2-14 3人の転生者
エンドレスインフィニットクロニクル。
なんというか、適当にそれっぽい単語を羅列しただけの微妙な題名。
早々に、クルールアを完食してから、食器をかたづけて、お互いに簡単な自己紹介をした後に、ハイラムから、この題名を知っているかと聞かれたけど、前世でも今世でも聞いた記憶がない。
彼の説明によれば、この世界に関係している重要なゲーム。
そう、ゲームだ。
なら、この世界は、そのエンドレスインフィニットクロニクルというゲームの中なのか?
「それは違う」
ハイラムが迷うことなく、力強く否定する。
「なぜ? 私にゲームの名前を聞くということは、無関係じゃないのでしょう」
「無関係ではない。だが、ここはゲームの中というわけでもない。どちらかといえば、戦国時代と戦国時代を元にしたゲームの関係に近いと思っている」
ハイラムの言葉を、自分のなかで慎重に思考する。
つまり、この世界は、エンドレスインフィニットクロニクルというゲームの原作というか、元になった世界ということだろうか?
否定することはできないけど、一方でそれなら、そのエンドレスインフィニットクロニクルというゲームを作ったクリエイターたちは、どういう立場なのか、この世界からの転生者なのだろうか、疑問がないわけじゃない。
「俺も、この世界がゲームの中ではないと断言できない。レベル、スキル、ジョブとゲームとの共通点もあるが、単純にゲームの中だと断定するには違和感を覚える点が多い」
「そうですか」
というしかない。
問題となっているエンドレスインフィニットクロニクルを知らないので、ゲームシステムやストーリーや世界観の差異などを見つけて、この世界との違和感の有無を確認する手段がないから、ハイラムの見解として記憶しておく。
「しかし……」
「どうしました?」
「いや、エンドレスインフィニットクロニクルをプレイしていない可能性は考えたが、それなりの大作だからどこかで見聞きしていると思っていた」
ハイラムが私に向ける視線には本当に知らないのかと問うているような気がするけど、
「大作ですか……」
妙な感じがする。
前世の私は、そこそこ手広くゲームをやっていた。
実際にプレイしていたかどうかはともかく、大作と言われるくらいのゲームなら、複数の媒体で広告が出されていて、どこかで目にしていたはずだ。
それなのに、記憶にない。
アレかもしれないという記憶の欠片すらない。
どういうことだろうか。
可能性としては、ハイラムがエンドレスインフィニットクロニクルの熱心なユーザーで、彼の主観だと大作だけど、世間的にはかなりマイナーで私が知る機会がなかった。
あるいは、単純なハイラムの嘘という可能性もなくはないけど、現状でわざわざそんな嘘を言う必然性が感じられないから、その可能性は低いだろう。
時期という可能性もある。
私とハイラムの転生時期がズレていて、エンドレスインフィニットクロニクルが発表されたときに、すでに私は死んでいて知ることができなかった。
この可能性は否定できない。
なにしろ、前世とこちらの世界で時間の流れが同じだとは限らないから、さきほどのお互いの自己紹介で教えてもらった20歳というハイラムの言葉を信じるなら、私との年齢差は5歳前後だけど、前世だと10年か、それ以上の差があるかもしれないのだ。
もしくは、もっと、根本的な勘違いをしている可能性。
私とハイラムは転生者だということに間違いはないだろう。
けど、本当に転生する前の世界が、同じ世界だったと言えるだろうか?
確かに、私もハイラムも武田や真田の赤備えや六文銭など、共通の知識があった。
でも、それだけで、同じ世界だと言えるだろうか?
かつて戦国時代を経験した日本だけど、同じ日本じゃない可能性。
「どうした?」
「確認なのですが」
教科書に掲載されているような有名な歴史的なできごとから、年号やお札の肖像などの細かいことまで、口にして対比したら明確になった。
ハイラムが前世で生きていたのは日本だけど、私の知る日本じゃないようだ。
例えば、戦国時代の織田、豊臣、徳川の流れとかは同じだけど、鉄砲が伝来した場所や時期が違っている。
それに黒船に乗っていたのがペリーじゃないとか、嘘じゃないんだろうけどハイラムの語る歴史に違和感を覚えてしまう。
それでも、歴史の大筋の流れは同じだ。
でも、ハイラムの世界にはエンドレスインフィニットクロニクルがあって、私の世界には存在していない。
「そうか、転生者といっても、同じ世界から転生してくるとは限らないのか」
「今までの転生者は全員同じ世界の出身者だったのですか?」
まるで、その可能性を考えていないようなハイラムの態度を不思議に思って、疑問を口にした。
さすがに、否定されると思ったけど、
「……わからん」
と言われてしまった。
「はい?」
「わからんと言った。そもそも転生者とまともに会話などしたことがない」
ハイラムが口にした言葉の意味はわかるのに、私の頭は理解することができないまま茫然と首を傾げて応じた。
「…………会話したことがない?」
「ああ」
「それなのに、転生者を憎んでいるのですか?」
戦場で対峙したときに、ハイラムから向けられた殺気はかなり強いものだった。
それこそ、会話のしたこともない顔見知り程度に向けるものじゃない。
「俺が出会ったことのある転生者は、お前以外に3人」
「3人ですか」
多いか、少ないか微妙な数字だ。
ハイラムの20年という人生で、3人。
珍しくはあっても、探せばそれなりに見つかりそうな遭遇率といえるかもしれない。
少なくとも、転生者は前世のツチノコより希少じゃないようだ。
「ああ、そして、全員がどうしょうもない犯罪者だった。1人目は、おそらくエンドレスインフィニットクロニクルのプレイ経験者。ゲーム知識を活用して周囲よりも早く強くなり、資金も持っていた。その強さと資金で英雄でも目指せばいいのものを、奴は傭兵崩れや盗賊を率いて守りの手薄な村を襲い略奪と殺戮を繰り返すようになった」
ハイラムの吐き捨てるような言葉に、意味がわからず首を傾げなら応じた。
「はい? なぜ、そんなマネを?」
どういう手段と手順なのかは知らないけど、早期に一定の強さと資金を手に入れたのに、リスクしかない行動をしているようにしか思えない。
それなら、さらなる強さを求めたり、欲望のままに各地の娼館でも巡っているほうが、よほど健全だろう。
「知らん。急激に周囲よりも強くなり、資金稼ぎで成功を繰り返すことで、全能感にでも酔っていたのだろう。なにより、破壊、略奪、殺戮のような前世での禁忌を犯すことに快感でも覚えていたようだ」
「それで、殿下が」
「ああ、殺した。追いつめるために、奴の行動を調べて転生者だと、すぐに気づいた。だから、追いつめるのは難しくなかった。だが……」
「だが?」
「俺は奴を殺す直前で、相手が転生者だというだけで、躊躇ってしまった」
「それは……」
なにかを言おうと、口を開くけど出てくる言葉が続かない。
「そのせいで、友人を1人失ってしまった」
「…………」
口にすべき言葉が見当たらない。
後からなら、同じ転生者とはいっても、犯罪者なら躊躇するのは間違っていると言えるだろう。
けど、私はハイラムと同じ転生者だから、躊躇したこともなんとなく共感できる。
前世を思い出すと、どうしょうもない孤独に襲われることがあるのだ。
周囲には家族や友達がいるのに、根本的なところを誰にも理解してもらえないと、異邦の地で孤立して孤独なのだと錯覚してしまう。
もっとも、私の場合は、ときどき去来しても、ため息1つで解消できる程度の寂しさ。
でも、その孤独な寂しさを共感してもらえるかもしれないと思ったら、相手が凶悪な犯罪者でも手を下すのを躊躇ってしまうかもしれない。
「2人目の転生者は、死を極端に恐れるようになった異常者だ」
「死を恐れる?」
1度死を経験しているから、余計に死を忌避する感情を理解できなくもないけど、異常者とはどういうことだろう。
「奴は、自分の死を回避しようと、不老不死を目指した。それ自体は別に問題ではない。だが、奴は多種族、老若男女問わずに、かき集めて吐き気のするような人体実験を繰り返した」
ハイラムが心底嫌悪するような表情で言った。
この世界の人族と獣人の寿命は100歳前後と前の世界と同じくらいだけど、エルフやドワーフは、300歳以上。
つまり、外見の特徴が似ているのに、寿命や老化速度の違う種族が存在している。
ことの善悪はともかく、死の恐怖に憑りつかれているのに、前世と似たような人族へと転生してしまったら、死を拒絶しようと研究しようとすることは理解できなくもない。
「行為はともかく、成果はあったんですか?」
仮に、エルフやドワーフの体を切り刻んだとして、素人に長寿の秘密がわかるとは思えない。
「ない。そもそも、魔法やスキルのある常識の異なる世界に転生したとはいえ、専門的な知識もない一般人に不老不死なんて、足がかりすら見つけられるわけがない」
ハイラムの言葉には、救いがなかった。
転生者に殺された人たちは、科学の進歩のためという言い訳すら成立しない、希望の欠片もない無駄死にということだ。
「じゃあ……」
「ああ、被害者たちは、不老不死を夢想した狂人によって、残酷なまでに心身を無意味にもてあそばれただけだった。なのに、俺は、このとき、相手が転生者かもしれないと思ったのに、その可能性を無意識に根拠もなく否定してしまった。結局、奴を追いつめるのに数日ロスすることになった」
「それは……」
「たかが数日だが、その間に被害者は10人以上増えた。悲惨な被害者の姿を見て思い知ったよ。転生者であるからと躊躇してはいけないと」
ハイラムは相手が転生者だと思いたくなくて、被害者が増える余地を作ってしまった。
私だったら、立ち直れないほどのトラウマになっていたかもしれない。
「…………」
「3人目は、前世の知識を活用して武器を作り、ドゥール王国を武力で征服しようとしたが、計画の初期段階で察知して潰すことができた」
「…………硝石か、硫黄の流通でも監視していたんですか?」
「よくわかったな、その通りだ。火薬を利用しようとする転生者が出現する可能性を警戒して、情報を収集していた」
ハイラムの話を聞いて思ってしまう。
転生者がろくでもないと。
ならず者、マッドサイエンティストもどき、半端なテロ屋。
己の分際を超えた領域を目指すという意味だと、私も3人の転生者と同じ穴のムジナかもしれない。
まあ、私の望みは斧を極めるというもので、周囲にそこまで迷惑はかけていない……はずだ。
とはいえ、
「それでハイラム殿下は、私と3人の転生者を比べてどうですか?」
私が有害かどうかを判断するのは、ハイラムだ。
「俺は、完全に信用できると断言できるほど深くお前のことを知らん」
ハイラムの言葉に、苦笑しながら応じた。
「それはそうですね」
「だが、3人ほどクズだとも思わない」
「理由を聞いても」
一応、簡単な自己紹介のなかで、私の目的が斧を極めることだと説明しているけど、それだけで3人の転生者よりもましだと判断することはできないだろう。
「刃を交えた俺の勘だ」
ハイラムは淀みなく言い切る。
「そうですか」
なかなか複雑な気持ちだ。
刃を交えた評価として、ハイラムの信頼を少しでも得られたのなら嬉しいけど、よけいな打算とか臆病さとかを見透かされていないかと、少しだけ不安になる。
「当然です。ああいう、戦いができる武人に、卑劣な人はいませんよ」
沈黙を保って、ハイラムの横に立っていたチャルネトが、興奮したように前に出て、胸を張りながら断言した。
チャルネトの言葉を聞いて、口にしないけど、内心で強くても悪い人はいると思ってしまう。
けど、強い者への尊敬と信頼を持ってしまうのが獣人の価値観だから、違和感を覚えても否定したりしない。
と思っていたら、
「チャルネト、強さと人間性は比例しない」
ハイラムが咎めるような視線をチャルネトに向けて言った。
「……はい」
チャルネトの黒い猫のような耳と尻尾が、力なく垂れてしまう。
この人は、不思議な人だ。
見た目は仕事のできる男装の麗人という雰囲気なのに、意外に抜けている。
けど、前世とか、転生者とかの話をしているのに、ハイラムが退室させていないから、それなり以上に信頼されているのだろう。
「獣人の価値観を否定したりはしないが、先入観や思い込みで思考を曇らせるな」
ハイラムの言葉に、チャルネトは力強く応じる。
「了解いたしました」
「それで、私からも質問をいいでしょうか?」
少し緊張しながら、口にした。
「なんだ」
「エンドレスインフィニットクロニクルというゲームの目的はなんですか?」
私と無関係に進行してくれるならいいけど、最悪の場合は放置していると世界が滅びるケースもありえるだろう。
「目的?」
「えっと、つまり、ストーリー上のラスボスが存在するのか、とかです」
「なるほど、他のゲームに出てくるような魔王が存在するのかということだな」
「はい、可能なら、ストーリーの簡単な概略でも教えて欲しいです」
この世界の未来や過去を知りたいとは思わないけど、世界を巻き込むような規模のことが起こるとするなら、後顧の憂いなく斧を極めるためにも、微力ながら助力するつもりはある。
まあ、そもそも、虜囚の身で、自由の身になる未来があるのかもわからないけど。
「魔王はいないが、難しいな。先に首輪を外すか」
あっさりと告げられたハイラムの言葉に、戸惑いながら応じた。
「えっと、外していいんですか?」
「ああ、その首輪を外す代わりに、1つの契約をしてもらう」
そう言ってハイラムはびっしりと何かが書かれた1枚の紙をテーブルに置いた。
次回の投稿は8月16日金曜日1時を予定しています。




