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転生者は斧を極めます  作者: アーマナイト


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10 苦行

 原因はなんだったのか?


 いつもの薪割りでも、自分自身への手本で、斧スキル全開の1撃目以外はスキルをオフにして振るっているから、そのクセでいざというときにスキルを使うということが、習慣になっていないことだと思う。


 だから、フォレストウルフと命がけの戦いをしていたのに、アプロアに指摘されるまで斧スキルを使っていないことに気づけないでいた。


 もっというなら、タケノコを斧で切ったときも、斧スキルを使っていない。


 スキルの存在しなかった前世の記憶を思い出したことで、少しだけスキルという存在を異質だと思って、スキルを当たり前のように使う感覚に馴染んでいないのかもしれない。


 という、反省のようなことをしてみるけど、目の前の現実は変化してくれなかった。


 私の前には、アプロアがいる。


 笑顔で立っている。


 両手には沢山の薬草。


「どうした? 早く食べないと効かないぞ」


 薬草を受け取らないでいる私をアプロアは不思議そうに首を傾げる。


 この薬草は食べないといけない。


 私の左腕は、フォレストウルフに噛まれたから、穴だらけで出血がヒドくて、おそらく骨も折れるか砕けるかしていて肘から先がプラプラしている。


 素人の目で見ても重傷だ。


 それに、この傷が痛すぎて歩くことができない。


 もっというなら、ささいな動作ですら、凶悪な衝撃となって左腕の傷を刺激する。


 激痛を引き起こさないために、彫像のごとく微動だにできない。


 一応、アプロアの採取してくれた薬草と、私の服の一部を切って確保した包帯モドキで、シャードが的確に応急処置をしてくれたから、色々とましにはなっている。


 包帯の下の傷の治りを早くする薬草、止血と痛み止めの効能のある薬草、解熱の薬草が効いているんだと思う。


 だから、出血死の危険は低くなって、これから傷が化膿して熱にうなされる心配も低いし、多少は動いても耐えられる痛みになっている。


 全快にはほど遠いけど、かなりましになった。


 けど、魔境を歩いて村まで帰れるほど元気かと言われれば、なかなか難しい。


 村に近ければ、最悪だけど大人の救援をお願いするために、4人を2つの組に分ける選択肢もあった。


 いや、昨日までの魔境の浅い部分への印象だったら、ここでも選択肢として存在しただろう。


 でも、比較的危険の低いと言われていた魔境の浅い部分で、フォレストウルフと出会った。


 これはレアケースなのかもしれない。


 でも、私たちには、フォレストウルフとの遭遇がレアケースだと判断する材料がない。


 まあ、それなら、アプロアに単独で薬草の採取に行かせるなって言いたいところだけど、アプロア自身に必要なことだって押し切られてしまった。


 そのときのアプロアの顔が、なかなか印象的で脳裏にずっとこびりついている。


 なにかに耐えるかのように、唇を嚙み締めて、この世の終わりのような深刻な顔をしていた。


 どうにも、アプロアは私が負傷したことを必要以上に、自分の責任だと感じているようだった。


 この4人でフォレストウルフと交戦して、被害が私の左腕の負傷だけですんだのだから、幸運だといえる。


 フォレストウルフと出会ってしまったのは最悪だけど、勝って生き残れたから悪くないベターな結果だった。


 でも、アプロアは自分がリーダーだから、私の負傷の責任も自分にあると思っているようだ。


 その責任感の暴走からなのか、アプロアは単独での薬草の捜索と採取をしてきてくれた。


 その結果として、応急処置で左腕に貼っても、両手で山盛りになるほどあまる薬草を、私のために採取してきてくれた。


 その行為は嬉しい。


 嬉しいけど…………つらい。


 いや…………頭では理解している。


 必要なことだ。


 魔境で採取できる薬草は傷口に貼っても効果はある。


 でも、口から摂取したほうが薬草の効果は大きい。


 アプロアの採取してきてくれた薬草を食べて、少し安静にしていれば、村まで歩いて帰れるていどには回復する可能性が十分にある。


 どう考えても、アプロアが差し出す薬草を食べるべきだ。


 理性は、すでに結論を下している。


 だけど、どうにも、感情が激烈に異議をたてる。


 主に、味覚的なことを理由に。


 こんな非常時に味かと、思うかもしれない。


 私も客観的に、ひとごとだったら、さっさと食べろよと思ったことだろう。


 でも、私は知っている。


 魔境の薬草はマズイ。


 死ぬほどマズイ。


 味覚という概念が崩れて、舌が壊れてしまうかと思うほどマズイ。


 そしてなにより、アプロアの差し出す薬草は、採取したててで新鮮。


 つまり、生だ。


 もっというなら、家の食事で出されているような調理がなされていない。


 調理と言っても、しょせんはゆでるか炒めるていどだろうと思うかもしれない。


 けど、それが大きな違いになる。


 調理した薬草もマズイ。


 でも、生の薬草よりはましだ。


 そもそも、調理しても、しなくても、味が変わらないなら、薬草を調理する必要がない。


 だから、毎食、わざわざ薬草を調理する意味はある。


 あの死ぬほどマズイ薬草料理ですら、生の薬草をそのまま食べることに比べればましなのだ。


 あの味覚的に限界な薬草料理よりも、薬草の生食はマズイ。


 …………やっぱり、食べろという理性を、マズイという感情と本能が拒絶する。


 でも、


「どうした」


 不思議そうに首をかしげる善意100パーセントの表情をしているアプロアを相手に、食べないとは言えない。


 そんなことをいったら、アプロアに手負いの友人からの拒絶という一生もののトラウマを植え付けてしまうかもしれない。


 平時なら、まだ、余裕があるかもしれないけど、私が負傷したことについて責任感が空回りしていそうな現在のアプロアだと、薬草の拒否を深刻に解釈されて、友人関係が崩壊してしまうかもしれない。


 そうなったら、私は罪悪感でのたうち回ることになるだろう。


 …………食べるか。


 深呼吸をしてから、アプロアが手する薬草に手をのばす。


「た、食べるよ」


「どうした?」


 薬草を受け取っても、食べようとしない私をアプロアは戸惑ったような表情を向けてくる。


 アプロアに、私の苦悩は理解できない。


 調理した薬草は日常的なもので、生の薬草を食べるのも珍しいけど、非常事態の応急処置としては標準的なもの。


 アプロアたちにとっては、前世でいうところの良薬は口に苦しのレベルで許容可能なマズさなんだと思う。


 村長の家の娘で、農奴の私の家よりも豊かな食生活をしているはずのアプロアにとっても、美味しいとは思わなくても拒絶するほどの味じゃない。


 私の薬草への拒否感は周囲に共感されることのない、なかなか寂しい孤立で、孤独だ。


 無意味な思考で、決断を先延ばしにしてみるけど、手にした薬草を食べないわけにはいかない。


 大きく息を吐いて、呼吸を止める。


 一気に、山盛りの薬草を口に押し込む。


 意識がフっと遠のく。


 視界と自我が白いモヤで覆われる。


 気を抜いたら、気絶してしまう。


 しかし、ここで気絶するわけにはいかない。


 気合を入れて、意識をつなぎ止める。


 味覚が蹂躙され、嗅覚が蹂躙され、正気が蹂躙される。


 のどが食べ切るという私の覚悟と相反するように、猛然と拒絶してきた。


 そのまま口のなかの薬草を吐き出しそうになるけど、体に害はないって自分に言い聞かせて、意志の力で口を閉ざしてから、そのまま無理やり飲み込む。


 …………最悪だ。


 1口、薬草を飲み込むだけで、精神がガリガリと削られた。


 良薬は口に苦い?


 そんなレベルじゃない。


 絶妙だ。


 このマズさは、単純に苦いとか、青臭いとかじゃない。


 思わず嘔吐しそうになる苦味、爽やかさと無縁の刺すような刺激すら感じる酸味、薄いのにやたらと自己主張している悪意のような甘味、野草を濃縮したような青臭いえぐみが、複雑に絡み合い遠く仄暗い絶望へと誘う。


 苦味が酸味を引き立てて、甘味が苦味を引き立てて、それぞれの特徴が相乗効果で増幅され、舌を攻めてくる。


 この薬草、新鮮で繊維がしっかりしているから、噛まずに飲み込むことができない。


 けど、薬草に歯を立て、噛めば噛むほど、絶妙な甘さをまとった青臭くて、レモンとミントの香りを悪意でかき混ぜたような臭いが、次々と鼻腔に流れ込んできて渋滞するかのように滞留する。


 息を止めても無駄だ。


 こちらの意志を無視して、臭いを感知してしまう。


 そして、薬草を噛めば当然、新鮮なエキスが口内にあふれ舌に広がる。


 慣れることも、治まることもない、マズさの無限ループ。


 1秒ごとに、マズさで意識が飛びそうになる。


 もう、いっそのこと、薬草の完食を諦めようかと思うけど、視線を前に向ければ心配そうにこちらを見守るアプロアがいる。


 そんな顔を見せられたら、食べれない……とは言えない。


 呼吸を整えてから、気持ちを落ち着ける。


 思い込む。


 ただ、ただ、思い込む。


 自分が薬草を粉砕して、飲み込むだけの機械だと。


 無心。


 手を動かし、口を動かし、飲み込む。


 機械的に、流れ作業のように動く。


 味覚と嗅覚が悲鳴を上げる。


 心が揺れて、感情が動きそうになるけど、必死に、無心だ、機械だって、自分に言い聞かせる。


 逆流させようとする胃や喉の反乱も、無視して意志の力で押し込む。


 おそらく時間にして、5分もたっていない。


 けど、主観的には、終わることのない永遠の絶望かと思われた。


 精神と感覚は摩耗しきっている。


 味覚と嗅覚については、機能しているかどうかを確信できない。


 ある意味では、私にとってフォレストウルフよりも強敵だったと断言できる。


 それでも、なんとか、アプロアの採取してきた薬草を完食できた。


「……アプロア、ありがとう」


 真っ白な凪いだ心で感謝の言葉を口にした。


「オレはリーダーだからな、これくらい当然だ」


 アプロアは嬉しそうに、笑顔で胸をはる。


 さっきまでの思いつめたような表情が、ようやく緩んでくれた。

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