敗者の代償
会長室には、ホログラムモニターでバトルの様子が生配信されていた。
エッカルトは拳を握りしめている。この状況で無力な自分が許せない。
しかし、勇敢に、懸命に戦うアーサーの姿を見ると、胸が熱くなる。
「ウォルト様。どうかお力を。。。」
エッカルトはささやくような声で呟いた。
「イライザバトル。的当対戦の勝者。アーサー・ロジャース」
アーサーの勝利でバトルが終わると、エッカルトは胸を撫でおろし、安堵の表情を浮かべた。
アーサーはエッカルトの胸に拳をトッっと当て
「そんなに俺は頼りなかったか?」
とくしゃっと笑った。
2人の周りには和やかな空気が流れた。
「くっそぉぉぉぉ!!!!!」
会長室にエンニオの声が響き渡る。
エンニオは地面に膝をつき、床を殴りつけている。。
「ぼっちゃん。やめましょう。」
「そうです。これ以上傷つくのは見てられません」
エンニオの部下たちは子供をあやす様に言った。
部屋の中心に再びリボルが現れた。
「さて、勝者アーサー。そなたの望みはエンニオが持っているイライザバトルの情報開示だったな」
「あぁ。だがエンニオがあんな状態では聞き出せないだろう」
「問題ない。イライザバトルで勝ち取ったものは絶対だ。」
アーサーはリボルを疑った。
あんな状態のエンニオから本当に情報を聞けるのか。
怒号を発しているエンニオにアーサーはゆっくりと近づき
「エンニオ。このバトルについて知っていることをすべて話してくれ。」
エンニオの目つきがとろんっとし、ゆっくりと立ち上がった。まるで何かに操られているかのように。
「このスイッチは盗み出したものだ。もともとある組織がこれを所持していた。」
「その組織とはどういう繋がりなんだ?なぜ盗めた?」
「俺の親父。メイデン・ベネッリはその組織とバトルをした。結果は無様な敗北。おかげで俺たちはあいつらに支配されたよ。金も住むところもなにもかも失った。このスイッチはあいつら組織の中に入った時に盗んだんだよ。いつかあいつらに復讐するためにな。」
「君の父はどうした。死んだと言っていたが。」
「俺の親父は死んだも同然だ。なにしろ身体を支配されちまったからな。このバトルの敗者は勝者の言うことを聞くしかないんだ。」
「その組織はなんという組織だ。なにを企んでいる?」
「組織の名前はTSURUGIだ。なにを企んでいるかはわからない」
TSRUGI・・・聞いたことのない組織の名前だ。
「一旦、終わりにするか。もういいぞ。エンニオ」
その時、ホログラムがパッと部屋を照らした。
「親父!!!」
エンニオが目尻に涙が滲む。
あいつがメイデン・ベネッリ。パリッとした白いスーツを着ている。
メイデンはどすのきいた渋い声で
「エンニオ。お前なにしてんだぁ。」
「親父。親父。ごめん。ごめん。」
エンニオが子供のように泣きじゃくっている。
丸まった小さな背中をアーサーは眺めている。
正直、なぜこんなに泣いているのか。悔しがっているのかわからなかった。
「エンニオ。おめぇやるじゃねーか。あいつらからそのスイッチを盗み出すなんてな。さすが俺の子だ」
「おっと。ちょっと待てよな。今、愛する息子とファミリーと話してんだろが。」
メイデンの身体は抵抗しているように見えるが、少しずつどこかに向かって歩いている。
ホログラムがもう一つパッと映し出される。そこには高層ビルの屋上の縁にいるメイデンの姿があった。あと少し前に進めば地上に落ちてしまう。
「おい!てめぇら。」
メイデンの声のトーンが少しだけ高くなった。
「いいか!お前たちはおれの希望だ。よく飯を食って、楽しく!派手に!かっこよく生きろよ。愛してるぜ」
そういうとメイデンは一歩前踏み出し、高層ビルから落ちていった。
その瞬間ホログラムは消えていった。
エンニオや他の部下たちは泣きわめている。
エッカルトがふとアーサーに目をやると今まで見たことのない表情をしていた。
アーサーが怒り狂っている。
眼をカッと開き、金属製の拳をぶるぶると震わせている。
「リボル。これは負けた代償か?なんなんだ。」
アーサーの声は小さくリボルに説いた。声は小さいが怒りがこもっている。
「バトルに負けた代償の一部だ。勝者は絶対なのだ。」
「つまりは、その勝者が命じたのか。」
「イライザバトルとはそういうものだ。」
アーサーの怒りは頂点に達し、拳を振り上げ会長室の机を真っ二つに割った。
エッカルト、エンニオ、ベネッリ・ファミリーたちがあっけにとられている。
「リボル。勝者は絶対なのだな。」
「そうだ。どんな敗者を支配することができる。」
「ではおれはこうする。エンニオを支配するのを放棄する。」
エッカルトはふっ微笑んだ。
アーサー様らしい選択です。
アーサーはあっけにとられているエンニオに近づき、そっと肩に手を置いた。
エンニオの目には大粒の涙が溜まっては落ちている。
「エンニオ。そしてファミリーの皆。おれは君たちを支配するつもりはない。これは情けなどそんなくだらないものではない。俺はあの組織を許せない。だからあいつらと同じことはしない。」
「あともう一つ。うちの会社で働かないか。よく見ると隻腕の物や安物の義足のものもいる。おれも同じさ。うちの会社で最新サイボーグ化をしないか。」
エンニオたちは答えにためらっている。
「安心してほしい。うちには寮もある。自由に使ってくれていい。ただ、悪いことはなし。という条件だがな。」
エッカルトにはある男とアーサーが重なって見えていた。
ある男とはロジャースグループ創業者かつ元会長のウォルト・ロジャース、アーサーの父である。
ウォルト様。あなたのご子息様は着実にあなたに近づいていますよ。
そう心の中で唱えた。
「支配の放棄を認める。アーサー・ロジャース。今後は貴殿がベルの所持者だ。欲望の果てにいつでも呼ぶとよい。」
そういうとリボルは消えて、会長室の灯りも元に戻った。
アーサーの手の甲に不思議な紋章が描かれている。
アーサーが不思議そうに紋章を眺め、手を振ったりしていると
「それが保持者の証だ。バトルを始めたいときに願えばベルがでてくる。あとは鳴らせばいい」
エンニオが捨て台詞を吐くように言った。
アーサーはにっこりと笑い、ありがとうと答えた。
エンニオの目に涙はない。何かを決意したかのように。
さっきまで子供のような表情から大人の顔つきに変わっている。
「アーサーロジャース。礼はいわねぇ。あとお前の会社では働かない。」
周りのファミリーたちはせっかく助けてくれたのに。せめてお礼だけは。などとこそこそ言っている。
エンニオはスーツを着なおし、会長室から出ていった。まわりのファミリーはみんな頭を深々とさげて去っていった。
アーサーはエッカルトに
「TSURUGIについて調べてくれ。あとはこのベルについても調べてほしい」
「かしこまりました。」
最初のイライザバトルはこれにて幕を閉じた。
次の日、学校で授業をしている際、事件が起きた。
アーサーが昼休みに友人たちと談笑をしているとき、別のクラスの友人が借りた教科書を返しに来た。ちょっと手を伸ばせば届きそうな距離だったので手を伸ばしたら、手首から先が20m程伸び、窓ガラスを貫通してしまった。
アーサーがあっけにとられていると、みんなが興味津々に話しかけてきた。
「それ最新のアーム!!??」
「俺もそれほしい!今の着けてるやつと交換したいんだけど!」
「足バージョンはあるの?いつリリース予定?」
アーサーは無理くり言い訳を作りその場を凌いだ。
なんなんだ。この腕は。こんなことはありえない。作るはずがない。
原因はあの意味がわからないバトルに違いない。
壮絶な学校生活が終わり、車の中でエッカルトからTSURUGIについての話を聞いたが、全く手がかりが掴めないとのことだった。
エッカルトにはひとまずこの腕のことは言わないでおこう。
アーサーは会社に着くと、解析チームから結果を聞いた。
ベルの分子構造を調べてみると、主成分は金だが、それ以外はエラーとなる。
うちの解析機器は世界でもトップクラスの精密さを誇る。
つまりは、この世にまだ発見されていない物質ということか。
また、質量も測定できない。耐火、耐水、耐腐、耐靱検査をしても傷一つ着かない。
解析チームのみんなは未知の物質、科学の可能性を見て喜んでいた。
うちの社員は変態だ
そう思ったアーサーで合った。
アーサーはエッカルトを会長室に呼んだ。
「今から、ベルを鳴らそうと思う。リボルに聞きたいこともあるし。」
「アーサー様。辞めた方がいいのでは?」
「大丈夫。もしバトルが始まってもエッカルトとだ。すまんが負けてくれ」
「アーサー様に何かが起こらなければ問題ありません。もし勝負になった際には稽古だと思っていただければ幸いです。」
「お、お手柔らかに頼むよ。」
アーサーの顔は引きつっていた。アーサーはベルを持ち、チーンと鳴らした。
部屋が暗くなるはずが、いつもと同じ明るさのままだ。
「アーサー・ロジャース。欲しないなら我を呼ぶな。」
下の方から声が聞こえたのでアーサーとエッカルトはゆっくりと視線を下に向けた。
「お前。リボルなのか??」
前回の戦いでは、光をまとった大きな黒豹の姿であった。
しかし、今目の前にいるのは黒豹とは言えないほど小さい。まるで小さい黒猫のような、ぬいぐるみみたいな姿だ。昨日と比べて声もかわいらしい。
「無論。我は我でしかない。そなたたちの言いたいことは・・・」
「かわいすぎる!!!」
アーサーはリボルを抱っこし、まるで赤ん坊が喜ぶように高い高いをした。
「おい。アーサー・ロジャース。なんのまねだ。しかし、不思議な感覚だ。久しぶりに高揚しているようだ。」
アーサーがはしゃいでいると、えっほん。とエッカルトが咳払いをした。
アーサーもゔぅんと咳ばらいをし、恥ずかしそうにしながら、ゆっくりとリボルを床におろした。
「アーサー・ロジャース。貴殿は不思議な人間だな。悪くない。」
「そなたたちの聞きたいことは理解しているが、話せる範囲で話そう。」
「イライザバトルや組織の話、他の保持者の話はできない。今話せるのはバトルの内容についてだけだ。」
アーサーは唇を噛み、悔しそうにしていた。
「エンニオとのバトルでは、相手の特殊能力に踊らされてしまった。」
「今、ベルの所持者はおれだから、おれもスキルを使えるのか?」
「無論、使える。」
「俺の特殊能力は何だ?教えてくれ。」
「貴殿の特殊能力は・・・」
リボルが答えるとアーサーとエッカルトは目を丸くし、愕然とした。
「もうちょっとさぁ。相手の思考が読める。とか瞬間移動!とかなかったのぉ」
「アーサー様。ものは使いようです。いざという時に役に立ちます。」
アーサーは頭を抱えた。
「特殊能力はランダムに付与される。我の力ではどうしようもない。」
リボルは淡々と答えた。
「能力は、色々な種類がある。肉体を強化するもの。戦線で有利になるもの。相手を惑わすもの。多種多様だ。そなたも上手く使うがよい。」
「あとさ、、、一個気になったんだけど。これ、君のせい?」
エッカルトはなんのことかわからなかったので無表情である。
しかし、アーサーの手が伸びることを目の当たりにすると、口をぱくぱくし、目をかっぴらいた。
「アーサー様。これはどういった・・・」
「わからないんだ。今日、気づいたときにはこうなってた。」
リボルはキャキャキャと笑い、
「我としたことが言うのを忘れていた。すまない。」
「イライザバトルの勝者は身体の一部がサイボーグ化される。」
「貴殿の腕が伸びるようになったのは、その影響だ。」
「リボル。これは拒否したり、場所をしてすることはできるのか?」
「勝者が絶対。がルールだから、可能である。しかし、一度サイボーグ化した部分は戻らない。」
アーサーは考えていた。この技術が解析できれば、世の中をもっとよりよくすることができる。しかし、一歩間違えば軍事利用されてしまう。
エッカルトはまるでアーサーの心の中が読めるかの如く
「アーサー様が必要だと思えば、前に進めばいいと思いますよ。」
「そうだな。エッカルト。俺の腕も解析チームに解析させよう。うちの事業に組み込むのはそれからだ。」
「承知しました。」
「アーサー・ロジャース。エッカルト・レーヴェ。もう質問がないなら終わりだ。我は疲れたぞ。」
リボルは目をくしくしと搔きながら眠そうにしている。
「アーサーでいい。リボルはそのままの姿でいられるのか?」
「この世界では、本当の姿になれん。バトル中だけだ。」
「基本はこの姿または紋章に隠れている。」
「今までは紋章内で待機し、バトル中だけ表にでていた。」
アーサーはわくわくしながら返答した。
「じゃあその姿のままいてくれ。ご飯や寝床は用意する。」
「所持者がそう望むのなら、そうするが。徳はないぞ。」
「なぜなら、我はいかなる場合でも公平な判決を下す。」
「それでもかまわないよ。」
「エッカルト。すぐに小さいベットを用意してくれ。」
「承知しました。」
「リボル。ひとまず、これからよろしく。」
「うむ。」
しばらくすると、リボルは用意したベットで丸くなって寝てしまった。