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転生者は斧を極めます  作者: アーマナイト


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12 罪悪感と試食

 罪悪感で、体中の血液が凍り付いてしまいそう。


 贖罪の気持ちで、胃が握りつぶされる。


「も、む……でっ……」


 母、トルニナの明確な言葉にならない、けれど明確な感情のこもった嗚咽のような声が耳に届くと同時に、頬を叩かれた。


 私が幻となって消えてしまうんじゃないかって不安に思っているかのように、強い力でかすかに震える母に抱きしめられる。


 フォレストウルフに噛まれた左腕への配慮もない、力任せの抱擁だから、傷口が自己主張をするようにわめく。


 けど、響き渡る左腕の痛み、そして叩かれた頬のジンジンとする痛みもどこか遠くて朧気だ。


 怒られるとは思っていた。


 当分、薬草が増量されることも覚悟してた。


 けど、


 だけど、


 まさか、泣かれるとは思ってもいなかった。


 タケノコとか、黒玉とか、執着していたものが、彩度を失って色あせていく。


 徐々に、


 徐々に、


 後悔が心を染め上げ、漆黒の大海のように広がっていく。


 いまさらだけど私は前世を思い出してから、今の家族とあまり向き合ってこなかった。


 どこか、距離や壁をつくって、理解を深めようともしない。


 そんなことよりも大切だと思い込んだ、私の心を満たす斧に夢中だった。


 母から毎日のように叱られても、叱られても、叱られても、どこか他人事でしかない。


 それよりも薪割りが重要で、斧スキルを成長させることが全てだった。


 叱られるたびに、心配されているって頭では理解していたけど、心で理解できていない。


 いや……そもそも真剣に母の気持ちを理解をしようとしていなかった。


 前世の記憶を思い出したことで、私は斧という一生懸命になれる喜びが手に入った。


 けど、それから、私は周囲に向き合おうとしていない。


 母を含む家族に、向き合ってこなかった。


 どこかで勝手に、自分のことを前世の延長のつもりで1人前の大人なんだって思い込んで、それでも母と父の子供なんだって自覚が欠落している。


 だから、無茶をして叱られても面倒だって感じて、その無茶で誰かが悲しんでいるだなんて想像しようともしていなかった。


 正直、心は真っ白でどうしたらいいのかわからない。


 広がる後悔は深い、けれども、それでも、燃えるような食への執着は小さくなっても、斧を極めるという欲望だけは、そこにある。


 こんなにも、家族を悲しませているのに、それでも捨てられないものがあるのかと、自分のことなのに少しだけ感心してしまう。


 前世の私には、人を悲しませても、捨てられない欲望なんてなかった。


 だから、自己嫌悪を覚えつつも、少しだけ新鮮だ。


 ただ、母への罪悪感がある一方で、父への罪悪感はない。


 というか、現状、私の中で父の評価が暴落している。


 母が泣いた場面に、父のスクースもいた。


 だから、アイコンタクトで父に救援を頼んだけど、父はオタオタしながら、村長を中心としたフォレストウルフの出現に関する魔境を調査する一団に加わって、取り乱す母を放置して逃げ出した。


 寡黙だけど、子煩悩で、頼りになる父だと思っていたけど、現状の母から逃げ出したことで、私のなかの父の評価は下がりきっている。


 まあ、母を悲しませた原因は、私だから父に期待するのは違うのかもしれないけど、自分の父親はもっと頼りになると思っていた。


 これも、家族としてのコミュニケーションをおざなりにしていた弊害なのかもしれない。


 とにかく、私は心の中でこれから父に過度な期待はしないと密やかに誓った。


 そうやって、私は父への評価を下げる思考して、目の前で泣いて悲しんでいる母から現在進行形で現実逃避を実行している。


「はい、できたよ」


 様々な料理の乗った大きな木皿を持った、どこかアプロアに似た印象の女性の登場で場の重い空気が揺らぐ。


 彼女はアプロアの母で、料理を得意とする村長の妻クトーラさんだ。


「て、手伝います」


 目もとをはらしたままの母が、村長の妻であるクトーラさんを働かせて、農奴の自分がなにもしないのはまずいと思ったのか、そう申し出るけど、


「これぐらい大丈夫だから、休んでな」


「でも……」


「そんな精神状態で、動いても皿をひっくり返すだけだって」


「……すみません」


 母が元気なくうつむく。


 いつでも明るくて元気な母しか知らなかったから、母も傷ついて落ち込むんだって当たり前のことを見せられて、罪悪感の針でチクチクと心をさらに刺激される。


「だから、気にしないの」


 髪を長くしたアプロアが大人になったら、こんな感じなのかと思わせる外見のクトーラさんは、農奴である母や私が近くにいても気にしていないようだ。


 平民の村人のなかには、あからさまな嫌悪感や拒絶感はないけど、農奴が近くにいると嫌そうな気配を放つ者も少なくない。


 そう思うと、やっぱりクトーラさんはアプロアの母親なのだと感心する。


 すぐに、黒玉やタケノコの試食になるのかと思ったけど、母とクトーラさんの会話が始まってしまった。


 この度はうちの息子が迷惑をとか、うちの娘も自分の意志で魔境に行ったから気にしないでとかの会話の応酬。


 クトーラさんと話しているうちに、母の表情も元気なものに変わってきて、それはいいんだけど、私としては、それ以上にテーブルに置かれた木皿の上に盛り付けられている料理に心が奪われる。


 あれだけ、罪悪感で満たされていた思考が、料理の味への期待で覆いつくされてしまう。


 だって、仕方がない。


 木皿に盛り付けられた料理からは、私の食欲を刺激する良い匂いがしてくる。


「息子さん、この料理が気になるみたいだし」


「まったく、この子は……すみません」


 食欲を抑えきれない私が恥ずかしいのか、母は顔を赤くして私の頭をはたく。


 痛いけど、痛くない。


 さっきまでの罪悪感を刺激するビンタに比べれば、はるかに強く叩かれたけど、心は痛くない。


 むしろ、日常に回帰したかのようで、かすかに落ち着く。


「いいの、いいの、気にしないで。むしろ、私は嬉しいんだから」


 クトーラさんが言うには、村長やアプロアたちは、彼女が限られた食材と限られた調味料のなかで創意工夫をこらした料理を食べても、特に美味しいとかの感想とかがなくて、料理を作っても張り合いがないそうだ。


「食べ物なんて、腹が満たされれば、味なんてどうでもいいし」


 一緒のテーブルについているアプロアが、目の前の料理に対して本当にどうでもよさそうに言う。


 うらやましい。


 ナゾイモと薬草以外の食料に乏しい辺境の村で、アプロアの食事への価値観は、ある意味で正しいのかもしれない。


 アプロア、シャード、エピティスの三人も一緒に、前世でのいただきますに該当する、この村で一般的な神々と皇帝陛下への感謝の言葉を口にして、木皿に並べられた料理に手をつける。


 まずは、やや灰色っぽくて少し違うけど、前世でよく食べたフライドポテトにそっくりなナゾイモのフライを口に運ぶ。


 サクッとした軽やかな感触が口で響き渡る。


 これはフライドポテトとは違う、別の料理だ。


 でも、マズいわけじゃない。


 むしろ、美味しい。


 フォレストウルフの肉には及ばないけど、前世の食事にも劣らないレベルの美味しさだ。


 というか、手が止まらない。


 次々に、ナゾイモのフライが口のなかへと消えていく。


 手も止まらないけど、口も止まらない。


 少し歯ごたえがナゾイモフライの方がしっかりしているけど、食感はほぼスナック菓子だ。


 けど、前世のスナック菓子ほどのクドさはない。


 黒玉から採れた油で揚げたからなのか、揚げ物特有のコクはあるけどスッキリしていて、後味も重くなくて、むしろ、さわやかな切れのある清涼感すら感じる。


 それも、ミントやレモンなどで付け足した清涼感と違って、味に不自然さがなくていい。


 魔境で黒玉を食べたときは、苦みや渋みが強かった黒玉だけど、油にするとそういった面はあまり感じない。


 それに、絶妙な加減でかかっている塩がいい。


 農奴も口にする物なのに、それなりに貴重な塩をちゃんとクトーラさんは使ってくれている。


 それが、濃すぎず、薄すぎず、食べ続けるのに、ベストな塩加減でいいのだ。


 美味に支配された頭が、幸福な満足感に満たされると徐々に、理性を取り戻し始める。


 村長の妻でもあるクトーラさんの前で、がっつくように食べて失礼だったかと、恐る恐る視線をテーブルを一緒にしている他のメンバーに向けるけど、そこにナゾイモフライを一口食べて停止している面々がいた。


「ファイス、これはなんだ」


 手に持つナゾイモフライを凝視して動かない、真顔のアプロアが微妙に怖い。


 これも一種のカルチャーショックだろうか?


 時々、ナゾイモだけじゃなくて、パンも食べているアプロアでも、ナゾイモフライの味に衝撃を受けたようだ。


「イモだね」


 応じる私もアプロアとナゾイモフライの美味しさを共有できたようで、嬉しくなる。


「そうだけど、そうじゃない」


「もっと言うなら、黒玉の油で、揚げたイモだな」


 アプロアの様子をみると、この村で黒玉の価値は認められそうだ。


 エピティスとシャードの2人がフォレストウルフの死体をかついで帰ったことで、村は蜂の巣をつついたような騒ぎになって、村長を筆頭に色々な村の大人に聞き取り調査をされたけど、黒玉とタケノコの価値について大人たちは懐疑的だった。


 黒玉から油が採れるかもしれないと、主張したけど子供のざれごとと見なされてしまったように思う。


 でも、魔境でのお願いが効いたのか、アプロアが率先してクトーラさんに黒玉から油が採れるか試してくれとお願いしてくれた。


 まあ、アプロア自身も本当に黒玉から油が採れるって信じていたわけじゃない。


 それでも、クトーラさんへと真剣にお願いしてくれた。


 村長たちに雰囲気を考えるに、私が単独で黒玉から油を採ってくれと動いても、この村の大人たちは取り合ってくれなかったと思う。


 そうなると、仮に黒玉から油を搾れても、調理器具は大人が管理しているので、揚げ物に使わせてもらえなかったかもしれない。


 そう考えると、フォレストウルフに止めを刺してレベルアップしたのが、アプロアなのは色々と運が良かった。


「それは、そうなんだけど、そうじゃないんだ」


「どうした?」


「わからない」


「え?」


「この感覚がわからない。この感覚はなんだ?」


「感覚? その揚げたイモが美味しいってこと以外に、なにかあるの?」


 アプロアの戸惑いの理由がわからなかったから、ストレートに聞いてみた。


「美味しい……これは美味しいのか?」


「は? 私は美味しかったけど」


「そうか……これが美味しいか」


 なんども、これが美味しいかとつぶやきながら、アプロアは確かめるようにナゾイモフライを口に運ぶ。


「ハハハ、アプロアが私の料理を美味しいって言うのは珍しいね」


 クトーラさんの言葉に、照れているのかアプロアは沈黙で応じる。


「…………」


「この子のことは置いておいて、良かったらこっちも食べてよ」


 そう言って、クトーラさんが置いた木皿には、よく見かける緑色の物たちが鎮座していた。


「これは?」


「薬草を揚げてみたんだ」


「へぇ、薬草を…………薬草、ですか」


「そう、どんな感じになるか気になるんだよね」


 そうは言うけど、クトーラさんは自分で色々な種類の薬草の素揚げに手をつけようとしない。


 クトーラさんの目が語っている。


 味見して、と。


 クトーラさんの料理の腕を疑うわけじゃないけど、できれば薬草料理の一番手は遠慮したい。


 けど、なぜだろう?


 この場にいる全員が私に注目している。


 アプロア、シャード、エピティスは友人で、愛されていると確信できる母、親しくて信頼できる人間ばかりなのに、理不尽な同調圧力を感じてしまう。


 場の雰囲気は、私が味見して感想を言うのを待っている。


 薬草料理だから一番乗りで味見するのは遠慮したいけど、無理そうだ。


 小さく深呼吸をして、覚悟をきめる。


「…………では、食べさせていただきます」


 一礼してから、衣のない見た目はほとんど素揚げした山菜のような揚げた薬草を、ゆっくりと口に運ぶ。


 強烈な味と匂いに蹂躙されると、色々と内心で覚悟する。


 けど、覚悟は無意味になった。


 良い意味で私の未来予想は裏切られる。


 確かに、薬草特有の苦味や清涼感が、口に広がっている。


 けど、生や、ゆでたときに比べて、魂から呼び起こされるような拒絶感はない。


 というか、嫌じゃない。


 普通に食べられる。


 薬草特有の味や匂いはあるけど、少しクセの強い山菜レベルに収まっている。


 やっぱり、美味しいというレベルの味じゃない。


 けど、食えない味じゃない。


 薬草の味に、拒否感の強い私でも食べれる。


 というか、酒のつまみによさそう。


 ああ、ビールが飲みたい。


「薬草なのに、食べやすいです」


「そうか……じゃ、こっちはどうかな」


 ほっとした表情をしたクトーラさんが、次に並べた木皿には刺身くらいの大きさに切り分けられた黒い物体が並べられた。


「……これは?」


 黒玉の薄切りに見えなくもないけど、色合い的に濃淡のある黒が少しグロテスクで美味しそうには見えない。


「君が持ってきた、タケ……ヌコ?」


「タケノコですね」


「そう、それをゆでてみたの」


「そうですか、ではさっそく」


 木皿に並べられた黒い薄切りは見た目的によくはないけど、これがタケノコと聞いて心の内にある恐怖心と嫌悪感を強引に追いやり口へと運ぶ。


「これは……」


 口から脳へと駆け抜けたのは、予想外で衝撃的な味。


 口に入れるまではタケノコの水煮の味を予想していた。


 けど、結果はまったく違う味覚だった。


 でも、これは体験したことのない未知の味じゃない。


「えっ……マズかった? ダメそうなら無理に食べなくても」


 あまりのマズさで私が固まったと勘違いしたクトーラさんが声をかけてくる。


「いえ、マズいわけじゃなくて、予想外の味だったので」


「そう、無理はしないでね」


 このタケノコがマズくないという評価が信じられないのか、クトーラさんは心配しているような表情を浮かべている。


「ええ、大丈夫です」


 そう、大丈夫だ。


 この黒いタケノコは味にも食感にも問題なかった。


 でも……無性に米を食べたい。


 ラーメンでもいい。


 というか、むしろ、ラーメンと一緒に食べたい。


 なにしろ、このタケノコの前世でのメンマとほぼ同じだったから。


 塩とかの調味料なしで、漬けることもなく、掘って煮ればメンマになるタケノコ。


 実に素晴らしい。


 この味が村で広がって、タケノコの味が認められれば、ナゾイモや薬草と同じように農奴の食卓にも、日常的に並べられるかもしれない。


 村長たちによる魔境への調査結果によっては、子供の魔境への探索が禁止される可能性がある。


 できれば、自分でタケノコを採取したいけど、タケノコの味を知って大人たちが薬草と同じように採取してきてくれれば、ナゾイモと薬草だけの食事から解放される。

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