4.はじめての蔵(4)
姉弟はまだスマホなどを持たせてもらってはいない。
いつも親のタブレットを借りてアニメを見たりしていたのに、それもできない。
「二日ぐらいなら、家の中をめぐったりしてなんとかなるでしょ。あたしは本も持ってきたし……」
「ぼくはそんなのないよ。外行って遊んじゃだめなのかなぁ」
「あぶないから、やめてほしいって言ってたわよ」
「じゃあこの家の中でなんとかしないとね——でも、ねえちゃん、この家本当にさむいね」
「うん」
三月の末だというのに、台所・炊事場は寒々しく、じっとりしている。
「ねえちゃん、あれなんだろう?虫かご?」
ユウジが、すみに置かれた針金でできた四角いかごを指さす。
「ネズミとりじゃない?」
「うへっ、この家ネズミ出んの?いやだな、かじられたら」
カナコもユウジもほんもののネズミなんて見たことが無い。明るいマンション暮らししか知らない姉弟は、慣れない雰囲気にちょっと気圧されていた。
「——でも、ほんと古い家だよね。おとうさん、よくこんな家に住んでたね。信じられない」
信じられないのはカナコも同じだった。ふだん明るく、いかにも現代のビジネスマンという感じの父親がこんな昔風の家で生まれ育ったというのは、意外でしかなかった。
なんでも、父の父母・つまりカナコたちの祖父母はカナコが生まれる前に亡くなっており、そのあとはずっとサナエおばさんがひとりでこの家に暮らしているらしい。
相続のこととか、ほんとは話し合わないといけないことがたくさんあるのに、兄妹のあいだでろくに話もせずほったらかしでこまると、母がぼやいているのをカナコは聞いていた。
おとうさんはサナエおばさんと仲が悪いのだろうか?ロクに会うこともないみたいだし、おかあさんの言うとおりなんだかヘンだ。
まるで、おとうさんはこの家のことがあまり好きじゃないみたいに見える。
いったいなんでなんだろう……そんな考えごとにふけっていると
「ねえちゃん、ねえ、ねえちゃんったら」
弟のかける声で現実にもどった。
「まったく……ぼうっとしてたらだめじゃないか。ねえちゃんってほっといたらすぐそうなる。とっとと家の中を見てまわろうよ」
「あっ、ごめん。そうね」
はやくにお茶を飲み終え、じれったそうにうずうずしているユウジにうながされてカナコは立ち上がった。
たしかに今は、そんな考えてもわからないことを思うより、せっかくはじめて来た父親の実家を探検する方が発展的だ。
「発展的」という言葉は商社に勤めている父親がよく商談の場で使うフレーズらしくて、カナコもつられて、よくつかっていた。