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転生者は斧を極めます  作者: アーマナイト


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2-8 負傷

 感情が、心が、魂が摩耗していく。


 殺人への拒否感、罪悪感。


 すでに、はるか彼方へと置き去りにしている。


 数時間も戦場に居続けて、両手で数えきれない命を壊し続ければ、人を殺すことにすら、慣れてしまい、命のやり取りですら、ただの作業でしかない。


 有象無象の人の群れを、クルム銅製の赤い大斧でかくはんして血肉の欠片に変え続けるだけの作業。


 殺すたびに浴び続けた生臭くて、生暖かい血肉の乾燥して肌に張り付く感じにも、心は動かない。


 それでも、思考は止めない。


 周囲の仲間の状況と、周囲にいる敵の状況の把握と分析は継続している。


 状況としてはよくない。


 私たちの周囲には、敵兵の死体が敷き詰められている。


 場合によっては、戦果として誇れるかもしれない。


 でも、押し寄せる強い敵兵と、後退する友軍、踏み止まる私たち。


 友軍から突出していた私たちだけど、すでに孤立しかけている。


 というよりも、包囲されかけている。


 周囲の状況もよくないけど、私自身の状況も良好とは言い切れない。


 数回の矢や魔法の被弾はあっても、防具とレベルのおかげで戦闘に支障のない程度のダメージ。


 心身に疲労はあるけど、動きの精彩を欠くほどじゃない。


 でも、魔法を防ぎ続けたデビルウルフの毛皮のマントは、塗装の赤色がはがれ落ちて元々の黒が所々見えて、しかも毛が抜けている。


 腰のベルトに刺していた投擲用のクルム銅製の手斧の残りが1つと、後はクルム銅製の鉈。


 正直、こんなに投擲用の手斧を消費すると思っていなかった。


 こうなるとわかっていたなら、ゴブリン銅製でいいから数をそろえて収納袋に入れていたのに、後悔先に立たずだ。


 それに、相手にしている敵兵の強さが上がってきている気がする。


 …………いや、気のせいじゃない。


 確実に、強くなっている。


 現にいま切り伏せた敵兵は硬かった。


 斧スキルを起動しなくても、魔境に自生している魔樫を一撃で伐採できるだけの威力があるのに、硬かった。


 確かに、身に着けている鎧は金属製で頑丈そうだけど、すでに私の一撃は鋼鉄程度の鎧の有無は誤差でしかない。


 それなのに、この敵兵を切ったときに、耐えるような手ごたえがあって硬かった。


 もしかしたら、防御力だけで言えば、私たちの装備している鉄蛇草の布鎧よりも上かもしれない。


 素材はわからないけど、確実にかなり高価な装備だ。


 でも、問題なのは高価な鎧じゃなくて、そんな装備を用意できる実力か、財力か、権力があるということ。


 面倒ごとの気配がする。


 それも、濃厚に。


 そして、見間違いじゃなければ、似たような金属製の鎧で全身を包んだ集団に接敵されてしまったようだ。


 私には3人、フォールには2人、他の仲間はそれぞれ1人の敵が向かってきた。


 心がグラついて、集中が乱れそうになる。


 自分の心配はしていない。


 私が相手にしている3人は、実力的に金属鎧を装備した集団のトップスリーだと思う。


 弱くはない。


 むしろ、強い。


 一番強いと思われる珍しい短槍を左右に二刀流スタイルで装備した相手は、接近戦だとフォールがギリギリ勝てるかどうかという実力。


 さらに2人の長槍を装備した敵兵が、2つの短槍を扱う敵兵の左右から援護してくる。


 それでも、私が負ける未来は皆無。


 そう、私は負けない。


 でも、他の仲間は?


 フォールは問題ない。


 2人の敵の実力者を相手にしても、慌てることなく攻撃をさばきながら、周囲の状況を把握して、的確に指揮することまでしている。


 相手を倒すのには時間がかかるかもしれないけど、問題はない。


 それよりも、危ういのはアプロア、エピティス、シャードだ。


 エピティスは実力と経験的に、押される場面が多いけど、大きなミスをしなければ負けることはないだろう。


 シャードは実力的に、10人のなかで私と同等クラスだけど、メインの武器が弓で、接近戦は自衛ができる程度。


 それでも、1対1ならレベルと経験と布鎧の防御力で、しばらくはしのげると思うけど、勝つのは難しいだろう。


 アプロアの相手は、実力的に金属鎧の集団の平均よりも少し上くらいで、彼女よりも強い。


 しかも、多分だけど装備の素材は他の連中と同じだけど、品質が上だ。


 実戦経験があまりないのか、動きが直線的で少し雑だから、アプロアはなんとかなっているけど、彼女が不利になっていくのは時間の問題だろう。


 それも、あまり長くはない。


 交戦している3人に私が負けることはないと断言できる。


 けど、瞬殺できるほど実力差があるわけじゃない。


 こいつらを倒すまでに、誰かが倒れる可能性。


 わき上がる焦燥に突き動かされて、正面から不用意に大斧を振り下ろしてしまう。


 当然のように、大斧は相手の右の短槍でそらされて、左の短槍が心臓を狙ってくる。


 相手の短槍は柄まで金属製だけど、私の攻撃を正面から受け止める強度はないだろう。


 でも、どれだけ威力があっても、大斧の刃が当たらないと意味がない。


 攻撃の間合いは相手の短槍よりも私の大斧のほうが長いけど、左右にいる敵兵が長槍で牽制して、そのすきに間合いをつめてくる。


 刺突。


 短槍を片手で扱っているけど、鉄蛇草の布鎧の上からでも致命傷になってしまうかもしれないくらいの鋭さがある。


 しかも、突きは本来、攻撃の後のすきができやすいはずなんだけど、こいつにはそれがない。


 左右の短槍が、交互に振り子……いや、滑車のように加速して、すきのない連撃をみせる。


 攻撃の狙いは単純、次の動きも読みやすい。


 けど、対処が難しい。


 こちらの動きの起点や急所を狙い、動きを読めるから対処を強要されてしまう。


 ときにはこちらの大斧の柄を狙ってきたりもする。


 私の大斧の柄は魔樫製だから、こいつの攻撃でも一撃くらいなら受け止められるかもしれないけど、失敗できない戦場で試してみようとは思えない。


 あるいは、突きだけを警戒していると、裏をかくように払いがくる。


 実に、巧妙だ。


 こいつは、強いけど、それ以上に上手い。


 それはレベルやスキルに依存していない経験で鍛えられたもの。


 さらに、刺突や払いのときに、にぎっている短槍の位置を前後に変えて、間合いを微妙に変化させる面倒な戦法を使ってきたりもする。


 敵じゃなくて、1人の武人として出会ったなら、尊敬できたかもしれないけど、戦場で敵として立ち塞がられると、どこまでも邪魔だと強く思う。


 簡単に突破できるものじゃない。


 さらに、50合やり合うけど、決め切ることができないでいる。


 まばたきする余裕も、自分が呼吸をしているのかどうか自覚する余裕もないけど、心の奥でくすぶる焦燥と糸が切れる寸前のような緊張感が地味にきつい。


 でも、それでも、大きなミスをしなければ、あと50合以内に倒せるだろう。


 そうすれば、仲間への援護ができるようになる。


 それまで、もってくれれば…………


「クソッ!」


 横から聞こえたアプロアの声。


 喧噪に満ちた戦場にいるのに、妙にクリアではっきりと聞こえた。


 焦りの声だ。


 それも、本当に危険を感じたときのようなもの。


 悠長に、50合もやり合っている時間はない。


 すぐに、目の前のこいつらを倒さないとアプロアが…………


 方法は?


 ……強撃を使うか。


 回数制限があるし、初見以外だと対処されてしまうこともあるから、魔物以外にはあまり使いたくはないけど、そんなことを言っている場合じゃない。


 短く素早いけど深い1度の呼吸で、心配や不安や焦燥を吐き出せたと思い込む。


 大きく横に振りかぶって、脱力。


 同時に、強撃の発動に備えて魔力を反応させる準備をする。


 焦って大振りになっていると、相手が思ってくれたらありがたい。


 位置を調整。


 3人を一撃で倒す。


 長槍を使う2人が攻撃を開始したけど、慌てない。


 私の強撃なら、後の先で十分に間に合う。


 位置が整った。


 短槍の二刀流というスタイルの敵兵の位置が、想定よりも半歩分遠い気もするけど、大斧の軌道には重なっている。


 即死圏内だ。


 瞬間、体内で魔力を爆発させるかのように反応させて、体の動きを無理矢理加速させる。


 無茶苦茶に暴れそうになる力の奔流を、斧スキルが1つの動きへと昇華していく。


 高速の赤い閃光が破壊的に駆け抜ける。


 切ったかどうかの手ごたえすらない圧倒的な破壊。


 2つの上半身が内臓をまき散らしながら、吹き飛んでいく。


 …………2つ?


 片腕になって吹き出す血を止めることなく、敵兵は短槍を突き出してくる。


 直前で避けた?


 理解できない。


 それよりも、今は迫る短槍を全力で避ける。


 けど、左の頬を鋭い灼熱が走る。


 軽傷だ。


 反撃しなくては。


 依然として、時間はかけられない。


 相手は片腕で出血多量。


 でも、侮れない。


 間合いが近すぎて、大斧を振るえない。


 左手で鉈の柄をつかむと同時に、強撃を発動させて振るう。


 事前にイメージしていなかったから、動きは斧スキル任せの雑なもので、体への負荷も大きい。


 それでも、目的は達せられた。


 クルム銅製の鉈は、厄介だった敵兵の顔面を兜ごと陥没させている。


 顔まで覆うタイプの兜だったから、こいつがどんな顔をしているのか、年齢や性別すらわからないままだ。


 ……それでいい。


 殺した敵のことなんて知っても、面倒が増えるだけだ。


「やったあ!」


 聞き覚えのない男の喜びの声を、耳がひろう。


 どうしてか、それがどうしょうもなく不吉で悍ましいものに聞こえた。


 意思に反して、心臓が一定のリズムを刻まない。


 視線を横に向ければ、視界にアプロアが見えた。


 でも、おかしい。


 だって、彼女の腹部に剣が刺さっている。


 相手の剣が、鉄蛇草の布鎧を貫いている。


 致命傷?


 アプロアの死?


 死ぬ?


 誰が?


 怒り、憎しみ、悲しみ、恐怖、感情があふれて振り切れて判別できない。


 明確に限定できない感情に、突き動かされて手斧をベルトから引き抜く。


 短時間に2連続で強撃を使用したから、関節、骨格、筋肉が拒絶するように悲鳴を上げている。


 でも、無視。


 必要最小限という制御もない無茶苦茶な魔力の使用。


 投擲と斧スキルのアシストはあるけど、力任せで強引な一撃。


 投げた手斧は砲撃のように飛翔するけど、狙った目標には命中しなかった。


 狙いを外したんじゃない。


 別の敵兵に、射線を遮られた。


 シャードと戦っていた敵兵が、アプロアと戦っていた敵兵の危機に気づいて反応したようだ。


 強烈な爆音と共に胸部を陥没させた敵兵が、クルム銅製の手斧を胸部にめり込ませたまま視界の外に吹き飛んでいく。


 どうであれ、アプロアに剣を突き立てている奴と私を遮るものはなくなった。


 4度目の強撃を…………なぜ?


 上手く強撃を起動できない。


 ……理由はわからないけど、今はどうでもいい。


 強撃が使用できないなら、普通に全力で大斧を振るって殺すだけだ。


 金属の鎧を装備していても、確実に殺せる。


 相手はアプロアの腹部から引き抜いた剣で、私の大斧を受け止めた。


 斧と剣がぶつかったとは思えない轟音があたりに炸裂する。


 相手の剣はかなりの業物のようで、折れず曲がらずに私の一撃を耐え切った。


 けど、持ち主は剣と違って、そこまでの技量じゃないようで、私の一撃を受けた衝撃に耐え切れずに両膝を地面についている。


 剣を保持することができずに、両腕をだらりと下げて、両膝を地面につく敵兵。


 まるで、私に許しを請うかのような姿勢だ。


 でも、私は止まらない。


 止まる理由がない。


 こんな奴が…………この程度の奴が、アプロアを……


 心が、わき上がる感情で塗り潰されて一色になる。


「ま、待ってくれ、俺は」


 なにかを口にしている敵兵を無視して、一瞬の停滞もなく大斧を振り下ろす。


 頭どころか、上半身が左右に割れて、血肉があふれるけど、頑丈な金属製の鎧が人型を維持しようとしているのか、死体は奇怪で不気味なオブジェクトと化している。


 けど、殺した敵兵のことなんて、すぐに忘れて地面に倒れるアプロアの元に最速で駆け寄った。


「……生きている」


 浅いけど、アプロアは呼吸をしている。


 自然と涙があふれそうになって、気が抜けたように地面に腰を下ろしそうになるけど、そんな余裕はない。


 一瞬の猶予すらない。


 アプロアは生きているけど、軽傷じゃないことだけは医学知識のない私でも断言できる。


 周囲では、自由に動けるようになったシャードが、見たこともない速度で矢を連続で放ち、金属鎧の集団を倒していく。


 それを一瞬だけ確認して、アプロアに対する応急処置をする時間は仲間が確保してくれると、確信した。


 アプロアの鉄蛇草の布鎧を外して、出血し続ける腹部の傷口を確認。


 収納袋からヒールポーションの入った黒竹の竹炭で作った水筒を取り出す。


 村長が、自分か仲間が怪我したときのために持たせてくれた非常用だ。


 傷口にヒールポーションを振りかけ、残りを止血用の布にしみ込ませて傷口を覆って縛る。


 さらに、もう1本のヒールポーションを収納袋から取り出してアプロアに飲ませた。


 アプロアの意識は戻らないけど、なんとか自発的にヒールポーションを飲んでくれたから、少しだけほっとする。


 無理そうなら、口移しで飲ませることになったかもしれない。


 非常時のことだから不問にはなるだろうけど、当事者の感情はそう簡単に割り切れないだろう。


 そうなると気まずいことになったかもしれない。


 そうならなくてよかった。


 なにはともあれ、アプロアの死は遠ざけることができたといえる。


 でも、状況はよくない。


 周囲には敵がいて、アプロアは意識が戻ったとしても、戦線には復帰できないだろう。


 どうしたものか。


 私たちだけ独自に行動することも視野に入れるべきかもしれない。


 けど、そんな葛藤はすぐに無意味になる。


「撤退、全軍撤退、撤退だ!」


 正規の撤退命令が戦場に響く。


 伯爵家か、子爵家か、どこの所属伝令か知らないけど、下された命令に誤解の余地はない。


 私たちにとっては福音といえなくもないけど、


「遅いんですよ」


 あと少し早ければ、アプロアが傷つく必要はなかったかもしれないのだ。

次回の投稿は5月24日金曜日1時を予定しています。

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