女神の散策
午後の時間は特に何事もなく過ぎていった。
授業を全て受け終えた後、神楽は街へと足を運ぶことにした。
白鷺学院から二駅先にある繁華街に行くことにし、学校近くの駅へ向かう。
慣れない人の波に揉まれながら、何とか電車から降りた頃には既に日は傾きかけていたが、六月半ばの太陽はなかなか仕事熱心で、夜の訪れまでには後一時間はかかりそうである。
ポケットから携帯電話を取り出し時間を確認する。
夕食の時間には少々早かったが、やはり貰い物の昼食では足りなかったのか、彼女の胃袋は電車に乗る前から空腹を訴えていたため、目についた適当な飲食店に入る。
しかし適当に選んで入った店のパスタの味はやはり雑だった。
もっとも優先すべきはカロリーの摂取だったので我慢できたが、これが天界の調理人なら小言の一言も言っていたかもしれない。
「……いけませんね。贅沢は大敵です。食事にありつけるだけありがたいと思わなければ」
そんな反省をしながら、ともあれ腹ごしらえを済ませた神楽は、すっかり深い闇に包まれた夜の街に出た。
すれ違うのは帰宅途中のサラリーマンや学生ばかり。
人々の喧騒と色とりどりのイルミネーションの眩しさの広がりは、どこか天界の静かな夜の懐かしさを思い出させる。
しかし任務を達成するまでは帰る訳にはいかない。
神楽の足は大通りを外れ、小さな路地へと向かった。
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人影のない細い道を一人で歩くのは、考え事をするのに適している。
特に意識することもなく、神楽の思考は今回の任務について考え始めていた。
最近、この地方都市では連続通り魔殺人事件が起きている。
被害者の数は既に四人。
もちろん『ただの』通り魔事件なら、神である神楽がこの地に来る必要はない。
問題なのは被害者の状況である。
外傷は常に急所の一ヶ所のみ。
鋭利な刃物で心臓を一突きされ、即死であると言われている。
そして奇妙なことに被害者の遺体は、共通して常に衰弱しきっているのだ。
しかも全ての遺体は、生前から一日と経過しない間に発見されているのにも関わらずである。
警察もこの事件の捜査には難航しているらしい。
思案にふけながら、いくつかの角を曲がったところで異常な気配を感知した神楽は、路地裏の奥へと急行する。
しかし辿り着いた先には既に生きた人の姿はなく、新たに五人目の被害者となった男性だけが衰弱しきった無惨な姿で倒れていた。
神楽は小さく舌打ちをすると、遺体の頭上に手のひらを近付ける。
「……やはり」
男性の遺体からは魂の反応が一片も感じられなかった。
人には肉体の死と魂の死がある。
一般的な人間が経験するのは肉体の死で、この状態になると生前の記憶を失う。
一定時間魂のみの存在となるが、再生神により魂に新たな肉体を与えられると、別の人間として地上世界に蘇り新たな生を始めることになる。
例外として生前に大きな功績を残しそれを認められた者は、記憶を保持したまま天界に神として召喚される事があるが、その数は実に少ない。
一方、魂の死は『真』の死である。
その者の存在を完全に消滅させる行為であり、神楽たちのような神であっても上級神の許可なく、身勝手に人間の魂を破壊する事は許されていない。
一度失われた魂は二度と蘇らないからだ。
今回の通り魔事件の被害者たちは、全員魂を抜き取られていた。
遺体の異常な衰弱はその反動であると神楽は予想している。
問題は誰がどのような目的で、そのような行為に及んでいるのかだが。
……いずれにせよ、犯人には生命を軽視した償いをさせねばならないと神楽は思う。
――事件の犯人の捕獲又は魂の破壊。
それが今回、彼女が与えられた任務なのだから。