39.ひな祭り(4)
「なにこれ?」
ひなあられをかじりながら、ユウジが小さな雛道具を指さす。
カナコが
「これは貝桶よ。貝合わせをして遊ぶの。あんたったら、もうわすれちゃったの?」
「なんのこと?」
姉とちがって、弟は蔵の中でのことをまるでおぼえていないらしかった。
(まあ、無理ないか)
ねっころがってあられを口に放りこむユウジに、男雛として気高くふるまっていた時のなごりは一切ない。
「それよりカナコ、さっきあんた蔵のわきに、なにか持って行ってたわね。なにあれ?」
母にたずねられたカナコは
「ああ。あれは生卵だよ」
「生卵?」
「うん、ミイさまへのお礼。みんなを守ってもらったから」
あずさがふしぎそうにしていると、サナエが
「ミイさま?ああ、アオダイショウのこと?カナコちゃん、あれを見たの?そういや、むかしは害虫を食べてくれる蔵の守り主として、よくそんなお供えものをしてたけど、最近はすっかりわすれてたわ。……それより、アオダイショウに生卵を供えるとよろこぶだなんて古い習わし、よく知ってたわね」
「へへ。ちょっと人に聞いて……」
ほんとうはミイさまに直接リクエストされたの、とはさすがに言えなかった。
それが、カナコにアオダイショウが力を貸す大きな代償だったのだ。ながいこと鶏の卵を口にしていないと言っていたから、たぶん今ごろ、よろこんで飲みこんでいるのにちがいない。
「それとあんた。なんでそんなものを大事にしているの?」
母がたずねるカナコの手にあるのは、黒こげの蔵の中でひろった、千代折り紙の燃えさしだった。
「——ああ。これは、あたしの皮だったから、記念に置いとこうと思って」
そんなカナコのことばにみな、けげんな表情をうかべるなか、ただユウジだけが
「そうだね。ねえちゃんにはそれが一番よく、にあってたよ」
と、いたずらっぽくわらった。
おしまい




