34.人形蔵(5)
「なにがなにもないよ!ユキエ姉さんがいなくなったあと、お父さんもお母さんもお兄ちゃんも、ユキエ姉さんのことばかりで、ちっともあたしになんかかまってくれなかったじゃない!」
そして、女雛をにらみつけて
「——にくい雛人形!
ふたごで生まれたからって、男雛と女雛は、ふたりに似せたおそろいの顔になってる。でもお父さんもお母さんもユキエがいなくなってからは顔を見るようでつらいって、一度も人形を箱から出さなかった。おかげで、あたしは一度も満足なひな祭りをしてもらったことも無い!
なんなのよ!あたしだって、お父さんとお母さんのこども、それもまだ生きてるこどもだったのに!あたしの人形はどこにもないなんて!だから、あたしはこんなネズミにならなきゃいけなかったのよ!……くやしい!」
そのさけびは、最後には泣きくずれたものになっていった。
それに対して女雛……ユキエおばさんは呆けたようにつぶやいた。
「そうか……あたしは、もうこの家にいないのね、気づかなかった。なにせ、ずっと一人で箱の中にいたのだものだから……なんで封をされたのかもわすれてしまっていたわ。ただ、さびしかったのよ。だって、となりにいるはずのお兄ちゃんもいなくなってしまっていたから」
そして、カナコに抱きかかえられたユウジを見て
「だから、その子が封を開けてくれた時はうれしかった。お兄ちゃんが帰ってきてくれたと思ったの。なにせ、とてもよく似ていたから——ああ、だから、知らないうちにあなたを引きこんでしまったのね、ごめんなさい」
そして、ネズミ……妹にむかって
「サナエがあたしがいなくなったあと、そんなに苦しむことになっていただなんて知らなかった。ごめんね、あたしのせいで……」
と、やさしく語りかけた。
男雛も
「おれも気づかいがたりなかった……自分のことで手いっぱいだったんだ」
と、あやまる。
「うぅぅ、おねえちゃんのバカ……かってに死んだりしちゃうから、ややこしくなったんだよぉ」
泣きじゃくるネズミを、蔵の中のものすべてが、だまって見つめていた……
そのとき、カナコはなにかコゲくさいにおいがするのに気づいた、と思うと蔵の照明がチカチカ点滅して、すっと消えた。
ネズミがさわぐ。
「あっ!火だ!」
なんということだ!電線がやぶけて火をふいている!
さっき御大将がかじったからだ。
蔵には燃えやすいモノしかない。あっという間に火が広がる。




