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転生者は斧を極めます  作者: アーマナイト


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2-9 獣人と包囲と一騎打ち

 死体にめり込んだ鉈を回収して、収納袋から最後のヒールポーションを取り出して一気に飲みつつ、大斧を手に周囲を観察しながら考える。


 撤退の命令が出たのは問題ない。


 この戦いは敗戦で、リザルピオン帝国側の伯爵家やシャルモの子爵家も負けたことになる。


 砦、資源、資金、人員、多くを失って得るものはなし。


 同情すべき状態かもしれないけど、他人事だ。


 それよりも、重要なのは私たちが村に生還すること。


 勝敗が決したら、ノーサイドで戦闘が停止する?


 そんなわけがない。


 敵が背中を見せていたら、戦果も得やすいだろう。


 つまり、私たちが撤退するのを敵が見逃してくれるという可能性は、限りなく低いということだ。


 前世において、撤退戦というのは難しいと記録されていた。


 この世界においても事情は同じだろう。


 とりあえず、アプロアは安静にしていれば、死ぬことはないと思われる。


 けど、ここは戦場。


 それも、敗戦の決まった戦場。


 安静に休んでいる状況でも場所でもない。


 すぐに、移動が必要だ。


 けど、ただ撤退するだけじゃダメだろう。


 戦果を得るために押し寄せる敵を防ぐための工夫が必要となる。


 だから、味方が無事に撤退するまでの間、誰かが敵軍という波に挑み防波堤の役割を果たし、最後は捨て駒のように消えていく。


 まあ、殿となった誰かが、敵陣に突っ込んで暴れれば、敵も追撃するよりも、暴れる誰かへの対処を迫られることだろう。


 すでに、金属製の鎧を装備した強い集団は排除した。


 でも、敵の後続がすぐに来るだろう。


 視線を仲間に向ける。


 アプロア以外、深刻なダメージを負った者はいない。


 けど、無傷じゃないし、疲労の色も見える。


 防御と状況判断に優れたフォールが殿をするのは?


 実力的にできなくないだろう。


 けど、そうなったら、撤退する仲間を誰が指揮をする?


 実力と経験で言えば、私なら可能かもしれないけど、そもそも平民たちがフォールを殿にすると告げた時点で素直に私の指示を聞くとは思えない。


 仮に聞いてくれたとしても、大きな感情的なしこりができるだろう。


 フォールには殿よりも、撤退の指揮を任せた方が、私たちにとって有益だと思える。


 シャードは弓がメインだから、有利な地形や前衛がいない状況だと、殿になったら敵軍の波に飲まれてしまう未来が、簡単に予想できてしまう。


 エピティスや他の仲間は、実力的に少し強い敵に囲まれたら、沈んでしまう可能性がある。


 …………実力的に、身分的にも、農奴の私が殿をやるのが適任か。


 押し寄せてくる無数の敵軍を、たった1人で相手をする。


 正気の話じゃない。


 徐々に、息を吸っているのか、吐いているのか自覚できなくなっている。


 やりたくはない。


 判別できない感情で震えて歯がうまくかみ合わなくて、口のなかが妙に乾いて、どうにも不快だ。


 代わってもらえるなら、誰かに代わってもらいたい。


 心臓が冷たいなにかに圧迫されているようで、不安と恐怖をかきたてられて重苦しい気分になる。


 けど、やるしかない。


 私がやらなければ、仲間の……倒れるアプロアに視線を向けて、呼吸を整える。


 私がやらなければ、アプロアの死の可能性が高くなるだろう。


 口を開いて、殿になると宣言する。


 …………そうしたら……そうしたら、平民になって、自由に世界を歩き回って、斧を極めるという未来は閉ざされるだろう。


 いや……閉ざされるのは、私の命か。


 未練が、恐怖が、舌を重くして、のどを締めて邪魔をしてくる。


 けど、この場にゆっくりと覚悟を決める余裕なんてない。


 強引に、勢いよく、息を吐いて、口を開く。


「私が殿をつとめます。フォールは撤退の指揮を」


 私の言葉に、フォールが顔をしかめて反論してきた。


「なにを言ってるんだ」


「なにを? 生き残るための算段です」


 そう、アプロアたちが生き残る算段。


「生き残るって……お前はどうする気だ」


「どうって、殿なんですから、皆さんが安全圏まで撤退できたと判断したら、勝手に離脱します」


「……危険だ」


「それはそうでしょう」


 あふれ出る感情を必死で押さえて、声が震えそうになる。


 フォールには、私が余計なことを口にする前に、納得して欲しい。


「簡単に言うな! 死ぬかもしれないんだぞ」


 それでも、フォールは私を心配する言葉を口にする。


 ありがたくて、嬉しい言葉で、優しい気づかいだけど、いまはどうしょうもなく、私をイラ立たせるから、沈黙して欲しい。


「なら、どうしろと? 悠長に議論をする時間もないのに、このなかで、私以上に殿を任せられる実力者がいますか?」


「それは……」


「全員が生き残る確率は、これが一番高いでしょう」


 この言葉は嘘じゃない。


 ただ、私の生き残る可能性は低いと思っているけど、そのことは口にしないでいる。


「しかし……」


「他の方法なんてないんです」


 私の言葉を聞いて、フォールが慙愧の表情を浮かべながら、うつむいて沈黙する。


 心を罪悪感でなでられながらも、傷つけるような言葉を口にしないで済んだと安心した。


 そう思ってたのに、


「……残る」


 シャードがこちらを見すえて口を開いた。


「ダメです」


「弓で援護すれば、ファイスの生き残る確率は」


 真剣な表情で続けようとするシャードの言葉を遮るように言い切る。


「シャード、邪魔なんです」


 罪悪感で吐きそうになる。


 私の言葉を聞いて、シャードの表情が歪む。


「………!」


「シャードの弓の実力は理解しています。だけど、同時に、接近戦だとそこまでじゃないことも知っています。殿になったら、誰かを守る余裕なんてないでしょう。むしろ、単独のほうが、自分自身の生存のみに集中できます」


 罪悪感と生存への未練で、止まりそうになる口を、強引に動かして一気に言い切った。


「……すまない」


 シャードがうつむいたままこぼした言葉が鋭く突き刺さる。


 その謝罪に込められた意味を深く考えたくないから、次のことを口にした。


「時間がないから、すぐに、動きましょう。エピティス」


「……っ!」


 なにか言いたげだったエピティスが、即座に反応してこちらを見すえる。


「アプロアをお願いします」


 私の言葉にエピティスは深くうなずく。


 これでアプロアは大丈夫だ。


 私は古い友人のエピティスのことを信頼している。


 エピティスならアプロアを村まで守るだろう。


「フォールは全体の指揮、シャードは周囲の警戒と援護を。特に、指揮官と魔法を使ってくる奴は優先的に狙って下さい」


「わかった」


「私たちの撤退戦の開始です」





 いつでもそうだけど、後悔というものは先に立たない。


 本当にため息を吐きたくなる。


 殿を引き受けるのはいいんだけど、下手に強がったからかもしれない。


 撤退する仲間から1本でいいから、ヒールポーションをわけてもらえばよかった。


 残りのヒールポーションがないと説明すれば2本、3本は無理でも、1本くらいなら、なんとか分けてもらえたと思う。


 けど、もう、遅い。


 すでに、仲間の姿は視界に捉えることができなくなっている。


 仲間が無事に戦場から離脱できたということだから、喜ぶべきことなのかもしれない。


 でも、私はそのことを素直に喜べないでいる。


 なぜなら、私の視界に映らないほど仲間が遠く離れたと言えるかもしれないけど、物理的に敵兵の壁というものに、現在進行形で包囲されているからだ。


 けど、


「どういう状況なんでしょうね」


 私の目の前には、敵兵がいる。


 短槍の二刀流使いより、少しだけ弱いくらいの強敵だ。


 戦場に一緒にきた仲間のなかでフォール以外だと勝つのは厳しいと思えるくらいには強い。


 しかも、この強敵は獣人だ。


 転生者であることを自覚してから、初めて出会った獣人。


 平時なら興奮して、素直に喜んだかもしれない。


 けど、ここは戦場で、相手は敵だ。


 素直に喜ぶことはできない。


 そもそも、リザルピオン帝国は法律で、亜人の国内への立ち入りを明確に禁止しているので、獣人以外にも、エルフやドワーフにも出会ったことがないし、居住もしていないから、村長から存在を伝え聞くだけだった。


 意外なことに、法律違反になるから亜人を奴隷として帝国内に連れてくることもないそうだ。


 ともかく、目の前には獣人の敵兵が剣を構えている。


 防具は、なにかの革製の胸当てのみの動きやすさを重視した軽装。


 厄介な敵だけど、それよりも、気になるのが相手の表情だ。


 この世界の獣人は、獣の耳と尻尾以外は普通の人と違いがないから、見間違うことはないだろう。


 相手は……笑っている。


 それも、勝者が敗者を見下すようなものじゃない。


 興奮している様子なのはわかる。


 でも、意味がわからない。


 私の周りには、倒した獣人の死体が10以上はあるはずだ。


 それなのに、怒りや憎しみじゃなくて、嬉しそうに獣人の敵兵は興奮している。


 心底、わかりたくない。


 それに、気づけば私を取り囲んでいる敵兵も、いつの間にかすべて獣人になっている。


 私を包囲している敵兵も妙で、ギラついた雰囲気を出しているのに、一斉に全方位から攻撃を仕掛けたりしてこない。


 結果として、私は連続で強制的に一騎打ちをやらされている。


 どういう状況なんだろう、本当に。


 かなりの実力者たちに包囲されているから、強引に突破するのは難しい。


 それに、一騎打ちだから、目の前の時に集中すれば、すぐに死ぬことはなさそうだ。


 でも、周囲の連中が見物に飽きて一斉に攻撃されたら、対処は難しい。


 だから、私としてはこの状況が続くことを祈るしかないんだけど、このままだと細かった帰還への道がさらに見えなくなる。


 けど、積極的に状況を変化させる策はない。


 一騎打ちに勝ち続けて、敵の追撃する意思を打ち砕く?


 軽く見ただけでも、周囲には100人以上の敵がいる。


 あまり現実的だとは思えない。


「ハアァ!」


 獣人の敵兵が気合の声と共に、剣を振りかぶって踏み込んでくる。


 素早くて、鋭い攻撃だ。


 すでに、相手は大斧の間合いの内側に入った。


 相手には私が振り遅れたように見えるだろう。


 振り遅れた大斧は脅威じゃないと、勝利を確信しているかもしれない。


 でも、これは罠だ。


 絶妙に振り遅れたと思わせて、相手に回避不可能なところまで、深く踏み込ませる。


 私は斧スキルを起動させて、全身を制御。


 それまでの動きが嘘のように、体を、大斧を加速させる。


 踏み込む相手よりも、速くバックステップで距離を取って、薙ぎ払うように振るった大斧の軌道と相手の体を重ねた。


「っつ!」


 相手は驚愕を浮かべて、自分の状況に気づくけど、あまりにも遅い。


 すでに、そこは死地だ。


 間合いを外した私に相手の剣は届かず、大斧のもたらす死を防ぎ回避することも不可能。


 結果、予想した通りに、大斧の赤き軌跡が左右に走ると、彼の上半身は吹き飛んだ。


 一瞬、間を置いてから、内臓や骨を隠すように残された下半身の断面から血が噴き出す。


 周囲で見ている者たちには、やられた獣人の敵兵が不用意に踏み込んで、やられただけに見えるだろう。


 それくらい、敵を誘うための遅い動きは、あからさまじゃなくて絶妙なものだった。


 長い期間傭兵として生き抜いてきた村長から教えてもらった戦法だ。


 いま倒した獣人の敵兵は、おそらく20代。


 こういう手練手管に対する経験値が足りていなかったのだろう。


 そういう意味じゃ、ありがたかった。


「「「うぉおおおおおーーー!!!」」」


 仲間が倒されたというのに、私を包囲する獣人の敵兵たちからは、ブーイングや罵倒じゃなくて、歓声のような声が響く。


 意味が分からない。


 あるいは、歓声に聞こえるだけで、獣人としては怒号や哀悼の意味があるのだろうか?


 それから、さらに、10回以上一騎打ちを強制された。


 私の周囲は、多くの獣人の血と臓腑で彩られている。


 なのに、周囲の獣人は興奮しているから理解できない。


 ここが戦場じゃなければ、自分の勝利を称えられていると勘違いしていただろう。


 でも、ここは戦場だ。


 というか、周囲の獣人たちがわめくのは気にならなくなった。


 それよりも、疲労が深刻だ。


 攻撃を食らって肉体にダメージがあるとかじゃないけど、一騎打ちをした相手が全員強すぎる。


 そもそも、村長に聞かせてもらった獣人という種族は、感覚と身体能力が優れているらしい。


 村長が言うには、獣人の大国がないのは、直情的な気質が原因で、それがなければ世界は獣人に支配されたかもしれないそうだ。


 交渉や策謀を苦手としているらしいけど、戦場では恐ろしく強い。


 同レベル、もしくは下位レベルだと思えても、相手が獣人なら、同等以上のレベルだと思えとも言われている。


 そんな獣人と20回以上一騎打ちを強制されているのだから、疲れるのもしょうがない。


 それに、正直なところ、何回か、負けたかも知れないという瞬間があった。


 こちらの想定する以上に、相手の動きが素直で直線的だから、なんとかなったという面はある。


 この幸運が持続する保証はないけど、この強制一騎打ちの空間から離脱する方法がない。


 肉体の疲労に引っ張られて、頭も回らなくなってきたから、本格的にマズい。


 殿を決意する直前に手持ちのヒールポーションを飲んで、それまでの疲労を残していなかったから、なんとかなったという側面はあるかもしれない。


 ああ、でも、本当に、使えるヒールポーションが手元にあればと思ってしまう。


「熊族の斧聖ウルドム、帝国の英傑に勝負を挑む」


 素材不明の両刃の大斧を構えて、鎧じゃなくて毛皮のベストを身に着けた、2メートルくらいの巨漢の男が進み出て宣言した。


 頭の上に灰色の髪の毛から姿を見せる獣の耳。


 彼、ウルドムの名乗りが正しければ、クマの耳。


 一目見てわかる強敵だ。


 体格、種族、ジョブ、そしておそらくレベルでも、不利だと理解してしまう。


 けど、相手の強さをはかっているのは、鑑定スキルとかじゃなくて、自分の経験を根拠にしているから、結果は絶対じゃないし、精度にもむらがある。


 まあ、目の前のウルドムに限れば、強いのは確実で、私に勝ち筋があるかわからない。


 少し、相手の姿が、絶望と死を具現化したものじゃないかと、思ってしまった程度の脅威だ。


 体が強張って、膝を折りそうになる。


 これは疲労によるものだって自分に強く言い聞かせて、自分を鼓舞するように、口を開く。


「農奴、木こりのファイス」


 別に、私はリザルピオン帝国の英傑じゃないけど、わざわざ訂正する必要もないだろう。


「ほう、農奴の身で、ジョブは木こり」


 ウルドムは不思議そうな顔をする。


「なにか、不満でも?」


 言いながらも、わかっている。


 上級戦闘職どころか、普通の戦闘職に比べても、戦闘という分野だと、生産職が下に見られるのはいつものことだ。


 私自身、木こりというジョブを選択した理由があって不満はないし、その選択に後悔もないけど、気分のいいことじゃない。


「いや、その身分、そのジョブで、これだけの強さを手にした。畏敬の念を込めて叩き伏せよう」


 獰猛な笑みを浮かべながら口にしたウルドムの言葉が、どうにも私をイラつかせる。


 疲労によって、心が極度に過敏になっているのかもしれない。


 あるいは、矮小な被害妄想。


 でも、これは、ある種のゲームを縛りプレイでやって凄いと、外野に言われているようなものだ。


 別に、縛りプレイのつもりもないし、本人が望んで選択したことなのに。


 いつのまにか、心に広がっていた恐怖や不安は消えて、体の強張りもなくなっている。


「……上から目線で言う。木こりの強さを知って死ね」


 斧聖に比べて、木こりのジョブは斧を振るうときに、体に働く補正が弱い。


 けど、伐採スキルを取得できるし、斧を扱うということに関して木こりのジョブは斧聖に劣るものじゃない。


 八つ当たりかもしれないけど、生産職を侮って、身体能力の上下が、戦いを決するものだと思い込んでいるウルドムに、示してみせる。


「「「うぉおおおーーーー!!!」」」


 周囲の包囲する敵兵たちから聞こえた、歓声を合図に私とウルドムは動き始める。

次回の投稿は6月7日金曜日1時を予定しています。

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