表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生者は斧を極めます  作者: アーマナイト


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/69

2-7 戦場

 感覚を極限まで研ぎ澄まし、同時に遮断するように鈍くする。


 相反することだけど、この場所では必要なことだ。


 鼻腔に充満する血肉の悪臭、全周囲から聞こえてくる怒号、悲鳴、怨嗟という色をした魂の響き、大斧から伝わる命の壊れる感触、あるいは踏み込んだときになにかを潰す感触と発生する断末摩とうめき声のような雑音。


 視界に広がる死屍累々。


 地獄だ。


 どう形容しようとも、この光景は地獄だ。


 まだ、お昼で、太陽が見えて青空が広がっているのに、なぜか、陰鬱で薄暗いと感じてしまう。


 でも、これは現実で、ただの戦場。


 もっと言えば、私もこの地獄を生み出す一端を担っている。


 無感情に、無感情に、無感情に、人型のなにかを殺して、壊して、殺して、壊して、ただ殺す。


「死ねぇ!」


 気合の声と共に、剣を振りかぶり切りかかってくる王国の兵士。


 20代くらいの男で、革製だけどしっかりとした鎧を装備している。


 この王国兵は、帝国の伯爵家の兵士よりも装備と練度で上だ。


 でも、それだけでしかない。


 私の振るうクルム銅製の大斧の前で、このクラスの鎧の防御力は誤差だと言える。


 一撃に耐えるどころか、威力を減衰することすらなく、体が2つに分かれていく。


 肉と骨と内臓が視界に広がり、一瞬遅れて開花するように血が飛び出してくる。


 吐き気を誘う生命を冒涜する臭いが、心に触れようとするけど、感覚と感情を切り離す。


 些細な油断で、死ぬ側に転落する戦場で正気を削る五感の感覚に身を委ねて、感情的になるわけにはいかない。


 でも、周囲に自分を、仲間を害そうとする者が溢れている。


 そして、位置と状態を把握しないといけない仲間がいるのに、感覚から遠ざかるわけにはいかない。


 常に、斧スキルを全力で起動させている。


 これは一撃の威力を出すためじゃなくて、大斧を最小の体力と負荷で振るうためだ。


 明確な終わりの読みにくい戦場で、限りある体力を浪費するわけにはいかない。


 私たち子爵に召集された兵力は、伯爵により軍の左翼に配置されて、率いているのはシャルモだ。


 人格的に善良だとは思うけど、軍人として、指揮官として信頼できるかと言えば、実績を知らないので、どうにも不安しかない。


 ちなみに、ゴルディドたち有力な傭兵は、中央で伯爵の指示で戦うようだ。


 せっかく知り合えたんだから、戦場で上手く連携できればお互いに生存確率を上げられたかもしれないのに、残念でしかない。


 全体がどうなっているのかわからないけど、シャルモの指揮する左翼に関しては押され気味だ。


 兵士の数はこちらが上回っているけど、兵士個々の質で負けている。


 それに、士気でもこちらが負けている気がしてしまう。


 経験と訓練不足だから仕方がないのかもしれないけど、シャルモが指揮する左翼の兵たちは腰が少しだけ引けている。


 ゴルディドの役に立たないのろけ話とは別に、有用な情報があったんだけど、どうにも戦力の中核であるはずのこちらの領軍も新人が多いらしい。


 それというのも、事情は王国の侯爵家と似たようなもので、伯爵家や近隣の派閥の貴族の初陣を経験していない者が、戦場を経験したという箔をつけるために多く集められたそうだ。


 引き時と攻め時を見極められない素人が、小隊規模、中隊規模の部隊の指揮官で、この戦場が初陣。


 泣いて逃げ出したくなるような事実だ。


 でも、泣くわけにも、逃げるわけにもいかない。


 そんな未熟な指揮官たちが、前線の指揮をしているからなのか、鶴翼とかの複雑な陣形もなく、微妙にそろわない隊列で敵陣と衝突した。


 まあ、レベル、ジョブ、スキル、装備による兵の個体差が、前世よりも大きいから、複雑で連携を必要とする陣形が発達していないのかもしれない。


 すでに、戦場は戦線の押し合いというよりも、敵と味方が入り乱れての乱戦になりかけている。


 私たち村から徴兵された10人は、まとめて一緒の前線に投入されたけど、個々の質と装備が他よりも高いから、押し込まれることなく、むしろ押し返しているけど、その結果として突出気味になって孤立しかけているようだ。


 少し引いた方がいいように思えるけど、それも簡単じゃない。


 下手に引いてしまうと、敵を勢いづかせて、敗戦の決定打になる恐れがある。


 そうなると、この戦いを生き残れたとしても、敗戦の責任で処罰されてしまうかもしれない。


 だから、伯爵か、シャルモから、指示があるまで、ここで耐える必要があるだろう。


 私たち村から一緒に徴兵された10人は、フォールが指揮している。


 立場と知識で言えば、村長の子供で子爵のもとで学んだアプロアのほうが上だけど、自警団として実際に集団を魔物相手に指揮した経験はフォールのほうがあるから、彼が私たちを指揮することに異論はなかった。


 まあ、本人が少しだけアプロアが指揮するべきじゃないかって遠慮したけど、アプロアがお願いしたらなんとか了承してくれた。


 隊列としては、私の左右にアプロアとエピティスがいて、その隣にフォールたち残りの6人がいて、弓をメインで使うシャードは少し後ろから援護する形になっている。


 すでに、乱戦になっていて、シャードに敵兵が迫る場面が何度かあったけど、剣鉈を振るってある程度近接戦もできるから、勝てなくても私たちが脅威を排除するまで粘って切り抜けられた。


「ワアァーーー」


 戦意からの気合の声か、恐怖からの悲鳴か、判別できない声を上げる王国の敵兵が槍を突き出してくる。


 わずかに身をそらして、避けると同時に踏み込んで、大斧が赤い軌跡を描く。


「ギャアアアァ」


 魂から絞り出したような絶叫をあげる敵兵は、上半身を肩の付近から両断されている。


 どう見ても、致命傷だ。


 でも、即死じゃない。


 死ぬまでの数秒の間に、ゆっくりと痛がり、恨み、嘆き、思い浮かべた大切な誰かにすがりながら沈黙する。


 戦場ではありふれた光景で、心を割くことじゃない。


 でも、一瞬だけ、罪悪感という風に誘導されて、注意が戦場から、名前も知らない私が殺した誰かに向けてしまう。


「ファイス!」


 フォールの声で、すぐに意識を戻すけど、遅かった。


 矢が飛んでくるのを知覚できた。


 でも、反応できない。


 回避も、防御も間に合わない。


 射手は、シャードと比べてもレベル、スキル、装備で劣っていると理解できる。


 でも、それだけだ。


 その矢を鋭いと思えなくて、遅いと感じても、対処できなければ、後出しの強がりと大差がない。


 頭への直撃コース。


 心臓が冷たく縮み、嫌な汗がにじんでくる。


 どんな攻撃でも、死にたくはないけど、こんな情けない脅威に思えない攻撃で死にたくはない。


 でも、これが戦場か。


 多くの歴戦の英雄が、名もなき雑兵の攻撃で倒れる場所。


 迫ってくる矢は認識できる。


 潔い諦めなんて、私のなかにはない。


 生にしがみつくために、思考して、思考して、思考して…………思いつかない。


 当たり前だ。


 千の策を考えたところで、時間なしで、対処できることなんてない。


 生の終焉が見えて、死の手招く笑い声を聞いた気がした。


 それでも……


 活路は?


 自分が殺した死者に同情して、引っ張られて死ぬなんて、バカバカしい。


 クソッ!


「ゴバッ!」


 頭に響いた衝撃で、首がのけぞる。


 痛みはない。


 より一層心臓が締め付けられたけど、私は生きていると自覚できた。


 左手を頭に伸ばして、兜に刺さった矢を引き抜く。


 鏃に血の付着はない。


 この世に鉄蛇草が存在することに、感謝。


 それと、防具を作ってくれたヒティスにも、感謝。


 一瞬だけ、本気で死ぬかと思ったけど、デビルウルフの攻撃にも耐える鉄蛇草の防具はしっかりと仕事をしてくれた。


「「「油断するな」」」


 アプロア、シャード、フォールの3人から同時に注意されてしまった。


 でも、今のは私が悪い。


 不必要な死者への同情で、危険な隙を作ってしまった。


「すまない」


 静かに、素早く息を吐いて、恐怖や不安と一緒に人間らしい感情も排出できたって思い込む。


 シャードが矢を放って、私に矢を放った射手を仕留める。


 味方の位置と状況と、敵の位置と状況を把握しつつ、目の前の敵にも対処して、矢や魔法が飛んでくることも警戒しないといけない。


 無視できない疲労が蓄積しているようだ。


 どうも、判断力が鈍くなっている気がする。


「チッ」


 言ってるそばから、これだ。


 魔力の高まりを感知。


 魔法がくる。


 感覚からして、単体向けの攻撃魔法。


 気づくのが少し遅かった。


 回避は可能。


 でも、射線にはアプロアがいる。


 彼女が魔法に気づいている様子はない。


 選択の余地も、迷う暇もない。


 ……私が受ける。


 大丈夫。


 羽織っているデビルウルフの毛皮のマントは、魔法に対する防御力が期待できる。


 それに、鉄蛇草の布鎧に塗られている赤い塗料は、マントほどじゃないけど魔法に対する防御力があるから、一撃くらいなら問題ない。


 ……はずだ。


 怖がるな。


 魔境で、魔法を使うゴブリン相手に、この防具に魔法防御力があるのは確認してある。


 まあ、飛んでくる魔法がそれ以上だと、耐え切れない可能性は十分にあるんだけど。


 不安になる要素を思考の外に追いやり、飛んでくる魔法に集中。


 形状は炎の槍、ゴブリンが行使した魔法よりも明らかに強そ…………誤差だ。


 速度も、前世のプロのピッチャーのストレートくらい。


 前世だったら、反応することすら難しいけど、今の私なら大丈夫。


 冷静に、受ける姿勢を整えてから、マントをひるがえらせて炎の槍の軌道を遮る。


 同時に、腰のベルトからクルム銅製の手斧を引き抜く。


 マントに命中した炎の槍は、炎の欠片となって四散した。


 衝撃は、前世の大人がカラーボールを全力で投げた程度。


 軽くもないけど、深刻なダメージはないから無視できる。


 斧と投擲スキルを起動して、杖を構えた王国の兵士に手斧を投げた。


 手斧は炎の槍が描いた軌跡をさかのぼるように飛んで行き、王国兵の顔面にめり込む。


「余計なことすんな」


 予想通りの言葉が、隣にいるアプロアから聞こえてきた。


 確かに、私が対処しないで、アプロアが被弾しても、同じような防具を装備しているから、深刻なことにはならなかっただろう。


 でも、彼女は気づいていなかった。


 不意打ちだったら、防具で守られていない場所に被弾して、大ダメージを受けていたかもしれない。


 だから、これでいい。


「なんのことでしょう。気づくのが遅れて、回避が間に合わなかっただけです」


「……バカ」


 アプロアはそれだけ小さく言って、戦場に集中したようだ。


 視線を仲間に向ければ、フォールたち6人とシャードは問題なさそう。


 でも、アプロアとエピティスは疲労している。


 まだ、動きを見る限り肉体の疲労は、2人とも問題ない。


 ちゃんと、動けているけど、周囲の敵や仲間の把握が、鈍くなっている。


 レベルやスキルの差もあるけど、それ以上に経験の差だろう。


 ゆっくりと、半歩前進して、少しだけ大斧を大きく派手に振るった。


 フォールから、一瞬だけ視線が向けられたけど、なにも言われない。


 敵の注意を少しだけ集めて、2人の負担をわずかに減らす。


 これは自己犠牲の偽善じゃない。


 生存のための一手だ。


 現状のまま2人を放置して、疲労からミスして負傷や死亡したりしたら、戦線を支える有力な友軍が減ってしまう。


 仮に、減ったとしても、撤退の自由なんて私たちにはない。


 だから、2人には倒れてもらうわけにはいかない。


 私がこの戦場を生き残るためにも。

次回の投稿は5月10日金曜日1時を予定しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ