19.ふたたび蔵へ(8)
その知らせを聞いたとたん
「ひぇぇぇっ!」
二階の人形たちはあわてふためきパニックになった。
カナコには何がなんだかわからないが、一階から門番人形たちとなにものかがあらそう音がたしかに聞こえる。
その合間には、キィ——キィ——、チュウチュウと鳴く声が……えっ?あの声って、もしかして……
「あんさん、なにしてるんだす!早よお逃げ!」
階段を駆けあがってあらわれたのは、一匹のネズミだった。
口には、かじり取ったらしい人形の腕をくわえている。ドブネズミだろうか、ずんぐりむっくりとした体にシッポが長い。
ネズミも小さいハムスターぐらいならかわいく見えるが、自分より大きくなられたら、もうただのモンスターといっしょだ。よだれをたらしてうめくそのすがたはおそろしいことこの上ない。
(やだ!あたしの方、むかないでよ!かじりついてくる?)
しかし、侵入してきたネズミはカナコのようなささいな折り紙細工には大して興味がないようだ。ネズミがねらいをつけたのは
(あっ!姫さまだ!)
おつきの人形たちは主をなんとか守ろうとするが、みんな恐怖で体が動かないらしい。
そのすきにネズミがとびかかって、あぶない!
——びぃいん!
そこに間一髪、鋭な音とともに飛んできて、ネズミの目に突っ立ったのは矢だ!
「ええい!そこな下郎めが!蔵中に入った上、姫さまにおそいかかるとはゆるせぬ!失せおれい!」
駆けよったのは、男雛……若さまだ。随身人形からうけとった槍をネズミの背中に突き立てる。
たまらず、ネズミは逃げ出した。
「ちえぃっ!やはり朝霧丸でなくてはしとめきれぬか?」
随身たちがネズミを追い立てるのを若さまは確認すると、ふりかえって膝をつき
「ご無事でございますか?姫さま」
と、いたわりの声をかけた。
女雛人形は顔色は悪くなってはいたが気丈に
「自分は息災でございまする。それよりも下々(しもじも)が御難ではございませぬか?」
たしかに、下から上がってきた弁慶人形などは右腕をネズミにもぎとられてしまっていた。
「——なんの。右が無くとも左の腕で刀はにぎりますわい。それよりもガリガリなどの侵入を許してしまい申し訳ありませぬ」
と、いかにも豪傑らしい謝りを入れるが、そのすがたは痛々しい。
ネズミを追った武者人形たちは、もどってくると
「申し訳ありませぬ。ガリガリめには逃げられもうした」
と報告した。




