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転生者は斧を極めます  作者: アーマナイト


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2-2 場違いな冒険者

 その光景を見て口から息がもれる。


 でも、安堵か、ため息か、自分でも判別することができない。


 白い羊のような毛皮と角を備えたクマに似た3メートルを超える巨体のウールベアと呼んでいる魔物の群れに囲まれた、6人の20歳前後の男性の冒険者たち。


 負傷者はいるようだけど、死者はいないようだ。


 救援が間に合った。


 良いことのはずなのに、気が重くなる。


 いや、ウールベアとの交戦に問題はない。


 これは別に、目の前のウールベアを見下しているわけでも、なめているわけでもなくて、シャードとユーティリを信頼して自分の能力と装備を把握しているだけだ。


 私が手にしている魔樫の柄に、ゴブリン銅よりも鮮やかな赤い色をしたクルム銅の斧頭を備えた大斧。


 クルム銅とは、ゴブリン銅と亜鉛の合金に、ごく少量の鉄と銀を混ぜると作ることができる前世の世界には存在しなかった合金で、銀も使われているけど量も少ないので、原材料費はそこまで高くない。


 クルム銅で作られた武器は、少し重くてミスリルには及ばないけど、ベテランクラスの冒険者や傭兵が装備していてもおかしくない性能をしている。


 だけど、はるか昔にクルムというゴブリン銅に取りつかれた賢者、錬金術師、あるいは鍛冶師が、発見したクルム銅は、武器の素材としてあまりメジャーになっていない。


 クルム銅は素材としてのコストは安いけど、生産して加工するのにはかなり高い技術力を要求される。


 クルム銅を扱える腕の良い鍛冶師などに依頼できるクラスの冒険者や傭兵なら、成功していてそこまでお金に困っていないから、多少高くなってもワンランク上の素材で武器を作るはずだ。


 クルム銅はお金はないけど腕のある鍛冶師が自分のために作るか、腕のある鍛冶師がお金はないけど気に入ったか、仲のいい客に作ってあげるぐいらいしか使われる機会がない。


 私の場合は生まれた辺境の村に、傭兵時代の村長が、お隣の王国で奴隷に落とされた一流の鍛冶師を購入していたので、大金を用意しなくてもクルム銅の大斧を入手することができた。


 なんでも、村長が言うには、この鍛冶師は村で一番高価らしい。


 そのクルム銅製の大斧を走りながら上に投げ、その間にベルトから両手で手斧の斧頭をつかんで引き抜くと、左右に手斧をそれぞれ装備して、すぐに振りかぶる。


 かつてユーティリが奥義と呼んだタメ切りを、発展させた技を発動させた。


 技の名前は強撃。


 強撃はレベルが5を超えて、自分でタメ切りができるようになって、試行錯誤を繰り返して生み出した技だ。


 それは、タメ切りの圧倒的な攻撃力を残したまま、デメリットであるタメの時間をなくすというもの。


 これだけなら、メリットしかないけど、残念ながらデメリットもある。


 消費する魔力が、通常のタメ切りの3倍になってしまった。


 私の保有する魔力量だと通常のタメ切りなら、1日に10回以上使用できるけど、強撃だと5回使えるかどうかだ。


 回数に上限があるから、無駄に使用できないけど、人命がかかっているから、使うべきだと判断した。


 起動している斧スキルが強撃の準備状態で魔力に満ちた肉体を精密に制御し、投擲スキルが投げるタイミングと方向を導いてくれる。


 投擲スキルは、シャードとユーティリの3人で、フォレストウルフの遠吠えで仲間を呼ぶ能力を利用して、効率よくレベル上げをしてみようとしたら、3桁のフォレストウルフとデビルウルフの大群に囲まれることになってしまった。


 全滅させるまでに一昼夜かかったときに、遠距離の攻撃手段がないと仲間を助けるのにも選択肢が少なくて歯がゆい思いをしたので、村に帰還してから斧スキルを初めて習得したときのように必死になって習得した。


 今まさに冒険者を攻撃しようとしている2体のウールベアに、2つのクルム銅製の手斧を投げる。


 強撃で強化したから、あるいはレベルやスキルの影響なのか、手斧は前世のプロ野球のピッチャーの剛速球を明らかに上回る速度で飛んでいき、2体のウールベアの頭部に命中して脳と血を派手に飛散させた。


 ウールベアはデビルウルフと同等以上の魔物なんだけど、今では私の攻撃でも倒せるようになっている。


 ちょうど落下してきた大斧を、手斧を投げて空いた手でキャッチして、そのまま振りかぶり、突進しながら一番近くにいたウールベアに振り下ろした。


 胴を切り裂かれたウールベアは、血を吹き出して白い毛皮を赤く染めながら地に伏せる。


「毛皮と肝はあまり傷つけないように」


 そう緊張感のない声で言うユーティリは、冒険者たちの前に立って、ウールベアが襲ってくるのを牽制している。


「……善処します」


 人命優先だけど、その上でなら配慮してもいいかもしれない。


 なにしろ、ユーティリと結婚したヒティスは、魔境で倒した魔物をどう加工するかで大きな発言権を持つようになっている。


 それに、彼女は普段は優しいけど、布鎧関連で問題が起こると機嫌が悪くなるかもしれない。


 例えば、ウールベアから取れる毛の量と質が悪くなったら可能性は高くなるだろう。


「「「ガッグァ」」」


 ユーティリを避けて、冒険者たちを襲うとした3体のウールベアが、一瞬のうちに頭を矢で射抜かれて絶命した。


 やったのはシャードだけど、どこから攻撃して、今どこにいるのかわからない。


 潜伏スキルの影響だと思うけど、頼もしいよりも、怖いとすら思ってしまう。


 それから、3分もしないうちに、ウールベアの群れは全滅した。


 結局、ユーティリが自分で倒したのは2体だけだ。


 妻のヒティスに良いところを見せようと頑張る一方で、手の抜けるところで怠けようとする気質は昔からあまり変わっていない。


「どうぞ、使ってください」


 手持ちの黒竹の竹炭で作った水筒に入れたヒールポーションを、死ぬほどじゃないけどそれなりに出血の多い冒険者に差し出す。


 同時に、冒険者の装備を確認した。


 革鎧を装備した者も2人ほどいるけど、他の4人はうちの村で作られている白色の布鎧を装備している。


 装備を見るに冒険者として完全な初心者じゃないけど、全員の装備を充実させるほどの実績と実力はなし。


 予想通りと言える。


「…………っああ」


 こちらの装備を見て、一瞬だけためらったけど冒険者は血で汚れた手で、ヒールポーションを受け取る。


 冒険者の瞳には、嫌悪感、屈辱、嫉妬、そんな感情が、隠し切れない強さでふくまれていた。


「ウールベアはどうします?」


 投げた手斧を回収して、地面に伏せる無数のウールベアを見ながら口にした私の言葉に、ユーティリは収納袋を自慢するようにかかげながら応じる。


「ボクの収納袋で回収しよう」


 ユーティリの収納袋の見た目は、私やシャードが村長から借りている量産品と変わらないけど、容量が大きくて収納した物の劣化を防ぐ効果がある。


 完全な時間停止じゃないから、年単位の保存は無理だけど、魔境で得た物を村まで持って帰るだけなら性能として十分だ。


 それに、ウールベアは毛、皮、肉、肝と重宝されるから、ここに置いていくのはもったいない。


 特に、肉はソーセージ、ベーコン、ハムに加工すると美味しくなる。


 そのまま焼いたり、煮たりして食べるなら、フォレストウルフの肉のほうが美味しいけど、加工肉にするとウールベアの肉のほうが美味しい。


「ちょっと待ってくれ」


 イラ立ったような冒険者の言葉は明らかに、ウールベアを収納袋に入れているユーティリに向けられていた。


「……なにか」


 ユーティリは作業の手を止めることも、冒険者たちのほうを向くこともなく、心底面倒そうに言った。


「その魔物、全部自分たちのものにする気か」


 冒険者の言葉は想像通りのものだった。


 口を開いたのは1人だけど、表情を見ると他の5人も彼に同意しているようだ。


「ボクたちが倒したんですから、当然でしょう」


 倒した魔物の所有権は原則的に、倒した者にあると、国と冒険者ギルドが定めている。


「だが、先に戦っていたのは、俺たちだ」


「戦っていた? 死にかけていただけのように思えるけどね」


「なっ……待てよ」


「これ以上の抗議は、村長と冒険者ギルドに裁定してもらってください。その決定なら、ボクらも従いますから」


 ユーティリの言葉は正しい。


 横から死にかけの魔物に止めを刺しても、所有権は認められないけど、今回のケースはこれに当てはまらないし、そもそも独力で1体のウールベアも倒せていないから、横取りされたと主張しても、村長も冒険者ギルドも取り合わないだろう。


「ちっ…………農奴のくせに」


 冒険者たちは嫉妬と憎悪に満ちた視線をこちらに向けてくる。


 それと同時に、


「シャード、いいよ」


 かすかに殺気を感じたので、一応、シャードの狙撃を止めた。


 私の言葉に反応するように、近くの木陰から弓を構えたシャードが姿を見せる。


「……そうか」


「射抜く価値があるとは思えないよ」


 本当に、殺す価値なんてない。


 人助けをしたのに、やっぱり予想通りに疲れてしまう。


 こいつらの安全のためにも、村までエスコートしないといけないと思うと、さらに気が重くなる。


 冒険者が魔境で命を落とすのは自己責任だから、ここで彼らとわかれても問題はない……はずなんだけど、ね。


 助けられる命を、見捨てたというのは、将来的にうちの村にとって見過ごせない悪評になるかもしれない。


 だから、私たちへの嫉妬と、自分たちの現状への不満の感情のはけ口のように、私たちへの実害のない悪態は無視する。


 けど、どうにも、彼らといると自分が平民以下の農奴なんだって、自覚させられてしまう。


 ナゾイモじゃなくて鉄蛇草で作られた赤い布鎧、赤く染色されたフード付きのデビルウルフの毛皮のマント。


 染色している赤色も、デビルウルフの血、ゴブリン銅、魔石と漆モドキを原料にしたもので、魔法に対しての高い防御力がある。


 髪もシャンプーもどきで洗ってクシでとかしているから、ツヤツヤで見栄えはよその平民よりも悪くないんだけど、やはり農奴という身分はそういうことと関係なく下なようだ。


 自分の身分も、この国の身分制も理解はしているけど、ときどきこういうことがあると面倒に感じてしまう。


 まあ、冒険者たちの気持ちもわからないことはない。


 活性化した魔境対策と新人冒険者の死亡率低下のために、村長と冒険者ギルドが共同で行っている村で一定期間魔物の間引きに参加すれば、無料で布鎧を与えるという方策はおおむね上手くいっているけど、色々ひずみがある。


 冒険者イコールで平民以上の身分だから、無料の布鎧につられてきたら農奴が自分よりも上等の身なりで、装備や家具も高級品。


 それに、年下の農奴が自分よりも良い装備で、自分じゃ倒せない魔物を軽々と倒していたら、聖人でもなければ気分はよくないだろう。


 向上心が健全に刺激されるならいいけど、屈折した感情にとらわれて、嫉妬の炎を宿すのもおかしくはない。


 だから、冒険者たちの感情は理解できる。


 理解できる……けど、気分はよくない。


 それにしても、ユーティリは付き合いがいい。


 自分は農奴じゃなくて、村長の次男だって言えば、この冒険者たちも面倒な態度を表面上はやめるのに、私やシャードに付き合って農奴扱いされても黙っている。


 こういう損な性格を見ると、ユーティリはアプロアの兄だなって思う。

次回投稿は3月1日(金)1時を予定しています。

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