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転生者は斧を極めます  作者: アーマナイト


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2-22 ハイラムの杞憂

「大丈夫か?」


 ハイラムが心配するような表情で聞いてきた。


 ハイラムの表情から想像すると、よほど私の状態は酷いのだろう。


 まあ、事実でもある。


 ここ数日、不眠不休で、口にしたのはポーションのみ。


 私の感覚的に問題なくやれると確信できるけど、周囲に説明しても錯覚だと一蹴されてしまいそう。


 だから、


「大丈夫です」


 と、本心から口にするけど、ハイラムの表情は少しも晴れない。


 昨日、日没前に魔境でトレントの伐採に成功した私は、収納袋にトレントを入れて、迅速に帰還しようと動き出した。


 そう、日没になってからじゃなくて、日没前に帰還を開始したのだ。


 行きの道のりの思い出して、疲労を考慮しても、日没直前か、直後にはオシオン侯爵領の領都に到着できると考えていた。


 根拠のない考えだったといえるだろう。


 実際に、帰還できたのは、今日の日の出直前。


 どうしてこんなことになったのか?


 まあ、一言で言えば私が悪い。


 準備不足で、無茶なスケジュールを強行した結果だ。


 大前提として、トレントを伐採した魔境は初めて行ったところで、どこになにがあるという土地勘も私にはなく、事前に地図などで詳細を確認したりもしなかった。


 さらにいえば、こういう魔境の地形を覚えるのが得意というわけじゃない。


 村だと、魔境に行くときには方向感覚に優れ、地形を覚えるのが得意なシャードがいつも横にいた。


 だから、魔境のような道のない自然豊かな場所を歩くのは慣れているけど、初見の魔境を案内なしで迷わずに行動できるような能力が私にはない。


 とはいえ、これも本来なら、問題にならないはずだった。


 なにしろ、魔境を行軍してトレントの場所まで、案内してくれたチャルネトが同行してくれているから。


 けど、チャルネトにしても、この魔境について出現する魔物と、いくつかのトレントまでのルートを把握しているだけで、熟知しているとはいえないらしい。


 それでも、トレントの場所まで行って、帰ってくるだけなら問題ないはずだったのだ。


 でも、一睡もせずに、ポーションと干し肉を口にしただけの状態で、似たような地形なうえに、同じような木々が視界一杯に広がる魔境を、正確に案内できるだろうか?


 …………まあ、無茶な話だ。


 チャルネトが迷ったと気づいた瞬間に、おそらく責任感と罪悪感で顔を蒼白にさせたのをみて、私のほうが罪悪感で死にそうになってしまった。


 ただ、帰り道に迷ったことで、責任を感じているというよりも、時間内に到着しないと、契約により私が死ぬから、余計に申し訳ないと思ってしまったのかもしれない。


 契約を理解して、それでもリスクを承知でトレントの伐採を粘ったのは私だ。


 だから、私としては、死にたいわけじゃないけど、これで死ぬのは、自業自得だから、それはそれでしょうがないかと思っていた。


 けど、なんとか、期限内に到着できたらから問題ない。


 ちなみに、時間ギリギリまで魔境にいたのに、ハイラムが捜索隊のようなものを出さずに、大事にしなかったことにも理由がある。


 私がトレントと交戦しているときに、チャルネトが魔道具でハイラムに連絡したらしい。


 とはいっても、前世のケータイのように便利なものじゃなくて、『問題なし』や『危険』などをざっくりと伝えるだけで、詳細を伝えることはできないようだ。


 このように頑張ってくれたチャルネトが、この場にいない。


 別に、道に迷ってしまった罰というわけじゃない。


 単純に、部屋で寝ている。


 おそらく熟睡だ。


 明日になるまで、起きないだろう。


 それでも、チャルネトは屋敷に到着するまで頑張って起きていて、屋敷の敷地に一歩入ったところで、スイッチが切れてしまったかのように、倒れて眠りに落ちた。


 それはもう、綺麗に倒れたから、病気か毒の可能性を疑ったけど、すぐに穏やかな寝息が聞こえたから安心することができた。


 そんな疲労困憊のチャルネトよりも、トレントと直接戦った私が消耗していると、周囲が想像してしまうのは当然のことだ。


 別に、疲労、空腹、眠気がないわけじゃない。


 ただ、気にならない程度のものだというだけ。


 まあ、トレントの伐採に成功して、レベルやスキルが成長して、斧の扱いが上達したと自覚できるから、気分が高揚して自覚できないだけかもしれない。


 でも、結局のところ、私に選択肢はないのだ。


 疲労困憊ですとハイラムに告げたところで、なにかが変わることはない。


 契約によって、すぐに、ここの闘技場の控室を出て戦わないといけないのだ。


 なら、不安の鎖に捕らわれないためにも、問題ないって自分に言い聞かせたほうがいい。


「確認する。投擲が禁止されたのは覚えているな?」


 どこか諦めたような表情のハイラムの言葉に、私はできる限り落ち着いた様子で応じた。


「ええ、大丈夫です」


 闘技場の控室に入るなりルールの変更が告げられて驚いたけど、私にとってそれほど厳しいルールじゃなかった。


 どうにも、前回の闘技場での戦いを見たマルスト侯爵にとって、私の投擲は切り札かなにかのように見えたようだ。


 それこそ、追加のルールで禁止してしまうほど脅威に思えたのだろう。


 あるいは、悪夢だろうか?


 戦闘での選択肢が増えるという意味で、私にとって投擲は有用なスキルなのは事実でもある。


 ただ、その用途は集団戦での牽制や援護がメインで、戦いの主軸にしているのは斧だ。


 だから、私にとって投擲を封じられるのは、そこまで痛手じゃない。


 それに、このルール変更は、デメリットだけじゃないのだ。


 自前の武器の使用が認められて、信用できない細工された斧の強度を気にする必要から解放された。


 もっとも、闘技場の根本的なルールなのか、盾以外の防具を装備することを許可されていないので、前回と同じように裸に革のハーフパンツにサンダルという姿だ。


 踏み込みや踏ん張りのことを考えると、革のサンダルよりも新装備の黒猫ブーツの方が望ましいんだけど、使用することを認められなかった。


「うっかりミスや追いつめられていようとも、闘技場での戦いで投擲すれば、その戦いに生き残ったとしても、お前の勝利とは認められない」


 ハイラムの言葉の意味は理解できるけど、確認のためのに次の言葉をうながす。


「つまり?」


「お前の敗北が決定する」


 私の敗北。


 それは死を意味する。


 契約に記載されたのは、10回の勝利。


 闘技場でルールを破って、死をまぬがれて生き残っても、敗北と認定されてしまうなら、私は契約によって死ぬだろう。


「……気をつけます」


「わかっているか?」


 ハイラムの言葉の意味がわからず、首を傾げながら応じた。


「なにをです」


 投擲が禁止になった。


 ルールを破ったら、生き残っても契約によって死ぬことになる。


 これ以上に理解することがあるだろうか?


「お前は投擲を使用できないが、相手は使ってくるぞ」


「…………はい? 禁止されているんじゃないのですか」


 禁止されているのに、相手は投擲が可能。


 意味がわからない。


「禁止されている。そして、そのルールを破れば生き残っても勝利とは認められない。そのことに間違いはないな」


「なのに、相手は投擲を使用してくる?」


「ああ、お前と違って、相手は生き残り敗北と認定されたところで、困ることがない」


 ハイラムの言葉を聞いて少し不公平だと思ったけど、すぐに納得した。


「それは…………そうですね。気をつけます」


 私が戦う相手を用意したのは大貴族のマルスト侯爵。


 前回と違い、相手は傭兵で罪人というわけじゃないから、恩赦も不要。


 私を殺せば色々と報酬をもらえる対戦相手にとって、ルール違反による罰金や行動を制限するようなペナルティは怖くもないだろう。


 不公平で理不尽だけど、大貴族が色々と有利なのは、この世界だと当たり前のことだ。


 そのことを思考できず、想像できなかったのは、疲労と寝不足の影響かもしれない。


「とはいえ、相手もあからさまに何回もルールを破れば、お前を殺す前に失格となる。使うなら一度だけ、決定的な場面でだろう」


「相手の失格で生き残った場合、私はどうなるのでしょう」


「当然、勝利として認められる。そこの心配は無用だ」


 ハイラムの言葉に軽くうなずきながらも、これからの戦いで私は投擲を使われても負けると思っていない。


 前回と違い今回の相手は1人だけで、マルスト侯爵としても、前回のような水準の相手を10人以上も用意するのは難しいようだ。


 まあ、1人用意するのも難しいらしい。


 単純に、私を殺せる強者なら、見つけるのは容易だろう。


 無数にいるとは言わないけど、大貴族が探すのに苦労するほど希少でもない。


 けど、強すぎるとハイラムとオシオン侯爵が、私の相手として認めないだろう。


 マルスト侯爵としては、私を殺せてハイラムとオシオン侯爵が納得するくらいの実力のという、とても狭い範囲にとどまっている強者を見つける必要がある。


 だから、マルスト侯爵が1人用意しただけでも、十分に凄い。


 息子の仇である私を殺すという思いが、少しも衰えていない証左だろう。


 なかなか、気の重くなる話だ。


 とにかく、相手は1人で、扱い慣れた愛用のクルム銅の赤い大斧を使用できる。


 不安に思う理由がないのだ。


 一応、2つの魔鋼製の鉈を闘技場に装備していくことも可能だったけど、今回は持っていかないことにした。


 マルスト侯爵に、手の内をさらしたくないという思いがなくもないけど、それ以上に使うつもりがないからだ。


 クルム銅製の大斧だけで勝負を決める。


 これは別に、まだ見ぬ相手を侮っているわけじゃない。


 本気の殺意を持った大貴族が用意した相手だから、油断できないのは確かだ。


 それでも、少しだけズルい気もするけど、私に有利なことがある。


 それは、マルスト侯爵やオシオン侯爵が、強さの基準として参考にしているのは、前回の戦いに勝利した時点の私。


 当然だけど、トレントを伐採して、レベルやスキルが成長していることは考慮されていない。


 というか、常識的に考えて、トレントのような強力な魔物に勝利して、数日という短期間でレベルとスキルが成長するほうが変なのだろう。


 考慮できなくて、当然だ。


 疲労などを差し引いても、今の私の方が確実に強い。


 でも、そういった数値上の成長よりも、感覚的に洗練された斧を扱う技術の方が、私にとっては大きいといえる。


 心身共に完璧とはかけ離れた状態だけど、これから行われる闘技場での戦いで勝利を疑わない程度には、自分の成長を実感しているのだ。


 すぐに、係の者に声をかけられて、控室から闘技場へと足を進める。


「死ぬなよ」


 背中にかけられたハイラムの言葉に、苦笑してしまう。


 現状でトレントを伐採できたから、私の価値が彼のなかで上がったのかもしれない。


 けど、口にすべき言葉はない。


 クルム銅製の大斧を担ぎながら、片手を振るう。


 これからの戦いに勝利して、強さと成長を示すしかない。

次回の投稿は12月6日金曜日1時を予定しています。

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