36.ひな祭り(1)
カナコが目をさますと、見なれぬ天井が見えた。
横を見ると
「あっ、ユウジ」
すっかりもとの小学三年生のすがたにもどった弟が、ベッドですやすやと寝息をたてている。
「やあ、目がさめたか」
声をかけたのは
「おかあさん……おとうさん……?」
そこにはなみだぐむ母のあずさ、そして父のコウジのすがたがあった。
「ああ、カナコ!よかった、目をさましたのね」
抱きついた母親の感触で、自分がもう折り紙細工のトカゲではなく、もとの人間のすがたにもどったことがわかった。弟とおなじくベッドに寝ている。
どうも、ここは病院の一室らしい。
「どうして、あたしこんなところに?それよりあたし、トカゲだったのに?」
「トカゲ?なにをねぼけたことを言っているの?ああ、薬がまだ効いているのね。あんたは二日も意識をうしなって、たまに目を開けても夢うつつの状態だったんだよ」
「二日?意識をうしなう?なんで?」
あずさはこわい顔になって
「そのことについては、あとでゆっくり話さないとね。あんたとユウジはサナエおばさんに入っちゃいけないと言われた蔵に入ったね。そこで電気を点けた。あそこは配線が古いから漏電をおこして火事になってしまったんだよ。あんたたちは煙にのまれてしまった。サナエおばさん、そしておとうさんが助けてくれなかったら命を落としていたところだったのよ!」
(やっぱり火事!あれ?でも、あれはネズミがかじって……それに)
「おとうさん?なんでおとうさんが蔵にいたの?泊まりの仕事じゃ……」
おとうさん……コウジは、おだやかな表情で
「こどもをただあずけて知らんぷり、とはさすがに兄妹でもまずいと思ってね。仕事をどうにかぬけ出してサナエに礼を言いに来たんだよ。そしたら蔵から煙が上がっているだろう?びっくりしたよ。まあ、さいわいなことに二人とも煙もたいして吸いこんではいないらしいから明日にでも退院できるそうだ。
——それと、サナエおばさんにはちゃんとお礼を言うんだよ。わたしといっしょにおまえたちを引きずり出してくれたんだ」
「——はい、おとうさん」
(たぶん、ほんとうはもう一人礼を言わなきゃいけない人がいるはずだ)
すなおに両親のいうことを聞きながらも、サナエは頭のはじっこでそうつぶやいた。
「ふにゅう。……あれ、おねえちゃん?もう、ごはんの時間?」
寝ぼけた声でユウジがめざめた。




