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第5話

避難所では、怪我をした人で溢れていた。医者や看護師が駆けつけて治療を行う。

以前のメリッサなら聖女の力で怪我を治せたが、今では無力だった。

応急処置は出来ても、ここは専門家に任せた方がいい。医療従事者が援助に来たのを見届けて、メリッサはその場を離れた。


ジルはその様子に、無言で付き従った。

何か言いたげだが、メリッサは気付かないふりをした。


「ジル様、こんなことになったので、王城に行かなくてもいいわよね?」

「…殿下はすでにこちらに向かわれてます」

「え、それは困るわ、今日は村が心配だから帰ります」

「聖女様!」

「だから私はもう聖女じゃ………え?」


『聖女様』と呼んだのはジルの声ではなかった。

声をする方を見れば、騎士達に囲まれたその中に、女性が一人佇んでいる。

黒髪のストレートが白い肌にはえる、儚げな印象を持つ彼女は、新しい聖女様。モネ様だと気付いた。


彼女は震えながら泣いていた。騎士達の問い掛けに頑なに頭を振る。


「早く、民の治療を!」

「…できない…できないわ!!」

「聖女様のお力が必要なんです!!」

「私も怪我をしたの!私の治療をまずはしてちょうだい!」

「メリッサ様は、それくらい自分でなさいました!」

「メリッサ様メリッサ様、うるさいわ!いつもそればかり!!今の聖女は私よ!」

「ならば、聖女のお力で早く民を救済してください!」


口論の中に自分の名前が聞こえて、メリッサはビクリと肩を震わせた。だが、それ以上に騎士達の言葉に震えるモネの姿が気になった。

足を怪我したのだろう。真っ赤に腫れた足首を痛そうに引き摺っている。騎士達も気付いているだろうに。女性に対してあの態度。

それに彼女の言い分に、メリッサはもしかして。と思った。


「メリッサ様、」


ジルが引き止めるのも聞かずに、モネの元へ近づく。周りにいた騎士達は、メリッサの姿を見ると驚き固まり道を開けた。

モネの瞳が大きく見開いた。


「初めまして、聖女様」

「……メリッサ…さま?」


メリッサは深々と頭を下げて礼をとると、モネの側に近づいて膝跨いだ。細い指で、足首に触れる。真っ赤に腫れて立っているのも辛そうだ。


「座ってください、聖女様」

「……」

「そう。偉いわね。足がこんなに腫れているもの。女性がこんなに辛そうなのに、ここに居る騎士様は薄情なものね」


周りに立つ騎士はメリッサの言葉に肩を大きく振るわせた。メリッサに言われるまで怪我に気づかない者もいたようだ。


「聖女様。もしかして、まだ力の使い方が分からないのではなくて?大丈夫。私も初めは戸惑ったもの。こんな大きな震災、驚いたでしょう?怖かったでしょう?大丈夫よ、安心して。貴女なら大丈夫だから」

「…メリッサ様」

「まずは、試してみましょう。手を添えて。そう上手。こうして心の中で祈るの。痛みが引きますように。血が止まりますように。傷が治りますように。手がだんだん温かくなってきたかしら。ゆっくりでいいわ。心の底から祈って、信じて。光が手のひらに集まるわ。上手よ。その調子。痛くない、痛くない。治りますように、治りますように」


メリッサの言葉にあわせて、モネは瞳を閉じた。手のひらに柔らかな光が灯る。優しい光に包まれて、足首の腫れはゆっくりと消えてゆく。

それは、メリッサも使っていた聖女の力。

騎士達は奇跡を目の前に感嘆の溜息を漏らし、ジルはグッと唇を噛んだ。


「……痛くない…」

「上手に出来たわね。いい子いい子」


メリッサはモネの頭を優しく撫でた。8歳も年下のモネは亡くなった妹のようだった。

撫でられる手に合わせて、モネの涙腺は次第に緩む。ポロポロと大粒の涙が溢れた。


「うわぁぁぁあ!!」

「可愛い子。まだ力の使い方が分からなかっただけなのに、責任を負うことはないわ。今みたいにゆっくりやればいいの。今だってこんなに早く力を使えたのだもの。とっても優秀よ。私よりも上手だわ」


モネはタガが外れたように、大声で泣いてメリッサにしがみ付いた。

その様子に、騎士達は気まずそうに視線を逸らす。きっとモネが聖女の力を使いこなしていると信じて疑わなかったのだろう。

そんなはずないのに。

メリッサでさえ、長い年月で使いこなした力だ。まだ16歳の少女に負わせる責任ではない。


(私の時はジェイド殿下がフォローしてくれたのに)


メリッサは僅かな怒りを覚えた。どうして殿下は聖女様の側に居ないのだろうと。


「わたし…メリッサ様みたいに、できなく、て」


嗚咽混じりに、モネが話し始める。


「突然、女神様に力を貰っても、わたし、分からな」

「そうね。私の時も突然だったわ。私も力を使いこなすまで時間が掛かったのよ。本当よ。目の前で亡くなる命を救えなかったことも沢山あって、悲しくて悔しくて毎日泣いていたわ」

「メリッサさまも?」

「私は未熟だから、時間がかかってしまったわ。誰も教えてくれないもの。女神様も薄情ね。それでも救える命は全て救いたかったの。強欲だったのね。でもね聖女の力は万能ではない。平和になるまで随分時間がかかってしまったわ」


8年も掛かってしまった。力及ばず失うものも沢山あった。それでも出来ることは沢山あると殿下が信じてくれたから、なんとか務められた。


「また酷い震災が起きてしまった。でも私にはもう力が無いの。だから貴女に託してしまう私を許して」

「メリッサ様」

「全て救えなくてもいい。だけれど貴女なら一つでも多くの人を救えるわ。大丈夫、貴女は女神様に選ばれた強くて優しい子だもの。私は貴女を信じるわ」


メリッサはモネの顔をしっかりと見て、美しく微笑む。モネの顔から戸惑いが無くなり、涙が消えた。決意を固めた聖女の顔だった。

モネは力強く立ち上がり、メリッサに深々と頭を下げた。頭を下げたまま、震える声で言う。


「頑張ります…でも泣きたい時はまたメリッサ様に会いに行ってもいいですか?」


くしゃりと服を握りしめる彼女に、メリッサは笑う。


「私でよければ、いくらでも胸を貸すわ。ぎゅうって抱きしめてもいいかしら」


モネは釣られて笑うと、避難所に向かって歩き出す。騎士達もそぞろにメリッサに頭を下げて、モネの後に続いた。


一部始終を見ていたジルは、眩しそうに目を細めた。この世のものとは思えない神々しい光景のように思えた。

こんな形で新しい聖女様と出逢うとは、誰が想像しただろう。

噂ではメリッサとは違い、幼稚で我儘で騎士の意見も聞かないと、報告にあがっていた。メリッサと比べて落胆する騎士も多かった。

だが、モネの気持ちを考えたことはあっただろうか。

16歳の少女が、突然聖女と祭り上げられて、力の使い方も分からず、メリッサと比べられる。余程の不安とストレスの中、モネは耐えていたのかもしれない。少しでも彼女の言い分に素直に耳を傾けた者は居ただろうか?

ジルは、己の浅はかさを悔やんだ。


「やっぱり、これだから貴女は」


変わらないメリッサに、ジルは再び目を細めて呟いた。

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