14 竹林で試行錯誤
「ダメだ」
アプロアがイラ立ち気味に吐き捨てた。
彼女の前には大剣の1撃で切られることなく黒竹が、左右にゆれて自己主張をしている。
これは色々と酷い。
アプロアの言うようにダメだ。
黒竹にゴブリン銅製の片刃の大剣を振るってはいるけど、これが効果的な修行法とはどう見ても思えない。
剣スキルのアシストなしで剣を振るう。
言葉にすると簡単なことが、実行しようとすると難しい。
あれから、なんとか試行錯誤をしてアプロアは剣スキルをオフにしたまま大剣を振るえるようになったけど、ほとんど適当に剣を振り回しているようなものだ。
意識を大半をスキルをオフにすることに割いているから、どうしても体の制御が雑になる。
でも、これだとダメだ。
私の修行法は、スキルをオフにして剣を振り回せばいいというものじゃない。
スキルによる体の制御と動作を覚えて、スキルなしで再現しようとするものだ。
このまま回数をこなしてもあまり意味があるとは思えない。
「ゆっくりとスキルが発動しない速度で剣を振るって、徐々に剣を振るう速度を上げてみたらどうかな?」
私も、スキルをオフにすることにてこずったけど、ここまでじゃなかった気がする。
アプロア、シャード、エピティスの3人は、私よりも先にスキルを習得していた。
それは、3人がそれだけスキルを起動することに慣れているとも言える。
そして、この村の常識として習得して使えるようになったスキルをオフにするという考えはないようだ。
「ゆっくり、か」
アプロアがゴブリン銅の赤い大剣を黒竹に向かって、ゆっくりと振るう。
「スキルは起動しますか?」
「いや、しない。速度を上げるぞ」
アプロアが、何度も大剣を振るう。
黒竹を切った、スキル全開の1撃に比べればかなり遅い。
けど、スキルをオフにすることへ意識を割くことで、乱雑に大剣を振るっていた先ほどまでの1撃よりも、修業として意味があるような気がする。
何度も、何度も、何度も、振るっていた大剣の速度も徐々に上がり、鋭い風切り音を奏でるようになった。
アプロアの動きが、静止する。
「次は、全力で振るう」
宣言をしてか、ゆっくりとアプロアは大剣を振りかぶる。
「ハァッ!」
気合の入った声と共に、アプロアは大剣を振るう。
でも、わかってしまう。
私は剣スキルを習得していないけど、それでもわかってしまった。
彼女の1撃は、黒竹を切れないと。
「ッチ」
アプロアの舌打ちと同時に、黒竹がしなって拒絶の音を響かせる。
けど、アプロアは止まることなく、再び大剣を振りかぶった。
見てもわかる。
彼女が剣スキルを起動させたと。
大剣が振るわれる。
先ほどとは、動きが違う。
大剣が描く軌道の鋭さ、大剣を振るう体の無駄を感じさせない流麗な動き。
当然のように、黒竹は切り倒される。
アプロアはそのまま別の黒竹の前に立ち、大剣を振りかぶった。
再演。
あるいは再現。
直前に、スキルのアシストで振るった大剣の軌道を、アプロアの斬撃が見事に重なる。
「クソッ」
アプロアの1撃は黒竹を切った。
けど、完璧なスキルによる1撃の再現とはいかない。
最後のわずか数ミリの黒竹の抵抗。
それでも、アプロアは強引に力任せに、大剣を振るって黒竹を切った。
「ファイス」
アプロアは難しい顔をしている。
なにか、不都合があったのかと想像してしまう。
「どうしました」
「剣スキルが成長した」
アプロアが口にした言葉の意味を、脳が瞬時に理解できなかったせいで反応が遅れてしまった。
「ッ……おめでとうございます」
「ああ、ありがとう。……もう少し、試していいか?」
「もちろん」
私としては、私の理論をアプロアたちが証明してくれるのはありがたい。
効果があるのかわからない手段よりも、試行回数を増やして証明された手段のほうがより前向きに修業することができる。
だから、少し離れた場所で、エピティスがアプロアと同じように、黒竹に向かって赤いゴブリン銅製の大剣を振るうのは感謝しかない。
ちなみに、エピティスが振るっている片刃の大剣は、魔境の浅い領域まできていたフォレストウルフを倒して、村のリスクを減らしたということで、村長が私たち四人にくれた褒美の1つだ。
シャードは動物解体に適したゴブリン銅製の剣鉈。
私の場合は、物じゃなくて読み書きの指導をお願いしてみた。
日本語の読み書きはできても、この国の文字は読めないどころか、自分の名前すら読み書きできない。
まあ、農奴どころか、平民でも読み書きできるのは少数派だから、私が読み書きできなくても珍しくはないだろう。
しかし、読み書きできないと、本を読んで知識を増やせないし、だまされるリスクもある。
ここは日本じゃないから、こちらが文字を読めないと知ると、無茶苦茶な利率や支払期限の契約をさせられることがあるらしい。
しかも、これが、この国だと違法じゃないそうだ。
この国の法律だと、自発的に契約したら、文字が読めるかは関係ないらしい。
だから、自衛のためにも、読み書きはできたほうがよさそうなんだけど、この感覚が農奴だけじゃなくて、平民でも理解できないようだ。
読み書きなんてできなくても、生活に困らないというのが、この村というか、この国で大半の人がそういう認識で、積極的に学ぶのは村長のような役職を持った者、商人のように必要な者、あるいは知識を欲する変わり者。
なので、村長たちには私が変わり者に思えたようで、読み書きを願ったら珍獣でも見るような変な顔を向けられてしまった。
ただ、読み書き指導は、村長を長時間拘束するので、私に直接じゃなくて、アプロアの読み書きの勉強に私が相席するという形で許可された。
ちなみに、アプロアの褒美は、フォレストウルフ製の革ベストの加工費だそうだ。
視線を改めてシャードとエピティスの2人に向けるけど、なかなか苦労している。
実のところ、スキルをオフにすることに関して2人は、アプロアと違ってそこまで苦労しなかったけど、それでもスキルの成長には至っていない。
エピティスは単純に、スキルで覚えたモーションを自分で再現するということが苦手なようだ。
しかし、シャードは、私やアプロアと別の理由で苦労している。
なにしろ、シャードのメインウェポンは弓だ。
弓スキルを使って命中できる距離の目標に、スキルのアシストなしで矢を放つ。
当然、手持ちの矢を撃ちつくしたら回収しないと、次の修業を行えない。
スキル全開で1撃を放ち、その残滓を手掛かりにスキルなしで2撃目以降を放つという修業の工程は、弓、斧、剣など得物が違っても同じだ。
けど、得物の違いは効率の面で差が出てくる。
だから、なにか、フォローがシャードに必要かと考えるけど、シャードを観察していると必要ないかと思ってしまう。
シャードがゆっくりと構え、静かに弓を引くと、空間に沈黙が広がっていく。
緊張が周囲を支配し、空気が重く鋭くなる。
しかし、放たれた矢は目標を射抜かない。
それでも、シャードは大丈夫かなと思ってしまう。
シャードの体格は4人のなかで1番小柄だけど、弓を構えて集中しているときの存在感は1番大きい気がする。
なので、シャードについてはしばらく様子を見て、必要なら一緒に悩もう。
それまでは、私も斧の修業を再開させる。
適当な黒竹の前に立ち、ゴブリン銅の斧を振りかぶっていく。
だんだんと呼吸をゆっくりと深くする。
同時に、意識を斧を振るうことに没入させていく。
まだ、一例だけど、アプロアが私の修行法でスキルが成長するって証明してくれた。
だから、漂う不安も、迫る焦りも今は希薄だ。
斧で伐採するために接触するだろうと思われる黒竹の一点を見つめる。
体の動き、力の伝達、斧の軌道、黒竹のしなりも想定。
呼吸を止めて、一瞬の静止。
力を解放、淀みのない力の流れを導き、理想の軌道に重なるように斧を制御。
しかし、
「ダメか」
斧は黒竹を伐採することなく、自立している。
黒竹の残りの厚さは、指2本分くらい。
伐採はできなかったけど、成長はしている。
そう自己暗示のように思い込んで、斧を黒竹に振るう。




