始まりの呼び鈴
人工的に作られた紅葉の下には大きなサイネージ(掲示板)があり、人々で溢れかえっている。
ライナス高校2年生後期中間試験の順位発表。ざわざわと騒ぐ高校生たちを尻目に両腕が金属の義手であるアーサーは帰宅する。
学年第一位 アーサー・ロジャース 1,000点
看板にひときわ目立つようにその文字が書かれていた。
アーサーの背中に向かってブロンズ色の髪をなびかせた1人の女学生が声をかけた。
「アーサー。今回も負けたわ。あと5点まで追い上げたわよ。」
「おれは絶対に負けないよ。今回も俺の勝ちぃ」
アーサーは振り返り、くしゃっと笑ってその女学生に答えた。
彼女はナタリー・リミントン。大企業「リミントングループ」総裁の一人娘で学校のマドンナ的存在。アーサー・ロジャースに好意を寄せており、アーサーのことを「将来の夫」と読んでいる。
(また成績トップだよ。脳みそいじってんだろ。)
(スポーツも万能。)
(性格だけでも悪かったら。めちゃめちゃいいやつだもん)
掲示板の前にいた人たちがアーサーの背中に向けて黄色い嫉妬を放つ。
(最上位水準のアームが2つだもんな。おれもほしいなぁ)
(それだけだったら、まだ人の域だよ。だってあいつは・・・)
ライナス高校の校門に一台の高級車が止まっている。
車の前には綺麗な黒いスーツをきた男性が前で手を組み立っている。
「アーサー様。学業お疲れさまでした。」
「エッカルト・・・毎度毎度迎えはいいっていってるのに」
「失礼しました。しかし、何があるかわかりませんので」
アーサーはやれやれという顔つきで、車に乗り込み、学校を後にした。
しばらくすると掲示板の学生たちは再びざわついた。
「アーサー様。本日のこの後のスケジュールですが、、、」
エッカルトが手の甲をポンとたたくと、スケジュール表が浮かび上がった。
「大丈夫。エッカルト。すべて覚えているさ」
「さすがです。」
エッカルトが再び手の甲をポンっとたたくと、スケジュール表が消えた。
ロジャース・アーサー
ライナス高校の2年生。頭脳明晰、容姿端麗、文武両道と非の打ち所のない人物である。若干17歳にしてテクノロジー、ヒューマノイド分野でトップシェアを誇る「ロジャースグループ」の現会長である。
アーサーは難しい表情を浮かべながら、青白く光り輝く高層ビルを眺めていた。
「エッカルト。最近、データバンクのmb社の代表が辞職した理由はわかったか?」
車のひじ掛けに持ち、手を顎に当てながら。アーサーは考えていた。
あの急な辞職はなにか引っかかる。誰かに言わされているような気がしてならない。
「まだ確かな情報は掴めてません。しかし、気になる話を耳にしました。」
「実は辞職を発表した前の晩、なにやら数名の男たちと会っていたそうです。」
「それは、ただのミーティングじゃないのか?」
アーサーは俯き、顎に手を当てたまま、横目でエッカルトを見る。
「明らかに、ビジネスマンではなかったとか。」
「これは、聞いた話ですので、忘れてください。」
アーサーは腕を組み、目をつぶった。
気がかりではあるが、思い過ごしか?警戒だけはしておくか。
アーサーが考えていると、首を90度に曲げても上が見切れないほどの大きなビル。
ロジャースグループの本社に到着した。
そこから、アーサーは驚異的なスピードで仕事に取り組んだ。
おそらく、通常の人間が1日かかる仕事を30分ほどで終わらせるのだ。
そこから社内を見回り、いろいろな部署のミーティングに声をかけた。
アーサーは的確に指示を出すだけでなく、相手の意見を上手く引き出す。そのため、ミーティング参加メンバーはとても楽しそうに働いていた。
時期に社員もほとんど帰宅し、会長室の時計は深夜1時をさしている。
集中し続けたアーサーは、ポケットに入っていたキャンディを袋から開け、口に放り込んだ。自社製品の「コロキャンディ」である。集中力が切れそうなときはこれを食べる。基本的にポケットに5個は常備している。
ここからあと2時間ほど作業をしようとしていると、
階段から大勢が上がってくる音が聞こえた。
アーサーは襟をただし、姿勢を正した。エッカルトは静かに一歩アーサーに近づいた。
「エッカルト。すぐに手をだすなよ」
「アーサー様の身に危険が及ぶようならばすぐに制圧します。」
さて、何が来る。金属アームがきらりと光る。
自動ドアがあくと5人組の男たちが会長室の前に立っていた。
先頭に立っている黒いジャケットを羽織っている男がリーダーだろう。
後ろの男どもは護衛か。狙いは金か。
アーサーは一瞬で状況を理解しようとした。
「アーサー社長。お初目にかかります。」
黒いジャケットの男はハットを手に取り、礼をした。
まるで、演劇だな。舐めている。
「私、エンニオ・ベネッリと申します。以後お見知りおきを」
エンニオ・ベネッリ。ベネッリという性は聞いたことがある。郊外のある地域を取り仕切っている悪党集団。
しかし、こいつがボスなのか。若すぎる気がする。
「エンニオ・ベネッリ。よくきたな。しかし、ビックボスはこないのか?」
エンニオの眉間にしわが寄った。カマをかけたのが功を奏した。
やはりこいつは本当のボスではない。
これはこいつの判断でここに来ていると考えるべきだろう。
こういった情報を引き出すのは得意だ。
エンニオは拳を握りしめていたが、拳が緩まる。
「父はもう死んだ。これからは俺がビックボスだ」
腕を開き、胸を張ったエンニオはアーサーを威圧するように答えた。
しかし、アーサーの読みは違った。
嘘だな。後ろの人間たちの眉間のしわがよったままだ。
なにかわけがあってここにきたな。
「ではエンニオ。私から質問をさせてもらう。」
「先日、mb社の代表が辞任をしたそうだ。その前日の晩、君たちはmb社に訪問していなかったか?」
こいつらが辞任まで追い込めるとは思えんが、可能性は0ではない。。。
エンニオは頭をかき、髪をかき分け、嘲笑うかのように答えた。
「mb社?あぁ。あいつか。雑魚過ぎて覚えてなかったよ」
「つまり、答えは訪問していた。だ」
こいつらが。しかし、雑魚過ぎるとはどういうことだ。会見で傷はなかった。つまる、暴力で落とされたわけではない。あの社長に黒い交際も弱みもないはずだが。
「mb社の社長となにかビジネスでも始めるのかい?君たちは・・・」
「ちぃ。うるせぇぞ!!」
エンニオが切れた瞬間、エッカルトはアーサーの前に身体を入れた。アーサーは机の上に肘を置き、手を組んでいる。余裕の表情だ。
「おぉ。ご立派なご身分なこと。大企業の社長ともなると身代わりがいるとは」
アーサーとエッカルトは挑発には乗らず、無言でエンニオをみていた。
「まぁいいさ。どうせこの会社も終わることだしさっさと始めるか」
チーンという音が部屋中に響き渡った。
その瞬間部屋がみるみる内に漆黒の飲まれていった。
なんだ。。。これは。。。
「アーサー様。ひとまず動かず、私から離れないでください。」
アーサーの机に1適の汗が落ちる。
その時、部屋の中央から何かが飛び出してきた。
美しい発光体に目を細めながら見ていると、周りに光をまとった大きな黒豹が部屋の真ん中にいた。
エンニオたちはこの状況を最初からわかっていたように、にやにやしながらこちらを見ている。
一瞬焦ったアーサーだが、状況を理解しようと務めていた。
これはホログラムか?いや、見るからに実体がある。
「我は、リボル。イライザバトルのバトルマスターを務める存在。いかなる場合でも公平な判決を下すことを約束しよう。」
天才的頭脳を持つアーサーもこの状況は理解できなかった。まず黒豹はこの時代に存在しない。すでに絶滅したはず。
おれは幻覚でもみているのか。。。これは一体。。。
「アーサー・ロジャース。驚くのも無理はないが、落ち着け。今からエンニオ・ベネッリとバトルをしてもらう」
黒豹のリボルはアーサーの心の声を呼んだごとく、答えた。
「リボル。このお子ちゃまに説明してあげてよ。頭パニくっちゃてるから」
エンニオはアーサーを馬鹿にするようにリボルに言った。
「アーサー・ロジャースのほうが年上だ。貴殿の方が年下ではないのか。」
エンニオの後ろの連中がぷっと笑った。
エンニオはよほど恥ずかしかったのか、顔を赤くしてプルプル震えている。
非現実的なことが、現実に起こっている。いつまでも夢心地でいるわけにはいかない。
アーサーの表情は拍子抜けした青年から大人の目つきに変わった。
「イライザバトル。勝者は望むものを手にし、敗者は勝者に従う。」
「エンニオ・ボネッリ。貴殿が望むものは?」
エンニオは薄ら笑いを浮かべながら、アーサーを指さした。
「ロジャースグループの株式を51%いただく。」
アーサーはリボルを見ていた。
「アーサー・ロジャース。この対価と同じ価値またはそれ以下で貴殿が望むものはなんだ」
「リボル。一つ質問していいか?」
「質問を認めよう」
「対価の基準はなんだ?うちの株式51%であれば1兆円以上になるはずだ。」
「対価の基準は、欲求の強さで決まる。それ以上でもそれ以下でもない。」
エンニオは相変わらず、にやにやしながらこちらを見ている。
「相手の対価を取り消すことはできるのか?」
「相手が応じれば、変更は可能である。それ以外は認めない。」
なんて理不尽極まりないルールだ。しかし、そうとなれば負けるわけにはいかない。
恐らく変更は。。。不可能だろう。
「エッカルト。どうやらやるしかないみたいだ。」
「アーサー様。隙を見て私がやつの首を・・・」
「エッカルト・レーヴェ。挑戦者が死ねばこの空間から出ることは不可能になる。よからぬことはやめておけ。二度の忠告はないぞ」
エッカルトは表情こそ変えないが、鋭い目つきでエンニオを睨んでいた。
おぉ怖い怖い。
「リボル。俺の望みは、エンニオが持っているこのイライザバトルに対しての情報をすべてもらうことだ」
「承った。それではバトル会場に移動する。」
目の前が暗くなり、ゆっくり目を開けるとアーサーは床が水浸しの広い工場のようなところにいた。
エンニオは終始落ち着きがなさそうにきょろきょろしている。
やつはバトルを仕掛けた側だ。しかし、あの表情、しぐさをみるにこの場所は初めてか。
「それでは今回のバトルについて説明する。」
声のする方を向いてみると、リボルが大きなコンテナの上にいた。
「今回のバトルは、的破壊対決である。貴殿たちの身体に的がついているな。」
自分の身体を見てみると左腿の当たりに的のようなものがくっついていた。
「的を先に割ったものが試合の勝者となる。また、2本先取でバトルの勝者となる」
「リボル。この的は素手で割るのか?この場所の木材や鉄パイプは使用してもいいのか?」
「この場所にあるものは無条件で使用してかまわないが、的は壊せない。」
「的を壊すのは、今から配布するものでなくては破壊することはできない。」
リボルが右前足を上に上げると、アーサーの手元に日本刀が握られていた。
エンニオの手にも同じような物がある。どうやら武器は同じらしい。
「今回のバトルでは、相手に傷を負わせることは可能だ。しかし、1試合ごとに傷は癒える。誤って相手を殺してしまった場合は、殺した方は負けとなる。」
「また、バトルの動きを活発にするために、30秒以上その場にとどまっていると、貴殿たちが持っておる武器から大きな音がなるようになっている。」
「ルール説明は以上だ」
エンニオが手を上げた。
「おい。その音がなってる判定をもうちょっと詳しく教えろ。何で判定する。」
「貴殿たちの靴が半径50cmにとどまっていたとき、止まっていると判断される。」
「それでは今から5分間 この場所の確認をおこなうといい。5分たつとこの場にランダムに配置され、1試合目が始まる。以上だ」
そう言い残すとリボルはすーっと消えていった。
「やぁぼっちゃん。はじまっちまうな。せいぜいもがいてみな。俺には絶対勝てないから。」
アーサーはエンニオの挑発には乗らず、会場を確認しに回った。
アーサーが歩くと、ぴちゃ。ぴちゃという水の音が響く。
かなり音がなるな。上はどうだ。
コンテナの上も歩くとかなり音が響くな。
このバトルはとにかく相手から身を隠し、一瞬でまとを打ち砕く。
音がならない程度に少しずつ移動するか。
5分たち、視界が暗くなった。
早速バトルが始まる。
目をパッと開けると、手には日本刀が握られている。
疑似的な殺し合いだが、アーサーは落ち着いていた。
アーサーが壁に沿いながら歩いていると、後ろの方からぴちゃ、ぴちゃっと音が聞こえた。
エンニオがただただ歩いてきている。
「よぉ。ぼっちゃん。一番最初はただただ勝負しようや」
アーサーはエンニオの構えを見て、素人だと理解した。
エンニオの右手の甲に的がある。
勝負は一瞬だった。
アーサーが見事的を打ち砕いた。
正直、最初からこのバトルは負ける気がしない。
なぜなら、アーサーは幼少期からエッカルトに実践武術を叩き込まれてきた。
素人相手では勝負にならない。
「あちゃー。さすが天下のロジャースグループの会長さん。剣技もできるなんて。」
エンニオは拍手をしていた。
アーサーがあと1回勝てば、負けるはず。
余裕な表情に気味悪さを覚えた
2試合目が始まると当たりを見回して、近くにエンニオがいないことを確認する。
エンニオは特に頭が回るわけでもない。身体能力も高くない。
しかし、mb社の社長は確実にエンニオとの勝負に負けた。その理由が見当たらない。
早急に試合を終わらせたいアーサーは、会場を速足でまわった。
ビチャビチャという音が会場に響く。
障害物などで視界が悪いところは警戒しつつ進んでいると、
右の方からエンニオの声が聞こえた。
「アーサー。正直、お前の腕には驚いたよ。さすが天下のロジャースグループの会長さんだ。」
アーサーはエンニオの作戦に気づいていた。恐らく俺を挑発させて、場所だけでも把握したいんだろう。
アーサーは黙り込んでいた。足音を極力小さくし、声のする方へ歩いていく。
「お前の横にいた老人。なんだっけ?名前は忘れちまったけど、あいつかなりやるな」
「お前のさっきの技もあいつから教わったのか?」
声のする方向が近くなる。もう目と鼻の先というところだ。
「でもな。お前はおれには絶対勝てない。」
アーサーは声のする場所を確認するため、覗きこむと
「いない・・・」
アーサーが一瞬だけ止まっていると、
ぴちゃ。ぴちゃ。パリん。
アーサーは違和感を感じた方に顔を向けると左腿にあった的が割れている。
ゆっくり顔をあげると、日本刀を振り下ろした形のまま、嘲笑うような顔でエンニオがこちらを見上げていた。
アーサーはパニックになった。
3試合目が始まった。
アーサーは状況を理解できなかったが、大きく深呼吸をした。
あのとき、声がした方向と真逆の方向にエンニオがいた。どういうことだ。
考えているが、答えがでない。こんなことは初めてだ。
「アーサーくん。君。今とっても考えているよねぇ」
子供に話すような声のトーン。エンニオの声が冷たく響いた。
「答えを教えてあげようか。リボルは言ってなかったけど、挑戦する側はバトルの最中だけ使える特殊能力があるんだよ。ちなみに僕のは瞬間移動。だから君は僕に勝てないのさ」
常人であれば勝ちようのないハンデキャップだ。しかし、アーサーは勝機を見出せるように考え続けた。
しかし、色々なことが起こりすぎて集中力がなくなってきている。
アーサーはポケットに手を突っ込むとキャンディ=が入っていることに気がついた。自社製品のコロキャンディーである。
袋を切り、コロキャンディーを口に放り込む。自然の甘さが体に染み渡る。
アーサーは目をつむり、集中した。
特殊能力・・・瞬間移動・・・右から声・・・
アーサーは走り出した。大きな水しぶきの音が響き渡る。
「なんだなんだ。勝負を諦めたのか。せいぜいあがくといいさ」
「大企業の会長がこんなんで終わるなんてあっけないねぇ」
「僕が会長になったら、まずは君を引きずり下ろしちゃうよ」
いろんな方向からエンニオの声がする。それでもアーサーは縦横無尽に走った。
しばらくしてエンニオの声が聞こえなくなった。アーサーは走るのをやめた。
全力で走り続けたため、アーサーは膝に手をつき、肩で息をしている。
するといきなり上からエンニオが切りかかってきた。
アーサーは予想していたかのごとく、エンニオを蹴り飛ばした。
ぐはっという呻き声をだし、エンニオの身体が宙を舞う。
エッカルト直伝の蹴りがみぞおちに入ったのだ。ダメージは相当なもんだ。
エンニオは振り絞るような声で
「お前、なんで・・・」
アーサーは日本刀を肩に担ぎ、ふっと笑い
「あぁ。お前の特殊能力は瞬間移動なんかじゃない。声を違うところから発するものだな」
「どうして・・・こんな短時間で・・・」
」
「まず疑問に思ったのがに瞬間移動をしているはずなのに、足音がまったく聞こえない。水しぶきも上がらない。」
「決定的だったのは、2試合目の最後。おれの的を壊す前に足音が聞こえたこと。」
「声を違うところから発するだけでも厄介だが、1試合目から使わなかったことを考えると、恐らく時間の制限があるのだろう。だいたい1分ぐらいじゃないか。」
エンニオは不適な笑った。
「さすが、天才アーサー・ロジャース様だぜ。完敗だ」
エンニオは仰向けになってアーサーを見上げながら、不敵に笑った。
「でもな。甘いんだよ。この試合のルールを覚えてるよな。」
「対戦相手が死んだら、敗けなんだよ!!」
その時、エンニオは自分の首を日本刀で切ろうとした。
「な。なんで・・・」
自分の首を切りつけたはずが、日本刀が首にはいっていかない。
アーサーはエンニオの目線までしゃがみ
「そのルールは自分には適用されない。相手を殺した場合だ。自決はできない。」
「おれも試したからな。」
無言になったエンニオの右手の甲にある的を日本刀で突いた。
「イライザバトル。的当対戦の勝者。アーサー・ロジャース」
リボルの声が会場に響き渡った。
その瞬間、アーサーは会長室に戻った