38.ひな祭り(3)
「せっかくだからかざりつけてみたの。むかしのふるい暦でなら、ちょうど今日が桃の節句だしね」
ほかの人形たちや雛道具もみんな、ぼろぼろではあるが、ちゃんといる。なじみぶかい弁慶人形やお多福人形のすがたもあった。
カナコは裸の稚児人形を手に取ると、思わずいとおしげに頬ずりした。
あずさはふしぎそうに
「あんたがそんなに人形が好きだなんて知らなかったわ。ふだんはぬいぐるみもほしがらないのに」
「ここの人形たちは特別なの」
「ふうん……まあ、つくりは上等そうよね」
そんなおしゃべりをはじめる親子の横で
「ひさしぶりだなぁ、ひなまつりなんて」
と、つぶやくコウジに
サナエは
「そうね」
と、ほほえみ返すと、棚から写真を一枚取り出し雛飾りの前に立てかけた。
それは、カナコも見た古い家族の集合写真だ。目の前の女雛人形によく似た少女のすがたもあった。
「——せっかくだからいいでしょう?」
「ああ。そう言えば、ユキエはひな祭りが好きだったな」
「ええ」
そのあと、兄妹はしばらくだまりこくって写真を見ていた。
おそらく彼らがユキエという名を口にしたこと自体、ひさしぶりだったはずだ。
「サナエも好きだったのか?ひなまつり」
「そりゃ、女の子だもの。好きよ」
「——そうか。わるかった」
そんなコウジとサナエのようすを見て、あずさはうれしそうにしていた。
なんでも、兄妹は今度の事件をきっかけにすこし話をしたらしい。
細かいことはわからないけど、まったく顔も合わさなかったふたりが話をするようになったことはいいことなのだろう、とカナコは思った。
ほったらかしたままだった垂上邸の管理についても、ちゃんと兄妹で話をしていくことになったらしい。
蔵はどうなるかわからないが、人形はのこすそうだ。
ひな菓子と甘酒をいただきながら、みんなでひな遊びをした。
「あたし、ひな遊びをするのってはじめてよ。こうやって見るとかわいいものね、人形って。かじりつきたくなっちゃう」
サナエおばも、メガネをずり上げながらたのしそうに人形遊びに興じている。




