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転生者は斧を極めます  作者: アーマナイト


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2-20 トレント戦

 目の前のトレントに挑む。


 これは私の欲望であり、動機だ。


 けど、ハイラムの提案でもある。


 なぜ、ハイラムはトレントを倒すことを望むのか?


 素材として必要としている?


 あるいは個人的にトレントという魔物を恨んでいるから?


 違う。


 これも邪神の使徒への対策の一環だ。


 誰が邪神の使徒になるかの特定や排除のような対策が直接的なアプローチなら、これは少し迂遠な間接的なアプローチ。


 なんでも、元々、この世界の邪神は、試練の神と呼ばれていて、世界が停滞しないように様々な形で人々に試練を与えて、変化を促したらしい。


 ダンジョンや魔境も邪神の試練の名残だといわれているようだ。


 だから、ダンジョンや魔境を放置していると、邪神の使徒が強化されるらしい。


 逆に、多くのダンジョンや魔境を攻略すれば、邪神の使徒の弱体化が期待できる。


 少なくとも、エンドレスインフィニットクロニクルというゲームだと、そういう仕様だったらしい。


 しかし、それなら、ここの魔境に出現するトレントを倒したところで、魔境の解放は難しいはずだ。


 少数精鋭でも、踏破して消滅させることもできるダンジョンと違って、魔境の解放に必要なのは、100人以上の優秀な戦力を、最低でも1か月以上の長期間投入しなくてはいけない。


 つまり、優秀な個人に、魔境の解放は不可能。


 ……なんだけど、ここの魔境は例外らしい。


 オーガはともかく、魔境に漂う魔力の濃さに比べて、強力なトレントが出現するのは場違いなのだそうだ。


 けど、過去の例を調べると、こういう場合、例外的に出現する強い魔物を集中的に短期間で倒し続ければ、魔境を解放できる……かもしれないそうだ。


 それでも、私が単独で、ここの魔境を解放できると、ハイラムが期待しているわけじゃない。


 あくまでも、調査の第一段階として、トレントを倒せるか、あるいは倒すにはどれぐらいの戦力が必要か、調査するために私にトレントと交戦して欲しいとのこと。


 元々は、もう少し成長した熊族の獣人ウルドムに任せる予定の仕事だったらしい。


 私には関係のない、どうでもいいことだけど、同時に私がやらねばという気持ちが芽生えたような気がした。


 元試練の神で、現在は邪神。


 奇跡や祈りとも呼ばれる回復魔法を使える者は、自分の信仰する神とつながり、対話ができると聞いたことがある。


 だから、邪神とはいえ、神のことなら、別の神から助言をもらえないのかと、ハイラムに聞いてみたけど、神々に近づこうとしないようにと釘をさされてしまった。


 それでも、嫌々ながらしてくれたハイラムの説明によれば、神と対話できるというのは、正しくもあり、間違っているそうだ。


 正しくて、間違っている。


 意味が分からない。


 どうにも、ハイラムによれば、いつでも望めば神とつながり対話は可能らしいけど、相手の意味や意図を理解できているとは思えないそうだ。


 例えば、ハイラムの信仰している慈愛と慈悲の女神ヨーナフィルロは、間違いなく慈愛と慈悲を有していて、つながって対話したきにそのことを確信しても、疑うことはないらしい。


 でも、同時に、女神ヨーナフィルロの慈愛と慈悲がどういうものか理解できないとも口にしていた。


 ハイラムが言うには、神とは人格を持った高位の存在というより、人格があると錯覚してしまうような現象に近いらしい。


 もしも、飢饉や病気で苦しむ人々が、女神ヨーナフィルロに慈愛と慈悲による救済を願い、その結果としてその者たちが苦しみから解放ということで、この世から消滅させられても驚かないとのこと。


 対話が可能で、祈れば奇跡を起こしてくれるけど、不気味で理解不能な存在。


 なのに、1度でも神とつながってしまうと、理性で合理的に距離を置くべきだと思っても、魂が理性を拒絶して離れることができなくなる。


 だから、ハイラムとしては、そんな圧倒的なのに異質でよくわからない神々に、近づいて欲しくないようだ。


 神とつながり対話ができると言われれば、好奇心が刺激されるけど、1度でもつながれば魂が強制的に隷属させられてしまうようなら、あまりお近づきになりたいとは思わない。


 それに、私には神々よりも好奇心を刺激する存在と出会っている。


 そう、トレントに。


 私から見れば圧倒的な強者のハイラムでも単独で倒すのは難しい存在、トレント。


 迂闊に踏み込まず、慎重に観察して、トレントの行動パターンをできる限り見極めるべきだろう。 


 けど、気づいたときに私は、トレントに向かって踏み出していた。


「お待ちください」


 背後から戸惑ったような、あるいは焦ったようなチャルネトの声が聞こえる。


 チャルネトの気持ちに共感できるけど、あふれ出る衝動を抑えることができない。


 ……いや、抑える気になれない、か。


 私にはトレントが強力な魔物じゃなくて、斧を極めるための可能性の塊にしか見えない。


 だから、止まることなく足を進める。


 強烈な死の威圧感を覚えると同時に、横へと飛ぶように回避。


 直後に、空間そのものを押し潰すような不吉な音をまとったなにかが、私の居た場所を打ち据える。


 轟音。


 地面が陥没して、無数の土と石が煙のように舞い上がる。


 恐ろしい光景なのだろう。


 鉄蛇草の布鎧どころか、魔法の鎧を装備したハイラムですら直撃されれば即死する。


 今のはそんな攻撃だ。


 防具の有無なんて、結果に影響を与えない絶対的な即死級の攻撃。


 でも、トレントからの攻撃はこれで終わらない。


 五感が捉えるよりも早くわき上がる直感に従い無心で回避し続ければ、一瞬前まで私の居た場所をトレントの振るった枝が襲う。


 トレントとの距離は10メートル程度もない。


 直進すれば一瞬で詰められる距離だ。


 けど、今は遠い。


 たかが、10メートルの距離を詰めるのに苦労する。


 間断なく襲ってくるトレントの枝による雨のような攻撃。


 回避に専念すれば、安全圏に離脱するのも可能。


 でも、間合いを詰めるは難しくて、そのなかでさらに大斧を振るう一瞬を見出すのはさらに困難だ。


 一見すると、前進して攻撃する隙なんてなさそうだけど、焦ることなく冷静に見極めて、一瞬の間隙に滑り込む。


 万全の体勢じゃない。


 十分に大斧を振りかぶる余裕もない。


 けど、トレントに大斧を振るえる。


 全力で起動させた斧スキル、伐採スキルに導かれて、クルム銅製の赤い大斧を振るう。


 トレントに大斧を叩きこむと同時に、反動を利用して距離を取り、最速で安全圏まで離脱する。


「フゥーーーー」


 溜まっていた色々なものを吐き出すように、大きく息を吐く。


 ゆっくりと心を落ち着かせて、冷静な心でトレントに視線を向ける。


「無傷…………じゃない、かな?」


 ノーダメージかと少しだけ落ち込みそうになったけど、よく見ればトレントの表面に薄っすらと線が確認できた。


 全力で振るった完璧な一撃とは呼べないけど、目の前のトレントよりも太い魔樫ならば確実に伐採できている。


 でも、目をこらせばどうにか確認できるのは、トレントの樹皮についたかすかな傷。


 悔しがって、絶望する光景……なのかもしれない。


 けど、私の心を占めるのは歓喜だ。


 今の一撃は、不完全で完璧じゃない。


 でも、今までなんとなく感じていた窮屈さから解放された一撃でもある。


 これまで、斧と伐採のスキルが成長しなくて、目指すべき直近の目標を見失っても、全力で斧を振るうべき対象を見つければ、すぐに斧の高みを捉えられるって、自分に言い聞かせていた。


 それは、自己暗示のようであり、真摯な祈りのようであり、血を吐くような呪いでもある。


 でも、そんな息が詰まり、押さえつけられるような停滞は過去だ。


 私のなかで斧スキルと伐採スキルが、無言で告げている。


 まだまだ先があると。


 斧スキルが成長したわけじゃない。


 けど、未知の領域へと、私を誘ってくれる。


 長い間、斧スキルが成長しないから、斧を極めてしまったんじゃないかと、見当違いの焦燥すら抱いていた。


 なんと傲慢だったんだろう。


 斧スキルを、そして斧の可能性を引き出せていなかった自分が間抜けなだけなのに。


 でも、そんな羞恥や後悔も、どうでもいい。


 先があるというなら、1秒でも早く、見たいし、体験したい。


 姿勢、重心、踏み込みなど、微調整しながら、試行錯誤したいところだ。


 けど、そう考えると、状況が最適とは言い切れない。


 トレントの攻撃が邪魔だ。


 じっくりと探求したいなら、無粋な妨害してくるノイズは排除する必要がある。


 なら、することは明瞭。


 トレントの攻撃範囲に踏み込み、枝による攻撃を誘うと同時に、大斧を振るう。


 強撃じゃないけど、斧スキルと伐採スキルにアシストされた一撃は、攻撃直後のトレントの枝を切り落とす。


 トレントの枝は重くて硬いけど、私でも一撃で切れなくはない。


 先端を1メートルぐらい切られたトレントの枝は、ショックを受けたように震えてから。元の位置に戻り動かなくなった。


 まだ、枝の長さ的に、攻撃は可能なように見えるけど、ある程度の長さを切られると、動かせなくなるのかもしれない。


 …………なら、トレントの攻撃可能な枝をすべて切り落としてしまえば、幹の部分をじっくりと攻略できる。


 そこからは作業だった。


 少しでもミスをしたら即死する単純作業。


 トレントの枝による攻撃を誘って、切り落とす。


 それだけだ。


 トレントという魔物は、攻撃力と防御力が優れている。


 それこそ、あのハイラムですら、容易に挑もうとしない程度には難敵。


 けど、行動パターンは限られている。


 変化する状況に応じて、柔軟に行動することができないようだ。


 まあ、木の魔物だから、五感や思考法が我々とは違うのだろう。


 とはいえ、私にとっては良かった。


 1時間もかからないで、目の前のトレントを枝による攻撃が不可能な状況に追い込めたのだから。


「どうぞ」


 チャルネトが、そっと細長いビンに入ったヒールポーションを差し出してくれた。


 ダメージはないけど、疲労回復にもなるから、感謝して受け取る。


「ありがとうございます」


 でも、なぜだろう。


 チャルネトが私へ向けた視線が、驚きや困惑じゃなくて、恐怖に満ちている気がする。


 それこそ、理解の範疇外の化け物でも見つめているような…………。


 ヒールポーションを差し出すチャルネトの手は震えていなかっただろうか?


 ……まあ、気のせいだろう。


 受け取ったヒールポーションを一気に飲む。


 とたんに、わずかに顔をしかめてしまう。


 ヒールポーションの味がマズいわけじゃないけど、村で作られている物に比べて甘さや酸味のバランスの差異によって、違和感を覚えてしまうのは仕方がない。


 トレントの前に足を進めて、ゆっくりと大斧を振りかぶる。


 頭上で、トレントの先端を失った枝が抗議するかのように震えているけど、即座に攻撃してくる様子はない。


 斧と伐採のスキルを全力で起動して、大斧を振るう。


 トレントに命中すると同時に、上手に力を抜く。


 これをしないと、反動で大斧の魔樫の柄や私の手にダメージがきてしまう。


 トレントとの距離、踏み込む場所、重心移動など、大斧を振るうたびに調整する。


 はたから見たら、1ミリ違っているかも確認できないような、ささいな調整。


 でも、実感できる。


 斧の振りがよくなっていると。


 ただ、問題もある。


 じっくりと、落ち着いて大斧をトレントに振るうこと10回。


 斧を極めるという観点でいえば、大変有意義な経験だった。


 けど、トレントを伐採するという視点で見れば徒労に近い。


 なにしろ、トレントにつけられた傷は、10回繰り返しても、それほど深くなっていないのだ。


 1時間も放置すれば、トレントも回復力の強い魔境の植物だから、消えてしまうような傷。


 これを1日繰り返しても、トレントを伐採できるとは思えない。


 この結果を報告しても、ハイラムが失望することはないだろう。


 でも、私が嫌だ。


 せっかく、斧の先の領域が見えてきたのだから、トレントを伐採できたという結果が欲しい。


 だから、トレントを伐採する。


 方法は?


 通常のやり方だとダメ、強撃だと消耗が激しくて適当じゃない。


 だから、タメ切りだ。


 不動の魔物で、攻撃できない状態のトレントとタメ切りは相性的に悪くはない。


 ゆっくりと大斧を横へと捻るように振りかぶりながら、徐々に魔力を高めていく。


 体は脱力しながら、緊張感と魔力が高まったところで、始動。


 強撃よりもタメ切りは、強引じゃないから、斧スキルと伐採スキルによって、微調整しながら通常攻撃よりも強力な一撃を高精度で放つ。


 赤い閃光がトレントに命中して轟音を響かせる。


 慎重に大斧をトレントから離して、視線を向けた。


 自然と口角が上がる。


 トレントの表面に、しっかりとした傷があるのだ。


 深いとはいえないけど、同時に時間をかければトレントを伐採できると確信するのに十分な傷。


 だから、大斧を振りかぶり、魔力を高める。

次回の投稿は11月8日金曜日1時を予定しています。

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