29.ミイさま(3)
カナコの怒りに影は一瞬きょとんとしたが、そのあとにはたっぷりふるえて
「ハハハッ!これはおかしい。わしも長いこと生きているつもりだったが、あれが人間だとは。人間とはあのようにゲコゲコ鳴くものか?」
——えっ?ゲコゲコ?どうも、おかしい。
「あなたが食べたのって……」
「あれはどう見てもカエルだったな。とはいえ、実のところわしはあれを食べておらん。こどものころならよろこんで食べたが、わしももうよいオトナじゃし、べつにいま腹もすいてなかったのでな。食わずに逃がしてやった」
つづらに入っていたのがカエル?ということは、ユウジはいったいどこに?
わからないことだらけだ。カナコは頭が混乱したが
(いや、いまはそれより……)
ユウジが食べられていないのなら、このミイさまにたのみたいことがある。
「今、蔵の一階二階にはガリガリ……ネズミたちが攻めてきています。知っていますか?」
「ああ、なんだかかしましいな。しかし、わしの知ったことではない」
「人形たちがこまっているの。助けてくれませんか?そのために彼らはささげものを持ってきたんです」
しかし影はつれなく
「いやだね。第一、わしはそのささげものを受け取っておらん。カエルはもう逃げおった。たしかにわしはネズミを食すこともあるが、いまはそんな気分ではない。さっき屋根の上で小鳥を一羽とらえて喰ったとこなのでな。腹など減っておらんし、大勢のネズミどもを相手にするなどおっくうだ。正直、年なのでな。下まで降りるのもめんどうよ」
「そんな……そんなこと言わずに助けてあげてよ」
必死にたのむ人間をおかしく思ったのか、影は
「……まあ、動いてやらんということもないがな。タダとはいかぬ。おまえは中身が人間なのだろう?ならば、それ相応のものをいただかねば取引は成り立たぬ。手助けするなら、その代償にわしが求めるものは、とてつもなく大きいものだ。それがおまえにはらいきれるかな?」
影の奥からちら見える赤い光に、折り紙細工のトカゲは息を止めて向きあった。




