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転生者は斧を極めます  作者: アーマナイト


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2-12 現状確認

 目を開くと視界に入るのは、石造りの天井と壁。


 鈍くて、遅くて、重くなっている思考を無理矢理回す。


 自分が寝かされているのは、ちゃんとしたベッドだ。


 そう、ちゃんとしたベッド。


 村だと羊のような毛を持つウールベアをコンスタントに狩れるようになって、ようやく数年前から広まったくらいの品質のベッド。


 着ている服は、入院患者が来ていそうな病院服のようだけど、生地がいい。


 下手をすると村で見かける服よりも、上質かもしれない。


 村だと、ヒティスがユーティリと結婚していることで、裁縫関係のトップになっているから、服や寝具のような糸と布を使う日用品の質の向上が遅れている。


 まあ、ヒティスは布鎧を作ることに情熱を持っているから、興味のない日用品の質の向上に情熱を持てないのは仕方ないのかもしれない。


 でも、ウールベアの毛から作った糸や布は、絹や羊毛に負ける物じゃないから惜しいとは思う。


 とくにこうして、素材で負けているわけじゃないのに、完成品の質で負けていると。


 気持ちを切り換えて、病院服モドキの前をはだけて視線を下に向けると、薄っすらと斜めに線が走っているのが目に映った。


 とりあえず、王子に切られたのは間違いないようだ。


 けど、死ななかった。


 鉄蛇草の布鎧の防御力が想像以上で、実はそれほど深く切られていなかった可能性は…………ないか。


 実感として、切られたときに多くの血が流れていたのを感じた。


 それが、深く切られたというのは私の思い込みで、実は軽傷でした、なんてことはないだろう。


 それに、胸に傷跡はあっても、傷どころか、かさぶたすら残っていない。


 誰かに、治療されたのは間違いないだろう。


 少なくとも、あの場で死んで欲しくないと思う程度には、私の生存は望まれているようだ。


 腕や足を確認するけど、目立つような拘束具のような物は確認できない。


 …………どうなんだろう。


 私が虜囚、捕虜という立場なら、行動を制限するための手枷や足枷を付けていると思ったんだけど、見当たらない。


 単純に制約がないと喜ぶことはできない。


 相手の意図がわからないから。


 そう思いながら、なんとなく指先を首に持って行ったときに、それに触れた。


 おそらく素材は革だ。


 革製の首輪。


 自然と呼吸が乱れて、鼓動が速くなる。


 ゆっくりと慎重に、指先を首輪から離す。


 これが手枷や足枷をしていない理由か。


 おそらく前世のペットの犬や猫がつけていた革製の首輪のような物。


 本当に、ただの首輪という可能性。


 なくはないだろうけど、それよりも、首輪をつけている者の行動を制限する魔道具と考えた方が合理的だ。


 少なくとも、外そうとしたり、脱走を試してみる気はなくなった。


 首輪の性能を試すつもりで、命を奪われでもしたらたまらない。


 まあ、ここがどこなのか、なぜ治療されたのか、相手の意図がわからないと、これからの行動の指針が決められないから、仮に動くとしても相手と対面してからだ。


 それにしても、のどが渇いているし、酷い空腹だと体が主張してくる。


 その上、全身が強い倦怠感に包まれて、どうにも一つ一つの動作がイメージよりもワンテンポ遅い。


 近くに水差しか、人を呼ぶためのベルのような物でもないかと探していると、この部屋唯一の木製のドアが開いた。


「おや、お目覚めになりましたか」


 入ってきたのは黒髪黒瞳の獣人の女性。


 おそらく20前後で、着ている物も侍女や下女の物というよりも、黒い執事服のようで、整った容姿と、無駄とすきのない立ち振る舞いから、男装の麗人という印象を抱いた。


 少なくとも、普通の侍女や下女という雰囲気じゃない。


 身長は私と同じくらいだと思うけど、姿勢がいいから実際よりも高く見える。


「なにか?」


「……ああっと、私に敵意がないようなので」


 単純に、目の前の女性が、多くの獣人を殺したという戦場でのことを知らない可能性もありえるけど、こういう場所で私の前にいるということを考慮すれば、その可能性は低いだろう。


「敵意ですか。…………ああ、そうですね。獣人以外の方だと、そう思いますよね」


「というと?」


「獣人にとって、戦死は悲しむことであると同時に、誇ることでもあるので」


「誇る?」


「はい、そうです」


 そう言って獣人の彼女は説明してくれた。


 獣人の武人にとって、戦場で死ぬということは、自分よりも強い者に挑んで死んだという勇敢さの証明でもあり、誇るべきことなのだそうだ。


 もちろん、家族や友人は、当人の死を悼み悲しむけど、恨むことはあまりないらしい。


 それどころか、殺した者の強さを称えるそうだ。


 説明されれば、獣人としての性質も理解できなくはない。


 できなくはないけど、共感することは無理そうだ。


 強弱に関係なく、親しい者が殺されたら悲しいし、殺した奴は恨めしい。


 よくぞ殺せたと殺した者を称えることはできないだろう。


 とはいえ、目の前の獣人の彼女に、そのことを告げたりはしない。


 理解できない、納得できない感性や習慣だとしても、わざわざ口に出して関係を不必要に悪くする必要はないだろう。


 それと、ついでのように彼女は、私の現状を説明してくれた。


 あの戦場で王子に倒されてから、目覚めるまで1週間が経過しているらしい。


 この倦怠感、空腹とのどの渇きも納得だ。


 いや、この程度ですんでいると感心すべきだろうか。


 そんなどうでもいいことを考えながら、ガラスの水差しから注がれた水の入ったガラスのコップを、目の前の女性から受け取る。


 曇りや歪みのない透明なガラスのコップに、村と技術レベルが違うと、少しだけ思考が持っていかれそうになったけど、それ以上に水でのどを潤すという誘惑には逆らえない。


 一気に流れ込んだ水に、のどが驚くようにむせそうになるけど、強引に抑え込んで、なんとか胃まで流し込む。


 胃も突然の水に驚くけど、嘔吐するほどじゃない。


 それにしても、水が美味しい。


 多分、これは普通の水だ。


 けど、美味しい。


 フォレストウルフの肉よりも美味しいと感じてしまう。


 体に染みるというよりも、まるで命に染みるようだ。


 水を飲んで落ち着いた私に、獣人の彼女は、ここがドゥール王国のオシオン侯爵領だと説明してくれた。


 …………私は内心で首を傾げる。


 シャルモたちを率いたリザルピオン帝国のトップが伯爵で、ドゥール王国側のトップは侯爵。


 まあ、第3王子というイレギュラーもいたけど、あれのことは横に置いておこう。


 とにかく、ドゥール王国側の軍を率いていた者のトップは侯爵。


 だから、負けて負傷した私が、虜囚としてドゥール王国の侯爵領にいることは変じゃない。


 ただ、戦場に出陣していたのはマルスト侯爵で、オシオン侯爵じゃないはずだ。


 辺境の村の農奴である私だと、王国の主要な領地と領主を把握することはできなかったけど、戦うことになる貴族が、どこの領地の領主なのかぐらいは知っている。


 どういうことだろう。


 ここがオシオン侯爵領じゃない可能性。


 なくはないけど、そうすると目の前の獣人が嘘を言う意図がわからない。


 考えても、答えは出なさそうなので、素直に聞いてみた。


「それは、マルスト侯爵があなたを処刑したがっていたので、殿下が交渉して身柄をオシオン侯爵領に移しました」


 さらりと、凄いことを言われてしまった。


 現状、マルスト侯爵から私への殺意が高いようだ。


 彼女の説明によればオシオン侯爵領はマルスト侯爵領から王都を挟んだ反対の位置にあるらしい。


 私を生かしてなんらかの情報を得るか、仕事をさせたくて延命させようとして、目的地がオシオン侯爵領だったとしても、目覚めるか動けるようになるまでは、戦場から近いマルスト侯爵領に収容したほうが合理的だ。


 けど、意識のない私をオシオン侯爵領まですぐに運ばないといけないほど、マルスト侯爵は私を殺したいらしい。


 ……虜囚となっている国の有力な貴族に殺したいほど嫌われている。


 私は、世間的にそこそこ強いだけの農奴なんだけど、どうして王国の侯爵に恨まれているのだろう。


 死んだと思ったら、奇跡的に命をつないでいたから運が良かったかと思ったけど、どうにも早計だったようだ。


 それに、状況がよくわからない。


 私に強い殺意を向けていた推定転生者の王子が、私を助けて命運を握っている。


 私の展望は明るいとは言えないようだ。


 だから、気を紛らわすために、疑問を口にした。


「なぜ、私は生きているのでしょう。致命傷だったと思うのですが」


「それは、殿下の回復魔法ですね。ああ、奇跡や祈りと言わなくても?」


 帝国でも、傷や病を治す回復魔法を、回復魔法と呼ぶと怒る集団が一定数いる。


 それというのも、この世界の回復魔法と呼ばれるものの大半が、神々に祈って起こす奇跡だからだ。


 なので、信心深い人々の前で、回復魔法という通称というか俗称を口にすると、冗談抜きで刃傷沙汰になることも珍しくない。


 どうやら、そういう事情は王国でも変わらないようだ。


「大丈夫です。王子の指示で誰かが回復魔法を私に?」


「いえ、殿下の回復魔法です」


「……ハイラム王子は回復魔法が使えるのですか?」


「はい」


 力強く肯定された。


 強くて、王子で、レアな装備で身を固めて、回復魔法まで使える。


 一方の私は、辺境の村の農奴。


 生まれの状況、身分、家族に不満はないけど、どうにも不公平だと思ってしまう。


 それと同時に、脳裏に浮かぶのは聖剣士という王子の未知のジョブについてだ。


 回復魔法は、個人の資質でジョブは関係ない可能性もあるけど、似たようなジョブで聖騎士というジョブなら知っている。


 大雑把に言うなら、回復魔法が使える戦士のような上級戦闘職。


 なかなか珍しいジョブだけど、皆無というほどじゃないし、そこまで強力なジョブという印象はなかった。


 前世のゲーム的な感覚で分類すなら、聖騎士はタンク兼ヒーラーという感じだ。


 聖剣士というジョブは、聖騎士の派生か、なにかかもしれない。


 そんなことを考えていると、目の前の獣人の女性が口を開いた。


「あなたのしている首輪ですが、外そうとしないで下さい」


「もし、仮にですけど、外そうとしたら、どうなりますか?」


「死にます」


 断言されてしまった。


 その可能性は予想していたけど、断言されるとなかなか恐ろしい。


 自分の首にある首輪が、死をもたらす見えないギロチンのようで、急に息苦しいと感じてしまう。


「えっと、警告的な痛みとかがあってからじゃなくて?」


「外そうとしたと、首輪が感知したら死にます」


「…………そうですか。他に禁止事項はありますか?」


 確認のために聞いてみた。


 普通に考えて、外そうとすると死ぬだけの首輪ということはなくて、それ以外の役割があるはずだ。


「この部屋から許可なく出ようとしない」


「まあ、捕虜ですからね」


 言いながら、改めて部屋を見渡す。


 石造りのそこそこ大きな部屋で、捕虜を収容しておく牢屋や座敷牢という感じじゃない。


 ここが、実はどこかのお屋敷の客室だと言われても驚かない


 清潔だし、食事が提供されるなら、出られなくても、短期的に困ることはなさそうだ。


「他者を害そうとしない」


「それは、殺されそうになって、反撃したとしてもですか?」


 気になったので確認のために聞いてみたけど、即座に肯定されてしまった。


「はい」


「他には?」


「それだけです」


「つまり、この首輪を外そうとしなくて、この部屋を出ようとしなくて、暴力を振るわなければ大丈夫ということですか」


「基本はそうですね。しかし、その禁止事項を破ったら、あなたは死にます」


「基本?」


「はい、例外として、あなたの首輪と契約している者は、あなたに任意で懲罰を与えられます」


「任意に、懲罰……」


「安心してください。あなたが禁止事項を破ろうとしなければ、そんな事態にはなりません」


 沈黙の理由を不安からだと勘違いしたようで、彼女は私を安心させるように、少しゆっくりと言ってくれた。


 けど、


「あの」


 彼女は間違っている。


 私は不安で沈黙したんじゃなくて、首輪のもたらす懲罰がどういうものか気になっただけだ。


「はい?」


「今、軽めの懲罰って、可能ですか?」


「…………は?」


 すきのない表情をしていた彼女が、少しだけ間抜けな表情で首を傾げた。


「無理ですか」


「…………可能ですが、実行する意味がわかりません」


 まさしく、彼女は理解不能という表情をしている。


「ただの好奇心です」


 別に、痛いことが好きなわけじゃないけど、どんなものか確認しておきたいだけだ。


「……そうですか。体調のこともありますし、軽めでいきます」


「どうぞ」


「罰」


「アッギャ」


 全身に激痛が走ると同時に、体の自由が利かなくなる。


 首に強めの静電気がくるくらいに考えていたから、予想外だ。


 数秒で体の自由は回復したけど、この痛みには耐えることも、抵抗することも不可能。


「大丈夫ですか?」


 獣人の彼女にあきれたような表情を向けられた。


 でも、どうしてだろうか。


 大丈夫という彼女の言葉の前に、「頭が」という単語がついているかのように、幻聴が聞こえてしまった。


 とりあえず、わかったことがある。


 この首輪がある限り強引な脱出や抵抗は難しい。


 基本は交渉で、どうにかするしかないようだ。


 あの殺意の高かった王子が、私を生かしたいと思ってくれることを強く願うしかない。


「それでは、食事をお持ちします」


 一礼して去ろうとする彼女に、声をかける。


「あの」


「なにか?」


「お名前は?」


「ああ、失礼いたしました。ハイラム殿下に仕える猫族のチャルネト、敬称は不要です」


 猫族のチャルネト。


 頭の上の耳と、彼女の腰の付近で見え隠れする尻尾の形状から、そうじゃないかと思っていたけど、やはり猫だったようだ。


 それも毛が黒いから、黒猫。


 王子の忠臣のような立ち振る舞いだから、犬や狼の可能性も考えたけど、単純に私が獣人と動物の性質を同一視しすぎているだけかもしれない。


「そうですか、チャルネトさ……チャルネトこれからよろしくお願いいたします」


 思わず名前にさんと付けてしまいそうになったら、チャルネトに射抜くような視線を向けられて、呼び捨てを強制されてしまった。


「はい、よろしくお願いいたします」


 チャルネトが出て行ったドアを見ながら思う。


 前途多難で、不確定要素が多すぎるけど、チャルネトは会話が成立するようだったから、それだけでも好材料だと思うことにする。

次回の投稿は7月19日1時を予定しています。

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