20.ふたたび蔵へ(9)
「そうか、やむをえんな。ところで弁慶、きゃつはどこから入ってきおった?」
「西壁でございまする。やはり、時の流れとともに蔵の壁の一部がずいぶん傷んでおりましたようで、かじり入られました」
「穴は急いでふさげよ。——しかし、ガリガリどもに壁が弱いのを知られたのは問題よな」
若さまのことばに、老人の随身人形も神妙な面つきで
「はい。蔵の二階までガリガリが侵入してきたのははじめてでございますな。
今回はさいわいにして一匹だけでございましたが、もしこれが群れで入ってこられると思うと……蔵まわりの警備を厳しくせねばなりますまい」
「朝霧丸さえ見つかっておれば、たかがガリガリめらに後れを取ることなどないのじゃが……」
若さまはくやしげに言うが
「現実問題として見つかっていないもののことを言ってもしかたありますまい。
……やはり、若さま、姫さま。こうなってはやむをえませぬ。天井裏のミイさまにご助力をあおぎましょう」
と、老人随身は注進した。
人形たちは「ミイさま」という言葉を聞くとギョッとして
「ミ、ミイさまですか?」
「しかし、いったいどのようにおはなしを」
「そうだ、あの方はガリガリよりおそろしい」
と、さわぐ。
そんななか若さまはおちついて
「……たしかにミイさまが力を貸してくだされば万人力じゃ。されど、いったいどのようにしてあの気むずかしいお方のごきげんを取るのじゃ?ミイさまはわれわれ人形のことなど特に気にも止めておられぬぞ。あの方にお願いするとなると、少なくとも引きかえになにかのささげものをせぬわけにはいくまい」
随身人形は
「ささげものなら、よいものがあるではございませんか。若さまが昼間におつかまえになったものでござるよ」
若さまは顔をしかめて
「あれか?されどあんなもの、ただ、わしがたわむれにつかまえたものじゃぞ」
そのことばによって人形みんなの視線が集まった先にあるのは、棚のはじに置かれたひな道具のつづらだった。人形から見るとかなり大きいものだ。
カナコは今までそんなものが置かれているのにも気づいていなかったが、どうやら、その中にはなにかが入れてあるらしい。よく聞くと、ちいさくフゴフゴという声がもれている。
「——まあ、生ものじゃからな。たしかにミイさまも受け取るやもしれぬ。あんなものでミイさまの協力が得られるなら安いものじゃ」
いけもの……ということはあの中にいるのは人形ではなく、なにかの生き物?いったいどんなだろう……と、そのつづらをしげしげと見ているうちに、あることに気づいてカナコは息がつまりそうになった。
つづらのふたからはみ出ている布……それは朝、自分が弟……ユウジに持たしたハンカチにちがいなかったからだ。




