35.人形蔵(6)
「きゃあっ!こっちに来る!」
「ええいっ!おちつけ!あわてず、逃げ道を確保するのじゃ!」
男雛の命令にもしたがわず、ただあわてふためき逃げまどう人形にネズミたち。
さすがのアオダイショウも火にはどうすることもできずにのたくりにげている。
「こわいよ、おねえちゃん。火がやってくる」
ユウジも男雛だった時のおおしさはすっかり失せて、姉にしがみついてきた。
そうしているあいだにも火の勢いは広がるばかりで、のがれようもなくなってしまった。みな壁のはじに追いこまれ
「もう火にのまれる!」
そうあきらめかけたとき、ひとり、火に立ち向かう人形があった。
女雛だ。
十二単の裳裾をそそと引くと、ふりかえり
「なんで今まで、あたしが封をされたままここにとどまっていたのか、やっとわかった。あたしはこの時のために蔵にいたのね」
「ユキエ……おばさん?」
女雛はカナコたちに向けて
「コウジのこどもは……自分が守るぞえ」
いかにも雅にほほえむと、檜扇をゆらめかしながら火にむかって進んだ。
すると、まるでなにかふしぎな力がはたらくかのように火の渦はさかまき、追いこまれた人形たちからは遠ざかる。
しかし、その引きかえのように女雛人形は火に飲みこまれていった。
「ユキエ!」
「ユキエ姉さん!」
男雛と御大将が女雛を追いかけ、火に飛びこんでいく。
そのさまをカナコや人形たちは息をのみ見送るしかなかった。
そうしているうちにユキエ……女雛のおかげで、いったんは弱まったかのように見えた火が威勢を取りもどし、ふたたびのこされた人形たちにせまる。
「おねえちゃん……こわいよ」
「だいじょうぶ。あたしがいるから」
やっと取りかえした弟をこんなところで失うわけにはいかない。
しかし、目の前にはせまる熱と火の粉、そしてけむり。それらに耐えているうちにカナコの頭はもうろうとしてきた。
(だめ……こんなところで……せっかく見つけ出したのに……)
弟を必死に抱きかかえたまま、折り紙細工に身をつつんだ少女の意識は遠のく。
「……カナコ!ユウジ!」
遠くから自分たちをよぶ声が聞こえた気がした。




