21.ふたたび蔵へ(10)
カナコはちらちらとつづらを見ながら、ネズミが侵入してのこした足跡やしっぽの引きずり跡などのよごれの後始末をしていた。
「この蔵中になんとけがらわしい。よくふいておかしゃれ」
キイキイさわぎながら指示を出すのは官女人形の青葉だ。
今のところ、ミイさまにつづらの生けものをささげるのは、若さまの判断で止まっている。
ミイさまは蔵の上の天井に住んでいて、たしかにガリガリに対抗できる力を持っているらしいが、とても気ままで、へたに機嫌をそこねるとガリガリ以上におそろしい目にあうから、安易にその力にたよることは、はばかられるのだという。
若さまとしては、なんとか自分たちだけの力でガリガリを制圧したいらしかった。
「若さまの気はわかりまっけど、どうですか?すなおにミイさまにささげものをして力をおかりした方がよろしいと思いますけどなぁ」
「あっ……はい」
お福さんのおしゃべりに返事をしながらも、カナコの気はそぞろだった。
あのつづらが気になってしかたない。おそらくあの中にユウジがいるのだ。しかし、カナコはつづらに近づくこともできなかった。ミイさまへの大事なささげものになりうるということで、厳重な見張りがついていて下々(しもじも)の人形には近づくこともできないのだ。
「あの中にいる生けものってなんですか?」
とたずねても、
みな
「そりゃ、生けものは生けものだろう?」
と、しか言わない。
どうやら人形にとって生物は、虫も人も大して差がないらしい。
あんなせまいところに押しこめられて、ユウジはさぞ弱っているにちがいない。自分だって今こうやって折り紙の皮をまとっていて動きにくくてしかたないのだから、あんなせまいつづらの中で動けずにいるのはどんなにつらいだろう。
そう思うと、いてもいられず救いに飛びだしたいが、それではおそらくユウジをたすける前に自分が人間であることが知られてしまう。
それだけは避けなければならない、と土人形に固く言われていた。
(でも、ユウジをつかまえたのは、あの若さまだったのか……)
そう思うと、ふたたび見回りに出た、あのきびきびとしたすがたもにくたらしい。
なんとかスキを見てユウジを救い出そう。そう思って汚れをふいていると官女人形の八重に手まねきされた。どうもほかの人形に気づかれぬように呼んでいるらしい。
カナコは不審に思ったが、すなおにそのまねきに応じた。
「——トカゲ。おぬしにたのみがある。きいてくれるか?」
蔵のはじっこで、カナコは八重にささやかれた。




