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転生者は斧を極めます  作者: アーマナイト


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3-1 愚者の腕輪

 時間というのは不思議だ。


 急いでいる場合には短く感じて、ヒマな場合には長く感じる。


 そして、現状の私は疑う余地なくヒマだ。


 闘技場での戦いにも5回勝利して、伐採できたトレントの数も5。


 レベルが33で、斧スキルが42、伐採スキルが39まで上がっている。


 大きな怪我を負うこともなく、ここまでこれたのだから、順調と言っていいだろう。


 トレントに斧を振るえば振るうほど、成長できると実感している。


 いくつかの不満はあるけど、状況として悪くはない。


 けど、それを不満に思う者もいる。


 筆頭が、私に1秒でも早く死んで欲しいと願うマルスト侯爵とかだ。


 彼が必勝を願い苦労して見つけた私の対戦相手は、傭兵、冒険者、剣闘士と経歴を問わずに敗北している。


 ギリギリの惜敗とかじゃなくて見せ場もなく普通に敗北しているから、ついにはオシオン侯爵が私を過小評価していると抗議したそうだ。


 私の死を願う相手に実力を評価されるのは、なんだか不思議な気持ちになる。


 とはいえ、これはオシオン侯爵が悪いわけじゃない。


 毎回、闘技場での戦いの直後に魔境へと向かいトレントを伐採して、レベルとスキルを成長させてくる私が異常なのだ。


 まあ、それだけトレントがレベル上げ用の経験値や斧を振るう相手として優れているということでもある。


 ハイラムの説明によれば、エンドレスインフィニットクロニクルにおいて木こりのジョブ、斧と伐採スキルのすべてが、トレントというか植物系の魔物に対して特攻になっていて、この世界でもその設定は有効なようだ。


 だから、ハイラムよりも実力で下回る私でも、例外的に格上のトレントを倒せるのだろう。


 それでも、現状だとマルスト侯爵の用意した対戦相手が、不利といえば不利だというのも事実だ。


 公平にするために、私の成長を見越して、少し強い相手を用意するなどの案も出たけど、私が成長するのも絶対というわけじゃないから、なかなか落としどころが決まらなかった。


 けど、さらなるマルスト侯爵の提案によって流れが変わり、契約内容が変更されることになる。


 闘技場で戦う残りの回数を5回じゃなくて1回にする代わりに、少し強い相手を用意するのを全員が認めるというもの。


 リスクのない提案じゃないけど、実力のよくわからない相手と5回戦うよりも、少し強い相手と1回戦う方が、私にとっても心労の負担は少ないだろうということで契約の変更を了承した。


 ただ、この少し強い相手を用意するために時間が必要だということで、次の戦いの準備期間が2週間になってしまったのだ。


 でも、時間があるならと、いつもより長く魔境にいようかと思ったけど、ハイラムによってトレントを1体倒せたら屋敷に帰還して再度魔境に行くことを禁止されてしまった。


 どうもハイラムは、初めてトレントを倒したときに、帰還できたタイミングがギリギリだったことを気にしているようだ。


 この決定には不満がある。


 けど、過去の行動を考えてみれば自業自得といえなくもないので、静かに沈黙する。


 それに、一国の王子の決定に対して、農奴、捕虜、剣奴のどれなのかよくわからない立場の不安定な私が、道理に外れているならともかく、一応は納得できる理由もあるのに反発するわけにもいかない。


 というわけで、現状、魔境からトレントを倒して帰還した私には時間がある。


 だから、有意義なヒマ潰しをすることにした。


 それに、試してみたいこともある。


 ……いや、試してみたい物、あるいはスキルだろうか。


 私の左腕には、金色の腕輪が装備されている。


 金色だけど光沢は控えめで、装飾品と見るなら地味だといえるかもしれない。


 文字のようにも、回路のようにも見える幾何学模様のような装飾の施されたこの腕は、愚者の腕輪というダンジョン産の魔道具。


 トレントを倒せた褒美ということで、ハイラムがくれた物だ。


 装備者の運をわずかに上げるという効果もあるらしいけど、これはオマケでしかない。


 本命の効果は、腕輪の装備者がスキルレベル5相当の錬金術が使えるようになるというもの。


 一応、わざわざ腕輪を使わなくても、錬金術は生産系スキルだから、木こりのジョブでも努力すれば自力で習得は可能らしい。


 まあ、私は無理だったけど。


 村にいたときに、錬金術が使える者の話を聞いたけど、習得できるかどうかは努力よりもセンスが重要なようで、私にはそのセンスがなかったようだ。


 そんな私でも、この愚者の腕輪を装備していれば錬金術が使える。


 色々と試してみるのも悪くない。


 けど、残念なことに、この愚者の腕輪を装備して、どれだけ錬金術を使っても、スキルとして錬金術を習得することはできないそうだ。


 ……残念だけど仕方がない。


 私が寝泊まりしている屋敷の部屋で、気持ちを切り換えて、目の前の素材に集中する。


 先日、私が倒したトレントだ。


 とはいえ、このトレントは死んでいて動かないから、普通の木材と見ただけだと区別がつかない。


 もちろん、注意深く観察すれば内包する魔力の量の大きさがわかるし、妙に威圧的な存在感もあるから、普通の木材と違うとわかる。


 そして、もっと言うなら、目の前のトレントは樫のトレントだ。


 いくつか倒してから気づいたけど、この世界のトレントは個体によって、ベースの木の種類が違っている。


 針葉樹、広葉樹、落葉樹、常緑樹と性質や、種類に関係なく、本当に色々なトレントが存在しているようだ。


 というか、久しぶりに、魔境の異常さを実感した。


 前の世界だと寒冷地と熱帯にしか生えないそれぞれの木が、自然のなかで数キロしか離れていないのに生えることはあまりないけど、そんな常識を嘲笑うように、魔境だと色々な性質の木が平然と生えている。


 それぞれの木の生育に必要な温度と湿度を無視しているように思えるけど、それを理不尽で理解不能な力で成立させるのが魔境。


 まあ、魔境の理不尽さはともかく、トレントには種類があって、私の目の前には樫がベースのトレントが存在している。


 とはいえ、これでなにを作るかが重要だ。


 比較的に作り慣れているのは、クシと弓だけど、クシは仕上げに必要な漆モドキとかの塗料が用意できそうにないし、弓を作っても使ってくれそうな者も近くにいない。


 探せば弓が得意な者もいるかもしれないけど、なんとなく面倒ごとになりそうだから止めておく。


 ということで、これから樫のトレントで作るのは杖だ。


 杖と言っても、前世の歩行の補助で使うような杖じゃなくて、魔法を使うときの杖を作る。


 一応、使用者としてチャルネトを想定しているけど、受け取ってくれないかもしれない。


 ……いや、彼女の性格を考えると受け取りはするけど、遠慮して使わない可能性はある。


 でも、これから作る杖は、私の無茶な行動でなにかと彼女に迷惑をかけていて、それに対するお詫びと感謝の品だから、受け取ったあと彼女がどうするかは考えなくていいだろう。


 最悪、裏で折って薪にしていたとしてもかまわない。


 ……まあ、そこまでのことはしないだろうけど。


 魔法を使うときに使う杖。


 作ったことはないけど、作り方と注意点は知っている。


 村にいたときに、村の鍛冶師から、雑談として聞かされたから。


 あの鍛冶師は金属だけじゃなくて、木、布、革と素材を問わずに加工できた。


 しかも、その技術が、その分野のトップレベルだったりする。


 本人によれば、出来の良い槍の穂先を作ったのに、他の職人が作った出来の悪い木製の柄と合せられるのが嫌だったらしい。


 それなら、木製の柄も自分で作ることにしたとのこと。


 こんな感じで自分の作った物に妥協できなかったから、剣なら柄や鞘まで作るようになったらしい。


 その過程で、錬金術も覚えたそうだ。


 だから、杖を作る経験や詳細が私にはわからないけど、大体の杖の作り方はわかる。


 それに、魔境でチャルネトの杖に触れて、魔力を分けてもらった経験があるから、現在チャルネトが使っている魔樫の杖の内部の魔力の流れ方も知っている。


 なとかなるだろう。


 ……なんとかなって欲しい。


 とにかく、ハイラムに用意してもらった木工用の道具で、トレントを加工していく。


 ハイラムの用意した道具は知らない素材で作られた物だったけど、妙に手に馴染む。


 それに、クルム銅製の道具よりも性能が、上のような気がする。


 この素材で武器も作ればいいのにと思うけど、ハイラムによれば武器や防具には向かないらしい。


 ともあれ、この道具のおかげで、トレントの加工は順調だ。


 魔樫や黒竹よりも、加工するのに難物だと聞いていたけど、大きな失敗をすることもなくトレントを加工できている。


 実際、純粋な硬さなら、魔樫よりもトレントのほうが上だろう。


 道具の性能もあるけど、割れやすいとか、妙に粘るとかのクセもないから、細かな装飾を施すとかならともかく、単純な形状の物を作るなら樫のトレントの性質は素直で加工しやすい。


 あるいは斧や伐採に比べて成長していないけど、木工スキルのおかげかもしれないと少しだけ思う。


 そして、集中して作業できたから、2日という期間で完成させることができた。


 その結果として私の周囲には、木くずと木片が大量に散乱している。


 途中で、食事を運んでくれたりした獣人の使用人が、部屋の惨状をみて困惑というか、苦笑していたような気もするけど、深く考えると心が痛くなりそうなので無視しよう。


 ともあれ、私の前には杖がある。


 樫のトレントの心材を加工した2メートルぐらいの長さのまっすぐの杖だ。


 チャルネトが使っている魔樫の杖とほぼ同じ形状だろう。


 樫のトレントの木材の色は普通で、魔樫の黒檀のような独特の深みがないから見た目は地味だ。


 ……でも、素材としては魔樫よりも、樫のトレントのほうが上だから問題ないだろう。


 形状はファンタジーで魔法使いが持っている杖というよりも、武闘家の武器にしか見えないけど、杖を彼女は打撃武器としても使うから仕方がない。


 けど、完成したのは外側だけだ。


 このままだと魔法を使うときに、装備していても意味がない。


 だから、錬金術で杖の内部を加工する必要がある。


 といっても、杖の内部をくりぬくとかじゃない。


 杖の内部にある魔力の通り道を整理するのだ。


 まあ、未経験だから、どういうことなのかよくわかっていないんだけど。


 とりあえず、愚者の腕輪を起動させないで、単純に魔力を杖に流してみる。


 水が導管を流れるように、魔力が杖の内部を進んでいく。


 ……ああ、そういうことか。


 村の鍛冶師が言っていた、魔力の通り道を整理するという意味がわかった。


 杖の内部には、魔力の通り道が大きいのと小さいので2種類ある。


 印象的には、血の流れる動脈と毛細血管という感じだ。


 そして、これから、愚者の腕輪の力で錬金術を使って、杖内部の毛細血管のような細い魔力の通り道を潰して、途切れたりグニャグニャになってる動脈のような太い魔力の通り道をつなげて形を整える。


 村の鍛冶師によれば、金属や木材と素材がなんであれ、魔力の通り道の理想的な形状は2重螺旋らしい。


 なぜ、2重螺旋がいいのかわからないけど、実力と実績のある先駆者の言葉だから、とりあえず従ってみる。


 こんなことなら、理屈を含めてもっと詳細に聞いておけばよかった。


 まあ、当時の私は杖内部の魔力の通り道に、それほど興味がなかったからしょうがない。


 愚者の腕輪に魔力を流して起動させる。


 けど、杖内部の魔力の通り道に変化はない。


 感覚的に、錬金術が起動しているのはなんとなくわかる。


 でも、その錬金術が杖に作用しない。


 …………なぜだ?


 素材が強力な魔力を内包した樫のトレントだから、愚者の腕輪で行使できる錬金術だとスキルレベル足りなくてダメなのか?


 …………なんとなくだけど、違う気がする。


 錬金術自体は起動しているけど、そこから先の命令というか、イメージのようなものが私のなかで確立されていないから、動いてくれないのかもしれない。


「……これは、いいヒマ潰しになりそうです」


 強がりの言葉を口にして、自分を鼓舞する。

次回の投稿は12月20日金曜日1時を予定しています。

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