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転生者は斧を極めます  作者: アーマナイト


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3-4 迷宮のラブリュス

 深淵のミノタウロスの首に、強撃でクルム銅製の大斧を叩き込む。


 そうすれば勝てるだろう。


 けど、簡単じゃない。


 身長約4メートルの牛頭の巨人の首は、なかなか狙いにくいのだ。


 あるいは消極的だけど、ミノタウロスにかかっている赤黒いバフのオーラが消えるのを待つのはどうだろう?


 ……ダメだな。


 ミノタウロスにかかっているバフの詳しい種類や系統はわからないけど、チャルネトの使う能力を上げたり下げたりするバフやデバフの魔法の持続時間を考えると、あと数分で効果が消えることは期待できない。


 どんなに短くても、あと10分は効果が持続するだろう。


 最悪の場合、数時間は効果が切れないこともありえる。


 いつ切れるかわからないのに、回避し続けるのはなかなかきつい。


 本当に、どうしたものか。


 それでも、迫りくる両刃の大斧迷宮のラブリュスと、深淵のミノウタウロスの砲弾のような拳の猛攻を回避し続けながら、なんとか対策を思考できる程度にはこいつの攻撃に慣れてきた。


 まあ、一瞬でも油断すれば即死する状況に変化はないんだけど。


 それに、時間をかけるのは危険だ。


 私の心身の疲労もあるけど、それ以上に目の前の深淵のミノタウロスが装飾品の魔道具とバフの魔法による強化に慣れてしまう可能性。


 今のところ、深淵のミノタウロスは強制的に引き上げられた身体能力に振り回されて動きが雑になっているけど、その状態が続けば慣れて動きも洗練されてくるかもしれない。


 もしかしたら、動きが合理的になって読みやすくなるかもしれないけど、対処できない可能性も十分にある。


 最初からバフ切れを期待しないほうがいい。


 ……なら、偶然できた深淵のミノタウロスの大きめの隙を狙って強撃を叩き込む?


 悪くない考えだけど問題がある。


 その大きめの隙が、私の存命中に発生すればいいけど、発生しない可能性も考えた方がいいだろう。


「おっと」


 深淵のミノタウロスの攻撃を余裕も持って回避する。


 少しだけもどかしい。


 感覚的には、もう少し引き付けてギリギリの距離でも回避は可能だろう。


 それを何回か繰り返せば反撃するための一瞬を確保できるかもしれない。


 なら、なぜそうしないのか?


 危険だからだ。


 相手の体勢、距離、攻撃の威力と速度だけを見れば十分に対処は可能だけど、予想外の動きを考えるとリスクが跳ね上がる。


 深淵のミノタウロスがそんな動きを絶対にするともいえないけど、しないともいえないから、もどかしい。


 ……ここはやはり奇跡的な状況が起こるのを期待するよりも、積極的に行動して勝利を引き寄せたほうがいいだろう。


 その起点となるのは強撃だ。


 ただし、攻撃するための強撃じゃない。


 あくまでも、本命の一撃を命中させるための一手。


 考え方……いや、戦い方としては、デビルウルフを相手にしたときが近いかもしれない。


 あのときも私がしたのは、直接デビルウルフを倒す攻撃じゃなくて、牽制や姿勢を崩すための攻撃。


 つまり、深淵のミノタウロスの動きに合わせて、強撃を発動させて姿勢を崩して本命の強撃を叩き込む。


 するべきことはシンプルだ。


 あとは実行できるかどうかだけ。


 難易度的に簡単じゃないけど、不可能でもない。


 十分に勝機がある。


 まあ、問題があるとするなら、イレギュラーの可能性。


 深淵のミノタウロスの動きにはムラがある。


 雑だと思った次の瞬間には鋭い攻撃がくることもあって読みにくい。


 隙だと思って飛び込んだら死地だったということもありえる。


 けど、完全で完璧の策や状況なんてありえない。


 どこかでリスクは飲み込むべきだ。


 ……と、決断してみるけど、胃か心臓なのか判別できない体の中心を冷たいなにかに侵食されている気分になる。


 けど、失われるかもしれないのが、自分の命なんだから仕方がない。


 あるいは、その強さや生き様に憧憬や尊敬を抱ける相手なら、敗北による死という結末も納得できる可能性はある。


 でも、私が相手にしている深淵のミノタウロスは強者だけど、憧憬や尊敬の対象じゃない。


 ただ、強いだけの相手。


 こいつに殺されたとしても納得できる要素がない。


 だから、死という結末は回避する。


 すでに集中しているけど、さらに一段階集中力を高めていく。


 降り注ぐように響いていた観客たちの歓声が少しだけ遠くなる。


 聞こえなくなるわけじゃない。


 ただ、意識しなくなるだけ。


 深淵のミノタウロスの動きを観測して、観測して、観測する。


 踏み込み、重心移動、攻撃のモーションとタイミング、そして視線。


 すべてを捉えて分析していく。


 最適なタイミングを見誤らないために。


 それと同時に、私のなかの魔力も高めていく。


 回避しながらだから、大斧を振りかぶったりはしないけど、チャンスがきたら強撃を発動できるようにはしている。


 …………隙が小さいからと見逃したタイミングが5回を超えた。


 その判断が間違いだとは思わないけど、私自身が踏み出さなくていい理由を見つけているんじゃないかって、自分を疑いそうになる。


 けど、ここで焦って中途半端なタイミングで強撃を発動させるのも悪手だ。


 恐怖と不安が背中を押すように急かしてくるけど、鋼の意思で心は平静だって思い込む。


 さらに、2回微妙な深淵のミノタウロスの隙を見逃して、重くへばりつく焦燥に心が焼かれそうになっているときに、その機会はきた。


 深淵のミノタウロスが迷宮のラブリュスを右手だけで横方向に大きく振るう。


 いけると思った。


 けど、一瞬だけ停滞して思考する。


 深淵のミノタウロスの左の拳による追撃は大丈夫か?


 それ以外のイレギュラーの可能性も思考する。


 絶対の安全はない。


 それでも勝機だ。


 動く。


 斧スキルが導き出す無数の愛用の大斧を振るうモーションを、さらに研ぎ澄ませて1つへと収束させていく。


 後退して迷宮のラブリュスが私の体を横から両断する軌道から逃れると同時に、その重心移動も初動に組み込み遅滞なく強撃を発動させる。


 空を切った迷宮のラブリュスを下から跳ね上げるように、クルム銅製の大斧を叩き込む。


 瞬間、硬質な異音と同時に左の頬が熱くなる。


 おそらく、愛用の大斧の刃先が欠けて、私の頬を傷つけたのだろう。


 傷は無視できる程度。


 大斧の損傷具合が気になるけど、悠長に確認する余裕はない。


 すぐに、次の強撃で深淵のミノタウロスに追撃をしないといけないから、私の大斧は損傷していても致命傷を与えられると自分に言い聞かせる。


 けど、私が目にしたのは予想外の光景。


 迷宮のラブリュスを跳ね上げて姿勢を崩しているはずの深淵のミノタウロスが、すでに次の攻撃の準備をしている。


 …………っ?


 失敗!


 姿勢は崩せなかった?


 ……いや、深淵のミノタウロスの姿勢は崩せた。


 けど、予想よりも大きく崩せなかったから、次の強撃を叩き込むことができるだけの隙を作れなかったのだろう。


 なぜ、なぜ、なぜ、と反省に擬態した無意味な後悔が、思考を埋め尽くしそうになるけど、強引に切り換える。


 最優先は現状の対処。


 黒くて禍々しい威圧的な迷宮のラブリュスが振り下ろされようとしている。


 回避は不可能。


 どう頑張っても今からだと、迷宮のラブリュスの間合いから逃げられない。


 反撃は可能。


 当初の予定通り強撃を発動させて深淵のミノタウロスの急所に、私の大斧を叩き込むことはできるだろう。


 けど、それと同時に私も死ぬ。


 タイミングがギリギリすぎる。


 深淵のミノタウロスを殺せても、ほとんど同時に迷宮のラブリュスが私を両断するだろう。


 ……どうする。


 ……どうすればいい?


 とにかく、私に迫る迷宮のラブリュスをどうにかしないと死ぬ。


 けど、迷宮のラブリュスをどうにかできても、その次がないと無意味な延命だ。


 思い付きに等しい策が、天啓のように思考の海から浮上する。


 成功の確信も保証もない。


 本当に、ただの思い付きといえる。


 本来なら、穴がないか細かくチェックするべきだ。


 けど、現状の私にはその時間がない。


 決断するしかない。


 確実な相打ちか、思い付きの策か。


 ……まあ、悩む理由もない。


 即決して動く。


 強撃を発動させる。


 けど、狙うのは深淵のミノタウロスの首じゃない。


 振り下ろされようとしている迷宮のラブリュスだ。


 爆発的な力と速度で体を反応させて、クルム銅製の大斧を振るう。


 空間を破裂させるような轟音と同時に、手ごたえで愛用の大斧の斧頭が砕け、魔樫製の柄が折れたと理解した。


 一瞬だけ、走馬灯のように脳裏を流れたクルム銅製の大斧と駆け抜けた過去の情景によって、哀愁に飲まれそうになる。


 けど、そんな感傷的になるのは、死地においては贅沢でしかない。


 壊れた相棒に感謝はしても、思考を割くわけにはいかない。


 自分の武器の損傷を気にしなくてよかったからなのか、深淵のミノタウロスは動きが、迷宮のラブリュスを跳ね上げたときよりも停滞している。


 時間にして1秒にも満たない停滞だ。


 それでも、次の私の攻撃を叩き込める。


 ハイラムと戦った時の手に似ているかもしれない。


 メインとなるクルム銅製の大斧は喪失している。


 だから、左右の腰に帯びた魔鋼製の鉈の柄に手をかけ、すぐに強撃を発動させた。


 全身が焼けて引き千切れて砕けたかと錯覚してしまう。


 短時間で強撃を連続で発動させた反動だ。


 けど、体は動く。


「ゴグガアアアァァァ」


 深淵のミノタウロスが叫び声を上げながら少しだけ後退した。


 その丸太のように太い右腕には挟み込むように魔鋼製の鉈が2本食い込んでいる。


 2本の鉈は両方とも刃がボロボロで、いくつもの亀裂が入っているから、回収できても武器としてはもう使えない。


 深淵のミノタウロスのダメージは大きくないだろう。


 手ごたえとして骨まで鉈の刃が到達していない。


 常人ならともかく、深淵のミノタウロスのような魔物なら、戦闘の続行を苦にしないだろう。


 とはいえ、予想通りそれなりに痛みはあったようだ。


 少なくとも手にしていた迷宮のラブリュスを保持できなくなる程度には痛かったのだろう。


 だから、私は苦痛による悲鳴を上げて抗議する体を無理矢理動かして、落下中の目当ての物を手にする。


 手にした瞬間の感想は、太くて重いだ。


 クルム銅製の大斧よりも迷宮のラブリュスはデカくて太くて長いから仕方ないけど、扱いやすいとは思えない。


 まあ、迷宮のラブリュスが予想よりも扱いにくそうなのはともかく、深淵のミノタウロスが痛みで手放した武器がこの手にある。


 なら、行動しなくては。


 少しだけ強撃が使えないかと思ったけど、感覚的に確信できた、使えないと。


 魔力的に1回くらいは使えそうだけど、体がもたない。


 比喩表現じゃなくて、強引に強撃を発動させたら、攻撃が相手に命中する前に私が死んでしまうかもしれない。


 だから、黒くて禍々しい大斧迷宮のラブリュスを普通に振るう。


 けど、振り下ろす動作に入った瞬間から、違和感が大きい。


 片刃と両刃、長さや重さに太さと、色々と違うから、斧スキルがなければ現状の私にはまともに扱えなかっただろう。


 重心の動き、遠心力の発生の仕方と、事前のイメージと現実の違いに苦労するけど、それでも迷宮のラブリュスを深淵のミノタウロスに振り下ろすことができた。


「ガァァァグゴゴゴォォォーーー!」


 深淵のミノタウロスが先程よりも大きな叫び声を上げた。


 まあ、右腕を二の腕から切断されれば強力な魔物でも叫び声ぐらい上げるだろう。


 深淵のミノタウロスに大きなダメージを与えた。


 けど、私は素直に喜ぶことができない。


 なにしろ、今の一撃で深淵のミノタウロスを倒す予定だったから。


 さて、片腕で出血中の深淵のミノタウロスと、私は全身が激痛で苦しめられて手には慣れない迷宮のラブリュス。


 現状だと、どちらが有利だと言えるだろうか?


 外から見たら私が圧倒的に有利に思えるかもしれないけど、実際のところは互角かもしれない。


 現状の私だと迷宮のラブリュスを1回振るうのが限度。


 走り回るのも難しい。


 ギリギリの戦いに…………アレ?


 深淵のミノタウロスを見ていて気付いた。


 もしかしたら、私の方が有利かもしれない。


「ガアアアァ」


 深淵のミノタウロスが血を撒き散らしながら踏み込んでくる。


 けど、重心が安定していない。


 泥酔しているかのように、足取りがふらついている。


「ああ、やっぱり」


 自然と言葉が口から出た。


 深淵のミノタウロスの動きが変な理由。


 それは右腕を失っただけじゃなくて、バフ効果のある腕輪が外れたことも影響しているのだろう。


 そして、不気味な威圧感のあった赤黒いオーラが消えているのだ。


 魔法の持続時間が切れたか、あるいは迷宮のラブリュスにはバフ効果を解除するような効果があるのかもしれない。


 まあ、詳しいことは生き残ってから考えよう。


 とにかく、深淵のミノタウロスは慣れ始めたバフ効果が2つ消えて右腕も失っているから体も制御できずに、重心がわからなくなっている。


 左腕と両足の魔道具はそのままだから、元々の状態に戻ったんじゃなくて、中途半端に身体能力が強化されている。


 偶然だけど、好機には違いない。


「グウウウァ」


 深淵のミノタウロスが咆哮を上げながら、無茶苦茶なモーションで左腕を振り回すけど、なにもない空間を通りすぎるだけだ。


 体がインフルエンザにでもかかったときのように熱くて痛いけど、無視して斧スキルを全開で起動させて迷宮のラブリュスを振るう。


 黒い軌跡が深淵のミノタウロスの首を横切ると、1秒後にゆっくりと黒い牛のような頭が石畳の上に落ちた。


 もしも、深淵のミノタウロスが最初から魔法や装飾品による強化をされていなかったら、私は負けていたかもしれない。


 少しだけ首を失い沈黙する深淵のミノタウロスが哀れに思える。


 余裕ができたら、深淵のミノタウロスが出現するダンジョンで再戦するのも悪くない。


 これからの私には、そんな未来を選択することが可能なのだから。


「「「うおおおおぉぉぉーーー!」」」


 空間が破裂するような歓声によって、じんわりと自分の勝利を自覚する。


 色々と考えないといけないこともあるけど、今だけはこの勝利を堪能しよう。

次回の投稿は1月31日金曜日1時を予定しています。

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