3-5 手合わせ
村で徴兵に応じたときに思い描いていた状況とはかなり違うけど、農奴、あるいは捕虜という立場から解放されて、物じゃなくて権利ある1人の個人になれた。
もっと涙を流して感動する状況なのかもしれないけど、実態として生活にあまり変化がないから、そのことを実感しにくい。
寝泊まりしているのは相変わらずオシオン侯爵の屋敷で、ハイラムの指示というか、許可をもらって魔境に行ってトレントを倒す日々。
でも、すぐに完全な自由が保障されて、帝国の村に残っている家族や友人たちに会いに行くのは難しい。
まあ、私の生存を伝える手紙を出したから過度に心配されることはないと思うけど、落ち着いたら顔を見せに行くのも悪くない。
そのためにも、ハイラムの信頼を得るのが重要となる。
例えば、ハイラムの真意のよくわからないお願いを聞くのも、その一環だろう。
オシオン侯爵の屋敷の広い庭で、詳しい説明もなく一国の王子から手合わせしようと言われたら困惑する。
そして、私とハイラムを囲むように屋敷で働いている獣人たちが見学している。
獣人の気質を考えると、私とハイラムの戦いを見ようとするのは当然なのかもしれないけど、彼らは仕事中なのに見学していて怒られないのかと思ってしまう。
私とハイラムの二人が手にしているのは、殺傷力の低い木製の得物じゃなくて、実戦で使う本物だ。
意味が分からない。
分からないけど、
「手加減は不要だ」
と涼しい顔で鎧を装備していないハイラムに言われると、色々と穏やかにいられなくなるのも仕方がない。
彼に煽っているつもりはないのかもしれない。
ナチュラルに強者の傲慢な心の発露なのかもしれない。
…………だから、どうしたというのだろう。
ハイラムが、私を相手に鎧を装備する必要もないし、漆黒の大斧迷宮のラブリュスは命中しないと思っているのだ。
事実として、ハイラムは私よりも強い。
それは認めよう。
実戦で殺すつもりで挑んで敗北しているから、疑義がはさまる余地もない。
だけど、だ。
私も闘技場で様々な実戦を経験して、何体もトレントを倒して以前よりも強くなっている。
ハイラムよりも強くなっているとはいえないけど、差は縮んでいるはずなのだ。
だから、ハイラムには認識を修正してもらおう。
実力で。
もちろん、彼は私にとって王国での後見人兼パトロンのような立場だから、殺したりはしない。
けど、そうなるかもしれないと、危機感を抱いてもらおう。
ゆっくりと迷宮のラブリュスの黒い柄をにぎりなおして、重心を確認しながら横に振りかぶる。
以前、愛用していた大斧の柄は魔樫製でそれなりの強度も備えていたけど、木材らしくしなりもするから衝撃や反動を殺すのに活用できた。
でも、迷宮のラブリュスの柄は木製じゃない。
というか、素材は不明だ。
木でも金属でもないのは確かだけど、高級な石材のように滑らかで硬質でもあり、樹脂のようでもある。
強度は確実に魔樫以上だけど、まったくしならないから反動の殺し方を間違えると手首などを衝撃で傷めやすい。
そして、なにより以前の大斧よりも柄が太いから、いまだにしっかりと保持できていると実感できないでいる。
それでも、深淵のミノタウロスを倒したことで、迷宮のラブリュスの所有権は正式に私の物になって、すでに実戦でトレント相手に使っている。
迷宮のラブリュスの性能に不満はない。
ハイラムの説明によれば、迷宮のラブリュスの固有の能力は2つ。
1つは、大斧の自動修復。
元々、迷宮のラブリュスが頑丈だから簡単には壊れないけど、それでも刃が欠けたり斧頭にヒビが入っても、魔力を流せば修復されるらしい。
いまのところ、この機能が必要にはなっていないけど、いざというときに魔力を流すだけで修復できるのは安心できる。
もう1つの能力は、切った対象にかかっている魔法効果の解除だ。
これはすでに深淵のミノタウロス相手に効果を確認している。
あのとき深淵のミノタウロスの赤黒いバフのオーラが解除されたのは、迷宮のラブリュスで切られたからのようだ。
いい効果のように思えるけど、少しだけ注意が必要になる。
対象を切って解除されるのは能力を上げるバフだけじゃなくて、味方が敵にかけた能力を下げるデバフやバステもだ。
だから、これからは仲間と一緒に強敵と戦うときに、味方が敵にかけた魔法を解除してしまうから、注意しないといけない。
とはいえ、現在のハイラムとの戦いには影響のない能力だ。
ゆっくりと呼吸を繰り返して徐々に集中力を高めていく。
ハイラムほどの実力者の前で無防備すぎるけど、当のハイラムが魔力の光を放つ青い剣をだらりと力なく構えて様子見をしているから問題はない。
自分から先手を打つ気はないようだ。
私の攻撃がどんなものでも、後の先で問題なく対処できるという態度の表れだろう。
わずかに心が乱れそうになるけど、呼吸と迷宮のラブリュスの重みに意識を集中して、無駄な雑念をそぎ落とす。
最後に大きく息を吐き全身の筋肉を的確に緩める。
斧スキルを起動してモーションを思考して、思考して、思考していく。
牽制、間合いやタイミングの読み合いのような下手な小細工はなしだ。
ただ、ただ、全力で迷宮のラブリュスを振るう1つの究極のモーションを幻視する。
黒猫ブーツを履いた足が土の地面を踏みぬくように接地した瞬間、全身が加速して一気に間合いを詰めていく。
遅滞なく、無駄なく、幻視した現状における完璧に近いモーションを再現する。
力が速度へと変換され、速度が力へと変換されていく。
殺意こそないけど、手加減もしていない。
凶悪な黒い閃光が、ハイラムを襲う。
けど、血肉が飛び散ることはなく、不思議な金属音が響く。
綺麗に私の一撃がさばかれた。
以前、戦ったときと同じだ。
でも、大丈夫。
悔しいけど、こうなる可能性は想定していた。
さばかれたけど、体の軸がブレたれり、斧を振るった勢いで隙が大きく生まれたりもしていない。
さばかれた瞬間に、そこを起点に次の攻撃のモーションを構築している。
…………正直に言おう。
私は、自分が手にしている迷宮のラブリュスに慣れていない。
だから、慣れないといけないのに、片刃と両刃、柄の長さや太さや違うと、無意味な不満を抱いてしまう。
それでも、迷宮のラブリュスを使いこなそうと積極的にトレントに振るえば、違和感があるのに以前よりも早く倒せてしまうから、よけいにモヤモヤしている。
主観的に使いこなせていないのに、客観的には迷宮のラブリュスを使うようになってより強くなったと思われてしまっているのだ。
間違いなく以前のクルム銅製の大斧の一撃よりも、迷宮のラブリュスによる一撃の攻撃力は高い。
けど、そんな私の連撃をハイラムは焦ることなく悠然とさばく。
10合切り結んでも、一歩後退するどころか、その場にとどまり上体をそらすことすらしない。
その必要がないのだろう。
圧倒的だ。
でも、私の心は折れない。
正直、予想以上の光景で驚いたけど、まだ手はある。
斧スキルの限界で届かないなら、その先の領域の一撃を繰り出すだけだ。
いつもトレント相手にやっていることで、未知のことじゃない。
だから、斧スキルが示す現状における最適のモーションをベースに、その先を模索する。
斧スキルにダメ出しされながら、合理を外れない解を見出す。
そして、迷宮のラブリュスを振るうと、
「おっ!」
とハイラムは少しだけ驚いたような声をあげた。
けど、それだけだ。
迷宮のラブリュスはハイラムの体を傷つけることはなく、なんなくさばかれる。
それでも、諦めることなく斧スキルよりも先の領域の一撃を連続で繰り出す。
一撃ごとに研ぎ澄まされて洗練されていく。
切り結んだ回数が30を超えたときに、私の振るった迷宮のラブリュスが、ハイラムの攻撃で強くはじかれて大きく後退させられた。
「「「うぉおおおぉーーー」」」
周囲で私とハイラムの戦いを見守っていた屋敷の者たちが、興奮したように歓声を上げる。
けど、私にはどこか遠いと感じた。
限界を超えた高速思考の連続で脳が沸騰しているんじゃないかと錯覚してしまう。
強撃は未使用で、短時間の戦いだったのに体が長時間酷使したかのように熱くてダルい。
これ以上、連続で迷宮のラブリュスを振るうのは厳しいだろう。
…………いや、それ以上に心がきつい。
ハイラムに勝てないのは想定していた。
だから、これは予想通りの結果といえるだろう。
でも、違うのだ。
こんな結果は予想していなかった。
現状の私がハイラムに勝てないとしても、差が縮まるどころか、開いているなんて誰に予想できる。
私のレベル、スキルとわかりやすい数字が成長して、第三者から見えにくい斧を振るうことへの理解も深まっている。
この世界の常識で考えれば異常な速度で成長しているといえるだろう。
けど、ハイラムはそれ以上に成長していた。
少し考えればわかることだ。
人は成長するもので、私が成長するならハイラムも成長する。
当たり前のことだ。
特に、ハイラムは国や世界の行く末に関わる邪神の使徒に対処するために動いている。
なら、ある程度の強さで妥協するどころか、貪欲に強くなろうとするはずだ。
それに、この世界と関わりの深いエンドレスインフィニットクロニクルというゲームのことも、ハイラムは知っている。
効率的なレベリングなど、強くなるためのチート級の知識を持っているのかもしれない。
ズルくて、不公平?
確かに、役立ちそうな情報なら私にも教えて欲しいけど、その情報を開示するのが危険だと思っているか、その情報にアクセスできるほど私が信用されていないか、あるいはそんな情報なんてないのかもしれない。
結局のところ、仮にそんな情報があったとしても、それをどうするかはハイラムの自由だ。
それに、そのことはあまり重要じゃない。
問題なのはハイラムじゃなくて私だ。
勝てないことや、弱いことは即座に解決することじゃないからしょうがない。
けど、私は慢心していた。
勝てないと思いながらも、ある程度はハイラムの実力に迫れると思っていた。
ある意味でハイラムは、成長することなく停滞しているはずだと、侮って見下していたのかもしれない。
あるいはトレントを倒してレベルとスキルが成長しているから、調子に乗っていたのかもしれない。
おそらく、両方だろう。
怠惰で傲慢なことだ。
迷宮のラブリュスを振るうときに違和感がある?
ならなぜ、違和感が消えるまで死に物狂いで迷宮のラブリュスを振るって体に馴染ませようとしなかった。
ハイラムに勝てないことよりも、そのことを自覚させられてどうしようもなく情けなくなる。
「お前が順調に成長しているようで安心した」
ハイラムの言葉に、応じる私は顔をしかめないように苦労する。
「……そう、見えますか?」
どうしても、今の私にはハイラムの言葉が皮肉に聞こえてしまう。
けど、ハイラムは私の言葉が意外だったのか、不思議そうに首を傾げながら口を開く。
「? 以前よりも段違いに強かったぞ」
「そうですか。……けど、ハイラム殿下はそれ以上に強くなっていますね」
「そうか? お前が教えてくれた修行法をダンジョンで実践してみただけなんだがな」
ハイラムに教えたのは村でも広めた最初の手本となる1回はスキルありで振るって、その後はスキルをオフにしてその動きを再現しようとするもの。
この修行法を教えたのにはいくつか理由があるけど、そのうちの1つにハイラム自身は活用できないと思ったというのもある。
ある程度成長してからだとスキルをオフにすることが難しいのは知っていた。
事実、この修行法を実践しようとしてチャルネトはスキルをオフにできなくて失敗している。
でも、ハイラムはできたようだ。
詳しく聞いてみたら、昔からスキルによる補正の効果を知りたくて、スキルをオフすることがあったらしい。
それでも、成長しすぎだ。
私以上の無茶な修行か、合理的な修行をしたのだろう。
ハイラムと敵対する予定はないけど、強くなる心構えで負けていられない。
「そう……ですか。有用だったならよかったです」
「もう少し先になるかと思っていたが、お前の成長は予想以上だ。今すぐではないが、とある場所を開拓してつくる村を任せようと考えている。心構えだけはしておいてくれ」
「はぁ…………はあ?」
間抜けな声が口から出てしまう。
けど、仕方がない。
とある場所を開拓?
それを私に任せる?
意味が分からない。
それは、どこかの土地を開拓して、村長のような立場の人物になるということだ。
前世を入れればそれなりの人生経験をしてきたけど、この世界じゃ15の若造でしかない。
それに少し前まで私の身分は平民どころか帝国の農奴。
そんな者が村長になる?
困難の2文字が頭を埋め尽くす。
心を占めていたハイラムへの敗北感も、彼方へと追いやられる。
本当に、どうすればいいんだろう。
次回の投稿は2月14日金曜日1時を予定しています。




