9.はじめての蔵(9)
夕食のあと、カナコはひとりあてがわれた八畳の和室の真ん中、ふとんの上に体育座りでまるくなっていた。
ショックを受けていた。
母のあずさに電話をかけたら
「……ユウジ?だれそれ?」
と、サナエおばと同じことを言われたのだ。
おばはまだいい。しかし母親に弟の存在を否定されるのはたえられなかった。
弟が消えた。いや、もとからそんな男の子はこの世にはいなかったことになってしまっている。
いま、この部屋に自分以外の荷物はなにもない。ユウジのリュックサックやなにもかも、弟がこの家に来た痕跡はまるで無くなっていた。
おばは、カナコが慣れない家で精神的にちょっと不安定になっていると見なして、なにも言わずそっとしている。
夕飯をろくに食べなかったカナコのために、枕元におにぎりをおいてくれていた。
しかし、そんな気づかいがぎゃくにカナコの心を逆なでていた。
(そんなことじゃなくて、ユウジのことなのよ!)
事態を受入れることができなくてカナコは混乱していた。自分の頭がおかしくなったのだろうか?ひとりっ子のさびしさから、いもしない架空の弟を頭の中でかってに作り上げてしまった?
——いや、そんなことはない。いままで、さんざんいっしょにご飯を食べたりあそんだりケンカしたりした弟がすべてまぼろしだなんてあるはずがない。
自分の弟・垂上侑治はまちがいなく生きていて、自分といっしょにこの家に来たのだ!
でも、だれも弟のことをおぼえていないとなると、いったいどうしたらよいのだろう?
ねむることなどとてもできず、とほうにくれて、うずくまって泣いていると
「なげきめされるな、女童」
枕元からかそけい、しかしはっきりと聞こえる声がした。
おもわず顔を上げると
「……土人形?」
なんだか、ぼってりとした粗末な粘土人形が畳の上に置かれていた。目も口もいいかげんにひっかいてつくっただけの荒い作りのものだ。
この和室は、来客用の部屋らしく、飾りとして棚に千代紙の折り紙細工がいくつかかざってある。しかし、こんなできそこないのハニワのような人形はどこにもなかった。
いったいだれが……ふしんに思ってみわたすと
「どこをごらんです?話をしているのは、それがしですぞ」
すこしふるえながら声を出しているのはまちがいない、この土の塊からだ。