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転生者は斧を極めます  作者: アーマナイト


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20/69

19 エンカウント

「ああ、あれはタメ切りだな」


 さっき、自称奥義と呼んで実演して見せた1撃の正体をユーティリがあっさりと告げた。


「タメ切り?」


 聞きなれないというよりも、聞きなれている単語だから、なおさら困惑する。


 なにしろ、タメ切りなんて言葉はゲームなどで一般的に使われるものだ、前世では。


 それを、テレビゲームなんて影も形もないこの世界で聞いたから違和感を覚えるのはしかたがないだろう。


 あるいは、この世界がなんらかのゲームの中の世界だという片鱗なのかもしれない。


「俗称で、正式名称はないらしいけどな。レベルが5になれば誰にでも使える」


 ユーティリはそれを自慢するように胸を張って言った。


「なら、奥義なんて大げさなこと言うなよ、バカアニキ」


 アプロアはタメ切りを知っていたのか、驚くこともなくあきれたような視線をユーティリに向けている。


「うるさいぞ、愚妹。でも、凄かっただろう」


「確かに、凄かったな、地面からなかなか抜けなくて」


 アプロアのからかうような言葉に、ユーティリは反論することなく両断したゴブリンに近づき、ゴブリン銅の武器と一緒に収納袋へ回収する。


 ゴブリン1体を収納したらパンパンになりそうな袋だけど、空の状態から見た目の変化はない。


 一見すると普通の袋だけど、そこは魔道具というところだろう。


 この収納袋という魔道具は、見た目よりもかなりの容量を持ち、重量を無視してくれる便利な道具だ。


 ダンジョンでドロップした収納袋だと、容量が桁外れだったり、なんらかのエンチャント効果があったりもする。


 ユーティリが持っている収納袋は、容量が荷馬車の半分程度の一般的な量産品。


 だから、補給のいらないダンジョンでドロップした収納袋と違って、量産品は魔石などで月に1度ぐらい魔力を補給する必要がある。


 それでも、農民どころか平民にとっても、高価な物で、個人的に持っているのは村長を含めて2桁行くかどうか。


 けど、村の共有財産としての収納袋なら結構ある。


 なにしろ、私の父も魔境で伐採した魔樫を運搬するのに使用しているし、シャードの父親も猟のときに使用しているから、村人にとってそれなりに使用する機会があるものだといえるだろう。


 まあ、ユーティリの使用している収納袋は、村長から戦士のジョブになったときのお祝いとしてプレゼントされた私物だ。


 黒玉、黒竹やタケノコを魔境から村へ運ぶのは大変だから、素直にうらやましい。




 ユーティリの収納袋の容量が一杯になり、休憩もかねて1度だけ村に帰還したけど、それ以外は時間を惜しむようにゴブリンを狩り続けた。


 そのおかげで、ユーティリ以外の私たち子供の4人は、それぞれレベルが1つ上がって3になっている。


 1日の成果としては十分で、順調といえるかもしれない。


 けど、言葉にできない、無色透明な不安の気配を感じたような気がする。


 もう引き返そうという言葉が、のどで足踏みして消えていく。


 現在、私たちが探索している魔境の領域はゴブリンクラスの魔物が出る領域で間違いじゃない。


 だから、村長から許可されている魔境の探索範囲内だといえる。


 でも、ここはフォレストウルフなどの魔物が出現する領域に近い。


 そもそも、魔境の領域分けも実のところ曖昧だ。


 ゲームのように、ここから魔物の出ない領域、ゴブリンが出る領域、フォレストウルフが出る領域などの明確な線引きはない。


 村人たちも大体あのあたりという曖昧な共通認識があるだけ。


 だから、ゴブリンと交戦できているから、ゴブリンが出現する領域で間違いじゃない。


 もっとも、フォレストウルフが出現する領域で、ゴブリンが出現しないわけじゃないから、私たちが深入りしすぎている可能性はある。


 警戒しながらも、悩んでいると新たに2体のゴブリンが出現して、意識を切り換えていく。


「2体か、誰がやる」


 2体のゴブリンを前にユーティリは緊張感のない声で言う。


 ここまで負傷なしで苦戦することもなくゴブリンと連戦しているから、ユーティリが気を抜くのもわかるけど、年長者としていざというときのために、ある程度の緊張感は維持していて欲しい。


「1体は私に任せてもらえませんか?」


 斧スキルを起動してのゴブリンとの交戦の経験はできたから、今度は斧スキルを成長させるためにも、スキルなしでの交戦を経験してみたい。


 けど、スキルなしでゴブリンと戦うことに静かな恐怖が広がっていく。


「別に、いいけど、もう1体は」


「シャード、任せていい?」


 私の言葉に、シャードは無言でうなずき、一瞬で弓を構えると同時に矢を放つ。


「グギャ」


 胸を矢で射抜かれ、1体のゴブリンが倒れる。


 残る1体のゴブリンを正面から見据えながら、ゆっくりと歩きだす。


 小さく、けれど力強く呼吸をして、胸の奥からわき上がる不安と恐怖を排出できると思い込む。


 粘り、まとわりつく様々な雑念で、強張りそうな全身を緩めて脱力することを意識する。


 布製とはいえ鎧も装備しているから、ゴブリンと1対1で戦うのは、それほどのリスクとは言えないかもしれない。


 けど、それは斧スキルを起動している前提での話だ。


 今の私で斧スキルを起動させずに、ゴブリンに勝てるだろうか?


 レベルも3に上がっているから、大丈夫だという思いと、漠然としたぬぐい切れない不安がある。


 単純にゴブリンを倒して、レベル上げの糧にするだけなら、必要のないリスクだ。


 そう、レベル上げだけを考えれば。


 私が魔境でゴブリンとの交戦を望んだのは、レベル上げが主目的じゃなくて、斧スキルを成長させること。


 そのためには、斧スキルを起動することなく、斧を扱う技術の高みを目指す礎となる1撃を振るう必要がある。


 それに、眼前のゴブリンもゴブリン銅製の赤い斧を装備しているのだ。


 斧を極めようと思うのなら、同じ斧の使い手として負けるわけにはいかない。


 薪や黒竹を前にしたときのように、視野を狭めて視線を斧が命中する1点に集中しそうになるのを意識的にこらえて、ゴブリンの全身を捉える。


 動く対象に動きながら斧を命中させるのは難しい。


 相手との間合い、相手の行動の予測、そしてこちらの斧の軌道を遅滞なく綺麗に嚙み合わせる。


 自分の間合いと、攻撃の軌道はわかっているから、後は相手の動きをできるだけ正確に予想して、相手の攻撃のタイミングを外すこと。


 だから、相手の攻撃手段である斧や、私の斧を命中させるところを注視して視野を狭めると、相手の動きの正確な予測ができなくなるから、ささいな予兆も見逃さないように相手の全身を捉えるように視野を広くしていないといけない。


 相手のゴブリンも斧を装備しているからか、今までのゴブリンよりも次の動きがなんとなくわかる気がする。


 小さく吐いて息を止めると、意識をより眼前の戦闘に没入させ、突進するように足を踏み出す。


 私の動きに反応するようにゴブリンも斧を振り上げ間合いを詰めてくる。


 ゴブリンの斧の軌道に私の体が重なる直前に、それまでの前進が嘘のように急停止した。


 狙い通り、ゴブリンの斧はなにもない空間に赤い軌跡を描く。


 私の前には防御も回避も不可能な状態の無防備なゴブリンがいる。


 踏み込み、重心の移動、全身を的確にしならせ回転させることで、理想的な斧の軌道が描けると思い込む。


 理想の軌道を追従するように迷いも遅滞もなく、肉体を制御して愛用のゴブリン銅製の赤い斧を振り下ろす。


「グギャアァ」


 ゴブリンは命が割れたような断末魔を残して倒れる。


『斧スキルが成長しました。斧スキルが8になりました』


 斧スキルが成長したことを喜びたいけど、じんわりと広がる疲労が上回る。


 肉体の疲労はそれほどじゃない。


 けど、わき上がる恐怖を抑え込みながら、相手を観察して、間合いをはかり、自身を制御する。


 なかなか、しんどい。


 スキルありならそれほどじゃないけど、スキルなしだと慣れるまで連戦は不可能だ。


 ゆっくり呼吸をして、疲労を追いやるように気持ちを切り換える。


 斧スキルが成長したから、素振りのついでにタメ切りができないかと試してみるけど、タメるべき力を感じることができない。


 本当に、レベルが5にならないとタメ切りはできないようだ


 けど、レベルが5になれば誰でもできるようになるのは、なんとなくゲーム的だと思えてしまう。


 ユーティリの説明によれば、レベルが5になると自然と自分のなかの魔力を感知できて、ある程度操れるようになるらしい。


 意味がわからない。


 論理的じゃない。


 けど、そもそもレベルやスキルに、ジョブも論理的と言えないからいまさらかもしれない。


 ユーティリが収納袋にゴブリンの死体を回収しているのを、ぼんやりとながめながらそんなことを考えると、全身を衝撃が駆け抜けた。


 いや、絶対零度のそよ風になでられ、時まで凍らされたかのように錯覚する。


 耳で聞こえると思えてしまうほどの早鐘を打っているのに、心臓を停止させるような圧迫感を覚えてしまう。


 動けない。


 それでも、なんとか視線を動かして、みんなを確認すれば、全員が青い顔をして微動だにしない。


 位置的に、私から死角になっている背後からなにかが近づいている。


 それも確実にフォレストウルフ以上の脅威。


 魂が本能的に動くことを拒否して、思考を放棄しそうになるのをこらえてゆっくりと体を動かす。


 まるで、油の切れた機械のようにぎこちないけど、今はいい。


 それよりも、脅威の正体を確認しないといけない。


 そこにいたのは死だ。


 あるいは…………それを視界に捉えると同時に、自分の未来を予期したのかもしれない。


 それはフォレストウルフじゃなかった。


 けど、シルエットはどことなく似通っている。


 フォレストウルフよりも1回り大きく、側頭部から前に突き出した2本の角を生やし、ライオンのような鬣を備えた黒いオオカミ、名前をデビルウルフ。


 フォレストウルフよりも危険な魔物だ。

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