31.人形蔵(2)
『——えっ?あなたが朝霧丸持ってるの?』
『そうよ。中庭を散歩中に、たまたまひろってな』
『なんで、人形に返さなかったんですか?』
『そりゃお前、聞かれなかったからさ。人形たちはわしをおそれて、わざわざ話を聞きになど来んからな。今おまえが来たから言ってやっているのだ。聞けばすぐにでも返してやったのにな。なにせ、こんなもの喰いもできない』
ミイさまはネズミをしめつけつつ、チロチロと舌を出してわらっているように見えた。
朝霧丸と聞いてネズミたちも後ずさる。名刀の威力を知っているのだ。
「そうか!これで百人力じゃ、見ておれ!」
と、男雛が受け取った刀を鞘から引きぬこうとしたが
「……うむ?いかがしたことじゃ?まるでぬけぬぞ」
と、思いもよらないことを言う。
「えっ、まさか、サビついているとか?」
カナコが言うと、若さまはとまどいがちに
「いや、そうではなさそうじゃ。……それより、そもそもこれは『ほんとう』に、わしのものなのか?」
と、つぶやいた。
「なにをとぼけたことを言っているの?朝霧丸は若さまにしかあつかえない刀なんでしょう?」
あまりのことにカナコが呆然としていると、刀がぬけないことに気を取り直したネズミがはたからおそいかかってきた。
「きゃぁっ!」
「あぶない、トカゲ!」
身を艇してカナコをかばったのは
「……えっ?若さま?」
苦しげにうめくのは男雛人形だった。
「——無事か?トカゲ?」
おなかのあたりをかじられ、せっかくの上等な狩衣が破れてしまっている。
その下から見えるのは
「——えっ?血?」
人形にはあるはずのないまっかな血が、流れていた。
「まったく……ぼうっとしてたらだめじゃないか」
「えっ?あなた、まさか……」
そのままくずれる男雛をあわてて抱きかかえるカナコに向かって
「でかしゃった、女童!朝霧丸を見つけてくださったか!」
蔵の入り口に立って声をかけるのは
「土人形!?無事でいたの?よかった!」
あらゆるところをネズミにかじられ、粘土がぽろぽろ落ち崩れているが、竹串を手にした土人形は元気いっぱいのようすで、またたく間にカナコたちのそばに駆けよると、落ちた朝霧丸を手に取り、なんと鞘から——
引きぬいた!




