2-5 出発とトラブル
予想通りでありながら、予想外でもある。
「「オニイ死なないで!」」
金髪の男女の双子に左右の腕をつかまれて、現在進行形で泣かれている。
この男女の双子は、5歳になったばかりの弟のリューベと妹のフーリアだ。
男女で性別が違うから、二卵性だと思うけどよく似ている。
まあ、異世界だから前世とは遺伝子の法則性も違うのかもしれない。
「あー……別に死なないよ。ただ、少しの間だけ出かけるだけだから」
ユーティリたちとわかれて家に帰り、徴兵に応じることを家族に告げてから、弟と妹に泣かれてしまっている。
母のトルニナに泣かれる可能性は覚悟していたけど、弟と妹に泣かれるとは思っていなかったから、心理的な不意打ちで、上手になだめて安心させるように対処できない。
でも、場違いだけど、少しだけ双子に泣かれて喜んでいる自分がいる。
これは別に、双子の泣き顔が嬉しいとかじゃなくて、双子が私とのわかれを泣いて嫌がるぐらい愛されていたのだと認識できたから。
今までも、嫌われていたとは思っていなかったし、それなりになつかれていたとは思うけど、わかれを泣かれるほどとは思っていなかった。
「ウソだ。だって、父が死んじゃうって言ってた!」
泣きながら告げる妹のフーリアの言葉を聞いて、思わず咎めるような視線を父のスクースに向けてしまう。
けど、私がなにかを口にするよりも早く、母が父の頭をはたいてしまった。
「あんたは、なにを余計なことを言ってるんだい」
泣かれると思っていた母は、むしろ私が徴兵に応じることを応援しているようだ。
なぜだろう。
いつまで経っても無茶をするから、諦められたとか?
……ないな。
でも、そうなると母が私に賛成してくれている理由がわからない。
前世を思い出して、それなりに経つけど、私の家族への理解力が成長したとは思えないから、どうにも悲しくなる。
「だって、心配だろう。むしろ、お前は平気なのか」
父のスクースは、泣きはしないけど、落ち着きなくオロオロしている。
こういうときこそ、どっしりと落ち着いた態度で父親としての威厳を見せて、弟と妹にも安心させて欲しいけど、どうにも期待できそうにない。
「心配に決まってるだろ。でも、あの子が自分で決めたことだよ」
「でも、徴兵だぞ」
「はぁ、あの子は平民になるって覚悟を決めたんだよ」
母の言葉を聞いた父の反応は劇的で、一気に前向きな態度になる。
「平民って……そういうことか。ファイスの奴、思いに気づいていないのかと思っていたが、そこまでの覚悟を決めていたのか、それは応援しないとな」
確かに、斧を極めるために、移動の自由が欲しいから、平民になる必要があるんだけど、どうにも両親の言っていることは別のことのような気がする。
「そうだよ、心配だけど、あの子がそれだけ強い思いで覚悟を決めているなら、止めるんじゃなくて応援してあげないと」
母の言葉で、うつむいていた父が明るくなったから、泣き続けていた双子も両親の態度を見て悪いことじゃないのかもと思ってくれたのか、戸惑い気味にだけど泣き止んでくれた。
両親の態度と言動に不可解なところがあったけど、ここで追及して弟と妹に再び泣かれると困ってしまうので、沈黙を選択する。
前世の知識だと、徴兵された者は直接戦場に行くんじゃなくて、最低限の武器の扱いと、部隊単位で前進と後退できるように素人集団を訓練するか、定期的にある程度の訓練を施していた予備役の人員を動員するけど、この世界だと違うらしい。
非効率的だと思うけど、数合わせに素人を集めて、無造作に前線へと投入するそうだ。
無駄に戦死者を量産しそうだけど、平民と農奴の区別なく命が軽いから、わりと雑に浪費される。
そして、為政者も失われる命を前世ほど気にしない。
無慈悲なわけじゃなくて、ある程度の戦死者を必要な損失として認識している。
戦場に行くことが憂鬱になりそうなことだ。
でも、戦場に行く前から苦難に直面することになる。
戦場での苦難は覚悟していたけど、予想外のことに戦場に行くまでが、すでに苦難の連続だった。
戦場に到着じゃなくて、出発する時点でスムーズに物事が進まない。
村から出発する前に、徴兵に応じるメンバーを10人決める時点でトラブルになった。
まあ、今に思えばトラブルといっても軽いものだ。
メンバーのうち9人は比較的スムーズに決まったけど、最後の一人にエピティスが立候補してきて少しだけ押し問答になった。
私がエピティスの参加に反対したからだ。
これは別に、私とエピティスの関係が険悪になっているとかじゃない。
単純に、今回の徴兵に参加するメンバーの条件をエピティスが満たしていなかったからだ。
その条件は、独身であること。
万が一にでも戦死したときに、悲しむ者が少なくて、残された家族の生活への影響を抑えるための条件。
けど、エピティスは既婚者だ。
もっと言えば、来年には子供が生まれる。
前世の感覚だと15歳で人の親になるのは早い気もするけど、帝国では一般的で特別に早いという認識はない。
とはいえ、どう考えても、死の可能性を否定できない戦場へ、友人としてこれから親になるエピティスを行かせるわけにはいかないだろう。
でも、エピティスが一歩も引かなかったので、認めるしかない。
5年前にお隣の農奴の家の父親が魔境での間引きで亡くなり、母親も少し前に亡くなっていたので、その家の畑の管理者がいない状態になり、名目上だけでも管理者が必要になったので、その家の長女と仲の良かったエピティスが結婚して管理者になった。
もちろん、初めの1、2年、実質的な畑の管理はエピティスの両親がやっていたけど、彼も手伝うことになり、どうしても一緒に魔境へ行く機会も減っていった。
どうにも、エピティスとしては、一緒に魔境へ行けなくなったことを引け目に感じていたようで、アプロア、シャード、そして私が徴兵に応じるから、自分も参加すると決めたようだ。
5年前に、布鎧を装備していたのに、間引きで死者が出たのは、不幸な出来事だけど、エピティスのせいじゃないし、その後の彼の結婚も祝福されることはあっても、彼が後ろめたく思うことじゃない。
でも、結局のところエピティスの参加の意思を覆すことはできなかった。
それに、エピティスは既婚者ということ以外、レベルとスキルと対人戦の経験という条件をクリアしているし、2メートルぐらいの大柄だからレベルとジョブによる補正を考えなければメンバーのなかで一番の力持ちでもある。
ちなみに、この対人戦の経験というのは、戦争への参加経験じゃなくて、村を襲ってきたり、街道を襲撃していた盗賊との戦闘のことだ。
だから、まあ、今回のメンバーは盗賊相手に殺人を経験済みだから、実際の戦場で殺人を躊躇して手酷い事態になることはないだろう。
あと1人、ユーティリも参加するつもりだったことに驚いたけど、当然のように除外された。
彼の場合は、少し驚いただけ、すぐに引いてくれたけど、少しだけ後ろめたそうな暗い顔をしていたから、ヒティスさんにそれとなく励ましてくれとお願いしたので大丈夫だろう。
しかし、ユーティリは次の村長になる自覚があるのだろうか。
……まあ、ないかな。
まだ、ユーティリは自分じゃなくて、長男のエスレトが村長になると思っているのだろう。
村長やエスレトなどの周囲も、本人には告げていないようだけど、ユーティリが次の村長になるのは既定路線だと思う。
そもそも、本来の次期村長候補のエスレトのジョブが剣聖だから、子爵の元に行っているということもあるけど、村よりも領都での生活を望んでいるのだ。
それでも、エスレトは我がままだったり無責任でもないから、他に候補がいなければ予定通りに村長になったかもしれないけど、ユーティリが私たちと自警団として魔境での間引きに積極的に参加し続けていることで、平民と農奴に関係なく村人から信頼されるようになって、村長を任せられると判断したようで村に帰ってくる回数がアプロアと比較してもあからさまに減っている。
村長としても、ユーティリに任せられるなら、無理にエスレトを次の村長をする必要はない思っているようだ。
このように村から出発するだけでもトラブルがあったけど、その後のことを考えるとこれでもささいなことだった。
装備と消耗品をそれぞれの収納袋に入れて村を出発して、子爵領の集合地点になっている村に3日で到着できたけど、子爵領で動員された他の徴兵された者たちが集まるまで、さらにここで3日待つことになる。
しかも、村に到着するなり、10人のメンバーのうち半分の農奴の5人が規則に反していると、徴兵された人員の応対を任せられている兵士に告げられた。
この規則というのが、鎧に関するもので、徴兵された者は、平民なら革鎧しか装備できず、農奴は革鎧を装備してはいけないというものだ。
装備の差で、身分を明確にする制度なのか、そもそも徴兵された平民の大半が、金属製どころか革鎧すら自前で用意できていないから、規制する意味がよくわからない。
過去に、徴兵した者の鎧で、規則を作る必要があるほどのトラブルあったのかもしれないけど、現状の私たちにとってはいい迷惑だ。
この規則も事前に村長から説明されていたから、私たちが装備している鎧が布製で規則に抵触していないことは、子爵家の人間でもあるシャルモに問題がないことを確認している。
その場はアプロアがシャルモに書いてもらった書類を兵士に見せておさまった。
そもそも、戦争の勝敗に直結しそうなことだから、徴兵した者の装備は、領主が用意すればいいのにと思ってしまうけど、どうやらこの国だとそれは一般的じゃないらしい。
一応、希望すれば武器は支給されるらしいけど、微妙に古びた鉄製の槍か剣を選べるそうだ。
……はたして、それは選ぶというのだろうか?
まあ、領地の主力でもある即応できる領軍の装備は、領主が整えるらしい。
それに、領軍に関しては、平民でも鎧に制限はないということだ。
ちなみに、農奴はそもそも領軍に入れないから関係ない。
この村にアプロアが到着したと知ると、シャルモが会いにきて、出発まで宿に部屋を用意しようと告げてきた。
もちろん、用意される部屋はアプロアの分だけだ。
けど、これはシャルモがやましい気持ちで言ったというよりも、アプロアに対して気を使ったんだと思う。
それというのも、徴兵された300人を超える人員が寝泊まりできる宿なんて確保されていないので、基本的に出発まで村の外で野宿だ。
まあ、野ざらしじゃなくて、天幕を用意してくれるくらいの慈悲の心を貴族様も持ち合わせているらしい。
10代の男女が一つの天幕で寝起きする。
言葉にすると、間違いが起こらないように、シャルモがアプロアに気をつかうのも当然かもしれない。
けど、この話はアプロアにとって、自分だけ特別扱いしようとしていると受け取ったようで、不快感を隠しきれていなかった。
このことは彼女のなかで、シャルモの評価を下げることになったようだ。
少しだけシャルモに同情してしまう。
通常、彼の気づかいは間違いというわけじゃないし、礼儀に反しているというわけじゃない。
けど、アプロアとシャルモの関係を考えると、意図を誤解されてしまうのも当然の帰結と言える。
ここから直接戦地に行くんだって思っていたけど、どうにもこれは私の誤解のようだ。
そもそも、私たちが徴兵された理由は、王国が帝国の砦を陥落させたからだけど、どうにも名目上は現在進行形で帝国と王国は戦争状態じゃないらしい。
形として砦を陥落させたのは、王国じゃなくて地方領主の侯爵家が独断でやったことで、帝国側も砦を保有していた地方領主の伯爵家が自発的に奪還するということなのだそうだ。
この話を聞いたときに地方領主が、勝手にそんなことをしていいのかと思ったけど、この世界では普通のことで、頻繁じゃないけど珍しくはないらしい。
なので、帝国と王国の公式の見解としては、地方領主同士の小競り合いで、国として介入することはないようだ。
だから、この戦いに帝国と王国の国軍は参戦しない。
あくまでも、帝国の伯爵家と王国の侯爵家で決着をつけないといけないということだ。
砦を失った伯爵家としても、戦略的な価値が低いので、取り返したところで収支は確実にマイナスだけど、放置すれば貴族として面子を失うことになる。
貴族社会で、面子を失うことはなによりも怖いらしい。
なので、伯爵家は赤字だとわかっていても、人を集めて砦を取り返さないといけない。
今回の徴兵は、伯爵家が子爵家に声をかけて、子爵家が援軍として応じた結果だ。
シャルモを子爵家の代表として、私たち10人を含めて集合した300人くらいの者たちが、伯爵家の集合地点の村に数日かけて到着すると、トラブルが起こる。
人員確認で伯爵家の担当の兵士が、私たちが農奴だとわかると難癖付けるように布鎧に文句を言ってきて険悪になり、シャルモが介入してくれなかったら、どう転んでも面倒なことになっていただろう。
それと同時に、子爵領での農奴が扱いが特別にいいのだと確認できた。
伯爵領に入ってから、農奴への対応や、農奴だとわかった私たちへの扱いを見て、間違いなく同じ人間と見なす気がないことだけは理解させられた。
このささいなトラブルが原因なのか、伯爵家から配られた食料が、明らかに少ない。
かろうじて水は規定の量を確保されていたけど、保存性の高そうなベニヤ板みたいな硬いパンと野菜の漬物が農奴の分だけ半分にされていた。
単純に、生きるだけなら、この量でも大丈夫だけど、戦場で戦うことを考えると少ない。
下手をすると、戦場どころか行軍の途中でエネルギー不足でハンガーノックになって、動けなくなるおそれがある。
アプロアが抗議しようと、熱くなっていたけど、なんとかみんなでおさえた。
シャルモの覚えがめでたいアプロアでも、基本的には平民だ。
不条理だからと伯爵家のやることに、異議を口にしたら冗談抜きで首を切られる恐れがある。
なので、貴族のやることには耐えるしかない。
まあ、村長がこういう状況も想定していたから、配給なしでも問題ないくらいの食料と水をそれぞれの収納袋に入れてあるから、これぐらいのことは大丈夫だ。
さらに、伯爵領で滞在している間に、子爵領でも問題にされなかった赤く染色したフード付きのデビルウルフの毛皮のマントを、農奴が身に着けることを咎められた。
どうにも、農奴は革鎧を装備できないという規則に抵触するという主張してきたのだ。
当たり前だけど、農奴が革鎧を装備できないという規則は、農奴が革製品を身に着けることを禁止しているわけじゃない。
同じ農奴でも生活水準は、差異があるから、革鎧は無理でも革製のベルトやブーツ、帽子などを所有していることもある。
そして、通常、これらの革製品は、当然だけど革鎧と見なされない。
だから、毛皮のマントも問題ないはずなのだ。
実際、シャルモにも問題ないか、事前に確認して了承されている。
まあ、文句を言ってきた伯爵家の兵士も本気で咎めているわけじゃなくて、戦地に行く前のストレスを農奴に難癖付けることで解消しているのだろう。
もっとも、こいつが文句を言いに来た時点で、アプロアにシャルモを呼びに行ってもらったから、大事にならずに解決した。
アプロアには悪いけど、シャルモと友好な縁があって幸いだったと言える。
シャルモから、伯爵に言ってもらった結果、次の日からそいつを見かけることはなくなった。
担当を外されたのか、謹慎されたのか、あるいは極刑にでもされたのか、シャルモからの説明がないので、詳細はわからない。
でも、次の日から伯爵家の兵士たちの私たちへ向ける視線に、怯えを含まれているような気がするけど、怖いので深くは考えない。
伯爵家は迅速に動いてくれたけど、兵士たちの農奴への対応を考えると、伯爵家は農奴のために動いたんじゃなくて、自分の派閥でも力のある子爵家の人間であるシャルモのために動いてくれただけだ。
次回の投稿は4月12日1時を予定しています。




