10.はじめての蔵(10)
「つ、土がしゃべった?」
カナコが思わず声を上げると、人形はふきげんそうに
「ただの土ではござらぬ。それがしも立派な人形ですぞ。あなたの弟君がつれさられたのをあわれに思い、かくのごとくまいったものです」
と、こたえた。
人形がしゃべるおどろきよりも「弟」という言葉にカナコは反応した。
「あなた、ユウジのことを知ってるの!?」
「ええ。今日、見知っただけですがな。なにやらちょこまか動く、わわしい男童どのでおりゃるな」
人形のことばにカナコはなみだが出そうになった。——そうだ、あたりまえだ。ユウジが、弟が存在していないなんて、そんなばかげたことがあるはずがないのだ。ただ、そのことを知っているのが自分と目の前にいるこの土の塊だけというのがかなしい。
「つれさられたって……なんでみんな——おかあさんまでユウジのことをわすれちゃったの?」
と、息せきこんで土人形にたずねた。
「それは、ひとえにあなたの弟君の乾蔵でのふるまいが悪しうござる。それがしはその場に居あわせたわけではないから、くわしうは存ぜぬが、おそらく弟君は内裏人形がおさめてある箱の封をお破りになられましたな」
「あのおひなさま!?」
たしかに紙の封が破られていた。あれはやっぱりユウジが破ったんだ!
まったくあのバカ弟!
「あの雛は事情があって、封が閉ざされておりました。それを何も知らぬ男童が開けておしまいになった……」
土人形はさも気の毒そうに言った。
「どういうこと?」
「弟君は、あの蔵の内裏人形の世界に引っぱられてしまったのでおりゃるよ。もはや、そこは人外の世界。ふつうの人間としてのありようではなくなってしまい、弟君の記憶もこの世からうしなわれてしまったのです。
あなたは蔵の中におられたから、まだ弟君のことをおぼえておられる。しかし蔵外のものにとって、弟君は初めからこの世におらぬものとなりもうした」




