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第6話

「身体中、汗と汚れで真っ黒だわ」


メリッサは改めて自分の格好を見て苦笑した。この地震じゃ、宿屋も無事ではないし、村に帰るにも遅すぎる。それ以前に避難の為に馬車も譲り渡してしまって、帰る術が無い。


「安心してください。じきに殿下が迎えに来ます」

「…久しぶりに会うのに、こんな格好じゃ、愛想尽かされて当然ね」

「それはどういう」


ジル様は乙女心を分かってない、とメリッサは思った。

いくら婚約破棄されても、好きな人には少しでも綺麗に見られたいのが乙女心だ。

元々会いたく無い気持ちに、さらに拍車が掛かる。

騒ぎに乗じて逃げ出せば良かったと半ば後悔した。


日が暮れて、ひんやりとした空気が肌を纏う。ジルはメリッサの肩に上着をかけた。


「ありがとう」


服は厚手の軍服で、装飾もあってずっしりと重い。

男の人は、服だけで身体が鍛えられるのではと、メリッサは思う。

そういえば、昔も疫病の村を駆けずり回り、疲れて気絶したように眠ってしまった時。目覚めるとずっしりと重い上着がかけられていた。

朝日に霞む視界の先にはジェイド殿下がいて、メリッサを見て、おはようと微笑む。


それを思い出して、メリッサは思った。


「…今更ね。殿下には昔から汗だらけのところばかり見られていたわ」


令嬢のように、美しいドレスも化粧もせず、女性として愛される努力をしてこなかった。

唯一、全身を磨かれ着飾ったのは、聖女の力が無くなる前に盛大に開かれた式典の時だけ。

人生で一番の綺麗なドレスに身を包み、沢山の人に褒めてもらった。社交辞令でもメリッサは嬉しくて恥ずかしくて頬を染めたものだ。


「メリッサ様は、どんな姿でも美しいです」

「ふふ、ジル様にも女性を褒めることができたのね」

「言わずにどこかに消えてしまうなら、思ったことを口にせねばと学んだまでです」

「本当に心配をかけたのね。消えたわけじゃなくて離れただけよ」

「その言葉、殿下にも言えますか?」


ジルの目線の先を見ると、ひとつの人影があった。

夜の帳の中で、美しく煌めく白銀。

会いたくて会いたくなかった人。


「ジェイド殿下…」


スラリと長い足で、一歩一歩近づく。逃げるのも諦めて、メリッサは佇んでいた。

何ヶ月ぶりだろうか。少し痩せた気がする。

怒っているのだろうか。整った顔の無表情は、静かな迫力があった。


「メリッサ」


ジェイド殿下はメリッサの名を呼ぶと、存在を確かめるように手を伸ばした。

汚れた顔も気にせずに、頬を長い指がゆっくりと撫でる。

耳にかかる金髪を掬い、そのまま髪に手を添えると形の良い唇を落とす。


「会いたかった。良かった無事で」


メリッサの家出よりも、地震の心配が上まったのか。安堵の方が強い殿下の顔に、メリッサは胸がギュッとした。


「すぐに救助の兵を配置したが、どうやらここはメリッサが守ってくれたようだね。怪我をした民も少なくて、避難場所もしっかりしていた。明日には支援物資も届くだろう。メリッサは安心していいよ」


殿下はいつも優しい。人柄もだけれど何より声音が優しくて耳心地が良くて、心の中にスッと染み込むような話し方をする。

殿下の声が好きだった。

懐かしくて、優しくて、緊張の糸が切れたメリッサは全身の力が抜けてしまった。


「城は丈夫だったようで、幸いにも被害はなかった。みんな無事だ。だから、帰ろう。温かいお風呂を用意している。みんなも心配している。メリッサを待っているよ」


言いたいことも聞きたいことも沢山あったけれど、メリッサは殿下の言葉には弱かった。

だからこそ、会えば気持ちが折れてしまうのと自覚していた。


無言のまま首を縦に振ると、ジェイド殿下はこの世の幸福を集めたような顔で黒眼を満たして笑った。




近くに控えた従者が、殿下の愛馬を連れてくると、その背中にメリッサを乗せて王城へ歩き出した。

後ろから抱き締めるように手綱を引く殿下の温もりを背中に感じて、メリッサは酷く緊張した。

腕の中に囲まれては、逃げることもできない。


「馬車でなくてごめん。疲れたら言ってくれ」

「大丈夫です。この子は私を乗せる時はいつもゆっくり歩いてくれるから」

「いや、久しぶりにメリッサを乗せてこの子もはしゃいでいるよ。いつもより歩きが軽快だ」

「ふふ、いい子ね。馬車をひいてた子も、地震の時にも興奮せずいい子でしたわ。コンラッドのお世話の賜物ね」


コンラッドは、王族専属の馬丁だ。コンラッドの愛馬心は有名で、馬の事を語ると三日三晩離してくれない。

この毛並みの美しい愛馬も、コンラッドが毎日愛情を込めて世話をしている。


「昔はよく、殿下と一緒に馬に乗りましたね」

「メリッサは困ってる民がいると山へも海へもどこへでも駆けていくから、お陰で私の乗馬の腕はかなり上がったよ」

「それは殿下が私を一人で馬に乗せてくれないからですわ。確かにあの頃は乗馬を習ってる暇はなかったけれど、殿下自ら同乗するのはどうかと思ってました。ジル様に任せても良かったのに」


そうすれば、殿下と密着して緊張して、心臓がバクバクすることもなかったのに。とメリッサは思う。

聖女は王族と同乗しなければならない義務でもあるのだろうか。それならば、今度はモネ様が殿下と一緒に馬に乗るのだと、メリッサは想像して胸が痛んだ。


「…そんなにジルが良かったのか?」

「?ジル様は乗馬も上手ですもの」


2人乗りも出来るし、護衛を任せても問題ないとメリッサは首を傾げる。

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