1 異世界の食事はマズい
「気分が上がらない」
薪を前に、口から自然と愚痴がこぼれてしまう。
しかし、それも仕方がない。
心配する母のトルニナの制止を振り切って、朝食を口にして昨日の薪割りの続きをするために家の裏にある場所にきている。
だけど、先程までのやる気とは裏腹に、気分は沈んでしまう。
やる気がないわけじゃない。
ただ、朝食の味が酷かった。
この開拓村で定番の主食ゆでても硬いイモと、村に近い魔境で採取できる複数の薬草を一緒に煮込んだスープ。
これがマズい。
前世の記憶がなければ気にならないのかもしれないけど、不幸にも日本の豊かで多彩な食事を思い出してしまった。
ふっくらとした噛めばかむほど甘くなる白米やもっちりふわふわのパンと比べると、この村の主食になっているナゾイモの味は天と地ほどの差がある。
まず、この村の主食で正式名称不明のイモと呼ばれている前世の記憶にもない灰色のイモ。
見た目は灰色のジャガイモだけど、ジャガイモほどの食欲をかきたてるような香りや味がなく、煮ても焼いても硬くていつまでも、シャリシャリと繊維が口のなかに残る。
これだけならガマンできるけど、このイモは一緒にゆでたりすると他の食材の味をスポンジのようによく吸う。
うまみのよく出る食材なら利点だけど、そんな食材が開拓村の農奴の家にあるわけがない。
イモと一緒に、ゆでたり煮たりするのは体にいい複数の薬草。
これの味が酷い。
山菜特有の青臭さを濃縮したような苦味とえぐみに、レモンのような酸味とミントのような清涼感が、絶妙に混ざって味覚と嗅覚を蹂躙してくる。
この酷い薬草の味をイモが存分に吸うので、噛むたびに強烈な味に襲われた。
イモが硬いからよく噛むことになり、結果的に苦行は長く続く。
そんなにマズいなら、食事に薬草を入れなければいいと思いそうだけど、貧しいこの村ではそういうわけにもいかない。
なにしろ、この村では薬草料理のおかげで、野菜どころかナゾイモ以外の食材がろくにないのに、病気になる人間がほとんどいないのだ。
魔法やスキルのあるファンタジーな世界の本物の薬草なだけあって、下手なサプリメントよりも効果がある。
それに、この村で常食しているいくつかの薬草が、大都市ではそれなりの値段で取り引きされているそうだ。
なら、この薬草を売って、まともな味の野菜や調味料を買えば良さそうだけど、この村に来る行商人はそんな高値で購入したりしない。
あくまでも近場で薬草を採取できない大都市での売値は、仕入れ値に護衛や宿代などの経費を上乗せしたもの。
ここで薬草を高値で仕入れたら、売値が高くなりすぎて売れなくなってしまう。
この村でも、時間のあるときに薬草をできるだけ採取して、余剰分を行商人に売っているけど、それだけで生計を立てている人はいない。
まあ、だから、イモと薬草のスープが、魔境に近い貧しい開拓村に必要な食事だと理解はできる。
理解はできるけど、ね。
マズい。
朝食は栄養補給と割り切って、味合わずに一気に食べ切ったけど、気分は上がらない。
一応、この国にも麦があってパンもあるらしいけど、それなりに高級品。
やせた土地でも年に3回は収穫できて、連作障害もとくに起きないナゾイモと麦では、収穫できる量がまるで違う。
前世の私のように小さな不満を受け入れて、灰色の未来に向かいたくはないけど、食事に関して現状だと改善の余地がない。
食材のナゾイモと薬草以外は、月に1回くらい父親が周辺の魔境でゴブリンなどを間引くのに参加したときに、村長から褒美としてフォレストウルフの肉が提供されるくらいだ。
このフォレストウルフは近くにある魔境の少し深いところに出現する魔物で、肉に臭みがなくエビのようなほどよい弾力があり、牛肉以上に噛めば噛むほどうまみが出てきて、ろくな調味料がなくても十分に美味い。
それどころか、前世で食べたどの肉や魚よりも美味い。
できることなら、毎日食べたいくらいだ。
まあ、無理だけど。
前世のイノシシやクマのような野生動物と違って、このフォレストウルフと遭遇することは難しくない。
開拓村の近くにある魔境の深くまで進めば、探し回らなくても簡単に遭遇できる。
けど、勝つのは容易じゃない。
1対1なら私の父親でも勝てる強さだけど、フォレストウルフは群れで行動する。
そして、木々を使って猿のように、こちらの頭上を移動するフォレストウルフは群れだとその危険度が上昇して、戦闘を生業とする傭兵や冒険者でも新米だとパーティーごと返り討ちに合うことがあるらしい。
しかも、速攻で倒さないと、遠吠えで援軍を呼びよせ、数の暴力で袋叩きになるそうだ。
私の父親はゴブリン数体を相手にして負けない程度には強いと思うけど、フォレストウルフの群れを安全に倒せるほどじゃない。
この村でフォレストウルフの群れを安全に倒せるのは、若いときに傭兵として活躍したらしい村長を入れても数人程度。
農奴という危うい身分を理解できるだけに、有力者の村長に子供らしくフォレストウルフの肉を無邪気にねだるわけにもいかない。
村の安全のためのゴブリンの間引きに、もっと頻繁に父親が参加すれば、フォレストウルフの肉が食べられるかもしれないけど、ゲームと違って格下のザコの一撃を不意打ちで受けて死んでしまう可能性も十分にある。
事実、年に何人かゴブリンの間引きで、村の住人が命を落としている。
美味しい肉のために、父親に危険なゴブリンの間引きにもっと参加してくれとは言えないし、言いたくはない。
寡黙で、少し気難しいところはあるけど、優しい父親だ。
家族として、私のわがままで傷ついて欲しくはない。
だけど、食事の味は酷い。
油でもあれば、揚げ物にするんだけど。
山菜の苦味やえぐみも揚げればマイルドになるし、ナゾのイモも揚げればフライドポテトのようになるかもしれない。
しかし、残念なことに、油のあてはない。
一応、この世界にも油は存在しているらしいけど、麦と同じように、この開拓村ではまったく見かけることのない高級品だ。
近くの魔境で、オリーブやゴマか、それに類似するものがあればいいんだけど聞いたことがない。
「はあ」
ため息と深呼吸の混ざったような息をして、気持ちを強引に切り換えて目の前にある薪へと意識を集中させる。
手にしているのは、誕生日プレゼントとして昨日、父から贈られたもので、8歳の子供でもなんとか扱える小ぶりの赤い斧。
刃が赤いのは着色されているわけじゃなくて、前の世界には存在しなかったゴブリン銅という金属の色だ。
ゴブリン銅は、ゴブリンがまれに装備している武器の素材で、鉄よりも少し重いけど頑丈で、なにより錆びないから、ゴブリンが出現する魔境やダンジョンの近くでは鉄より身近な金属として、周辺の住民には重宝されている。
一応、このゴブリン銅は銅に似た別の金属じゃなく、銅が魔境、ダンジョン、ゴブリンなどの魔力によって変質した物だと、昔の賢者が生涯をかけて証明したらしい。
このゴブリン銅の斧は魔境に近い辺境だと鉄器よりも安いくらいだけど、地球には存在しなかったファンタジックな金属というだけで、中二的なロマンがある。
それに、素材のゴブリン銅も父がゴブリンを仕留めて、自分で用意したらしい。
金銭に余裕のない農奴の家だから、他に選択肢がなかっただけかもしれないけど、それでも嬉しかった。
そんな大切な小ぶりな赤いゴブリン銅の斧を丁寧に振り上げ、薪を狙いゆっくりと意識を没入させてから、一気に振り下ろす。
脳内で、前世の経験を参照にする。
母方の祖父母の家に行ったときに、母からこれお願いねと斧を渡されて、よく薪割りはやったものだ。
鮮明に記憶に残っているとは言えないし、前世とこの身じゃ体形も違うから十全に役立つとは言えないけど参考にはなる。
「ダメか」
斧は薪に命中しているけど、薪の先端に食い込んで止まっている。
失敗の原因は、力不足で、斧の振り方が悪くて、刃を薪に対して正確に立てられていなくて、斧を振るうときの体の使い方も悪いことかな。
間違ってもゴブリン銅の斧の性能が悪いとかじゃない。
このゴブリン銅の斧は鉄の斧よりも優れているけど、常識外の魔法的な性能を有しているわけじゃない。
もっと根本的に、この年齢で薪割りは難しいと言えるかもしれない。
前世なら、児童虐待と言われそうだ。
けど、これはただのお手伝いじゃない。
意味のある行為だ。
10歳になって教会でジョブを選ぶときに、所持しているスキルやそれまでの行動によって、選べるジョブの数と種類が変わるらしい。
剣スキルを所持していれば、汎用性の高い戦士よりも剣に特化した剣士や上級職の剣聖が選択肢に出現するそうだ。
私も獲得した斧スキルなら、父親のジョブでもある斧士や、上級職の斧聖、戦闘職じゃなくて生産職なら木こりが出てくる。
小さい頃から、ジョブの補正に頼らずにスキルを獲得して、伸ばせばより多くの選択肢が出てくることになる。
だから、この薪割りは両親による児童虐待じゃない。
両親も、私に大人のような薪割りの成果は期待していない。
あくまでも、私が斧に慣れて斧スキルを伸ばせればいいと思っているだけだ。
なので、結果として薪が割れなくても両親に怒られたりしない。
けど、それは敗北したような気分で嫌だ。
…………私はなにに、敗北したのかな?
常識だろうか?
あるいは意地か?
この子供の体での薪割りは難しい。
難易度ベリーハードなミッションだ。
でも、不可能じゃない。
万が一の奇跡の話をしているわけでもない。
昨日、事実として、私は今日と同じ条件で薪割りを成功させて斧のスキルを習得している。
昨日できたことが、今日できなくなる道理はない。
条件が整えば、この体と斧でも薪割りは可能。
「とりあえず、繰り返すか」
昨日の成功例も、何十回と繰り返した結果だ。
斧を持ち上げて、薪へと振り下ろす。
何度も、何度も、何度も、繰り返す。
大げさな大振りや意識的にコンパクトな振りもしてみて、振り下ろすモーションに修正を加える。
振るって、修正、振るって、修正、振るって、修正。
そうやって何度も繰り返すうちに、斧の振りが少しだけ良くなったような気がする。
けど、薪割りのコツをつかむ前に、体が悲鳴を上げた。
回数が五〇を超えると、腕、腰、膝などの関節という関節がきしむように痛い。
両腕を中心に全身の筋肉が、痛みを通り越して、妙に熱いのに感覚がなくなっている。
呼吸は乱れて、心臓がドラムのようにうるさい。
全身がダルくて、ゴムが巻き付けられたかのように動きは鈍い。
でも、それだけだ。
体は動く。
これは意地だ。
1回でも、成功すれば早めに切り上げようと思っていたのに。
無理をしている。
不必要な無理だ。
マズいナゾイモと薬草のスープを食べても、回復しないほどの疲労かもしれない。
この疲労のせいで、病気になってしまうかもしれない。
医者のいない開拓村で農奴が病気になる。
ほとんど死亡フラグだ。
バカみたいなリスクを背負っている。
バカみたいな意地だ。
けど、ここで引きたくない。
ここで引くと、妥協と諦観で満ちた灰色の人生をここでも再演することになる。
明確な理由はないけど、それを確信できた。
だから、引けない。
成功が約束されるわけじゃない。
目指す道は灰色の農奴人生よりも悲惨な暗闇のような人生になるかもしれない。
それでも、自分の人生を傍観者のような冷めた目で観測し続けるよりは、主体的なだけましだ。
疲労、痛み、リスク、そんな思考の邪魔になるものは意識の外へ追いやる。
意識は、眼前に忌々しく存在する薪へと集中していく。
無心で赤いゴブリン銅の斧を頭上へと振り上げる。
それと同時に、全身の筋肉がピキリと悲鳴を上げて自己主張をしてきた。
痛みに引きずられ、妥協と諦観に舵を切りそうになる意識をなんとか薪へと集中させる。
けど、指先で支えたホウキのように、頭上に振り上げた斧がフラフラと安定しない。
腕の力で安定させようとするけど、斧を持ち上げて頭上で支えるだけで精一杯。
もはや、フラつく斧を安定させる余力なんてない。
そうやって、斧を振り下ろすこともできず頭上で支えていると、不思議なことに安定する一瞬があることを発見した。
さらに、意識して斧が安定する理由を探る。
「重心か」
斧の重心を自身の重心で一直線に受け止めるイメージ。
正解か、どうかはわからないけど、なんとなく力を入れなくても安定する気がする。
後は、この斧を薪へと正確に振り下ろすだけだ。
少し前なら、簡単な行為だけど、疲労困憊な現状だとなかなか難しい。
だから、体の重心をずらして、斧の重心を前方に移動させて、斧の自重で薪へ向かって加速させていく。
腕の力で斧をさらに加速させたいけど、その力が残っていない。
理由はないけど、直感的に斧を、体の重心を落とすことで引っ張ってみた。
イメージとして、上から垂れ下がったロープにぶら下がろうとする動きに近い。
ゴブリン銅の斧がするりと滑らかに加速する。
眼前にゲームのエフェクトのような赤く鮮やかな軌跡を幻視した。
「…………割れた」
斧は薪に刺さらず、2つにした。
手ごたえが軽い。
あれほど頑迷に割れることを抵抗し続けた薪が、まるで割れるべくして割れたかのようにあっさりと割れた。
意味がわからない。
成功の喜びよりも、現実感が希薄で狐につままれたような気分だ。
これを白昼夢の幻にしないために、もう一度、再現せねばと、衝動に突き動かされる。
熱を帯びて動くことをサボタージュしようとする体を強引に動かして、新しい薪を用意して斧を構えた。
斧を持ち上げるのは困難だったけど、頭上まで持ち上がれば少ない労力で斧を支えられる。
斧の重心を体の重心で捉えて支えるイメージ。
さっきの光景と体の使い方と重心の動きを思い起こす。
何度も、何度も、何度も、脳裏でイメージを再生させて、予測を先鋭化させて、1つのモーションへと収束させていく。
呼吸を整え、脱力。
筋力ではなく体の重心移動で、斧を振るい加速させる。
「成功した」
ゴブリン銅の斧はより少ない抵抗で、薪を割った。
『斧スキルが成長しました。斧スキルが2になりました』
脳裏に響く無機質な斧スキルが成長したというアナウンス。
「ハハハハハハハハハ」
止まることなく、バカみたいに笑い声が口から出続ける。
快感と満足感が、口で笑い声に変換されて出てくるよう。
全力で努力したことで、なにかを達成できるということは、これほど満たされて充実感を得られるのかと驚愕した。
目から鱗が落ちたような気分だ。
努力して、目標を達成したら嬉しいという、少し考えればわかる当たり前のことなのに、私は失念していたようだ。
だから、不意打ちで味わってしまって感情の制御が上手くいかない。
前世では、受験などでそこそこの努力はしても、倒れる寸前まで体を酷使するような努力をしたことがないから、合格などの結果を受けて安心はしても、達成できたと喜びはあまりなかった。
だから、不思議だ。
灰色なんてどこにもない。
それどころか無理をした疲労で全身がクタクタで、関節と筋肉が抑揚のある激痛の演奏をしているのに、やり切って達成できた充足感と歓喜の心地よい音色で満たされている。
どうしよう、クセになりそう。
可能なら、すぐにでもバカみたいに薪割りを再開させたいくらいだ。
とりあえず、今回の人生では手元に斧があれば灰色と無縁でいられそう。
そうやって、地面に倒れて笑っていたら、様子を見にきた母に不審がられて、柄に血の付いた父から贈られたゴブリン銅の斧を発見されて青い顔で殴られ、長々と説教された。
まあ、前日に倒れた子供が、手を血塗れにして笑いながら倒れていたら、母親としては生きた心地がしないかな。
でも、言い訳させてもらうなら、手の血に関しては母に指摘されるまで、痛みがないから血が出ているなんて自分で気づかなかった。
確かに、手が少ししびれて熱を持っているような気がしたけど、疲労による筋肉痛の症状だと思っていた。
アドレナリンが過剰に分泌されていたのかもしれない。




