放置しないほうがいいように思える。


 どちらにしろ、あの魔境には対処が必要。


 …………だから、私なのか?


 私を基幹要員としながら、トレントを安定して倒せる存在を増やすために、素質のある者とそれを支援するための人員を村人として集める。


 ……普通の魔境の近くにある村というよりも、魔境を消滅させるための前線基地だろうか。


 まあ、私の勝手な妄想だけど、それならあの魔境に作る村で、何者でもない私が村長になるということも、ある程度の説明ができているように思える。


 詳細はわからないけど、ハイラムから期待されているというなら、裏切るわけにはいかない。


 だから、より一層気合を入れて、緩んだ気持ちを引き締めて、魔境に行ってトレント相手に迷宮のラブリュスを振るって体に馴染ませようと思っていた。


 というか、そのつもりで屋敷を出ようとしたところで、顔見知りの使用人に足止めされて、一度も踏み入れたことのない豪華な内装の応接室に案内されることになった。


 そして、私の前には、オシオン侯爵の趣味らしい質実剛健ながらも高級品だと一目でわかるテーブルをはさんで、静かに座る20歳前後の女性がいる。


 特徴的な深い青い色の長い髪と、意思の強そうな目が印象的だ。


 全体的に小柄で可愛らしい顔立ちなのに、妙な存在感を感じてしまう。


 着ているものが派手なドレスじゃなくて、落ち着いた動きやすそうな服装だけど、それでも高価な物だろうとなんとなくわかる。


 青髪の女性は貴族のような高貴な身分なのだろう。


 ようするに、面倒ごとだ。


 現状、この屋敷にオシオン侯爵とハイラムは不在。


 つまり、目の前の青髪の女性の目的は私か。


 けど、私には心当たりがない。


 少し前まで帝国の農奴で、数日前まで剣奴のような立場だった私に、面識もないのに会おうとする物好きがいるだろうか。


 ……物好きじゃなければ、明確な意図があるということだ。


 色々な意味で胃がキリキリと痛くなってくる。


「いつもあの方に協力してくださりありがとうございます」


 青髪の女性が悠然と告げるけど、


「……あの方ですか?」


 私は誰のことか特定できない。


 もっというなら目の前の女性が誰かもわからない。


 けど、彼女の態度や発言から察するに、自ら名乗らなくても知られていると思うくらい有名人のようだ。


 こういう場合、身分の低い者が下手にあなたのことを知りませんというのも、侮辱とみなされるかもしれないから危険だ。


 とはいえ、私はハイラムの命令で動いていて、オシオン侯爵の屋敷で暮らしているから、こちらが余程の無礼をはたらかなければ大事になることはないだろう。


 まあ、目の前の女性の良識が欠如していて、ハイラムやオシオン侯爵でも介入できない立場の相手だったら詰むかもしれない。


 だから、チャルネトにさりげなくフォローして欲しいところなんだけど、視線を向ければ直立不動で体を強張らせている。


 目の前の女性はチャルネトが、ここまで緊張する相手なのだろうか。


 許されることなら、すぐに魔境へと逃げ出したい。


「? ああ、失礼いたしました。ハイラムの妻ミエルサです」


 目の前の青髪の女性ミエルサの言葉に、鼓動がわずかに早まり、気道が狭まっているかのように感じる。


「ハイラム殿下の…………ということは」


「はい、ルスクスの姉です」


 存命のマルスト侯爵の娘と説明していいところを、死んでいるルスクスの姉とあえて名乗る意味とはなんだろうか?


 できれば考えたくはない。


「それは……」


 私の言葉は、ミエルサの淡々としているけど力強い言葉に遮られる。


「謝罪は必要ありません。あなたに頭を下げさせて、謝罪していただいたところで、どうにかなることでもありません。弟のことは、私自身で折り合いをつけるしかないのですから」


「そうですか」


 表面上、ミエルサは冷静だ。


 父親であるマルスト侯爵のように、血走った目をして怒りと憎しみにとらわれているようにも見えない。


 けど、それだけだ。


 私がハイラムにとって利用価値のある存在だと理解しているから、妻として心の奥底からわき上がる感情を押さえているだけかもしれない。


 どちらにしろ、下手なことをして彼女を刺激しないほうがいいだろう。


「父についても心配かと思いますが、王族との約束を反故にするような人物ではないと保証します」


「はっ、ありがとうございます」


 とはいえ、実のところマルスト侯爵が、私に対してなにかしてくるとは考えていない。


 マルスト侯爵が私を生涯許すことはないかもしれないけど、それでもハイラムとの約束を反故にして私を害することはないだろう。


 彼は貴族だ。


 それも影響力のある大貴族。


 振るえる権力も大きいけど、同じくらい責任も大きい。


 個人として許せなくても、貴族として納得しないといけないことは心得ているはずだ。


 まあ、それができない程度の貴族なら、派閥をまとめたり、ハイラムが気を使ったりしないだろう。


「それにしても、トレントですか」


 ミエルサのつぶやきを不思議に思いながら応じた、


「なにか?」


 素材としてのトレントは貴重で高価な物だけど、見た目が普通の木材だから、魔樫と違って家具などに加工されることはあまりない。


 つまり、戦うわけでもなく、魔道具が好きというわけでもなければ、高貴な立場の者が素材としてのトレントに興味を持ったりしないだろう。


 それなのに、ミエルサはトレントを気にしている。


「いえ、ただ、将来的にトレントが素材として広く流通するようになるのかと思いまして」


「広く流通ですか、可能なように努力いたしますとしか言えないことをお許しください」


 できると安易に口にするわけにはいかない。


 可能性は低いけど、後で約束した、あるいは約束を破ったと、因縁をつける口実を与えないほうがいいだろう。


 どうしてミエルサがトレントの流通に興味があるのか知らないけど、迷宮のラブリュスの性能もあって以前よりも速く伐採できるようになったとはいえ、増えた量は微々たるものだ。


 市場の需要を十分に満たして、価格が安くなるほどの供給量じゃない。


 むしろ、足りていないくらいだ。


 ハイラムとしても、将来的にトレントを伐採できる人材を増やしていくつもりのようだけど、短期間で流通が増えるほど有能な人材を大量に用意することはできないだろう。


「そうですか……それは少し残念です」


「残念ですか?」


 私は思わず首を傾げる。


 ハイラムの妻としてミエルサが、夫の計画が順調か気にするならわかるけど、トレントの流通が増えないことを残念がることには違和感を覚えてしまう。


「ええ、少し前から格安の魔樫がドゥール王国内で流通していて、魔樫で収益を得ていた者たちに影響があったので」


「魔樫……」


 格安の魔樫と聞いて鼓動が乱れて、体の各所でじっとりと嫌な汗が流れて不快だ。


 思い当たることがあるような気がするけど、気のせいだろう。


 気のせいだと思いたい……。


「そう、その魔樫の出所は帝国なんです。ドゥール王国はしてやれました。気づいたときには、市場は混乱していて関税でどうにかできる状況ではありません。禁輸も検討したそうですが、安い魔樫の需要は国内にも多くあり難しかったそうです」


 悔しそうな表情をするミエルサに、なんとか平静を偽造して神妙に応じる。


「そんなことが」


 できれば安い魔樫が市場に流通したことに、深い意図はないと弁明したいところだけど、現状だと悪手だ。


 有罪が確定した犯罪者の言い訳にしか聞こえないだろう。


 王国の視点だと、大量の魔樫を確保して、それを帝国が安く流通されることで、王国内の魔樫のシェアを破壊して市場を独占しているように見えることは否定しない。


 帝国側に王国の市場を混乱させようとか、独占しようとかの意図が皆無だったとは思わないけど、そのために大量の魔樫を用意したわけじゃないことは確かだ。


 なにしろ、その安い魔樫を用意したのは恐らく私だ。


 まあ、用意したというよりは、斧スキルが成長しなくて、斧を振るうこと自体への理解も行き詰っていたから、八つ当たりのように魔境で魔樫を伐採していた時期がある。


 当時は、伐採した魔樫の行先なんて気にしたことがなかったけど、魔樫という限られた市場とはいえ国際的な規模で影響が出ていたとは思いもしない。


 …………これに関しては、ミエルサだけじゃなくて、ハイラムにも言わないほうがいい気がする。


 別に、嘘もつかないし、ダマしたりもしない。


 聞かれない限り、こちらから言わないだけだ。


「ですから、トレントの素材で帝国に意趣返しができないかと思ったのですが」


 残念ですと続けるミエルサに、後ろ暗いことなんてないかのように素早く応じる。


「鋭意努力いたします」


「ご無理はなさらないで下さい。どうか、あの方の意向を優先してください」


 その後、ミエルサは私と簡単な会話をして、あっさりと屋敷を出て行った。


 本当に、彼女はなにをしにきたのだろう。


 普段は王都で暮らしているはず。


 それなのに、ハイラムやオシオン侯爵がいないときに、私と会って数分の会話をしただけ。


 意図がまるで見えない。


「すみません」


 ミエルサがいなくなって、すぐにチャルネトが頭を下げてきた。


「構いませんが、体調でも?」


「いえ、どうも、ミエルサ様のことが苦手で」


 うつむき、目をそらしながら言いにくそうに告げたチャルネトの言葉に、私はことさら落ち着いた口調で応じた。


「なにかあったのですか?」


「そういうわけではないのですが、ミエルサ様には壁のようなものを感じて。失礼だとはわかっているのですが……」


 ハイラムに仕えているのに、チャルネトはミエルサに壁を感じるという。


 それで大丈夫なのかと強く思いながら、同時にミエルサといるときに感じていた違和感の正体に気づいた。


「…………ああっ」


「なにか?」


「私、名前を呼ばれませんでした。まあ、そもそも、名前を聞かれていないし、名乗ってもいないんですけどね」


 妙な話だけど、身分が上の者が聞いてもいないのに、こちらから名乗るのは礼儀としてよくはない。


 状況や名乗り方によっては、失礼にならない場合もあるけど、基本的に上の者に聞かれてから名乗るものだ。


 今回の場合、ミエルサは名乗ったけど、私の名前は聞いてこなかった。


 すでに、事前情報として知っていたから聞かなかっただけという可能性。


 一番ありえそうだけど、違和感がある。


 それに、私だけじゃなくてチャルネトに対しても、ミエルサは軽いあいさつや労いの言葉どころか視線も向けなかった。


 チャルネトが壁を感じるも当然のように思える。


 反亜人派閥のマルスト侯爵の娘なら当然なのかもしれないと思ったけど、聞いていた話と違うと思ってしまう。


 事前に聞いていたミエルサは、マルスト侯爵の娘ながら獣人たちと親しくしていて、王都の屋敷には獣人が何人も働いているらしい。


 それなのに、ミエルサはチャルネトと積極的に友好を深めようとしていないようだ。


 どういうことなのか、わからないことが多すぎる。

次回の投稿の予定は2月28日金曜日1時を予定しています。

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