18 次男のユーティリ
なぜ、私が鎧づくりにかかわり、その性能を村長に認めてもらう必要があるのか?
従来の戦闘スキル持ちが3人以上で探索できた領域よりも、さらに奥のゴブリンとエンカウントできる魔境を探索するためだ。
村長に連れられて魔境に行きレベルを上げたあの日、動く相手を動きながら最適に斧を振るうことの難しさを自覚した。
同時に、確信できたことがある。
動かない黒竹に斧を振るうよりも、ゴブリン相手に最善の1撃を追求した斧スキルの成長につながると。
だから、現状より魔境の奥の領域を探索して、ゴブリン討伐をしたいと強く思った。
けど、それはできない。
村のルールで禁止されている。
大人と認められる年齢になれば許可されるけど、それまでは無理だ。
大人でも死ぬ可能性のあるゴブリンと、弱い子供の交戦を防ぐために、作られたルールとしては至極まっとうで、反論の余地もない。
通常なら、残念だと諦めて、黒竹の伐採に集中しただろう。
そう、通常なら。
村としては不穏だけど、私としては運が良いことに、魔境に変事があった。
少し前に通常では出会わないはずの浅い領域に出てきた、ゴブリンよりもさらに深い領域に存在するフォレストウルフ。
あの時はたまたま出会った私たちだけで倒せたけど、村の安全を考えると、例外的な偶然の出来事として処理するわけにはいかない。
だから、先日、村長を中心とした戦闘力と調査能力のあるメンバーで魔境の探査を行った。
その結果として、魔境の変異が見つかることになる。
魔境の浅い深いの領域にかかわらず、魔物の出現数が増加傾向にあるそうだ。
魔境で、その領域に存在する魔物が増えると、本来なら移動しない領域へと魔物が移動するケースがまれに発生するらしい。
私たちがフォレストウルフと出会ったのは、運悪くこのケースを引き当ててしまったようだ。
難しいことに、これは異常事態だけど、異常事態ではないらしい。
意味が分からない。
村長に言われたときは、本当に意味がわからなかったけど、丁寧に説明してもらって理解することができた。
この村の視点で考えると、魔境がいつもと違う別の状態になる異常事態だ。
でも、魔境の性質を考えると、この事態は異常ではなく正常らしい。
なんでも、魔境とは数年から、数十年と不定期に魔力が高まる時期があるらしく、そうなると魔物が増加したり、凶暴になり、スタンピードにつながりやすくなるそうだ。
ただ、それでも、この世界では魔境の性質として、広く認知されているらしいので、この魔境が異常とはいえないらしい。
まあ、その変事に直面するこの村にとっては、魔境が正常か異常かなんて、言葉の定義はどうでもいいことだ。
重要なのは、この事態にどう対処するかになる。
放置すれば、遠くない未来、スタンピードで魔物の波にこの村は蹂躙されて壊滅するだろう。
それを回避するためには、従来よりも頻繁にゴブリンなどの魔物の間引きをしなくてはいけない。
ここに私たちが魔境の奥を探索をするために、村長を説得の余地がある。
いつも、この村長を中心にやっているゴブリンの間引きですら、レベル10前後、斧スキル20未満の私の父くらいの戦闘能力だと死のリスクがつきまとい、それで失われる人員は村にとって許容可能なギリギリということだ。
それに、平民、農奴、ともに大人には主となる労働が別にあるので、何日も魔物退治に拘束されるわけにはいかない。
正確なことはわからないらしいけど、事態が鎮静化するのに必要な期間も、長くて年単位、短くても数か月は続く可能性がある。
黒玉、黒竹関連が商業的に成功すれば、村の経済も上向いて、外から冒険者や傭兵を雇う選択肢も考えられるけど、現状だとまだ無理だと村長から聞かされている。
だから、村の労働力としてはお手伝い程度の子供をゴブリンを間引くための戦力として認めてもらおうと考えた。
当然だけど、この提案は良識的で善良な村長によって却下されてしまう。
確かに、大人でも死ぬゴブリンの間引きに、戦闘力があるとはいえ子供が参加するのは無謀だ。
でも、逆に言えば、死のリスクを大きく減らせるなら、許可してもらえる可能性があるということになる。
そのために提案したのが、安い鎧の生産。
まあ、笑って無理だと言われたけど、ここに布の鎧が完成した。
ゴブリンが相手なら、この鎧は十分な防御力を示してくれるだろう。
この鎧なら、村長も私たちに魔境の奥へと探索に行くことを許してくれるかもしれない。
結果だけを言えば、魔境の奥へと行くことを村長は許可してくれた。
まあ、それでも、行けるのはゴブリンが出現する領域までで、フォレストウルフが出現したり魔樫が自生している領域まで許されていない。
それに行けると言っても、条件がプラスされてしまった。
ゴブリンの間引きに参加したことのある大人の引率か、戦闘スキル持ちの子供だけの場合は10人以上と規定されている。
さらに、布鎧の装備が絶対の条件となった。
鎧の装備は問題ない。
すでに、私たち4人分の鎧は確保している。
けど、引率してくれる大人と、探索メンバーの確保が問題だ。
村での仕事があるので、大人は大人で忙しいから、毎日、引率というわけにはいかない。
一方で、村の戦闘能力のある子供との協力も難しい。
これは他の子供と仲が悪いとかじゃなくて、戦闘能力のある子供はほとんどがファースの派閥だ。
村長の娘であるアプロアが、声をかければファースの派閥に所属する子供も協力してくれるかもしれないけど、彼女はそういうあからさまに権力や権威を振りかざすのを嫌うから難しい。
でも、私たちは現在、ゴブリンが出現する魔境の領域に来ている。
「どうして、ボクがこんなことを」
純白の布鎧を装備した村長の次男であるユーティリが、私たち4人の後ろを歩きながらブツブツと文句を言う。
彼から魔境に挑むというやる気は感じられない。
というか、彼はいつもやる気がない。
飲んだくれたり、まったく働かないわけじゃないけど、努力を嫌って可能な限りサボろうとするので、村人からは平民と農奴を問わずに白い目を向けられている。
一応、自警団の一員で、間引きなどにも参加しているが、周囲から文句を言われないギリギリまで参加を減らしているから仕方がない。
畑を耕すこともない専任の自警団員なのに、私の父のような非常勤のメンバーよりもレベルやスキルが低かったりする。
中肉中背、やや童顔で20歳という年齢よりも幼く見えるけど、十分に整っている容姿をしているのに、村の女性からモテないのはこの性格が原因だろう。
まあ、日々の生存が厳しい辺境の村で労働意欲が低いというのは、女性にとって整った容姿ではカバーできないマイナスかもしれない。
もっとも、こんな彼だから、私たちに同行してくれている。
あるいは村長から押し付けられたと言えるかもしれない。
レベルではさすがに彼の方が上だけど、剣のスキルに関してはあと2つ上げればアプロアに並ばれてしまう。
それはさすがに体面など色々とまずいという村長の意志が、見える気がする。
正直、ユーティリのやる気の有無に興味はないけど、私としては今日だけじゃなくて継続して引率してもらいたいので、少しはやる気が出ると思える言葉をささやく。
「鎧の感想を伝えれば、ヒティスさんは喜ぶと思いますよ」
まあ、実際のところ鎧の使用感や改善して欲しいところを伝えれば、布製の鎧作りに熱中しているヒティスさんは喜ぶだろう。
もっとも、それでユーティリへの好感度が上がるとは思えないけど、そのことについてはあえて口にしない。
「ヒティスが、ホントか?」
ユーティリは今日1番の生き生きとした表情をみせる。
「彼女が今1番熱中しているのが鎧作りですから」
「なるほどな。……お前らもヒティスに鎧の感想を伝えるのか?」
「それは伝えますが?」
「なら、ボクの活躍も伝えてくれよ」
無駄に胸を張るユーティリに対して、伝えても信じてもらえないか、興味を持たれないだろうと思いながらも、笑顔を心がけて応じた。
「えっと……わかりました」
「はっ、やる気のない腰抜けに活躍なんてできるのかよ」
アプロアが兄であるユーティリの方を見ることもなく吐き捨てる。
アプロアが普通だ。
一時期、避けられていたかと思ったけど、鎧作りに協力してもらったらか、元の距離感に戻れたような気がする。
結局、避けられた原因はわからないけど、この距離感が維持できるなら問題ない。
「なめるなよ、アプロア。剣スキルが成長しているようだが、戦いに必要なのは、結局のところレベルなんだよ」
「戦士が強がるなよ」
「違うから、剣しか使えない剣士や剣聖じゃなくて、ボクは汎用性のある戦士をあえて選んだだけだから」
「バーカ、剣スキル一桁で、剣聖のジョブを選択できるかよ」
「くっ……このっ」
「あー、それで、鎧の調子はどうですか?」
顔を赤くするユーティリに声をかけて、こちらに注意を引く。
「鎧の調子?」
「私やシャードの鎧と違って、肩や腰も覆われて動きに影響が出そうなので」
前世の軍隊で使われていそうな形状の兜、胸や腹と背中を覆う胴鎧、腕と足を守る籠手と脛当て、とっさに倒れこんだり攻撃にも使える肘当てと膝当ては、サイズに差異はあってもここにいる全員が、布製の白い物を装備している。
アプロア、エピティス、ユーティリは、さらに肩だけじゃなく二の腕をカバーする肩当てと、腰や太ももを守る腰鎧も追加で装備している。
鎧で守られる面積が増えれば、奇襲などで攻撃を受けて負傷するリスクを減らせる一方で、関節などの可動域を制限して布製とはいえ普通の服より重いから、とっさの回避や攻撃の初動に影響がないとはいえない。
だから、私とシャードはあえて、動きに影響のある肩と腰を守る防具を装備しなかった。
「大きく振りかぶると違和感を覚えるが、阻害されるというほどではないな」
「なるほど、そういうこともヒティスさんに伝えれば喜ばれると思いますよ」
まあ、ヒティスさんは喜ぶかもしれないけど、ユーティリへの男性としての好意につながるとはかぎらない。
けど、そういう不確定的なことはあえて口にしないことにする。
「鎧で守られている面積が少ないけど、お前の方は大丈夫なのか?」
「ええ、大丈夫です。肩や腰が鎧で覆われると、全力で動いたときに違和感を覚えるので」
「フーン、そうか。おっ、さっそくゴブリンのお出ましか。まずは、ボクがお手本を見せてやろう」
「無理すんなよ。本当にやれんのか、バカアニキ」
からかうような言葉だけど、アプロアの表情を見るとユーティリの身を心配して気づかっているようでもある。
「うるさいぞ、愚妹が。ボクはやればできる男だ。特別だ、お前たちにイット流の強力な奥義を見せてやろう」
ゴブリン銅製の剣を装備したタイプのゴブリンと、こちらもゴブリン銅製の片刃の大剣をユーティリが自信満々で構える。
しかし、構えただけでも、村長どころか、年下のアプロアよりも、ユーティリはどことなくぎこちなくて固い。
少し心配になるけど、剣スキルが村長よりもかなり低くても、鎧を装備しているし、レベルも私たちよりも上だから、剣を装備しているとはいえゴブリン1体にピンチになることはないだろう。
「ハアアアァァァー」
大剣を振りかぶった状態でユーティリが気合の声を上げると、不思議なことに存在感と威圧感が増したような気がした。
「グギャアァ」
ゴブリンがユーティリの雰囲気に飲まれたかのように、不用意な突進で間合いをつめる。
瞬間、赤い斬影が駆け抜け、ゴブリンを左右に両断した。
意味がわからない。
ユーティリの1撃がゴブリンを両断した。
過程と経過を羅列しても真実にならない。
ユーティリの構えと同じように、その1撃の振りも、村長どころかアプロアよりも洗練されていない雑なもの。
剣スキルを習得しているから、一応形にはなっているけど、それだけ。
あんな凄まじい1撃を放てるとは思えない。
レベルによる身体能力の影響?
いや、なくはないけど、2桁にもならない身体能力は、ここまで強力じゃない。
「うおっ、クソ、抜けない」
地面を深く切り裂いた大剣を引き抜こうと、ユーティリは悪戦苦闘している。
そう、あの強力な1撃は、ゴブリンを両断するだけだと、勢いを殺されることはなく、地面にめり込むように切り裂いた。
まさか、聞いたこともないけど、本当にイット流の奥義だろうか?




