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転生者は斧を極めます  作者: アーマナイト


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2-16 翠美鋼

 どんなことでも、極めれば芸術のような凄さがある。


 思わず、不利になる私が感心してしまうほどだ。


 私の手には、控室の奥の廊下で立っていた係の者に渡された戦斧がある。


 事前に、ハイラムから武器はなにがいいかと聞かれていたから、自前のクルム銅製の大斧がよかったんだけど、却下されたので妥協して頑丈な斧を希望した。


 だから、この戦斧は希望通りとも言える。


 柄の木材は魔樫ほどのじゃないけど、それほど悪くはなそうだ。


 斧頭は両刃で、材質はおそらく魔鋼。


 魔鋼は、クルム銅に比べると、ランクはいくつか落ちるけど、中堅クラスの傭兵や冒険者に、少し重いけど頑丈だから武器の素材として、信頼されて選ばれている。


 両刃の斧は使ったことがないから、扱いにくなと思う一方で、マルスト侯爵に殺意を向けられている状況を考えると最善とはいえないけど、悪くはない。


 まあ、問題がないように思えるのは、見た目だけだけど。


 警戒していたけど、この魔鋼の戦斧には細工がされている。


 見た目にはわからないし、軽く叩いたり、素振りをしたくらいじゃわからない。


 武器として対象に叩きつけるまで、問題のない戦斧に見えるだろう。


 けど、断言できる。


 長く斧を使い続けた経験と、斧スキルがささやくのだ。


 1度の攻撃で、この戦斧は砕けると。


 武器の不備を理由に交換を訴えても、取り合ってもらえる立場でも状況でもない。


 この細工はマルスト侯爵の指示か、周辺の者による忖度。


 オシオン侯爵やハイラムは無関係だと思うけど、こんなわかりやすい小細工を見逃すほど無能だとは思えない。


 つまり、私の強さを、価値を示すなら、戦斧に細工された程度の逆境は、乗り越えるべきものだと判断したのだろう。


 結論として、見掛け倒しのこの戦斧で、戦うしかないのだ。


 バトルロイヤルということは、相手は複数人。


 なのに、手にあるのは、1度で壊れる武器。


 あからさまに、ボロボロの武器じゃなくて、簡単に見抜けないように細工した戦斧を用意したマルスト侯爵の絶殺の執念に恐怖する。


 どうあっても、今日、ここで、私に死んで欲しいようだ。


 斧が自由に使えれば、まだ希望も持てるけど、戦斧を1度でも使ってしまったら、斧なしでの立ち振る舞いを強制されてしまう。


 なにもできない、ということはないけど、できることの選択肢は少ない。


 それでも、やるしかない。


 斧をさらに極めたいと望むのなら。


「覚悟は良いか」


 ニヤリと笑う中年の男の獣人に、声をかけられた。


 この男が、闘技場へと続く扉を開く係のようだ。


 この男から悪意は感じられないけど、心配している様子もないから、獣人らしく私がどんな戦いをするのか楽しみなのだろう。


「ああ、大丈夫だ」


 ウソだ。


 全然、大丈夫じゃない。


 吐きそうだし、お腹が痛い。


 増殖して膨張する恐怖と不安のささやき声に従って、逃げ出したいところだ。


 逃げ出していないのは、意地と見栄と未来への希望だろうか?


「あなたの名前は」


「オレか、狼族の戦士ポーチだ。悔いなき闘争を」


 笑顔で告げるポーチの言葉を聞いて、頭が少しだけ混乱している。


 耳と尻尾の形状だけだと、なにの獣人なのかわからないけど、狼族だとは思わなかった。


 それに、名前が狼族なのに、犬の名前のポチっぽいポーチ。


 笑いそうになって、少しだけ心が軽くなった。


「ああ、ありがとう」


 心からポーチに礼を言って、彼の開けた扉の奥へと足を進めた。


 薄暗い廊下から、強烈な日差しの場所に出て視界が白一色になる。


 それと共に、周囲から歓声が降り注ぐ。


 さながら土砂降りの雨のようで、津波のようでもある歓声の迫力に圧倒されてしまう。


 承認欲求の高い者にとっては、垂涎の場所かもしれない。


 ここは勝者を常に無限の称賛と歓声で、祝福してくれる。


 もっとも、敗者には容赦のない結末があるんだけど。


 視界が正常に戻り始めて、履きなれない革のサンダルで石畳の地面を確認しながら、足を進める。


 闘技場というから、地面には土か砂が敷き詰められているのだろうと思い込んでいた。


 ぼんやりと、倒れたら痛そうだなとか、どうでもいいことを考えながら、視線を周囲に向ける。


 どうやら、私が最後の登場だったようだ。


 円形の闘技場に設置された客席には、確実に数千人以上だと思える無数の人が詰めかけている。


 戦場で見かけたよりも多くの人がいるようで、転生してから1度に見た人の数としては間違いなく1位だ。


 そして、闘技場の中心に用意された石畳の戦場には、私と同じような格好の者が20人確認できる。


 私を入れて、全部で21人が、最後の1人になるまで殺し合うのか。


 しかし、マルスト侯爵の執念には感心してしまう。


 鑑定スキルのような便利な能力は習得していないから、経験と直感によってざっくりと強さをみてみたけど、1対1で私に勝てる者は1人もいない。


 けど、同時に、雑魚と呼べそうな弱い者もいないのだ。


 最低でも、1対1でウールベアに勝てるくらいには強い。


 もっといえば、アプロアよりも強いだろう。


 しかも、身に着けているのは、革製ハーフパンツとサンダルで私と同じだけど、手にしている武器が違う。


 金属とは思えない緑よりも鮮やかな翡翠色。


 間違いなく村で村長や鍛冶師から聞いた翠美鋼の特徴そのもの。


 翠美鋼という金属は、簡単に言ってしまえば風属性の魔力を帯びた鋼。


 もちろん、翠美鋼の特徴はそれだけじゃない。


 翠美鋼で作られた武器に魔力を流すと、重さを感じなくなり、空気の抵抗を感じなくなる。


 それでいて、必要とする魔力量は多くない。


 レベル10くらいの戦闘職なら、1日使用しても問題ない程度。


 当たり前だけど、それは常に魔力を流すんじゃなくて、武器を振るうときだけで節約して流した場合の話だ。


 それでも、破格の性能だといえる。


 それでいて、翠美鋼の値段は、加工費を含めても、魔鋼と同じくらい。


 冒険者や傭兵が、入手可能になったら、すぐに購入しそうだけど、現実は違う。


 この世界にはこんな言葉がある「翠美鋼使いに一流なし」と。


 コストと性能だけでいえば翠美鋼は破格の性能だけど、問題がある。


 ベテランクラスの傭兵や冒険者が使うと考えると、攻撃力と頑丈さが足りないのだ。


 ゲームなら、入手可能になったら、翠美鋼の武器を装備して、性能に不満が出てきたら、次のクラスの武器に持ちかえればいい。


 けど、現実だとこれが難しくなる。


 他の素材の武器から、翠美鋼の武器へと変えるのは、それなりに訓練が必要になるけど、難しいということはない。


 けど、一度慣れた翠美鋼の武器から、別の武器に変えるのが難しいのだ。


 正確に言うなら、翠美鋼の武器の持ち主が嫌がるらしい。


 翠美鋼の性能で、目にも止まらぬ刺突や、閃光のような斬撃を放てたのに、持ちかえると遅く鈍くなる。


 強度や攻撃力の面で性能が上昇していると、頭で理解しても、翠美鋼以外の武器を使いたくなくなるらしい。


 だから、傭兵や冒険者は、翠美鋼の武器に手を出すときに、周囲から止められることもあるそうだ。


 1度でも使えば、2度と手放せなくなる使い心地。


 まるで、呪いのような性能だけど、この闘技場という戦場だと、最適な武器の素材かもしれない。


 なにしろ、ここの闘技場で戦う者は、オシオン侯爵の趣味なのか、基本的に盾以外の防具を装備することを禁じられている。


 つまり、武器に求められる性能は、硬い魔物の鱗や毛皮を切り裂く攻撃力じゃなくて、人の肌を切れれば問題ない。


 そして、レベルが上がって、私の肉体の強度は多少上がっているけど、翠美鋼の武器の一撃に耐えるような強度じゃないと断言できる。


 だから、通常よりも攻撃が速くなる翠美鋼の武器は、闘技場で対人用としては最適と言えるかもしれない。


 まあ、ここの闘技場は対人だけじゃなくて、捕らえた魔物との戦いをやることもあるそうなので、そのときは翠美鋼が最適とはいえないかもしれないけど、今はどうでもいいだろう。


 それにしても、マルスト侯爵の万が一の生存を許さない殺意を感じさせる。


 もう少し大貴族らしい慢心による油断を見せて欲しいものだ。


 私の前に立つ者たちの中に1人として、斧を持っている者がいない。


 徹底している。


 もしも、斧を装備している者がいれば、魔鋼の戦斧による速攻でそいつを倒して、壊れた戦斧の代わりに、翠美鋼の斧を奪って戦ったことだろう。


 だけど、そういう展開を警戒してなのか、20人が手にしているのは、大小の違いはあっても翠美鋼の剣と槍だけだ。


 しかし、それはそれとして、気になることがある。


「私を半包囲しているように見えるのは気のせいかな?」


 全員が等間隔か、ランダムに散らばっているならともかく、私を起点として半円状に半包囲していると、偶然じゃなくて何者かの意図を感じてしまう。


 まあ、これもマルスト侯爵の意図なんだろうと、ぼんやりと納得している。


「いいや、間違いなくお前を半包囲しているからな」


 ニヤリと笑いながら告げたのは、30代前半くらいの赤髪の優男。


 体格と体形は、中肉中背で強そうには見えない。


 けど、翠美鋼で作られた細身の剣レイピアを、構えることなく立っている姿に警戒感を刺激される。


 格下と侮れば、次の瞬間に急所を突かれている未来を予想してしまう。


 しかし、油断ならないこの男も気になるけど、


「今日の戦いは最後の1人になるまで、殺し合うバトルロイヤルじゃなかったかな?」


 否定されるだろうなと思いながら、小さな希望にすがってく言葉を口にする。


 赤髪の優男が、肩をすくめながら応じた。


「いつもはそうらしいがな。今日は特別だ。お前1人を殺せばその時点で生き残っていた全員に恩赦が与えられるそうだ」


「ああ、なるほど。バトルロイヤルじゃなくて、私対君たち全員ということか」


 半包囲している状況を見て予想していたけど、認められると気が重くなる。


 バトルロイヤルという条件でも、生き残るは難しいのに、私対残りの全員。


 こちらの武器は、1度使えば壊れてしまう使い慣れていない魔鋼製の両刃の戦斧。


 他の連中は、当たれば確実に私の肉体を容易に切り裂く翠美鋼の武器。


 オシオン侯爵とハイラムから、強いと思われているというよりも、単純に嫌われているんじゃないかと思い始めてる。


 まあ、オシオン侯爵とハイラムの本心が、どうであろうとも、現状の私の不利はどうにもならない。


「そういうことだ。こんな無茶を成立させる大物を怒らせるなんて、お前なにやったんだ」


 優男の口ぶりからすると、今日のような状況は珍しいのだろう。


 それも、当然かもしれない。


 獣人は闘争を好む。


 けど、単純な流血を求めるわけじゃなくて、虐殺や弱い者いじめのような行為は嫌悪している。


 だから、闘技場では獣人が観客の多数を占めるのに、1対複数人という不利で、一方的な展開になりそうな条件は認められないのだろう。


 でも、マルスト侯爵の権力と、オシオン侯爵とハイラムの私への戦闘力評価が高すぎて、ありえない条件が成立してしまっている。


「さてね、徴兵されて、戦場で戦っただけなんだけど、運悪く私が殺した者のなかに、その人の家族がいたらしい」


 本当に、運が悪い。


 私も、マルスト侯爵も、死んだルスクスも、運が悪い。


 でも、過去が変えられない。


 私がマルスト侯爵の息子のルスクスを殺したという事実は消えないし、生き返るという奇跡も起きない。


「なるほど、それで貴族に恨まれたか。運がないな」


 優男は苦笑しながら、同情するような視線を向けてくる。


「まったくです」


「悠長に、喋ってんじゃねぇよ」


 翠美鋼製の槍を肩に担いだ白髪の獣人が、イラついたように言った。

 

 20代前半くらいの男性で、尻尾と耳の形がさっきのポーチに似ているから、狼族かもしれない。


 獣人の死罪人もこの場にいるのかと、少しだけ意外に思いながら、獣人でも死罪人になるかと納得する。


 人でも色々な性格の者がいるように、獣人にも色々な者がいてなかには犯罪に手を染める者もいるということだ。


 そんなことをぼんやりと考えていると、私とは軽い調子で喋っていた赤髪の優男が不機嫌そうに応じた。


「ああ?」


「なんだ、そこのバカの前にてめぇから殺してやろうか。そこのバカを殺したら恩赦だが、この場にいる他のバカを殺すなとは言われてねぇんだぞ」


「それはそうだな。……なら、お前から死ぬか」


 言い終わると同時に、赤髪の優男がレイピアの切先を、白髪の獣人に向けると同時に、白髪の獣人も槍の穂先を赤髪の優男に向ける。


 内心で、最低だけど、このまま殺し合ってくれないかと、本気で願ってしまう。


 なにしろ、この2人が20人のなかでトップクラスに強い。


 万全の装備で戦っても、簡単には勝てない相手だ。


 使い捨ての戦斧で、戦いたい相手じゃない。


 そもそも、ここにいる誰とも、積極的に戦いたいわけじゃないんだけど。


 状況が私に戦うことを強制する。


「開始の合図の前に、争うなら恩赦はなしだぞ!」


 観客席の一角にいたオシオン侯爵の声が響くと、2人は武器を引いてしまった。


 少しだけ残念に思いながら、冷静に状況を分析する。


 脅威度トップクラスの2人が、諍いを起こした。


 実際に、開始の合図の後に、殺し合う可能性は低いと思うけど、協力して連携する目も消えたとみていいだろう。


 即席でも、この2人に協力されると面倒だ。


 倒すなら1人1人確実にやるべきだろう。


 合図と同時に殺すべき相手を見すえながら、呼吸を整え覚悟を構築する。

次回の投稿は9月13日金曜日1時を予定しています。

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