2-3 冒険者ギルド
物事には二面性がある。
例えば、魔境の活性化。
普通に考えれば、魔物を間引く必要が平時よりも多くなるから村にとって負担だけど、ウールベアのような強いけど村にとって有用な資源となる魔物が出現するようになって村人の生活の質が向上したりもしている。
例えば、村の発展。
普通に考えれば、村の発展は良いことだけど、村が発展することで起こるのは良いことばかりじゃない。
数年前よりも農奴、平民ともに増えて、人手が増えたから、性能は良いけど、加工に人手と手間がかかるから諦めた鉄蛇草を素材にした布鎧を作れるようになった。
あるいは、魔境で採取できる薬草を材料に複数のポーションを作るのに必要なスキルを持っていた村人も何人かいたけど、道具と時間がないから生産できなかった複数のポーションを作れるようになっている。
けど、村人同士のトラブルが起こるようになっていた。
元々の村人は、農奴と平民である意味で距離の取り方を心得ていたから、大きなトラブルにならなかったけど、辺境の村と違って農奴のあまりいない都会から移ってきた平民は、農奴に対して付き合いかたがわからないので、迫害と呼べるようなレベルの横柄な態度をして村から追い出されたり、処罰されるケースも少なくない。
帝国で農奴は珍しくないけど、農奴がいるのは基本的に開拓村や魔境に近い辺境の村で、ある程度発展した都会ではあまり見かけないそうだ。
なので、知識として農奴は平民よりも身分が下ということだけ頭に入っているだけの平民は、農奴が誰かの資産だとか知らずに、人権はないけど法律である程度の保護はされているのに、なにをしてもいいと誤解して、身分による差別どころか迫害のような極端なことをする。
それに、村が発展したことで、近隣で行商人や村そのものを狙った盗賊が出現するようになって、街道や村の周辺の警戒をする必要が出てきた。
例えば、村に冒険者ギルドの支店が作られたのも、脅威となる盗賊対策や魔物の間引きに対して有用ではある。
でも、村に来る冒険者そのものが治安などのトラブルの原因になることもあるから、良いことばかりじゃない。
そんなどうでもいい思考で現実逃避をしているけど、現実は遅々として進展しないようだ。
「なぜ、ですか」
魔境で助けた冒険者たちのリーダーの立派な革鎧を装備した男が、村に作られた冒険者ギルドの支店で、カウンター越しにギルドの職員と問答を繰り返す。
ちなみに、応対しているカウンターにいるギルドの職員は、筋骨隆々のおっさんだ。
そこは若い女性じゃないのかと冒険者ギルドの職員を初めて見たときに思ったけど、実際に冒険者ギルドを知ると筋骨隆々のおっさんじゃないとダメな理由が理解できるようになる。
なにしろ、冒険者の仕事は大小はあるけど、命や怪我のリスクがあるから、そんな仕事に従事している荒くれ者の連中と条件や保証や支払いの交渉を、ときに肉体言語を交えてするから、若い女性よりも見た目で威圧感のある筋骨隆々のおっさんが選ばれることが多い。
けど、だからといって冒険者側が、簡単に折れないこともある。
「…………だから、ギルドからの正規の依頼で怪我をしたならともかく、自己判断で魔境の実力以上の領域に挑戦して負傷したら自己責任だ。ギルドがしてやれることはない」
ギルド職員が話す前に、小さく舌打ちをしていたから彼の限界が近いのかもしれない。
そもそも普通の冒険者なら、こんな話は一回だけ義理で聞いておしまいだ。
それで納得しないなら、ギルド側はあらゆる力で黙らせることになる。
けど、今回は不幸なことにそれができない。
目の前で文句を言っている冒険者のリーダーが、どこぞの貴族の愛人の子供らしくて身分は間違いなく平民だけど、背後に貴族の気配を感じてしまうと、多少強引にでも殴って黙らせるとかの選択肢はなくなる。
「そうじゃなくて、なぜ、農……あいつが自分から渡したヒールポーションの代金を俺たちが払わないといけないのか聞いているんです」
どうにも、彼は魔境で私が渡したヒールポーション代をギルド経由で支払ってくれということが気に入らなかったようだ。
ちなみに、あのとき彼に渡したポーションは私の私物じゃなくて、自警団に村長から支給されている物で、彼が代金を支払うのも私じゃなくて村長ということになるだろう。
確かに、私はあのとき後から代金を請求するとか言わなかったから、前世の法だと私が代金を請求することができないことになるかもしれないけど、この世界であの状況だと冒険者がポーションを受け取って後で代金を支払わないことは、戦場でときに法律よりも重視される暗黙の了解として許されない。
正直なことを言えば、ここまでこじれるのなら私のほうでポーション代を負担してもいいくらいなんだけど、それもここにくる冒険者にピンチになったきに渡されたポーションを後で代金を払わなくていいんだという間違った認識を覚えさてしまうからやめてくれとギルドから言われている。
でも、こんなポーションの代金のことでギルドに拘束されるのは、面倒でしかない。
「…………逆に聞くが、なぜポーションの代金を払わないでいいと思うんだ」
ギルド職員の言葉に、冒険者のリーダーは言い淀む。
「それは……」
「話を聞く限り、魔境でポーションを使わなかったら、パーティーに欠員が出ていただろ」
「それは……そうかもしれません。でも、その場で代金を請求されていません」
「……あのよぉ、冒険者、傭兵、問わずにだ。基本的に、暗黙の了解で戦場でポーションを渡されたら、後で安全な場所に戻ってから払うもんだ。というかだな、命助けてもらって、ポーションで仲間の怪我が治ってなにが不満なんだ」
ギルド職員の腕が少しだけ動いたから、思わず殴ろうとしたのを理性で抑え込んだのだろう。
ご苦労様です。
本当に限界がきたらギルド職員を止めないといけない。
このリザルピオン帝国は公平じゃないから、どちらが正しいかじゃなくて、どちらがより権力者とつながりがあるかで物事が判断されることがある。
こんなことでギルド職員が人生を棒に振ることになったら哀れでしかない。
まあ、実際に裁判などになって、目の前の冒険者が騒いでつながりのある貴族が出てくる確率は高くはないだろう。
冒険者のリーダーの装備を見る限り、実力以上の立派で高性能な物だから貴族の親に買ってもらった物だと思われる。
けど、彼のパーティーメンバーで革鎧を装備しているのはリーダーともう1人だけ、他の4人はこの村の布鎧を装備していることからも、彼の後ろにいる貴族がパーティーメンバー全員の装備を用意するほど溺愛しているわけじゃないだろう。
だから、平民とはいえ冒険者ギルドの職員と、バカな理由でもめた息子のために貴族が出てくる可能性は低い。
もっとも、貴族だから面子を理由に出てきたり、子爵や冒険者ギルドともめるためにわざと介入してくる可能性もなくはないだろう。
「それは……だけど……」
「仮に、請求されたポーションの代金が法外だったら、ギルドもお前たちに力を貸すことがあるかもしれないが、請求された金額は法外か?」
「それは……」
「ほとんど原価で、安いくらいだ。普通なら、感謝の気持ちを込めて相場の倍の金額を出すもんだ。それなのに、お前らは助けられてポーションをわけてくれた相手に相場よりも安い金額も払いたくないと」
「…………」
冒険者のリーダーはうつむいて、悔しそうな表情で沈黙している。
彼としては、お金が惜しいというよりも、私のような年下の農奴に助けられてお金を払う形になるのが、プライド的に許せないのだろう。
パーティーメンバーの装備を整えるためにこの村にきたのに、私たちのような者が自分たちよりも身分も年齢も下なのにウールベアやデビルウルフを倒してくるから、自分たちでもできるんじゃないかって錯覚して魔境への無茶な挑戦をして、死にかけたところを私たちに助けられることになる。
夢と希望にあふれて冒険者になってみたけど、なかなか上手くいかない現実に直面して、格下であるはずの存在が自分たちよりも上手くやっていて、あの年齢の若者ならプライドが傷ついて素直になれないだろう。
彼らの心情は想像できるし、理解もできるけど、面倒でわずらわしいことに変わりはない。
結局、彼らはギルド職員に支払う相手が農奴の私じゃなくて村長ということで、しぶしぶ納得してギルドにポーション代を支払い宿に帰っていった。
ギルドで残る必要があったのはポーションを渡した私だけでいいのに、シャードとユーティリは付き合って残ってくれて、3人で一緒に冒険者ギルドを出たときは、形のない重しを乗せているような気分で、なんとも言えない疲労感に襲われる。
正直、魔境での戦闘のほうが肉体的には負荷がかかっているはずなのに、冒険者ギルドでのやり取りに付き合わされるほうがつらい。
魔境から村に帰ってきたときは太陽が高かったのに、空はもう赤くなっている。
「災難だったな」
声をかけてきたのは、この村の自警団の正式装備になった鉄蛇草製の赤い布鎧を装備したフォールだ。
「フォールか」
ジョブを得る前くらいまでは、私たちとぶつかることが多かったけど、今はそんなことはない。
仲良しという感じじゃないけど、戦場で背中を任せられるくらいには信頼できる。
元々、フォールが私たちに絡んできたのはアプロアが原因だから、彼女が領都に行っているから、
積極的に絡む理由がなくなった。
それに彼は面倒見がよくて、頭も悪くない。
大剣だけを使い続けていれば剣聖のジョブにつけたのに、仲間が傷つくのを嫌って盾と片手剣の戦闘スタイルに切り換えて、一から戦闘技術を学びなおしている。
大剣でも、片手剣でも、同じく剣スキルの補正を受けられるけど、間合い、重心、体の使い方と違いは大きい。
少なくとも10歳前後の子供が容易に決断できることでも、そのまま魔境に挑み続けるのは並みじゃないだろう。
それに、フォールは剣聖のジョブが選択肢に出なかったから、戦士を選んだと言っていたけど、今でも疑っている。
もしかしたら、フォールは剣聖のジョブを選べたのに、盾を使い続けるためにあえて戦士のジョブを選んだのかもしれない。
剣士、剣聖のような剣に特化したジョブは、剣スキルの補正が戦士よりも大きいけど、デメリットとしてジョブ選択までに習得していた他の武器のスキルを失うことになる。
盾は防具だけど、スキルの種類として武器スキルに分類されるようで、フォールが剣士や剣聖のジョブを選んでいたら、盾スキルを失っていただろう。
フォールは自分が上級戦闘職の剣聖になるよりも、盾スキルで仲間を守ることを選択できる男だ。
だから、私は彼を戦場では信頼している。
「ギルドも面倒な連中をこの村に送ってきたものだ」
話しかけてくるフォールにシャードとユーティリは反応しないので、私が対応する。
ユーティリは話すのが面倒と思っていそうだけど、シャードはフォールにされたことを若気の至りだからで許すことができないようだ。
けど、許さなくてもいいと思う。
私は前世の経験があるから、フォールの行為を子供のしたことだって思って許しているけど、シャードにとっては一生もののトラウマかもしれない。
それを子供のやったことで済ますのは違うと思う。
それに、シャードがフォールに良い感情を持っていなくても、フォールが魔境でピンチになったときに援護しないで見捨てるようなこともしないはずだ。
感情を引きずりやすい奴だけど、公私の区別をつけて緊急時には感情を切り離せる。
「ギルドにしてみれば、この村に送った新人冒険者の死亡率と負傷率が低下しているから、面倒な連中を早死にさせて貴族とトラブルになるのを防ぎたかったんじゃないのかな」
この国の冒険者ギルドは冒険者の管理と仕事の斡旋が主要な業務で、戦闘の経験のない新人の冒険者を育てるようなことをやっていなかった。
この村のように村長からイット流の剣術を習ったりして、最低限の武器の扱い方を覚えているのは少数派で、大半の新人は剣や槍の持ち方と扱い方を知らない素人。
当然、装備を整えるお金もないから、1年以内に死亡する冒険者も珍しくない。
戦闘の基礎すらできていない新人は我流でいくか、先輩冒険者に教えてもらうしかないけど、指導の名のもとでピンハネや暴行が横行しているのも事実だ。
冒険者ギルドとしても新人の死亡率は嬉しいことじゃないけど、どうすればいいのかわからない状況で、この村からの布鎧を提供する代わりに一定期間魔物の間引きに従事することは、新人の装備と質を向上させて、死亡率を低下させることにつながっている。
「この村は冒険者の訓練所ではないぞ。そもそも死なせたくないのなら、ギルドが新人の面倒をみるべきだと思うがな」
フォールが荒々しく銀色の髪をかき上げて、端正な顔をしかめながら吐き捨てる。
「ギルドにとって新人の育成は自分たちの仕事じゃないと思っているのさ」
冒険者ギルドとしても新人の訓練の必要性は理解しているけど、それを自分たちがやる仕事だとは思っていない。
あるいは、思いたくないのかもしれない。
「それなのに、新人の育成の必要性は自覚しているのか、良い性格しているな」
「慣例と慣習に外れたことをするのが、怖いんだろうさ」
前世の役所でも似たようなことがよくあった。
法律に違反しているわけじゃないし、現場の裁量である程度のことはできるのに、明確に記載されていなくて、指示されていないことはやりたがらない。
臨機応変に柔軟な対応なんて期待できない。
でも、彼らとて、心がないわけでも、頭が悪いわけでもなかった。
指示も前例もないことを実行することが怖かっただけだ。
もっとも、そんなことで、対応されなかった側はたまったものじゃないだろう。
「だから、訓練所のようなことを自分からしてくれるこの村を便利使いするわけか」
フォールが吐き捨てる。
まさしく、冒険者ギルドにとっては渡りに船だろう。
もっとも、たかが、辺境の村でできる規模なんてたかが知れている。
帝国に存在している新人冒険者の数に比べたら、この村で布鎧を受け取れるのは、あまりにも少数派だ。
「この村に派遣されているギルド職員の質を見る限り、ギルドとしてもこの村を重要視して一定の配慮はしてくれている」
辺境の村に作られた冒険者ギルドの支店と考えれば、人員は人格と実力ともに優秀な者が送られてきている。
もっとも、他の地域の冒険者ギルドの職員の質を知らないから、この村に派遣され人員が特別に優秀なんじゃなくて、ギルド職員は平均的に優秀な可能性もありえるだろう。
「あの連中が、非常時のこの村の守りの一翼を担っているのか」
フォールがうんざりとした様子で、ため息をした。
「……どうかしたのか?」
どうにも、声をかけてきたのは偶然じゃないようだ。
「アプロアが帰ってきた」
フォールの言葉に私は首をかしげて、知っているかとアプロアの兄であるユーティリに視線を向けるけど首を振って否定する。
「まだ、村に帰ってくる時期じゃないだろう」
現在、アプロアは勉強のために領都に行っていて、村に帰ってくるのは、1年に2回だけで、今はその時期じゃない。
ちなみに、領都へ勉強に行くのは、上級戦闘職のジョブになった平民の子供で、読み書きや戦い方や礼法を学ぶらしい。
これは領主である子爵の政策で、上級戦闘職を選べるだけの才能ある者を取りこぼさないためのものであると同時に、直臣として囲い込むための布石でもある。
地方の村で育った子供が、監視する親のいない発展した都市で生活をするようになれば、村に戻りたくないからと領主に仕える道を選ぶのはおかしくない。
私とシャードがジョブの選択で、上級戦闘職を選ばなかったことをアプロアが惜しんだ理由でもある。
もっとも、アプロアは大きな勘違いをしていた。
私とシャードが、あのとき上級戦闘職を選択していたとしても、領都に行くことはできない。
なにしろ、領都に行けるのは平民で、農奴は対象じゃないのだ。
「ああ、一人ではない。子爵家の使いの案内だ」
フォールの言葉に、警戒しながら応じた。
「子爵家、なにかあったのか」
この村の領主でもある子爵は悪人でも非道でもない良心的だと思うけど、貴族がなにかするのは面倒ごとであることが多い。
「…………詳細は不明だが、村人が徴兵されるかもしれない」
フォールの言葉を聞いて、ギルドが村の守りという意味を理解した。
具体的にどれくらいの人数を子爵家が連れていくのかわからないけど、それだけ戦える人員がこの村からいなくなるという意味で、盗賊や魔物に対処するために相対的に冒険者と冒険者ギルドの重要性が高くなる。
「徴兵…………」
前世から考えても不穏な言葉だけど、少しだけ私は期待してしまっている。
私の停滞した現状を打破する一因になる可能性があるのだ。
私が斧を極めるなら、この村だと樹木や魔物がすでに物足りなくなっている。
他の地域に移動して、より伐採しにくい樹木や魔物と相対する必要があるけど、農奴である私に移動の自由はない。
そして、農奴が平民になるのにもっとも確実な方法は、徴兵に応じることだ。
徴兵に応じた農奴は戦果に関係なく、生きて帰ってきただけで例外なく平民にしてもらえる。
妙な気分だ。
不明瞭な死の危険がある戦場に行く可能性に心臓を氷で撫でられたような恐怖を感じているのに、閉塞している現状を打破できる天啓を感じたかのように高揚感で震えている。
次回投稿は3月15日(金)1時を予定しています。




